No.24   1999.3
                            発行 守谷町国際交流協会広報委員会



 

MIFA10周年記念フェスタのフィナーレ(1998年10月4日 守谷町中央公民館)

 
1998年度(平成10年度)の主な活動

98.4.23 英会話スピーキングコース開講
 5. 6 英会話テキストコース開講
 5.13 日本語ボランティア養成講座開講
 5.13 外国人のための日本語講座開講
 5.24 1998年度総会 小久保茂昭氏講演会
 6.28 新入会員ウェルカムパーティー
 6.28 講話「異文化を探ろう」
 7.27〜 国際交流員工ルフアデインク・ズザンネさん役場企画調整課に配属   
 7.30〜8.10 業9回青少年海外派遣
 9.15 アーカス'98アーティストとの交流会
 9.20 学生委員会 新入会員ウェルカムパーティー
 9.30 外国人のための日本語講座開講
 10. 4 設立10周年記念式典・講演会・フエスタ
 10. 4 MIFAニューズレターN0.23発行
 10.20〜10.28 マインフルク市民46人来町
    (10.25町民体育窯にブラスバンドチーム参加)
 11.25 英会話テキストコース開講
 11.26 英会話スピーキングコース開講
 12.19 MIFAクリスマスパーティー
 12.27 学生委員会クリスマスパーティー
99.1.20 外国人のための日本語講座開講
 1.30〜1.31筑波大学留学生ホームステイ
 2.1 守谷町国際交流協会ホームページ開設
 2.14 協会ホームページお披露目会・講習会
 3.21 世界を知るシリーズ講演会 駐日セネガル共和国大使アラヅ・アマドウ・ティアム氏
 3.27〜3.28 学生委員会 卒業を祝う会
 3.31 MIFAニューズレター N0.24発行



10周年を機に新たな飛躍を
    守谷町国際交流協会 会長 小川 一成



10周年記念式典で挨拶する小川会長

 1988年(昭和63年)10月、数人の有志により国際交流の種がまかれ、翌、1989年(平成元年)7月22日に、85人の会員でスタートした守谷町国際交流協会が、今日、800人を擁する団体に成長できた事に、当初からたずさわってきた者の一人として、特に感慨深いものがございます。
 国際交流って何をするの? 随分試行錯誤してきましたが、発展する守谷町で全国から移り住んで来られた方々と以前からの住民とが、国際交流という空間の中で、共に価値観を共有できたらそれで十分ではないかと考え スタートいたしました。「国際交流は市民交流だ」という浦安市の辻村聖子・国際交流課長さんの言葉に意を強 くし、その事が決してまちがってはいなかったと確信しております。
 この10年間には町主催の、青少年の人材育成を目的 としたアメリカ合衆国コロラド州グリーリー市への青少年海外派遣事業に積極的に参加し、今年で9回の派遣に協力いたしました。近隣市町村をまき込んでの国際交流フォーラムの開催、各国大使を招いての「世界を知るシ リーズ」は6回を数え、大変人気のある講演会となっております。外国人のための日本語講座や、つくば市にあ るJlCA(国際協力事業団)の研修員、筑波大学の留学生のホームステイ受け入れ等、各委員会の活動は多岐に わたり充実してまいりました。
 この10周年を機に、さらに協会が会員の皆様と共に 確かな飛躍への一歩となるよう、力を注いでいきたいと思います。



姉妹都市マインブルク市とのさらなる交流
    守谷町長 会田 真一



10月27日マインブルク市民フェアウエルパーティーで
(アサヒビール展望塔)



 昨年は守谷町国際交流協会も10周年目を迎え、中央公民館において盛大に記念事業が行われましたことは記憶にも新し く、今後の協会のさらなる発展を確信させるものであり、大変心強く感じました。
  「内なる国際化」が進む当町といたしましても、その波に追従すペく、昨年7月からJETプログラムにより、ドイツ人 の国際交流員を採用いたしました。町広報で姉妹都市通信を担当しておりますので皆様もご存じかと思います。
 国際交流員採用のもう一つの目的として、姉妹都市関係の強化がございます。昨年の10月20日から28日までの9日間姉妹都市であるドイツ・マインブルク市よリブラスバンドチームなど総勢46人が守谷町を訪れ相互の友好を深めました。
 ブラスバンドチームは町民体育祭や守谷町国際交流研修センターにおきまして、ドイツ・ハラタウ地方の伝統的音楽を 演奏していただきました。
 国際交流協会におかれましては、訪問団受入実行委員会や ホームステイ受け入れ、通訳等におきましてご協力をいただきましたことに厚くお礼申し上げます。改めまして、貴協会 の人材の豊かさ、国際感覚の素晴らしさに感じ入りました。
 本年はマインブルク市と姉妹都市調印10年目を迎えます。 国際交流協会と文化協会が合同でマインブルク市を訪問し、日本文化の紹介をされると伺っております。さらに、スポー ツ少年団サッカー部会がマインブルク市においてサッカーの交流試合をする計画があります。これを機に、一層姉妹都市交流が盛んになることを期待するとともに、今後とも国際化の堆進のために貴協会のご協力をお願い申し上げます。


