どてのおやじのプロフィールWell come to Dote Oldman's web site.
1st,November,1997. I have opened this web page. It is not so great thing in the long humane history. But it is a memorial thing in my life. I'm living in Shin-Dote Iwaicity Ibaraki Prefecture in Japan. So some neighbors call me "Dote" or "Dote Oldman". The Japanes-characters of the following picture say "Dote Oldman". I'm 70 years old. Red is a lucky corer in Japan and China. So, I paint my wall with red. I'm not a communist. I wrote this page almost by Japanese.どてのおやじの東京大空襲
B-29 bombed Tokyo. Then, my family lost all. All had burned. I wrote the war around my life. I don't blame. I remember me by myself. If you live in the same times, please see this page.
If you write e-mail to me, I will always write an answer.


「どてのおやじ」のウェッブサイトへようこそ。

西暦1997年11月1日、満70歳の「どてのおやじ」がこのホームページをひらいた。これは長い人類の歴史のなかにあっては、当然どうでもいいことだ。しかし、「どてのおやじ」の短い人生においては記念すべき大きな一歩なのである。黄昏に墓標を磨くがごとく少しずつ輝かしいものとしていきたい。
B-29が東京を爆撃した時、「どてのおやじ」の家族は全てを失った。全ては燃えてしまったのである。「どてのおやじ」は身の回りの戦争の事をここに書いた。しかし、「どてのおやじ」は誰をも怨んでいない。また戦後の苦労話やら当時のおかしな話などを書いている。「どてのおやじ」はその時の自分自身を思い出している。もし貴方が同じ時代を生きた人なら、このページを見ていただきたい。どてのおやじのパソコン自作
また、ちかごろの「どてのおやじ」はゴルフや山歩きもそれなりに楽しんでいる。なによりも今は自作したパソコンを使いネットサーフィンをするのが楽しみである。そんな「どてのおやじ」の身の回りの事がおもな内容である。出来るだけまめに更新していきたい。

貴方が「どてのおやじ」にEメールを書いたら、「どてのおやじ」は必ず返事を書くでしょう。
どてのおやじにイーメール。

あなたは1997年の11月から数えてこのページを開いた番めのお客さまです。
このページの更新日=Thu, 22 Apr 1999

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「どてのおやじ」
のコンピュータ

その1
西暦1997年1月。 「どてのおやじ」が満70歳になろうとするある日、「どてのおやじ」にパソコンを自作する機会がやってきた。息子が「おやじならパソコンを自分で組める。」と言う。そしてキーボード、マウス、マザーボード、モデムとシーピーユーとかいうものをくれた。本当だろうか?結局モニター、ハードデスク、フロッピー、メモリ、ケースなどほとんどを自分で買う事になった。「どてのおやじ」はとことん参った。マニュアルは全部英語だ。辞書を引きながら何度も読んだ。さてさて...。
「どてのおやじ」
のコンピュータ

その2
「どてのおやじ」は部品を買い集めて苦労して組み上げてた。プリンターも買ってしまった。しかし我が自作パソコンはたちあがらない。組み違いがないか調べてもわからない。動く気配すらない。息子はしかたないからマザーボードとCPUを交換するという。こんどはAustekの486PVIsp3とAMD-5x86-p75(133mhz)である。ややもすると初から壊れたマザーボードをもらったのかもしれない。しないで済む苦労をして損をしたかもしれないな...。
「どてのおやじ」
のコンピュータ

その3
私が年寄りのパソコン自作とインターネットの関わりについて考えます。
そしていま私は2代目自作パソコンを計画中です。いまのパソコンの10倍ぐらいのスピードで動くものが10万円以下で作れるのですからね。もう一台考えてもいいでしょね。道楽としては安い物ですよね。
「今度はペンテアムプロで組んでみよう。」と言ったら、息子に笑われてしまいました。

「どてのおやじ」
のプロファイル
「どてのおやじ」は1928年、 昭和3年3月に東京府三河島に生まれた。小学生の初めの一年間は三河島の小学校(校名は忘れました。)に通いました。その後、本所区江東橋四丁目十四番地に転居して茅場小学校に転校しました。茅場小学校は約20年前に廃校となったそうです。「どてのおやじ」のクラスで三中に進学した肉屋の赤塚君、文房具やの市村君、小岩の浅井君たちは今何処に居て何をして居るのでしょうね。
現在、「どてのおやじ」は茨城県岩井市長須に住んでいます。職業は農機具販売業です。

