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 紅葉  フジバカマ  サザンカ  アオマムシグサ
 
富士山神社  敬老の日の贈り物 シラタマタケ
 
臥龍松    もみじ   ツワブキ   表現祭
 
いばらき教育の日   ヒラタケ  ヤマトゴキブリ
 
コガタスズメバチ   ミゾソバ   土方歳三生家
 
獅子柚子   キダチチョウセンアサガオ   ワルナスビ   アメリカキササゲ2   
 
ガーデンシュレッター  キョウチクトウ  金庫  ずいき  学力低下  スプレーバラ

 

 

紅葉

 関東・東海、今年最大規模の台風22号が、今夕、東海から関東にかけて上陸の恐れが出ている。
 現在中心付近の最大風速50m、時速50kmで北北東に進んでいる。被害が出ないことを祈るのみ。
 ところで、雪の便りも聞かれ、そろそろ紅葉の季節である。
 写真は根本岩男氏の半切写真である。
 紅葉は気温が8℃以下に下がるようになると始まると言う。
 日本の紅葉は素晴らしいと言うが、赤、黄の紅葉の中に緑の木々が混じることで見ごたえが出てくる。
 しかもカエデを中心として26種もの紅葉する木があることによる。
 種によって紅葉の色は微妙に異なる。
 紅葉の時期は一つではない、北と南、山の高度によってそれぞれに異なって期間が長いことも良い。
 科学的には、紅葉は気候の変化のため、葉中に生理的反応が起こって、緑の葉が赤、黄、褐色に変わることであり、カエデ科などで著しい。
 これは秋になって、気温の低下によって離層ができ、物質の移動が困難となって糖類が蓄積され、アントシアンなどの色素が形成されるためである。
 また落葉前、葉緑体が分解され、緑色が消えるために黄色を呈するものを正しくは黄葉と言う。紅葉と同じ時期に起こることが多いので言葉に尽くせない錦繍の美しさがある。
 年に一度の紅葉のためにも台風の静かな通過を願うものである。(10/9)

フジバカマ

 台風22号は60kmのスピードで首都圏を直撃して千葉市から成田を通って鹿島灘にでた。風速35mと強い暴風雨が大きな爪あとを残して行った。
 成田国際空港も発着ができず、今日の便にも後遺症が残っている。
 今日は孫が修学旅行で18時30分の飛行機でニュージーランドに立つ予定であったが、今夜は成田に宿泊して明日8時30分に出発すると言う。
 この辺は台風が東側を通過したので雨台風となり、風は比較的に静かだった。
 こうも台風の進路の右か左で違うものかと実感した。
 お陰さまで、フジバカマが元気に今朝も咲いている。
 フジバカマは藤袴と漢字では書き、キク科エウバトリウム(ヒヨドリバナ)属の多年草で別名カオリグサ(香草)とも呼ばれる。
 日本、朝鮮、中国に分布するが、日本のものは奈良時代に薬用として渡来したものが帰化したと考えられている。
 ヒヨドリバナと間違われやすいが、本種は葉が3裂している。
 自然堤防などの草地にはえていたが現在では開発に伴ってほとんどなくなり、栽培されているものを見る程度で絶滅危惧種である。
 生乾きのときクマリンの芳香があり、中国では古くから香草として身につけたり、湯に入れたりされ、利尿、むくみ、糖尿病に薬効があると言う。
 用法は天日乾燥したものを煎じて用いる。
 秋の七草の一つで淡紅紫色を帯びた小花が多数つき、地味だが味わいのある花で、茶花や生け花にも欠かせない材料でもある。(10/10)

サザンカ

 天候の良い確率の「体育の日」、台風一過の秋晴れは期待はずれ、今日も、又、雨、秋の長雨の1日となってしまった。
 そんな雨の中、サザンカの花が咲き出した。
 サザンカは山口県から沖縄に自生するツバキ科の常緑小高木である。
 晩秋から咲き始める花であるが今年は開花が早いようである。
 冬枯れの庭で、彩りを添えてくれるサザンカは、日本で生まれ育った日本特産の木である。
 ツバキとの違いは、一般にサザンカのほうが葉が小さく、小枝から葉柄、主脈に毛がある点、晩秋から咲き始め、花に芳香があり、花弁が薄く波打ち、ばらばらに散る点、子房、果実に毛があることである。
 園芸品種は120余種あり、原種は白であるが、花色は白、淡紅、濃紅、ぼかし、爪紅、大輪、八重咲き等変異がある。
 鑑賞以外の用途としては材が楽器や折尺にされ、種子からは油が取れる。
 この辺で11月から2月にかけて咲くカンツバキは、関西地方ではシシガシラと呼ばれてきたもので、葉に鈍い光沢があり、縁にははっきりした鋸歯があり、若枝、葉、葉柄などに僅かに毛があり、ツバキの名がついているがサザンカ系の園芸品種であろうと言われている。
 しばらくはサザンカの花を楽しもう。(10/11)