1998年度総会
 1998年度守谷町国際交流協会総会が5月24日、ログハウスで開催されました。出席者は約70人と日曜日のデイタイムとしては多数参加がありました。
 総会では、1997年度活動報告・決算報告、1998年度事業計計画案・予算案を審議し、承認・可決された後、規約の改正が諮られました。
 大きな改正点は理事の選出方法で、前年度の総会で出 された要望を受け、これまで「総会において選出」していたのを「会員の中から理事会の堆薦を経て総会で承認」 することに改めました。会議の議長については、これまで総会の議長は会長が行っていましたが、その都度会員 の中から選ぶこととしました。理事会の議長はこれまでどおり会長が務めます。
 また、ホームステイ委員会を都市交流委員会に統合することや設立10周年記念事業関連の報告がなされました。
 総会終了後、(社)協力隊を育てる会常任理事・小久保茂昭氏の講演が行われ、恒例のバーベキューで親睦を深 め、閉会しました。  (広報委員)


国際理解教育で守谷町国際交流協会に期待する
(財)日本郵便友の会協会指導部長・(社)協力隊を育てる会・小久保茂昭


 (財)日本郵便友の会協会は、青少年の文通活動を推進する団体で、文通活動には国内文通と国際文通があり、私は中・高校生の国際文通の促進に努めています。国や地方公共団体が実施する青少年の国際交流事業の日的には、@国際親善に寄与し、A国際理解を深め、B国際協力の精神を涵養し、C国際的な視野を広める、等が挙げられており、いずれも国際文通の目的と合致しています。つまり、国際文通の促進は、国際交流の促進にほかなりません。
 先般、私は日本語教育の現場の視察を目的に、マレーシアとオーストラリアの両国を訪問しました。 ねらいは、日本語学習に励む青少年のアドレスの入手と、日本語教育現場に対する支援活動の方法論を模索することでした。前者は、日本に対する強い興味・関心を持つ青少年であり、かっこうの文通相手となり得るからです。後者には、日本語を世界語の一つとして存在させるための活動の一助としたいという願いがあります。
 マレーシアで訪れた学校の日本語教師が皆、青年海外協力隊員だったのは、協力隊活動を支援する一人としてうれしかったことです。
 ところで、国際交流活動も長期的、短期的目標を掲げて実施する方が良いのは当然ですが、守谷町国際交流協会の事業実施の目的は何でしょうか。当然、前述のいずれをも「目的」にしているのでしょうが、協会の役員や構成員の方々が、@茨城県青年海外協力隊を支援する会の総会A「開発教育を考える集い」等に前向きの姿勢で出席されていることを考えてみると、「A国際理解を深め」「B国際協力の精神を涵養 し」に、力を注いでおられることは間違いないと思います。
 この「国際理解」や 「国際協力」のための教育は、「環境・平和・人権・高齢者・ボランティア・消費者」等の教育と同様に、 今日の青少年にとって欠かすことのできない大事なものです。このことは、第15期中央教育審議会(略称=中教審)の答申の中でも強調されており、第3部第2章「国際化と教育」の中で『国際理解教育の充実』として掲げられています。
 そして、日本人として、また、個人としての「自己の確立」を図り、異文化を理解し、異文化を持った人々と「共に生きる」資質や能力の育成を盛るこ との必要性を挙げています。この「自己の確立」と「共に生きる」は今回の答申全体を貫いている「生 きる力」の両輪なのです。
 また、今日の青少年は疑似体験や間接体験が増え、 生活体験・自然体験が著しく不足していることを指摘し、実体験の増加が必要と説いていますが、国際理解教育でも同様としています。このため、外国への修学旅行、姉妹都市提携、留学、外国人留学生の受け入れ等、すでに各学校で行っている活動の拡充のほか、地域や青少年団体等が実施するさまざまな国際交流事業へ積極的に参加することを強く促しています。この点で貴会への期待は従前と比較して、さらに大きくなっています。  (講演概要)


