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ロウバイ(蝋梅)開く   教壇日記    春 春 春 ・・   蘭かおる    梅一輪
ラン らん 蘭    2000年 問題   「五体不満足」    福寿草   自己チュー
算  額    ジンチョウゲ    コンパス・プラント    老人力    サクランボ
ツバキ満開    続 喫煙問題    カトレヤ   入寮式に思う    カイドウ

ロウバイ(蝋梅)開く

 大寒の寒さの中、寒風にもめげずロウバイが、つつましく黄色の花を開いて芳香を放っている。
 今年は暖冬であったが開花は例年より遅れている。ロウバイは、中国中部地方が原産地で朝鮮を経て17世紀のはじめごろ我が国に入ったと言われている。 春に先駆けて最初に咲く花が、我が家ではロウバイである。つづいて、ネコヤナギ・サンシュユ・マンサク・ウメ・ヒュウガミヅキ・レンギョウと春本番につながる。 
 漢名はふつう蝋梅が使われていて、ロウバイの名はこの音読みにあると言われている。
 また、花びらがろう細工のように油のしみ込んだような半透明で色も蜜蝋に似ているのでこう呼ばれるようになったとも言われている。
 ソシンロウバイは花弁がとがっているのにたいして、マンゲツロウバイは花弁が丸く大型で梅の花そっくりで気品がある。見事な花である。
 花の後には草ボケの実を長くしたような実がなり、熟すと黒い蓑虫のような形になる。地面に落ちると結構発芽している。
 蕾はヒヨドリの好物のようで、特に、餌の少ない雪の多い年には大半が食べられてしまう。今年は今のところ被害も少なく楽しく素晴らしい花見ができそうである。
ソシンロウバイ
マンゲツロウバイ

教壇日記

            あすなろの子らと共に

 菅生小学校での同僚、取手市に住む野口幸子さんより昨年11月自費出版された「教壇日記 −あすなろの子らと共にー」を頂いた。
 野口さんは、39年の教職を去り11年になると言う。
 地元の自分史講座講師の勧めで若き日の記録をまとめて出版されたよし。戦後まもない昭和24年に18歳で教職に就き、4年後の1年生担任時の丹念な日記をもとに記述されている。
 当時、菅生小学校には、遠距離通学となるため、4年生までの大塚戸分校があった。時の1年生が120名で分校の1年生が41名であったと言う、分校だけでも現在の小学校の1学年より児童数は多い。時の流れ時代の変化を感じないではいられない。
 純真なこの子供たちのために、この一年を一生懸命に頑張ろうと心に誓った入学式、黒塀への落書きを子供と共に消した話、雨の日の下校時の見送り、障害を持つ子への関わり、校外学習、自己研修、個々の児童への配慮と、厳しい時代を背景としてのお姉さん先生奮闘記である。
 野口さんの、序文もつけない控えめな編集に人柄が偲ばれる。
 一日一日が真剣勝負、子供はいつも同じではいない。ものの豊かな時代に生まれた人たちにも、ものの無い時代の中での教育を、そして教育の中での不易な部分を読み取って頂くために、是非、一読を薦めたい本である。

    

 二月ともなれば、マンサク、サンシュユが裸の枝を寒空にさらし、枝先に早くも黄色の花びらをのぞかせている。
 なぜか早春の木々は黄色が目立つ。
 マンサクの名は、寒さに負けず、寒中でも他の花に先がけて「まず咲く」が転じてこう呼ばれるようになったとも言われるが、黄色の花がいっぱいにつくところから「豊年満作」の満作からだという説もある。
 今年は花がぎっしりきているので、とにかく豊作の縁起をかつぐことにしよう。
 サンシュユの花は、一つ一つの花は小さく、小さな花が丸く固まって咲くが、木全体が花の少ない季節に青空にまっ黄色に映えて輝き素晴らしい。
 中国・朝鮮が原産地でサンシュユの渡来は、花の鑑賞が目的でなく、菱山氏によると薬用として入ったものだという。秋に楕円形の赤い実がなり、果肉を乾燥したものを山茱萸と称し、滋養強壮、強精、止血、解熱などの目的で使われた。
 サンシュユの名前はこの音読みであるという。
 ところで、宮崎県の民謡「稗つき節」に 庭のサンシュウの木・・・ と言う一節があるが、作歌年代、サンシュユの渡来年代からみると、これは香辛料として使われるミカン科のサンショウのことで、九州のある地方では今でもサンショウをサンシュと呼んでいるところもあると言う。