アオマムシグサ

 群馬県榛名富士の山頂付近でアオマムシグサが実をつけているのを見つけた。
 サトイモ科の多年草で、北海道から九州、東アジアに分布している。
 マムシグサと同種だが、全体に緑が濃いことだけが違う。
 平地から山地の野原や林下などに生える。
 葉は2枚、鳥足状の複葉で7−17枚の小葉からなる。
 雌雄異株で、春、開花し、肉穂花序は長さ6−8cm仏炎包に包まれ花序の付属体は棍棒状となる。
 先端は汚紫色でややふくらみ先は鈍形である、液果は豊大な穂軸面について赤く熟する。味は辛い。
 若い内は雄性の花序をつけ、何年かたつと雌性の花序をつけて性転換を行うことで知られた植物群である。
 へびのだいはち、やまごんにゃくの呼び名もある。
 日本名マムシグサ(蝮蛇草)は偽茎面のまだらにもとづいた名で、ヘビノダイハチ(蛇の大八)は蛇を人にたとえたもの、ヤマゴンニャク(山蒟蒻)は山に生えるコンニャクの意味である。
 この仲間はふつうテンナンショウとも呼ばれている。
 それにしてもこの実は見事である。(10/12) 

 

冨士山神社

 榛名冨士(海抜1391m)に登る機会を得た。
 山頂には神社があった。神社の縁起によると、
 「この頂には古き昔から冨士山神社という一宇の祠があって、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)をまつり、縁結びお産の神様として近在近郷の信仰を集めていたと伝えられている、
 この神社は明治42年5月2日に榛名神社に合祀せられた当時は間口4尺奥行5尺の木枠の中に一基の自然石がご神体として安置されていたと言う。
 昭和33年7月榛名山ロープウェイが開設された時にはその残骸すら見当たらなかった。
 そこで榛名神社の神許を仰ぎ古き祠が鎮座したと言うゆかりの位置を探し求めてこの社殿を建立した。」とある。
 近くに、木花開耶姫命の姉、石長姫大神(いわながひめのおおかみ・延命長寿の神)、保食大神(うけもちのおおかみ・衣食の神)、鐃速日大神(にぎはやひのおおかみ・神武天皇ご東征の折り天照皇大神より授かった宝物を奉りお仕へした神)、榛名冨士大神(木花開耶姫命)の石碑もある。木花開耶姫命は大山津見神の女(むすめ)で、天孫ににぎの命と結ばれた女神であり、浅間神社の祭神でもある。
 しばし、神話の世界に浸る。(10/14) 

敬老の日の贈り物

 敬老の日に、孫娘夫婦から旅館のクーポン券が贈られてきた。
 都合の良い時に温泉に入ってゆっくり寛いで来いと言う心遣いである。
 伊香保温泉「千明仁泉亭」で文亀2年創業、501年の伝統を持つ老舗である。
 明治の文豪徳富蘆花記念館の近くで、蘆花が伊香保に訪れた際、常宿として贔屓にしていた旅館だと言う。
 「・・・私どもは見晴らしの好い3階の1室を与えられ、ここに2週の山の上の生活をしました。
 ・・・湯好、宿好、眺望好ー私は悉皆伊香保に惚れました。
 ・・・其秋から国民新聞に載せはじめた小説不如帰の序幕の舞台に伊香保を使ったのも、其印象が忘れられぬ為でした。
                          徳富蘆花「新春」より
 「上州伊香保千明の3階の障子開きて、夕景色をながむる婦人。
 年は十八九。品よき丸髷に結いて、草色の紐つけし小文縮緬の被布を着たり。
 春の日脚の西に傾きて、
遠くは日光、足尾、越後境の山々、近くは小野子、子持、赤城の峰々、入日を浴びて花やかに夕ばえすれば・・・」
                                                     徳富蘆花「不如帰」より
 情景は変わり、時代は変わっても、懇々と湧き出る伊香保の湯、豊な自然、老舗の名に恥じない温かな宿のもてなしを受け、孫夫婦に心ばかりのお土産を贈って帰ってきた。
 体育の日を過ぎた例年なら秋日和を選んだはずが、今年は秋の長雨、これも良しと心を決め、自家用車で高速道を避け、普通道を、途中寄り道をしながら気楽に走った。
 道路は往復とも空いていて順調。
 お陰さまで、曇天ではあるが雨には会わず、館林の茂林寺、太田の呑竜様、水沢観音、榛名富士の頂上を極めて早々と宿に着き、石段の温泉街を登り、伊香保神社に詣で、飲泉所にて体に良いという異様な味の源泉を試飲した。
 宿に帰り、鉄分を含み茶褐色であるがまろやかな湯質の露天風呂で寛ぐ。
 翌日の帰りもこちらは大雨というのに雨に会わずに、まだ見ていない関所跡、ハワイ公使別邸等を見学、ゆっくりと景色を楽しみながら満足して我が家に戻る。
 楽しい2日間であった。(10/17)

