男声合唱組曲「東京景物詩」
作詩 北原 白秋  作曲 多田 武彦

夜ふる雪

蛇目(じゃのめ)の傘にふる雪は
むらさきうすくふりしきる。

そらを仰げば松の葉に
忍びがへしにふりしきる。

酒に酔うたる足もとの
薄い光にふりしきる。

拍子木(ひゃうしぎ)をうつはね幕の
遠いこころにふりしきる。

思ひなしかは知らねども
見えぬあなたもふりしきる。

河岸(かし)の夜ふけにふる雪は
蛇目(じゃのめ)の傘にふりしきる。

水の面(おもて)にその陰影(かげ)
むらさき薄くふりしきる。

酒に酔うたる足もとの
弱い涙にふりしきる。

(こゑ)もせぬ夜(よ)のくらやみを
ひとり通ればふりしきる。

思ひなしかはしらねども
こころ細かにふりしきる。

蛇目(じゃのめ)の傘にふる雪は
むらさき薄くふりしきる。
 

   詩集「東京景物詩及其他」より