MIFA10周年記念事業


 設立10周年事業について初めて話し合われたのは、 1997年(平成9年)7月17日の理事会でした。どのような イベントを企画するか。どのような組織で実行するのかの 2点を協議するところから始まります。
 大枠の行事と予算を理事会で決め、細部は実行委員会を組織し実施する。委員は会員から募集し、早めに発足させ る。実施行事は記念式典、記念事業(イベント・講演会など)、記念誌の発行の3点。実施時期は1998年の秋。予算 は150万円以内とし、それとは別に町こ補助金100万円を申請することにしました。
 第1回の実行委員会が行われたのは9月6日。記念事業部会と記念誌部会に分かれ、事業部会はさらに、式典・講演会・シンポジウム・国際交流フェスタ・学校関係・姉妹都市関連の6分科会に分かれます。
 数回の個別部会、合同部会を経て、1998年2月には骨格が固まりました。記念式典開催日は10月4日、タイムスケジュールは、午後1時から式典30分、講演会90分、フエスタ90分とすることとしました。また、パネル展示は、 姉妹都市・」lCA・アーカスなどの写真展を行い、その後、展示を希望する小・中学校を巡回してはどうかと提案 がありました。
 また、(財)自治体国際化協会が200万円を助成してくれることになり、その助成金でパソコンを購入しホームペー ジを作成する、インターネネット活用事業も10周年記念事業に追加することになりました。
 6月になると講演会、フエスタの内容も異体的になってきます。講演会の講師はダニ工ル・カール氏、フェスタは 文化協会の協力でひょっとこおどり・和太鼓の演奏・お茶会など、ライオンズクラブのもちつきやドイツ・アメリカ・中国などの家庭科理を紹介する「世界の食卓から」。写真巡回展も校長会へ依頼しました。
 スタッフは当日の手伝いを含め50人を超え、参加者は文化協会の出演者が200人、JICA研修員の参加も29ヶ国69人を数えました。前日にはフエスタに参加するJICA研修員の国旗も届き、舞台には生け花をセット。音響、照明の準備も済みました。
 10月4日は天候にも恵まれ、穏やかな日差しが祝福して くれているかのようでした。午前9時にはスタッフが中央公民舘に集まります。調理室では「世界の食卓から」、和室と講座室ではお茶席の準備、外ではライオンズクラブのもちつきの準備も始まりました。
 11時には」ICA研修員の第1陣が到着。お茶席に行ったり、太巻き寿司を作ってみたり、初めての書道にチャレンジと日本の文化に触れました。
 午後1時からは式典が始まりました。主催者挨拶から始まり、実行委員長の10年間の活動報告は、MIFAの総括です。これまでお世話になった人へは、1枚1枚違う図柄の手作りの感謝状。来賓挨拶、来賓紹介、祝電披露と続き、姉妹都市からのメッセージは町の国際交流員、工ルフ ァデインクさんの代読です。
 1時30分からはダニ工ル・カール氏の講演会「故郷の国際化」です。400席はすペて埋まり、講演の間中会場は笑い声が絶えません。
 90分間の講演が終わり舞台が暗転。和太戴が響く中、各国の民俗衣装をまとい国旗を持ってJICA研修員が入場してきます。いよいよフェスタの始まりです。初めは守谷音頭。ノリのいいラテン系の人やアフリカの人たろも一緒になって踊ります。とうろうばやし、ひょっとこおどり、パンブータンスなとが披露され、最後は全員が舞台に上がって「輪になって踊ろう」の大合唱。学生委員会が苦心して作ったくす玉が割られ、フィナーレを迎えました。
 記念式典が終わっても事業は続きます。パネルの学校巡回展は10月から12月まで町内すペての学校を巡りました。 7月から検討が開始されたホームページ作成も他市のホームページを参考にページ構成を考えたり、機種の選定と、 あっという問に12月になりました。年が明けてから作業は急ピッチで進みます。素案が作られ、検討が重ねられ、 2月1日にホームページを開設。2月6日には開設式が、14 日にはお披露目を兼ねた講習会が行われ、いよいよ守谷町国際交流協会も世界に向けての発信が始まりました。
 最後は記念誌の発行です。資料集めに1年。原稿作成に半年と予想以上に作業が長びいてしまいましたガ、3月には上梓。会員の皆さんには総会時に配布できる予定です。
 この発行で予定していた記念事業はすペて終了します。設立から10年の区切りはつきました。これからは世界のMIFAとしての活動が始まります。   (広報委員) 