シラタマタケ

 庭木の松の手入れをして、下に落とした松葉を片付けていると、落ち葉の中に白いショウロのようなものがあった。
 掘り出してみると、径3cmと5cm位のシラタマタケであった。
 ニカワショウロ科のキノコで食用には適さない。
 夏から秋にかけて林内の地上に半分ほど埋もれて発生する。
 キノコは類球形で不規則な凹凸があり、径3−7cm。
 表面は白ーわずかに黄土色で多少ひび割れがある。
 一見、スツポンタケの卵に似る。半分に切ると、外側から中央の空所に向かって、灰緑褐色で軟骨質の舌のような突起が多数つきだす。
 胞子はこの部分にある小迷路孔の内壁に作られる。
 中央の空所には無色透明の寒天質の液が入っている。
 子どもの頃、田んぼの縁の日当りのよい小松林で、ショウロを取ってきて食べたことを思い出す。
 ショウロの出る林は今では見られない。
 シラタマタケはショウロに比してぶよぶよした不気味なキノコである。(10/18)

臥龍松

 台風23号の影響で今日も小雨が降っている。
 今年上陸10回目の記録更新となる恐れのある超大型の台風である。
 気象庁が00年6月に決めた、台風の勢力を示す現在の目安では、超大型は10分間の平均風速15m以上の強風域が半径800km以上に当たる。関東地方に中心があると本州がすっぽり入る大きさである。しかも、瞬間最大風速はこの2倍だという。
 風速15m以上は「転倒する人も出る」と言う。
 いい加減にして貰いたいものである。
 ところで、太田の呑龍様には何時訪れても見事な「臥龍松」がある。
 其の謂れを記してみる。
「大光院は慶長18年(1613)4月開創の古利である。ここに蟠踞する重厚雄大にして優美な黒松は当寺開山然譽呑龍上人お手植えの松と伝える。
 樹齢約700年と言われるこの松の姿が、あたかも巨龍が地に臥し今まさに昇天せんとする勢いをあらわすので「臥龍松」と称される。
 享保5年(1720)の「義重山風土聞見録」に、臥龍松 本堂、鐘楼中間ノ庭上ニ古松アリ、其形髣髴トシテ臥龍ノ勢ノ如シ故ニ以テ名ツク」とあり。
 また、天保12年(1841)の「北国見聞記」には呑龍上人に血脈を乞うた雷神の大蛇が松の根本に臥したので臥龍松と命名されたとある。」
 伝説から考えると、樹齢300年の黒松をお手植えになったことになるが、其の辺は詮索しまい。せめて、人の手では如何にもならない台風23号を臥龍の力で追い払っては貰いないだろうか。(10/19)

もみじ

   大紅葉燃え上がらんとしつヽあり    高浜虚子

 紅葉の季節である。写真は根本岩男氏の撮影になる半切の作品である。(新潟県、奥只見湖遊覧船上より)
 建物までも真っ赤に染めて、一段と鮮やかさを増した燃えるような紅葉は見事と言うほかはない。
 葉が紅葉するのは葉に含まれる緑の色素クロロフィルが分解され、赤い色素アントシアンが作られるためである。
 アントシアンは、光合成によって作られるので、気温、湿度、太陽光線の量の変化などが、紅葉の時期に大きな影響を与えている。
 紅葉した葉の色が同じではないのは、分解されるクロロフィルやほかの色素の量の違いによる。
 黄葉は、イチョウ、コナラ、イヌシデ、カツラに見られるが、これは葉緑素がこわれたために、それまで葉緑素にかくれて見えなかったカロチノイドと言う色素が見えてきて、黄色くなることである。
 紅葉前線は北から南へ、標高の高いところから低い所へと、イロハモミジの紅葉を基準にして観測されている。
 1日平均30kmの速さで移動すると言う。
 今、超大型台風23号は日本列島縦断の構えを見せている。素晴らしい自然の紅葉を傷めつけ、又、人々に災害をもたらさないで貰いたい。(10/20) 

ツワブキ

ツワブキ キモンツワブキ 八重咲きツワブキ


ツワブキが咲き出した。
 前から我が家にあったツワブキ、十数年前、笠間の今泉氏から頂いた黄色い斑入り葉のキモンツワブキ、今年水海道の弟から貰った八重花のツワブキそれぞれに特徴があって面白い。
 ツワブキはキク科ツワブキ属の多年草である。
 太平洋側では福島県以南、日本海側では石川県以南に生育している。
 根茎は太く、長い柄のある常緑の葉を根生する。若葉は灰褐色の綿毛をかぶっているが、成長した葉はほぼ無毛となり、葉の表は濃緑色で光沢がある。
 葉身は円状腎形で大きく、縁は不整歯牙がある。
 花は10−12月で、太い花茎の先にやや散房状につく頭花である。
 ふつう頭花は中央部の両性の筒状花と周辺部の雌性の舌状花からなっているが、八重咲きのものもあり、園芸品種も多い。
 葉は一年中青々として美しく、日本庭園には欠かせない植物で、江戸時代から栽培されている。
 ツワブキの名は、厚葉蕗(あつばふき)、艶葉蕗(つやばふき)が訛ったものといわれている。
 たいていの場所で育つが、半日陰のやや湿った場所だと、葉が美しく育ち、濃緑の葉の中から突き出した花茎についた鮮やかな黄色の花は人目を引き、雅趣豊である。(10/25)