「どてのおやじ」
の昭和史

戦争の初期

「どてのおやじ」は中学生になってラジオ作りを始めました。当時のラジオはちょうど今のショップブランドPCのようでした。店で販売しているラジオはその店のオリジナルでラジオメイカーの製品は殆どなかった。ラジオ部品屋は秋葉原から万世橋、須田町、小川町、にかけて多くまたジャンク屋ありで賑わっていました。「どてのおやじ」はラジオを何台も作つては分解して楽しみました。たぶん今そこでPCを自作しているあなたと同じだったんですよ。

「どてのおやじ」
の昭和史

戦中の生活


「どてのおやじ」は学徒動員で亀有の日立制作所に二年間にわたり勤労奉仕に行きました。上野から常磐線で毎日亀有まで、車内は半数以上動員学生で旧東京高校、旧開成中学、旧日大一、旧忍ヶ丘高女、旧愛国女子、旧小石川高女、その他の学校の学生でした。亀有駅の東口より一本道の広い軍用道路が約1Km日立製作所の正門まで続いていました。そこには七、八千人就労の大軍需工場が有りました。
「どてのおやじ」
の昭和史

東京大空襲
三月九日は朝から天気が良く終日強い風が吹いていました。その六日前頃に偵察と思われるB29一機が襲来しました。その後その日まで一機も襲来がなく、なぜか「どてのおやじ」は大空襲のあるような予感がしていました。「どてのおやじ」の家族は、東京府本所区江東橋四丁目一四番地(現在のJR錦糸町駅より徒歩五分)で戦災を被り一家全員焼け出されました。
「どてのおやじ」
の昭和史

戦争の終期

戦争疲れが目に見えてきた。 連合軍の日本本土上陸は必致。 いよいよ我が人生の終末と思った。自決もやもう得ず。竹槍では勝負にならず家族と運命を共にする悲壮な覚悟の時代。愈愈最悪の大詰めに到達したのだ。最後の一兵まで否最後の一日本人に至るまで死闘を覚悟すべきであった。歴史に完たる大和民族の滅亡も止むをえず。
どてのおやじ」
の昭和史

戦後の生活

男親が月に1〜2回リュクサックに米を五升位いれて下宿まで運んできてくれた。だが闇米の取り締まりの厳しい時代で途中官憲に見つかると理由を問わず没収された事もあった。統制令違反である。駅のホーム、改札口などに官憲が見張りをし検問をしていた。米の飯は1ケ月に1〜2回しか口に入らなかった。
「どてのおやじ」
の昭和史

開墾農民生活
開墾は昭和22年カスリン台風より昭和36年迄14年間つずき立派な田んぼになりました。開墾は親たちの努力親戚の助力の御蔭です。進学はあきらめ食生活で間違いのない農業で生活するつもりになった訳ですが、時代とはいえ落ちこぼれになった寂しい感情は今でも思い出して泣ける時があります。

「どてのおやじ」
の昭和史

最近の生活
ちかじか着工予定。

「どてのおやじ」
の平成史

今後の生活
現在のところ未計画工事予定なし。

「どてのおやじ」
の息子
このサイトのウェッブマスターは「どてのおやじ」です。その息子がこのウェッブページ全体の体裁を整えています。背景が赤い部分は「どてのおやじ」の了解を得て、加筆しています。背景が白い部分は「どてのおやじ」の原稿をそのまま掲載しています。

「どてのおやじ」
の孫たち
工事中





リンク



「どてのおやじ」のよく行くホームページ


YOKOの蛍村= 蛍のように一生懸命輝く すてきなミドルが集うバーチャル村です。私も村民です。
らりるレセプト=初めてe-mailを交わした記念すべきホームページ。
ふれあいランキング=ふれあいのユーザーホームページTOP50を紹介。


パソコン関係のリンク=「どてのおやじ」のコンピュータその3 のページの末尾にあります。

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