守谷町国際交流協会設立10周年記念事業に参加して

国際協力事業団筑波国際センター所長 橋本 明彦

守谷町国際交流協会設立10周年記念事業のご成功 おめでとうございます。
10月4日に中央公民館で開催された記念事業には、当センターの研修員約70人とともに参加させていただきましたが、事業に参加された団体の数、メインホールで行われたイベント、世界の料理、茶席、書道、 もちつき、パネル展示などの催し物の多さと用意周到な進行に、感銘を受けました。
 町役場や国際交流協会をはじめとする記念事業の準備と当日の進行管理にあたられた皆さま方のご熱意と お骨折りに深く敏意を表す次第です。参加された人々も小中学生からご高齢の方々まで、幅広い年齢層であったことが印象に残っており、このような事業によって、守谷呵にお住まいになられる方々の世代を超えた交流の輪と団結がいっそう強まるものと確信しております。以前にもまして世界の国々とのつながりが重要な今日、特に次代を担う若い人々の関心が世界に広がるものと思っております。
 研修員たちも守谷町の皆さま方との交流や郷土芸能、日本の文化に触れ、さらに自国の文化や事情を紹介できたという満足感のためか、帰りのパスの中でも興奮さめやらぬ状態で、日本滞在中の忘れがたい思い出の一つとなりました。これも守谷町の皆さま方の温かいおもてなしのおかげと深く感謝しております。また、真心のこもった手作りの感謝状までいただき、恐縮に存じます。
 国際協力事業団(JlCA)は、「人造り、国造り、 心のふれあい」をモットーに仕事をしておりますが、当センターにおいては、アジア、アフリ力、中南米、東欧、太洋州の国々から年間約60力国、800人の技術研修員を受け入れております。彼らは自国の発展のため、技術の習得ばかりでなく日本の人々との交流を通じ、日本の文化や考え方も学び、また、自国の事情 を皆さま方に紹介したいと思っております。このためには、皆さま方のご協力がぜひとも必要となります。今後とも、皆さま方のところにおじゃましたり、皆さま方が当センターにお越しくださるなど、交流の輪を広げていければ幸いです。国際交流や国際協力についてのご質問などがございましたら、ご遠慮なく当センターにご照会ください。
 国際協力事業団筑波国際センター(TBIC) 〒305−0074 つくば市高野台3−6
 Tel 0298-38-1111
 Fax 0298-38-1119




「世界を知るシリーズ」駐日セネガル大使講演会
 
   


 1999年3月21日、駐日セネガル共和国大使アラ ジ・アマドウ・ティアム氏の講演会、「世界を知るシリーズ セネガルってどんな国?」がログハウスで行われました。
 アフリカ大陸の最西端に位置するセネガル共和国は、1960年に独立するまでフランスの西アフリカ植民地経営の拠点でした。日本ではセネガルという国名よりも「パリ・タカールラリー」のゴール地点として首都ダカールの方が知られています。
 大使は1992年から駐日大使を務められていて、日本にとって地理的にも歴史的にも遠い国という印象のあるセネガルについて紹介することが「自分に与えられた責務である」として、自国の歴史、地理的特徹、国名の由来、食事など多岐にわたって話されました。
 アフリカというとひとつのイメージがあり、たとえば野生の王国というイメージがあるが、 自分が初めて野生動物を見たのはタカールの動物園だったこと。アジアにとってアフリカが馴染みがないのは双方ともヨーロッパに侵略されていたから。ヨーロッパの啓蒙時代はアフリカ の暗黒時代だったこと。ヨーロッパはアフリカを分割統治するためマリ帝国を解体し、アフリカの文明を破壊したことなどアフリカから見た歴史観が語られました。アフリカは他国を侵略したことがないと話されたことがとても印象に残っています。
 国名の由来は、セネ=私たちの、ガル=漁船という意味で、食事も魚・米・野菜が主で、魚食文化の日本と似ています。日本の食事は?との質問には日本食は大好きと答えられるなど、遠い国と思っていたセネガルが身近に感じられた講演会でした。     (広報委員)