表現祭

 孫娘の通っている私立高校で、第12回表現祭が開かれている。
 高2のため、3年は進学の年になるので実質最後の表現祭になると頑張っているようだ。
 表現祭実行委員長の言葉に「私達は”FRONTIERS”というスローガンで一生懸命準備して参りました。本日、生徒全員が個性を存分に発揮し、そこから生まれた種々の表現を皆様に楽しんで・・・」と述べている。
 又、校長の挨拶の中で、子どもが子どもの言葉で訳した「子どもの権利条約」の中に第13条「表現の自由についての権利」があります。素直で伸びやかな表現だと思うのでということで紹介しているので付記してみる。
「ぼくら子どもが 何かを考えたり、感じたりして それをほかの人に伝えたいなら どんな方法で伝いてもいいんだ。しゃべってもいい、うたってもいい。紙に書いてもいい。印刷でもいい。絵にしたり、ものをつくってもいい。そのほか、数えきれないくらいいっぱい方法はあるけれど、
 いちおうそれ全部いい。
 ついでに、国境なんて関係なく、いろーんなことや、いろーんな考え方を、知りたいと思っていい。
 知ったあとだれかに伝えても、もちろんいい。」
 自分を表現し、相手に理解してもらいたい、という欲求は私達にとって基本的なものである。
 最も人間らしい表現したいという願いを何らかの形に託して多くの人たちに伝え、理解して頂くことへの努力は大事なことである。
 台風23・24号の日本列島縦断、震度7の新潟県中越地震、イラク人質事件と立て続けの暗いニュースが多い。被害を受けられた皆様に心からお見舞い申し上げると共に、一日も早い復興を祈り、
 文化の秋「表現祭」の成功を期待します。(10/30)

いばらき教育の日

11月1日県民文化センター大ホールに於いて、条例制定記念「いばらき教育の日」推進大会が1800名の県内各種団体の代表の参加のもと開催された。
 主催は茨城県、茨城県県議会、「いばらき教育の日」推進実行委員会である。
 開会行事に続いて、
 記念講演T 演題「日本の教育改革」 講師には中央教育審議会会長・前慶応義塾会長である鳥居 泰彦先生の講演。
 記念講演U 演題「食育のすすめ」 −大切なものを失った日本人ー 講師は学校法人服部学園 服部栄養専門学校 理事長であり校長の服部幸應先生の講演。
 その後パネルディスカッション「みんなで考えよう いばらきの教育」 −学校だけに任せていいの?−
 そして最後に大会宣言を行って閉会となった。
 素晴らしい大会ではあったが、車社会、センターの駐車場は満車、用意された第2駐車場も満車、1kmも離れた6号国道交差点まで空地は満車、しかも路上駐車の車もある始末で参加者は大変困ったようである。
 家庭や地域社会の教育力の低下、学力低下、規範意識や公共心の欠如等から社会全体で教育を再認識することが大切である。これらの元凶は「物の豊かさ、心の貧しさ」にあると鳥居講師はいう。
 今こそ、300万県民が教育尊重の気運を高め、みんなで教育を考え、学校、家庭、地域社会が連携して教育の充実と発展を図ることが大切である。
 今月は「いばらき教育月間」でもある。大会だけでなく、次のような具体的取組も行われている。
 地域に開かれた学校づくりのための「学校公開」
 地域教育力の活性化のための「あいさつ・声かけ運動強調月間」
 規範意識や公共マナーの向上のために「高校生さわやかマナーアップキャンペーン」・「青少年健全育成強調月間」
 教育についてみんなで考え、小さなことでも実践していくことが「いばらきの教育」を進めていく原動力である。                                                         (11/2)

ヒラタケ

 ニオイシュロランの切り倒して朽ちてきた倒木にヒラタケが群生している。
 ヒラタケは平茸と書かれ、ヒラタケ科の食用となる広葉樹の倒木などに生える最も普遍的なキノコである。
 世界で広く栽培されてもいる。
 かさは半円形または貝殻形で、側方に短い茎がつく。
 径5−15cm、表面はねずみ色、灰褐色、灰白色などで平滑、肉は白色で柔らかい。
 水平なところから発生するキノコは、かさが円形となり、いわゆるキノコ形になる。
 市販の栽培地の名を冠した「○○シメジ」というのは、おがくずによるビン栽培でキノコを上向きに発生させて、一見シメジ状につくったものである。
 ヒラタケは安全で、特別な味と香りがないために油を用いた料理に合う。
 今、騒がれている後にヒラタケの名のつく、「急性脳症」を起こすというスギヒラタケは、野生のキシメジ科スギヒラタケ属の朽ちたスギの木に生える食用キノコであるが、腎患者が食べ「急性脳症」で亡くなっている人が発生している。
 なぜ今年に限って起きているのか、不明で、「異常気象が原因でキノコに微量にあった毒素が突然増えたのか」「気象変化で、毒素を作るよう変異した土壌の微生物が影響した可能性もある」とか関係機関は話しているが、
現在のところ、感染症とも中毒とも判然としていない。
 厚生省厚生科学課は「包括的に調べたい」としている。
 ちなみに、スギヒラタケは全体が白く、扇形で直径1−6cm、人工栽培が困難で自生物が中心で、広くは流通していないという。(11/4) 