マンサク

サンシュユ

かおる

cym.インシグネ paph.オルチラ
paph.バトル・オブ・エジプト b.アコーリス
  cym.ラッキーレィンボー  

 シンビジウム、パフィオペディラム、ブラッサボラ、カトレヤ、オンシジウム、デンドロビウムとなんでも一緒に管理することはむずかい。
 洋蘭とは言っても分布は高温多湿な地帯で、熱帯アメリカ、熱帯アジア、熱帯アフリカが三大中心地である。ラン科植物は様様な形態を持ち大変、変化に富んだ植物群である。
 様様な環境に適応していった結果、形態の特殊化が生じたからである。
 また、このような特殊性が洋蘭の大きな魅力となっている。
 シンビジウムなどは花が2ヶ月以上も咲いていて、花が長持ちするし、香りをもつ蘭が多く知られている。
 世界でも蘭はその美しさから尊重され、国花にしている国も多い。
 ともあれ、時々に素晴らしい、それぞれに気品のある花と葉、香り、色彩、そして形態は見る人を魅了してやまない。

梅一輪!!

   梅一輪一りんほどのあたたかさ   嵐雪

 桜と並ぶ日本の代表花、「ウメ」 ウメは厳しい寒さの中で蕾をふくらませ、寒さに耐えて花を開き、人々にふくよかな香りをただよわせて春の訪れを告げてくれるバラ科の樹木である。
 貝原益軒は「大和本草」(1708)の花木のトップにウメを置き、「梅花は独り天下の花に先立って開く。故に百花魁という。その香、色、形容、また百花にすぐれたり、故に花中第一とす。園には必ず、先ず梅を植えるべし」と書いている。
 九州には山中に野生状態のものもあるが、奈良時代かそれ以前に中国から入ったものがもとになっていると考えられている。
 子供のころ、青梅がなると学校から「青梅を食べると死んちゃうよ、青酸という毒があるから」と強くとめられた記憶がある。現に青梅を食べて亡くなった子もいたようだ。
 今の子は、熟した梅でも生梅など食べる気も無い。当時の青梅でも食べる子供たちの生活が蘇って来る。
 我が家でも紅梅のほかに、実梅として小梅、白加賀を植えている。
 このごろは、減塩梅干で焼酎と10%の食塩で漬け込み、三日三晩の土用干しでは干しすぎるので一日一晩ぐらいにして仕上げている。これで家庭用は十分である。
 花の時期に雪があると実の付きが悪くなる。今年は豊作の年になりそうだ。

白  梅
紅  梅

ラン らん 蘭

おりおりに 変わった花が 見られ楽しみです

オンシジウム
 属名は、ギリシア語の「こぶ」により、唇弁の基部にこぶ状の隆起があることに由来する。熱帯・亜熱帯アメリカに広く分布する。多くは着生種。唇弁が大きいのが特徴で花の大部分を占めている。
デンドロキラム 
 ミャンマー、スマトラ、フィリピン、ボルネオ、ニューギニアなどに分布。着生または岩生、まれに地生種。花に芳香のある種が多い。
シンビジウム
 ギリシア語の「舟」と「形」の2語からなる合成語で、唇弁の形に由来する。インド、東南アジア、中国、日本、ニューギニア、オーストラリア北部に分布する。「東洋らん」もこの仲間。

