男声合唱組曲「東京景物詩」
作詩 北原 白秋  作曲 多田 武彦

冬の夜の物語

女はやはらかにうちうなづき、
男の物語のかたはしをだに聴き逃(のが)さじとするに似たり。
外面(そとも)にはふる雪のなにごともなく、
水仙のパッチリとして匂へるに薄荷酒青く揺(ゆら)げり。
男は世にもまめやかに、心やさしくて、
かなしき女の身の上になにくれとなき温情を寄するに似たり。
すべて、みな、ひとときのいつはりとは知れど、
互(かた)みになつかしくよりそひて、
ふる雪の幽かなるけはひにも涙ぐむ。

女はやはらかにうちうなづき、
湯沸(サモワル)のおもひを傾けて熱き熱き珈琲を掻きたつれば、
男はまた手をのべてそを受けんとす。
あたたかき暖櫨はしばし息をひそめ、
ふる雪のつかれはほのかにも雨をさそひぬ

遠き遠き漏電と夜の月光。

      詩集「東京景物詩及其他」より