ヤマトゴキブリ

 ヤマトゴキブリの雄を見つけた。
 ゴキブリはゴキブリ目に属する昆虫の総称である。俗称アブラムシである。
 3億年前の上部石炭紀以来多くの化石が出ているが、現在では熱帯地方の野生昆虫として生存し、3500種以上が確認されている。「生きた化石」と言われる所以である。
 体は著しく扁平で、淡褐色、陰湿な場所を好み、夜間活動して摂食する。
 1%ではあるが、チャバネゴキブリ、クロゴキブリ、ヤマトゴキブリなど人家内に定住して病菌の媒介をし衛生害虫となる種類が少数いる。
 卵生あるいは卵胎生で、卵生のものは2列に卵を収めたササゲの粒のような卵鞘を生じ、これを産み落とすか、または孵化まで尾端に保持する。
 成虫、幼虫それぞれに群居性が強い。
 昼間陽光下を飛び回る種類もあるが、多くは夜行性で、摂食し多くの水分を取る。
 幼虫期間は比較的長く、其の間に7−9回の脱皮をして成虫となる。
 成虫の寿命は大形種では雄が8月、雌は最長1年半くらいと見られている。
 日本に生息する52種7亜種のゴキブリの大半は野外性であり、、これらは衛生上の害はほとんど問題にならない。屋内性の害虫として重要視されているヤマトゴキブリは、現在でも野外性の習性を残しているという。
 ゴキブリの名は御器噛り(ごきかぶり)が訛ったものと言う。
 
   腹出してゴキブリ死せり秋の雨        佐藤 和夫                     (11/7)


コガタスズメバチ

 紅蜀葵のページで紹介したスズメバチの種類の同定をオオスズメバチとしたが、このたび、巣を解体することができ、中に残っていた成虫からコガタスズメバチであることが確定できたので訂正しておく。
 体長は、女王蜂25−29p、働き蜂21−27cmで、体は黒褐色、腹部の各節に黄帯がある。日本全土の平地から低山地にかけて普通の種である。
 巣はもっぱら低木の枝に作られ、人家の生垣や庭木のスズメバチの巣のほとんどは本種と見てよい。
 まれに人家の軒下や崖にも営巣する。
 働き蜂の羽化後は球状で貝殻状の外皮によって覆われ、直径20−30cm、側面に1個の出入り口があり、標準的なコガタスズメバチの巣であった。
 巣盤は3−4段、総育房数は300−600房で1000房を超えることはまれである。
 獲物は、昆虫やクモなど53種以上が知られ、とくにハエ目(ハエ、アブ)とハチ目(ハチ)で7割近くを占めるが、アオムシなども狩る。
 性質は比較的温順で、巣および巣のついた枝に触れない限りは1−2mまで近寄っても刺しにくることはほとんどない。しかし、一度刺激を与えた巣は攻撃性が高まるので注意を要する。
 今回の鈴木氏宅の巣は10月下旬にはハチがいなくなっていたようである。
 写真のハチは、ただ一匹、巣の中で死んでいたハチである。(11/9)

ミゾソバ

 ミゾソバはタデ科の田の畦や水辺に生える1年草である。
 この近辺ではいつでも見られる雑草であったが、この頃はあまり見られなくなった。
 別名ウシノヒタイとも呼ばれる。溝蕎麦で溝に生えるソバの意味である。ウシノヒタイは葉の形が牛の顔に似ていることによる。
 茎は下向きの刺があり、下部は地を這い上部は直立して高さ30−100cmになる。
 写真は新選組副長・土方歳三(ひぢかたとしざう)生家(資料館)の入り口に栽培されていたものである。
 土方家は東京都日野市石田にある。
 歳三は家伝の「石田散薬」という骨接打身の妙薬を近在の農家から農家へと、行商して歩いていたという。後に「石田散薬」は、新選組の常備薬として、隊士は必ずこれを所持することとなっていた。
 この薬の原料がミゾソバで、焼いて粉にしたものが「石田散薬」であったと言う。
 新選組とミゾソバの結びつきは面白い。(11/12)

土方歳三生家

 友人4人で日野市石田の土方歳三生家を訪れた。
 大河ドラマ「新選組」にちなむ土地を散策しようという試みである。
 生家は資料館を個人で経営しており、電話予約をして訪問した。門扉は閉められていたが、車庫の側から矢竹の植え込みの間を通って玄関に入れた。
 土方歳三の6代目に当たると言う土方陽子資料館長からお話を聞く。
 「新選組副長土方歳三の生家は、現在地より約300m東、石田寺の北方にあったという。
 1846年(弘化3年)、歳三12歳の6月末、長雨による増水で多摩川、淺川の堤防が決壊し、満願寺や石田村などは大洪水に見舞われたが、歳三の生家は土蔵などに被害を受けた。
 その後、残った母屋や土蔵をこの地に解体移築した。
 歳三は、この家で1863年(文久3年)2月、京都に上洛するまでの青春時代を過ごした。
 しかし、その家も老朽化したため1990年(平成2年)取り壊された。
 現在、屋敷内には歳三の植えた矢竹が繁り、新築された家屋の一室を資料館とし、歳三が相撲の稽古をした大黒柱や長者柱を資料館正面玄関の梁や柱に活かし、歳三の遺品である、愛刀 和泉守兼定・新選組袖章・歳三使用の鉢金(盡忠報国志士土方義豊と刻まれている)・歳三が京都から送った鉢金の添状・歳三が家伝の石田散薬を得意先に卸す時に背負った薬箱・歳三着装の鎖帷子、篭手などが保存されている。
 尚、歳三の墓が石田寺にあるが、いわゆる引き墓であり、そこに埋葬された訳ではないという。」
 八王子には親戚があるのでよくこの近くの鉄道は使うが、いつも通過で、新選組のふるさと多摩の歴史的背景に触れるのは初めてで有意義な一日であった。
 写真は、歳三が武士になる決意を込めて植えたという今も繁る矢竹である。(11/15)