2000年 問題

 カーナビゲーションが今年の8月22日に狂うと言うので、チップの交換を行った。
 これは、GPS(全地球測位システム)衛星のコンピュータが、日付を二進法により週単位でニの十乗までしか認識できないことに起因する。
 コンピュータの2000年問題も西暦年数処理を下二桁で標準規格化したことによる。それは、00年を1900年や、そのコンピュータの製造された年としてコンピュータが認識して処理をするためである。
 西暦年数四桁使用を規格化したのは1989年以降である。それにも関わらず最近まで放置されたのは、ソフトウエア資産の急激な増加、追加プログラムはコンピュータの継続性から二桁処理を続けた、又、ソフトウエアには耐用年数が無く新しいハードウエアに継続して使用される等の問題によるようだ。
 汎用コンピュータからパソコンまで、更に、自動車、エアコン、冷蔵庫、炊飯器、ビデオデッキ等の「埋め込みチップ」には、プログラムが打ち込まれており、その中に日付機能を持ち、年数を二桁で扱っているものが沢山あると言う。
 コンピュータへの対策としては、コンピュータだけではすまない、ハード、OS、アプリケーションまで修正しなければならない。
 世界中のコンピュータを2000年1月1日までに対応することの難しさが問題になっているわけで、コンピュータによって支えられている社会にとって大きな問題である。
 コンピュータが急速に発展・普及した時代は、コンピュータの処理速度が遅く記憶装置が高価だったために、記憶すべき情報を減らすことの技術者への要望から生まれた二桁処理である。
 必要とは言い、その場の処理がやがて大きな禍根を残すことを考えさせられる問題である。

「五体不満足」

 ある障害を持つ方の「レストランがあるとすぐ入ってしまう」と言う話に、「どうして」と聞き返すと、「いらっしゃいませと言うでしょう」との返事に 「はっ」 としたと言う話を聞いた。障害者に対する社会のあり方の問題である。
 「五体不満足」は障害を持つ乙武洋匡著の講談社発行、定価1,600円の本の題名である。 先天性四肢切断という、わかりやすく言いば、「あなたにはうまれつき手と足がありません」と言う障害である。原因はいまだにわかっていないと言う。
 話に尽くせないほどの困難を乗り越え、スポーツにも挑戦してきた、現在、早稲田大学政経学部に学ぶ学生です。
 この大きな障害を、単なる「身体的特徴」と考えて、「自分にしかできないこと」に貢献するため、学校の授業の合間を縫って電動車椅子で全国を歩いて講演活動をしています。めぐまれた強健な精神力と実践力、持ち前の明るさ、四肢以外に障害が無かったことは幸いであった。
 当人の生き方は言うまでもなく、母親の彼を愛する強さと家族のあり方。彼の周りにいた担任の先生方の素晴らしい教育観と実践力に頭が下がる。
 あとがきの中で、「ボクは声を大にして言いたい。「障害を持っていても、ボクは毎日が楽しいよ」。健常者として生まれても、ふさぎこんだ暗い人生を送る人もいる。そうかと思えば、手も足もないのに、ノー天気に生きている人間もいる。関係ないのだ、障害なんて。と書いている。
 一読をお勧めしたい本である。

福 寿 草

 十数年前、土田氏の庭先から株分けして頂いたもので、年々株を増やし、春先の花の少ない季節に、落ち葉の間から見事な黄金色の花を見せてくれる。
 花の素晴らしさと共に,当時の懐かしい人々とのふれあいを毎年思い起こさせてくれる。
 フクジュソウはキンポウゲ科の多年草で、日本各地の山林に自生する。茨城県では花園山や七会村にも生えている。
 花は晴れた朝に開花し夕方に閉じます。花の開閉に直接関わるのは光ではなく、光が当たることによる花の温度によるようです。
 草全体にアドニンという有毒物質を含む毒草で根は強心薬になります。
 正月に飾る寄せ植えは促成栽培で咲かせたものであるが、早春の光をいっぱいに浴びて黄金に輝く花、又、福寿草と言う名前も正月に相応しい花である。
 野生の花は二月から四月ごろである。
フクジュソウ

