第15回:■《天性人誤》 08月26日
昨今の外国人のような患者を診るときなど症状をどう説明してもらうかとても困る。言葉で正確に説明できる人は、自国の文化に熟達した人だろう。日本語はオノマペド(擬音、擬態語)が豊富なのに、それが助けにならない。これがわが国では通用しなくなってきたのだ。
「おなかが痛い」というが、「シクシク」なのか「キリキリ」なのか「時々キュッと痛くなる」等々いくつもあるのに、聞いてもさっぱりわからない顔をする。また別の患者は、何を聞いても「気持ちが悪い」というばかりだ。といって、吐き気があるようでもない。どうやら「だるい」ということらしいが、一時はロカンタンが罹った「実存の病」のような奇病かと真剣に悩んだ。
奇病といえば、医学辞典に「自己抹殺病」という言葉が載っている。それはつまり、日本の歴史を否定し、民族が生きてきた道を否定する病のことである。「人間の有機体も切れば血が出る。文化も同じように一部分でも切り取れば血が出る」と解説にある。記載されている症例Aは、GHQに無理やり方向転換をさせられた後、一向に痛痒を感じることなく戦前とは正反対の論調を臆面もなく依怙地に出し続けているという。そこには自社の歴史をいとおしんだり、自分の言動に責任を感じる人間はいないようだ。結局のところ戦前も戦後も国民を扇動し、発行部数を伸ばし続ける自動輪転機があるばかりだ。発行責任は常に自分以外の社会にある。
痛みに話を戻せば、今年の夏も例の「痛み」を感じないマスコミや文化人、政治家があいも変わらずわが国をミスリードし続けた。文化の喪失にともない国民が感じる苦痛のことだ。歴史教科書も靖国神社も何の問題もないのにわざわざ問題化し、自分たちの飯の種にした。自作自演で自分の地位を高め、金まで儲けようとする卑しい根性。それでいて状況はいつも他人事で、自分たちはいつも高貴な立場にいる。彼らは皆「過去において国策を誤った」と白々しく言うが、それならばいまの不況に対する正しい国策をすぐに出してみよと言いたい。
だが、病はわれわれの周囲にも広がっている。来院する患者の一部は一番肝腎な文化の喪失に伴う痛みを感じなくなってきている。構造改革が本格化したところで、感じるのはせいぜい動物としての空腹感かもしれない。どんなにひどくても餓死する程度だ。死んだところで人間として伝えるものは何もない。やがては「痛み」という言葉そのものも完全に消失し、われわれのすべてが症例Aのようにまったく痛みを感じない完全無血のロボットと化するだろう。そうすれば、私のような土手医者は必要なくなり、医療費問題もきれいに解決する。
■《天性人誤》 08月26日
外国で医者にかかったときなど症状をどう説明したらいいかとても困る。言葉で正確に説明できる人は、その外国語に熟達した人だろう。日本語はオノマトペ(擬音、擬態語)が豊富なので、その助けを借りることが多い。これが外国では通用しない。
「ズキズキしていた頭が急にガンガン鳴り始めて」とか「キリキリまではいかないのですが、ずっとシクシクしていて、ときどきキュッと痛みます」など痛みの表現だけでもどれだけあることか。
『言語』誌8月号がオノマトペを特集していて、いろいろな比較をしている。犬は確か欧米でも「ワンワン」と鳴いていたが、あちらの人には「バウワウ」と聞こえるらしい。トルコでは「ハウハウ」鳴くし、ロシアでは「ガフガフ」だそうだ。
文化圏によって微妙な音に敏感な人々もいる。血を吸って膨れた蚊の腹がパンクして血が噴き出す音が「ソーホ」で、灰色大クマが野牛の皮をつめで切り裂く音を「シニット」という。これは北米先住民のネズパース語だ。
日本でも地方によって独特の言いまわしがある。「キンカンナマナマ」は、降り積もった雪が踏み固められてツルツルになった状態のことだそうだ。金沢市あたりでつかわれていたが、だんだんと聞かれなくなり、消え去ろうとしているらしい。
痛みに話を戻せば、例の「痛み」をどう表現しようか。本格化するはずの構造改革に伴う「痛み」である。予告されただけで始まる心理的痛みもあって、すでにシクシクし始めている。それがキリキリの激痛にまでいくとたいへんだ。
参考:天声人語
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