獅子柚子

 直径20cm、周囲63cmの超大実のユズが実った。
 重さは、もぎ取っていないので測定していないが、普通の柚子は径7cm、周囲22cm程度であるからその大きさは想像できるであろう。
 獅子柚子、鬼柚子、ジャガタラユといわれる種類の柚子である。この頃観賞用に栽培されているのを目にする。
 柚子はミカン科ミカン属の常緑小低木である。
 原産地は中国で、ユズの名は酸っぱい果実のユズ(柚酸)、イヤウルフスミ(禰潤酸実)、ヨス(禰酸)の意味、果実から酢がとれることからなど諸説がある。
 中国、日本以外ではほとんど栽培されていない。日本の代表的調味用柑橘類である。
 長い間実生繁殖されていたため、系統分離しており、枝梢の刺や種子の有無で品種は大別されている。
 獅子柚子はユズ特有の葉には翼葉があり、実はユズ肌で、一般に葉、枝張りなども大型で、枝に刺はない。
 食べられるが、食用にはむかないので、庭園樹として植栽され、もっぱら大きな実が観賞用となっている。
 ほかにも今年はユズの実つきが良く、本ユズ、一才柚子、キンズなども黄金に色づいてきて見事である。                                                             (11/18)
 追記  果実の重量は1.1kgでした。

キダチチョウセンアサガオ

 キダチチョウセンアサガオが大きな木になって花を咲かせているのが目立つ。
 関東以西の暖地では霜の当たらないところであれば露地で越冬する。
 今年は猛暑の所為か大株になって今盛んに咲いている。霜が降りるまでの命であるが見事である。
 ナス科ダチュラ属の多年生木本である。
 細かくは、花が下垂して咲く多年生や木本性のものをブルクマンシア属、花が上や横向きに咲く一年性のものをダツラ属と分けている。
 通常、ダチュラ、エンジェルストランペット、キダチチョウセンアサガオ、コダチチョウセンアサガオ、チョウセンアサガオと呼んでいる。
 名前はよく似ているが、キダチチョウセンアサガオは萼片が5裂し、コダチチョウセンアサガオは萼片が2列で近縁ではあるが別種である。
 花は長さ30cmにもなり、エンジェルの名はついているが、有毒成分を含んでいるので、さわったり、花の香りを嗅いだりしても大丈夫だが、口にしてはいけない植物である。
 原産地は朝鮮の名はついているが、インド、中央、南アメリカである。
 近年栽培されるようになった洋風の花である。(11/23)

ワルナスビ

 ナス畑のナスの木にトマトがなりだした。
 木はナス、実は径5cmほどのトマト形赤色の実である。
 良く見ると、茎や葉身など全体に微毛を密生し、茎、葉の脈上、花序などに鋭い刺がある。
 花は白紫の星形5裂の花をつけている。
 特徴からナス科の帰化植物のワルナスビの1種と思われる。
 異なるのはワルナスビの実は球形で黄熟するのに、こちらはトマト形で赤熟することである。
 ちなみに、ワルナスビは北アメリカ原産で、アメリカ、カナダ、インド、オーストラリアなど世界各地に帰化している多年生草本である。
 日本では明治初期に千葉県三里塚牧場に侵入し、全国に普通に分布している。
 トマトのなったナスの木を引き抜いてみると、ナスと根はくっついている。春に接木苗を種苗店から購入し栽培したもので、その台木から出た芽から成長したものであることが分かった。
 トマトもナスも同じナス科であるので接木の台に使われ、トマトのような実が実っても不思議ではない。
 耐病性をつけ、連作障害を避けるために、ナスも接木苗を作る。台木は赤ナスであるという。アカナスとは同じナス仲間のトマトの古名である。ここで言う赤ナスはワルナスビの1種である赤いトマトのような実をつけるナスであるのか。
 普段何気なく口にしている野菜事情も良く見ると接木、3倍体、一代交配、改良種等複雑である。(11/27)