自己チュー

 今、学校は大きな課題を背負っている。それは、学校教育の機能に加えて、家庭や地域社会が分担すべき教育機能まで引き受けなければならない現状にあるからである。
 学級崩壊と言う言葉をたびたび耳にする。ベテランの教師でも過去の教育観や指導方法が通用しなくなり、授業が成立しなくなっている学級が多くなっていると言う現象である。
 授業中の立ち歩き、私語、いたずら、話を聞いていないなど小学校で問題化されてきたが、幼稚園でも同じ現象が起こっている。
 許容社会と言う言葉が使われたときがある。ものわかりの良い親や社会の様に、毅然として止めねばならない悪い事でも、すべてを許容してしまう社会や親の態度を言ったものである。少子化時代の申し子なのであろうか。
 ところで、近年は、個性の尊重、個性の伸張が称揚される風潮が強くなってきた。「自己チュー」はこのような社会で、少子化でわが子に甘い親が増えてきた中で、「自己愛」が膨らみ過ぎ、他人を思いやらない子供が増えてきた事態を憂えた言葉である。
 基本的には,自我が弱く、耐性が無い子供が増えたことであろう。そのつながりに「ムカつく」「キレる」と言う実態もある。
 個性の尊重は、自己中心ではない。この辺が誤解され、混同されて他人に迷惑をかけても気にしない、思いやりのない、我慢をすることのできない、自己中心の我侭な子供を育てているのではなかろうか。
 一方では、夜、子供たちにお金をくれて留守番をさせ、カラオケや酒を飲みに両親で行ってしまうという話も聞く。ある知人は、幼児を寝かせて両親で遊びに出かけた後、目を覚ました幼児が親たちがいないのに気づき、家の外に出て泣いていたと言う事実を話してくれた。子供だけの問題ではないようだ。
 大きな問題もさることながら、身近な家庭を省みて取り組むことが、我が子を救う、学校を救う道である。

算 額(さんがく)

 水海道市豊岡町横曽根の諏訪神社に天保四年(1833)奉納
された算額は、県内に現存する算額のうち最も古いものです。
 算額とは、数学の絵馬のことで。算額の奉納は江戸時代
初期の頃から行われており、神社や仏閣に奉納された算額は
数多くあったようです。
 現在でも合格祈願や病気の平癒祈願などで絵馬に願いを託
し、神仏の加護をお願いすることがあります。算額奉納も、難
問に対峙した人が、ひらめきを得てその解法にたどり着いた
時、「これは神仏のおかげに他ならない、ありがたいことだ、
これからも精進するからよろしくお願いします」と感謝と願いを
表すものであった。しかし、後になると、次第に自分の研究発
表や流派の宣伝、自分の記念や記録のためにも奉納
されるようになったようです。

右の算額の問題を今の内容にしてみると
  中鉤=A
  方面=B
  円径=X で表し、 単位をcmで表すと
問い 鉤股弦がある。
    A−X=1.12(cm)
    X−B=0.8(cm)
    である、XとBはいくらか。
答え Xは5.6cm、Bは4.8cm。
式  1.12×0.8×2÷{(1.12)−(0.8)}=5.6
  までが書かれている。なぜこうすれば正しい答えが得られ
 るかという説明は全く無い。正しい解義を得るのが、その問
 題を自分で解くことなのである。
              (松崎利雄著「茨城の算額」より)   

     総州猿島郡猫実住人 山崎常作門人
     同州岡田郡当村    古谷文吉
今有鉤股弦只云中鉤寸与円径之差一寸一分
ニ厘又云円径寸与方面寸之差八分問円径方
面幾何
     答曰 円径五寸六分
         方面四寸八分
術曰置只云乗又云倍之以只云与又云差除之
得円径合間也