ウエルカムパーティーに参加して

 梅雨の晴れ間にしては暑すぎる6月最後の日曜日ログハウスで元AETのジャステインさんの講話と国際交流協会新規加入者ウェルカムパーティーが開かれました。
 私は、夫の転勤先、滋賀県に住んでいた9年間は、 国際交流ボランティアグループに加入していました。滋賀大学留学生やミシガン州立大学日本センターの学生たちの歓迎会を開き、日本文化を紹介したり、生活用品を安く提供するバザーなどの手伝いをしていたので、立場が変わり私がウェルカムされ、少々気恥ずかしい思いがしました。しかし、主催者側の温かい気持ちが伝わり、とても嬉しい気分になりました。
 留学生たちの「歓迎会を開いてくれてありがとう」 という言葉の重みや懐かしい仲間の顔が思い出されて胸が熱くなりました。
 各専門委員会の概要や参加者の自己紹介やジャステイン先生との歓談で、時間が瞬く間に過ぎていきました。九州から移ってきたばかりの人、国際交流のイベ ントを多く手掛けてきた人、子育てと平行しながら何か出来ることをと申し出た人、守谷に長く住んでいる が地域に日を向けたい人‥・。動機はさまざまですが、共通して言えることは前向きな姿勢と思いやりの心を持った人が多いと感じました。
 語学に自信がないからとか海外生活を知っていないからとかしり込みする人が多いのは、茨城でも滋賀でも、多分日本全国同じだと思いますが、国際交流で必要なことは異文化の中で生活する人に対しての思いやりの気持ちと、国籍を越えてお互いが文化や人間性を理解しようとする心の広さだと思います。
 規制緩和がますます進み、生活していくために海外の情報をキャッチしながら自分で判断して生きていく時代がやって来たと思います。
 厳しい経済状況と、右を見ても左を見ても暗い風評ばかりのこんな時だからこそ、ログハウスで展開されるイベントに参加し、少しでも国際感覚を磨きながら、魅力ある人たちとの出会いを楽しみにし、心豊に過ご したいと思います。
 人生の折り返し点を通通して、人は一人では生きられないのと同様に、一国だけでは生きられないと痛感 し、アメリカやドイツの姉妹都市との交流を楽しみにしています。     (千日道子)


日本語ボランティア養成講座を終えて

 週1回とはいえ2カ月半も仕事を終えてからの講座 に、まじめに良く通ったものだと自画自賛しています。それだけ、楽しく充実した講座であったわけです。受講の動機は、何か町の企画に仲間入りしようとしただけで、特にボランティアだのと気負ったものではありませんでした。しかし、理由が何であったかは知りませんが、大勢の受講希望者の中から選んでいただいたとあって、いい加減にはできないと励んだことではありました。さて、そうして始まった講座ではありまし たが、回を追って面白くなっていったのは、加納先生の指導の上手さ、受講仲間の熱心さに啓発されてのこ とでもありました。授業実習は、グループメンバーと教材などを楽しく準備し、多少緊張の思いでインドネシアの人を担当しましたが、なかなか思いどおりにはいかないものを感じて、今度やるときは‥‥‥などと不遜に思ったりもしました。
 振り返ってみると大変実のある講座であったとの思いが深く、9月から本当の実践が始まるわけですが、ボランティア・教えるなどと気負った思いでなく、自分 の充実した時のために続けてみたいと思っています。     (杉野公一)

日本語講座に参加して

 MIFAの日本語ボランティア養成講座を終了したのは、確か平成7年12月だったと記憶しています。翌年、第4回外国人のための日本語講座に参加して以来、今年7月15日までで5回の講座を終えました。
 初めは、どんなことをすれば良いのか戸惑いと心配の中でのスタートでした。この問、母国語以外まった く話のできない人、日本に来て日も浅く、友人もなく寂しさを紛らすためだけに参加している人、陽気な人、引っ込み思案な人などさまざまな人たちとの出会いがありました。そして、今ではこの人たちの日本語の上達に少しでも役立ったことを心から喜んでいます。
 この人たちにとって日本語講座は、日本に溶け込む手段にすぎないと思います。しかし、いつの日か彼らが、母国語が同じ仲間に会えるのが楽しみで参加しているという気持ちだけではなく、講座そのものが楽しい、講座の先生方に会えるのが楽しいと思ってもらえる日の来ることを期待しています。今回、新たにボランティア講座を卒業し、新しい戦力として先生になっていただける人がたくさんいると聞いています。一緒に頑張りましょう。     (光中良博)