アメリカキササゲ2

 先に「ベルフラワー」のページで紹介したアメリカキササゲの実が今年初めてついた。
 菅生小学校の新校舎が竣工し、旧校舎が取り壊されるのに先立って、校舎前の植物園のキササゲの枝を挿し木して記念に残したもので、もうあれから31年になる。
 一昨年の開花でアメリカキササゲであることを知り、現在目通り周囲66pの太さに生長し、今年初めて実をつけたのである。
 実をつけるのが遅い気もするが、記念樹が一人前になったことは嬉しいものである。
 昭和初期にユリノキと共に何かの記念に植栽されたものと思われるが、記録もなく、知る人もない。
 しかし、校舎前の植物園にスマートでどこか洋風を漂わせる樹姿で空高く聳えていたユリノキと大王松、そしてキササゲの思い出は多くの卒業生の記憶に残っていることであろう。
 ユリノキ、大王松、アメリカキササゲは伐採され、子孫である実生のユリノキと挿し木のアメリカキササゲは我が家に残っている。
 ユリノキの1本は菅生小学校に植栽されて大きくなっていたが、数年前の台風で倒れてしまって今はない。
 残り少ない思い出の木を大切に守ってやろう。
 ところで、キササゲは野菜のササゲに似た実をつけることでこの名がある。
 樹高が高くなることから雷よけの木とも言われる。果実を干したものは強い利尿作用があり、むくみを伴う腎臓炎、急性の膀胱炎などにも効能があるという。(11/28)

ガーデンシュレッター

 二酸化炭素規制で京都議定書が日本でも批准されている。環境税の実施については今論議の的となっている。二酸化炭素に代表される温室効果ガスが引き起こす地球温暖化が国際間で論議されるようになったからである。
 話は大きくなったが、今まで庭木の手入れの枝や葉は野焼きにしていたが、野焼きの規制も出てきたので、ガーデンシュレッターで粉砕し、堆肥に積んで菜園の肥料として土に返している。
 写真の黄色のシュレッターはジューサーのようなV型回転歯によって粉砕し、太い枝は平歯の回転で細かく削って粉砕する方式である。この方式は太い枝の粉砕効率があまりよくない。
 そこで緑色のガーデンシュレッターを導入した。
 こちらはギア式で、径25mmほどの太い枝でも20mmほどに切断して潰して粉砕してしまう。落ち葉や小枝の処理能力は劣る。
 そこで、大枝はギア式で細かく粉砕し、その後木の葉や小枝と共にV歯の回転式シュレッターで粉砕すると効率よく細かく粉砕され、堆肥に積むことができ野焼きの必要はなくなった。
 勿論動力源の電源は太陽光発電を利用している。
 目的にあった機械を使うということは、無理なく、時間も短く、神経を使わずに効率よく処理できて楽しい。
 お陰さまで、菜園の野菜のできも良くなり、無農薬の安全な野菜を食膳に載せている。(12/1)

キョウチクトウ

 今朝は今年になって気温が一番下がった。畑一面に霜が降りた。
 菜園のサトイモやショウガの地上部は霜で枯れた。
 サトイモとショウガの収穫を行ったが、その中でショウガの花を見つけた。
 ショウガの花を見たのは始めてである。今年の気候の所為か、ショウガ科のジンジャーの花のようで小形の花である。刈り取った茎の中に混じっていて、仕事途中で、オヤと思って分解して確認したので写真には収められなかったことを残念に思う。
 ところで、冬支度のため、大きくなって屋根にかぶるキョウチクトウの枝詰も行った。
 キョウチクトウはインドから中国を経て日本に入ったものといわれている。江戸時代の享保年間(1716−35)もしくは60年後の寛政年間当たりと思われる。
 名前は花が桃に似て、葉が竹を思わせるからという。夾とは葉の幅が狭いことを意味する。和名はこの漢名の夾竹桃の音読みである。
 真夏の強烈な太陽の光を浴びて咲き誇るキョウチクトウの花は良く知られるが、その実はあまり知られていない。
 こちらも今年は実が沢山ついている。
 実はこん棒状の袋果で写真に収めてみた。葉と同じ緑色で目立たず人目を引きにくい。
 キョウチクトウの葉や樹皮には有毒成分(ストロファンチン)が含まれている。しかし、さわってどうのということはない。暖地を好み東京以西では露地で育つ大気汚染に強い花木である。(12/3)

金庫

 高さ1mはあろうか、大きな金庫が知人の寿司屋のロビーに飾ってある。
 明治末期の製造で、100年前に作られたことが記されているという。
 出所は守谷市の大井沢小学校にあったものである。
 そう言えば、大井沢小学校を訪れた際、校長室に金庫があったことを思い出し懐かしく思う。
 こんなエピソートもある。15・6年前の話である。「学校には行政指導のための管理訪問という行事が毎年必ずある。その前日、準備して置かなければならない書類を金庫にいれたまま鍵が開かなくなってしまったという。
 ダイヤル錠の番号を記した物がなく、動かないようセロテープで固定して使っていたものが誰かに回されてしまったという。
 さあ一大事、思案の末、錠前屋に御願いしたが、古い金庫で開かない、錠前屋のそのほうの恩師を呼び夜遅く開錠できてほっとしたという話である。」
 現在は何処の学校にも耐火書庫があるが、:現金は置かない。したがって金庫を持っている小学校はまずない。どんな経緯で設置されていたかは分からないが、お役御免となり錠前屋に引き取られたようである。
 それを寿司屋の社長が貰いうけ、外装を1年がかりで漆で塗装しなおしてもらったという。
 見違えるような漆塗りの素晴らしい金庫となっていた。
 金庫内部の構造は桐材で、寸分の隙もなく仕上げられその精巧さに見とれる。
 学校ゆかりの金庫であるので、社長は内部に尋常小学校の国語読本や終身、唱歌の教科書を収めて展示し、勿論金庫としては使っていない。
 「いばらき教育の日」が制定された今年、「まち全体が学校になる」のスローガンを地で行く教育への理解と関心を感じ取らずにはいられない。
 300万県民の教育尊重の気運を高める一助となることを祈る。(12/5) 