天保四癸巳年正月吉日

ジンチョウゲ

 ふくいくとした甘く強い香りが夕やみに漂う。香りに気づいてジンチョウゲの開花を知る。
 冬の間から、光沢のある厚い葉の間に、紅紫色の蕾をかたまってたくさんつけ、白色の花を開く、花びらのように見えるのは実はがくで、この花には花弁がない。がくは肉質の筒形で先が四つに裂け、どう見ても花びらのようである。
 ジンチョウゲは中国原産で日本には16世紀初めの室町時代頃に入ったものだと言われている。
 ジンチョウゲは漢字では沈丁花と書く、花の香りを、名香の沈香と丁字の香りに例えたものであるという。
 雌雄異株の植物と考えられていて、実はめったに成らない。
 20年以上の見事な大株となったシロバナジンチョウゲが突然枯れてしまい、夜気の中で匂うジンチョウゲの風情を忘れられず。二代目として植えたものである。
 切花として鑑賞した後、挿し木をすると良く着く。挿し木に適した時期なのでしょう。
  

       沈丁花春の月夜となりにけり  虚子 

ジンチョウゲ

コンパス・プラント

 昨年の春の彼岸は風邪から肺炎を起こし、四週間の初めての入院生活を送った。病室の窓から春雨に煙る町並みの中に、ハクモクレンの春を告げる白い花が印象的であった。
 このふくよかな純白で香りの良い花も一度西風や霜にあうと見るも無残に茶色くなる。寒気の来ないことを祈るのみである。
 ハクモクレンの蕾は写真のようにみな北に曲がっている。日の当たる南側の伸びが良く、そのために北に曲がるようである。他の植物でもこのような特徴を表すものもあるが、これらの植物をコンパス・プラント(方向指標植物)と言う。
 ハクモクレンに続いて我が家では、ニシキモクレンが開花する。花は筒状の鐘形で、半開きの形となる。外側は紫色で内側は色が薄く白色を呈する。
 葉は大きな広倒卵形で木全体を包むので、キジバトの格好の営巣場所となっている。
 今年は何羽のキジバトの雛が孵るか今から楽しみである。
ハクモクレン

老 人 力

 本屋さんに行くと、赤いちゃんちゃんこを着たような真っ赤な表紙に「老人力」と書かれた本がどこの店にも並んでいる。赤瀬川原平著「老人力」筑摩書房発行の本である。
 1952年4月から98回にわたるNHKの連続放送劇「君の名は」、放送の始まる午後8時30分には銭湯の女湯が空になると言われた。その冒頭に「忘却とは忘れ去ることなり、忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ。」と言うプロローグがあった。
 若い人にとって忘れると言うことはなかなかできないことである。もっとも、恋慕う心は年令に関係ないかもしれないが。真知子が出てきても、春樹が記憶から出てこなかったり、劇の題名が出てこないときがある。
 ある出来事として頭に焼きついたものは覚えているが、その名前や年代などは忘れやすい。覚えていてもその関係の糸が切れていると言うことである。したがって、人の顔は覚えていて、名前もあれこれ覚えていて、その繋がりがわからなかったり、「あれ」「それ」「そこ」などの指示語が多くなってくる。
 物忘れをするようになったと言わないで、物忘れができるようになった。と言うのが老人力だと言う。力を抜く力である。
 年をとると記憶力が衰えるのは、脳が萎縮する為で、生理的老化による物忘れと痴呆とは違う。
 痴呆には、アルツハイマー型と脳血管性があるが、病的な物忘れを引き起こすのは、アルツハイマー型のほうであると言う。
 アルツハイマー型痴呆にかからない最も確実な方法は、長生きすればするほど発病率が高くなり、男性より女性に多いことが明らかにされているので、男に生まれて、早死にすることであると言う。ごもっともなことである。
 老人力も順調に発達しているこの頃です。