学生委員会クリスマスパーティー

 学生委員会クリスマスパーティーは、阿見町の6人を含め24人が参加して、12月26日にログハウスで行 われました。
 阿見町にも学生委員会があります。学生同士交流しようということになり、今年は守谷軌町こ招待して合同 クリスマスパーティーを行うことになりました。
 今後の交流が楽しみです。     (広報委員)



この問題は難しい

筑波大学留学生ホームステイ


 1月30日、9人の筑波大学留学生とその家族2人がその晩ホームステイするホストファミリーとログハウ スで対面しました。サンドイッチパーティーで交流を深めた後留学生は和装し、日本古来の優雅な遊び、投扇興を楽しみました。初めての和装、初めての正座、もちろん投扇興も初めて。少しだけ日本の文化に触れたひとときでした。     (都市交流委員)



初めての和装で投扇興を楽しみました


10周年記念事業・パネル巡回展

 守谷町国際交流協会では設立10周年記念事業の一つとして、1998年10月から12月まで、町内小・中学校で写真等のパネル展を行いました。展示内容は、守谷町の姉妹都市であるドイツ・マインブルク市とアメリカ・グリーリー市、茨城県アーカス構想パイロット事業、JICA(国際協力事業団)、青年海外協力隊の写真と「スリ ランカの子ども達の就学を援助する会」が援助している子どもたちの絵図です。
 自分たちとはまったく違う言葉を話し、生活習慣の異なる人々が世界にはたくさんいます。この異文化の素晴らしさを守谷の子どもたちにもぜひ知ってもらいたいという願いを込めて、学校に提案させていただきました。 先生方のご協力のおかげで、多くの子どもたちに見てもらうことができ、無事終了することができました。感謝いたします。ただ、子どもたちにアンケートをお願いしましたが、残念なことに姉妹都市のことなどはあまり知 られていないようです。
 国際交流協会ではこれからもさまざまな機会を利用して、守谷の子どもたろに外国の文化や生活のことなどを伝える努力をしていきたいと考えています。

  アンケート集計
姉妹都市(有効回答数744)
姉妹都市を知っている     はい 75    いいえ669
姉妹都市に行ってみたい   はい 323   いいえ421

アーカス構想(有効回答数666)
アーカスを知っている      はい 69    いいえ 597
学びの里に行ったことがある  はい 101   いいえ 565

JlCA・青年海外協力隊(有効回答数98)
JICA・青年海外協力隊を知っている  はい  33   いいえ  65
JICA・青年海外協力隊に興味を持った はい 40   いいえ  58

※各学校が希望するパネルだけを展示したため、学校により展示されたパネルは異なります。


<編 集 後 記>

 設立10周年記念事業に始まリ10周年記念事業で終わった1998年度のMIFA。それなりに充実感はありましたが、記念事業の検討や記念誌の編集に時間をとられ、実質的なMIFAニューズレターの発行はこのN0.24だけとなってしまいました。
 5月の総会から3月の大使講演会まで、1年間の大きな事業を載せることができましたが、もう少し日常的な活動を素早く会員の皆さんに知らせる努力も必要だったかと反省しています。
 幸い、(財)自治体国際化協会の助成を受け、守谷町国際交流協会のホームページを開設することができま した。これからは、ホームページの充実を図ることで、迅速な情報提供を行いたいと思っています。
 なお、10周年記念誌は1999年度総会の時にお配りする予定です。
 今年度の組織改革でホームステイ委員会と都市交流委員会が統合されました。しかし、昨年10月にはマインブルク市民46人を10日間、1月には筑波大学留学生11人を受け入れるなど、積極的にホームステイを受け入れる姿勢は変わりません。
 外国人のための日本語講座は受講者希望者がますます増える傾向にあります。1994年から始まったこの講座もすっかリMIFAの事業の中核となっています。
 大使講演会や「われら地球人」といったイベントのみならず、こういった日常的な活動の積み重ねが地域に根差した国際親善、相互理解につながるものと考えます。
 これからもMIFAの活動へのご理解、ご協力をお願いします。



10月25日町民体育祭で演奏するマインブルク市から来たブラスバンドチーム