ずいき

 季節外れの台風27号崩れの熱低のため昨日は夏のような日となり、今日は12月並の気温で晴天、乾燥した北西の風が吹いている。
 風の当たらない日向で家内と干し芋茎(ずいき)を作るべく芋茎の皮むきを始めた。
 子どもの頃に農家のお年寄りが、日向で芋茎つくりをしている光景が浮かんできて苦笑せずにいられなかった。当時は年寄りの手のかかる内職であったようである。
 今も地方の観光地に行くと、土地のお土産品の一つに必ずあり、結構値段もする。
 芋茎と言えば、私の末の弟が小さいころ近くの親類で何かをご馳走になってきて、「あれを食べたい」と騒いだことがあった。
 「あれ」ではなんであるのか母親も分からず、あれが何であるかを聴きに行ったことがあった。
 「あれ」とは「ずいきの酢味噌和え」であった。弟ならず美味しいもので、我が家では今でも良く作る。
 ずいきとはサトイモ類の葉柄で、正倉院文書に名が見えるほど古くから食用とされていた。 やわらかく、えぐみの少ない唐芋、八頭など赤茎のものが用いられる。
 外皮をむき、ゆでて、和え物、煮物、汁の実などにする。
 今、皮をむいて干しているのは、干しずいきで芋柄(いもがら)とも呼ばれる。保存食糧で、水につけて戻し、湯で煮てから料理をする。
 おふくろの味がする懐かしい美味しい郷土料理の一つである。(12/6)

学力低下

 「辞書の引き方ができないのだから辞書をもって来い、引き方教えるから」といったら、子どもは「算数じゃないよ、国語をやっているんだ」と応えたという。
 「ここをもう一度声を出して読んでごらん」といったら、「読みました、何度も読んで分からないから先生に聞いているんです」と読もうとしないで答えを聞いて来た。
 小学校2年生の子が、テレビを見て「自学自習ってどういうことと家族に聞いて来た」という。説明してやると「私もやってみたい」という。それからの勉強態度は今までよりも集中して勉強し、成績も上がっているという。
 文字は読める。しかし、内容は分かっていない、語彙もないのである。これで日本人かと思うようなこともある。
 子どもは学校で勉強してくる。私は外で仕事をして疲れてくるのだから、勉強などかまっていられないという親。
 ・・・・・・
 今、子ども達はゆとり教育の中で、集中力、忍耐力がなくなり、学習意欲が低下し、落ち着きを欠き、人の話を聞けない子が多くなっている。
 学力低下といっても、授業時数の多い学力重視の私立校や公立校でも意欲的に学習に取り組んでいる子は高い学力を持っている。どちらかと言えば、学力が極端に二分化している現状と思われる。
 学力も体力も生きる力も究極は一つのものではないのか、どれ一つを軽視しても人は育たないことを忘れてはならない。
 7日、OECD(経済協力開発機構)の国際的な学習到達度調査結果が発表された。
 それによると、日本の15歳の「読解力」は41カ国・地域中14位、前回00年の調査8位からの陥落である。数学的リテラシーは1位から6位に落ちている。
 中山文部科学相は「一言でいうと勉強しなくなったということだ」と結果発表直後の記者会見で言ったという。
 確かに学力は落ちている。勉強はしなくなっている。勉強をすることを馬鹿にする風潮もある。これで豊かな心と確かな学力を備えた、生涯にわたって自ら学び、郷土を愛し、地域社会の形成に主体的に参加する子どもたちが育っているのであれば良いが、                                    (12/9)

スプレーバラ

 スプレーバラはスプレー咲きカーネーションのように、枝分かれして咲く切花用のバラである。
 写真はリトルマーブルである。小さなつぼ状咲きの真紅の花は豪華な大輪の花とは違った可憐な花で見事である。
 バラはバラ科バラ属の落葉または常緑の低木やつる性植物から育成されたものである。
 多数の観賞用園芸品種を含む、この属は約200種の野生種が知られている。バラは花が美しく、香料の原料ともなっている。
 バラの栽培は古代オリエントでおそらく香料、または薬用植物として始まり、ギリシア、ローマを経てヨーロッパにつたわり、中国でもモッコウバラやコウシンバラなどが古くから観賞用に栽培され、それから日本へも渡来している。
 今年は比較的暖冬で今朝は霜も降りていない。、カエデの真っ赤な紅葉も散らずに枝についている。
 カンツバキや椿の花が咲き、バラの花も咲いている。寒気が南下して本格的寒さが訪れるとせっかくの花が傷めつけられ哀れである。(12/14)



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