サクランボ

 今年の桜の開花予報は東京で3/30日であるが、我が家のサクランボの花は18日には開花し、20日には、肌寒い春雨の中で満開となった。
 暖地サクランボであるが、例年ソメイヨシノより開花が早い。一足先に花見ができて楽しみである。
 サクランボはバラ科の落葉果樹で、園芸上は核果類でオウトウ(桜桃)という。サクラ類の果実は、1個の核をやわらかく多汁な果肉が包み込んでいるので、多くのものが食べられる。
 そのなかで、食用に栽培されているサクラの果実をサクランボと言っている。
 ヨーロッパが原産地で、日本へは明治初年に入ったもので、成熟期に雨の少ない、北海道・東北地方などで栽培されているが、主産地は山形県が日本のオウトウ栽培面積の60%以上を占めている。
 成熟期に雨にあうと裂果を生ずるので、樹上にテントを張って雨よけ栽培をすることが多いと言う。
 5月になると、我が家のサクランボも成熟して見事に真っ赤に色づくが、1・2回取って食べる頃には、ヒヨドリとムクドリに一粒も残さず食べられてしまう。
 孫たちが、毎年真っ赤に実の付いた枝を学校に持っていって、友達に見ていただくのがせめてもの楽しみである。
 
サクランボの花

5/11桜桃熟す

ツバキ満開

 江幡氏の裏山から、実生のヤブツバキを頂いてから十余年、今では大きくなって毎年見事な花をつけてくれる。
 ツバキの花は、花弁の肉が厚く、つやつやした厚い葉の間に大輪の花を開き、花びらで散らないでおしべと花びらが一つになって、めしべとがくから離れて、花全体が音を立てて地面に落ちる。
 武士の家や勤め人の家では、ツバキは花が首から落ちると縁起を担ぎ庭には植えなかったと言う。
 我が家には、乙女ツバキ・荒獅子・光源氏等がある。
 ツバキの園芸品種は数千に上るが、そのもとは、日本の主として太平洋側に分布するヤブツバキと、北陸・東北の日本海側に分布するユキツバキで、数々の品種が作り出され、さらにこれがヨーロッパに輸出されて、多くの品種を作り出したようである。
 江戸時代にツバキ愛好のブームがあり、第二次大戦後、日本から輸出したツバキがヨーロッパやアメリカで評判となり、それに刺激されて日本でもツバキ熱が、また、高まって今日に至っている。
 椿と言いば、伊豆大島の「椿祭り」が有名である。ツバキの灰は染物の媒染に使われ、とくに紫染めの発色に使う。また、種子の油は髪の油として有用である。
ヤブツバキ

 喫煙問題

 さきに、若年からの喫煙者は肺がんにかかる率が高いと言うデータを紹介した。そして肺がんの芽ができてから直径1cmほどの肺がんになるには、長い年月がかかることも記しておいた。
 ところで、98年厚生省集計によると、1998年は肺がんによる死亡者数が胃がんとほぼ同じになることがわかった。朝日新聞によると、99年は確実に肺がんが胃がんを追い越すだろうと言う。
 禁煙が進んでいる英国などでは、肺がんによる死亡数がすでに減少に転じている。我が国でも喫煙率は減少しつつあるのになぜかと思う。
 大阪府立成人病センター所長の大島氏によると、たばこの流行によって1960年代は日本の男性の喫煙率は80%を超えていた。肺がんの増加はたばこの流行から2,30年ほど遅れる。昔のたばこ流行のツケが今きていると言っている。うなづける話しである。
 我が国の男性の喫煙率(世界保健機関の97年報告)は55.1%で、欧米に比べて20−30ポイント高い.女性も20代の喫煙が増え、13.3%。約7.5人に1人がたばこを吸っていることになる。
 K医師は禁煙を薦める立場にある医師がたばこを吸っていては、禁煙は薦められないと言い。T医師はたばこは麻薬で禁断症状が出る、わかっているけどやめられないと言う。いずれにしても、何十年も生きられる年齢でない人たちの話である。
 しかし、中高生など若い世代の禁煙教育はこれらの実態も踏まえて、家庭、社会、学校で真剣に取り組まなければならない現実である。

    カトレヤ

 カトレヤが咲き出した。カトレヤ類は、その花の美しさ、豪華さから「花の女王」とされている。
 カトレヤ属の属名はイギリスの植物収集家で初めてこの属の開花に成功したカトレイ(?‐1832年)の名を記念したものである。
 カトレヤ系は、中南米原産の着生蘭の代表的なグループで、このグループはカトレヤ属を中心に、他の属を交配してできたもので、交配による変化の幅は広く、洋蘭の中では最も人気がある。
 花期は春咲き、夏咲き、秋咲き、冬咲きがあり。
 着生蘭ですから、それぞれバルブといわれる茎の肥大した部分と、肉厚の葉、それに太く丈夫な根を持っているので、乾燥と強光には、大変良く耐える性質がある。
 花が長持ちするので、これからしばらく楽しめる。!

カトレヤ

入寮式に思う

 日本女子大学の入寮式に同席する機会を得た。ここの学寮は、1901(明治34)年に本学の創立者により設立され、90余年の歴史を持っている。
 設立の目的は、寮生が共同生活を通して教養、人格を高め、自律的な生活態度を培い、それを広い意味での人間教育の一環とすることにあった。
 昔は、学生数も少なかったこともあり、自宅通学以外の学生は全員が寮に入ることを原則としていたと言う。
 現在は、寮に収容力もないので一部の学生しか入寮していない。
 高校生であろうと、大学生であろうと、初めて入寮生活を送らせる親の思いは同じであるようだ。
 学寮アドバイザーとの話し合いの中で、子供の体質にからむ施設の改善についての希望が出た。アドバイザーは、それを聞いた上で、自らを律し、生活上の決まりは寮生同士の話し合いに基づいて決定し、さらにそれらを自己の責任において実行して行けるよう、子供から申し出るよう話して下さいと付け加えた。
 すると、母親は、家の子はそう言うことは余りやりたがらないのですと言う。親の気持ちは痛いほどわかる、しかし、だからこそ寮生活を通して生きる力を付けることが大切ではないのだろうか。
 そしてアドバイザーは続けた、お子様からいろいろ苦情が出るかもしれないが、それを鵜呑みにしないでほしいと。
 入寮生が少なくなっていることも、施設だけの問題ではなさそうだ。ものの豊かな社会の中で、過保護に育ち、自己中心的な子が増え、集団の中での生活にとけ込めない子が増えているのも事実のようである。

カイドウ

 カトレヤが「花の女王」なら、カイドウは「花の王様」である。
 カイドウ類は、バラ科リンゴ属のなかでは、特に花が美しく鑑賞用に栽培されている。
 葉が伸び出すと共に花の柄の長い蕾が垂れ下がる。つぼみの色は赤が濃く、開花すると薄くなって紅色となり、垂れ下がって咲く姿はまことに魅力的で、実に美しい。
 江戸時代にカイドウと言われていたものはミカイドウであったが、現在はハナカイドウをカイドウと呼んでいるようである。
 野生種は知られていないので。雑種起源の園芸植物と思われている。
 菱山氏は、中国の故事[海棠の睡りいまだ醒めず」は唐の玄宗皇帝が美酒に酔った楊貴妃の姿をたとえた言葉で、美人が酔った後のまだ眠りたりないようななまめかしいようすをいう。以来、カイドウは美人を形容する言葉ともなったといっている。
 みごとな花である。
 
ハナカイドウ

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