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コダチベゴニニア カブトムシ 日本の教育危うし 滝下貝化石層 ゴムノキ
カノコユリ フユサンゴ エンジュ 白馬大雪渓 上高地散策 ミソハギ
カンキチク 妙見大菩薩縁起 花 火 大 蛇 ヤブラン モンステラ
駅通り写生会 総合学習 ナツメ 二十四孝諺解 月下美人
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コダチベゴニアはキダチベコニア、キダチセイベゴニアとも呼ばれるシュウカイドウ科ベゴニア属の花も葉も楽しめる観葉植物である。
茎が直立して伸び、樹木のような草姿になるベゴニアを木立性ベゴニアと呼んでいる。
茎がしっかりしていて、一見、木質化したように見えるものや、やや多汁質の茎が多数叢生するもの、茎が太って多肉質になるもの、つる性のものと色々である。
茎の先端に近い葉腋から大型の花序を出し、花も美しく、明るい場所を好むものが多い。
園芸的にはブラジルで1821年に発見されたベゴニア・センパフローレンスを基に、他種との交配によって品種改良が進められた四季咲き種が普及されている。
直射日光にも強く、日本では、夏から秋の花壇で一年草的に扱われているが、元来は多年草で、気温が10℃以上あれば周年開花する植物である。
気温の下がる冬季は、温室管理をしているので、多年草として特に夏場は見事な葉と花を観賞している。 7/30
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カブトムシを、朝の犬の散歩の途中で捕まえた。
雌のカブトムシと思ったが、チョット違う、角があるので、間違いなく雄である。
角が巻き、胸部や羽に凹みがある。右前肢の第3関節より先が欠損している。大きさ、元気さには変わりがない。ギグッとした。
間違いない奇形である。
農薬、ダイオキシン、環境ホルモン、放射能等と、環境汚染が今問題になっている。
身の回りの昆虫にも環境汚染の付けが現れたかと思った。虫の世界は、また、我々の世界でもある。次は人間の世界かと、この不気味な姿を見てぞっとする。
興味を持って細かく観察すると、角の基部と、胸部の凹みには物理的な力によると見られる傷がある。幼虫時代に外部からの物理的力による後天的奇形であろうと推測された。
カブトムシには気の毒であるが、ホッとした一時である。
それにしても、綺麗な地球環境を子孫に引継ぐことの大切さを痛感した朝の出発であった。 7/31
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先生方の夏休み、免許取得の為のスクーリングが関係大学で実施されている。
女教師を対象にしたある大学で、全国から集まる受講生に学生寮を開放して実施している。
その受付を受け持った学生の目を紹介してみる。
寮の管理は受講生が自治的に行うことになっている。その責任者の選定で、七十何歳かのおばあちゃんに責任者を押し付け、午後10時半の清掃については、おばあちゃんが就寝したいと言っても、「きまりだから」と言って容認もしないと言ってあきれていた。
保育所、小中学校の若い現職の女教師が大半である。「先に帰るから」「誰さんが適任だと思います」等々逃げることに終始し、ついに、年長も年長の七十余歳のおばあちゃんに押し付けたと言う。
その上、清掃については「きまりだから」と希望を認めず、別に誰からも意見はなかったと言う。
どこの社会でも同じであるが、こともあろうに現職の女教師がこの状態で子どもたちに何を教えているのであろうか。
入寮者の資格はみな同じ、だから年長者がやるのが当然、年寄りでも清掃は規定でやるべきであり、免除はするべきでない。と言うたてまえ論で、厄介な仕事から逃げようとしているのであって、人間としての温かみも思いやりの欠片もない。
立場上言葉には出さなかったが、このような教師に幼児や青少年の教育を任せておいては、「日本の教育危うし」の憤りと、暗い気持ちに打ちひしがれたと語る。
ことはどうあれ、最もな話である。
70余歳にして、寮生活をしながらでも学習しようとする老人に生涯学習の大切さを知り、自分の単位取得だけしか頭にない若い教師に「出言顧行」の言葉を贈りたい。
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茨城県北相馬郡守谷町西板戸井滝下で、滝下排水機場の工事が平成12年2月10日から13年2月28日の工期で茨城県によって行われている。
工事の下部が成田層上部に当たるため、堀りあげた地層の中に多くの貝化石を含んでいる。いずれも、10万年前の古東京湾時代のものと推定される。
孫たちと観察採集してきた。玉台化石床と違ってバカガイの数は少ない、現地生と思われるミルクイ、アカニシ、ウチムラサキが目立つ、全体として砂泥の中に埋まっている。
他に、ヤツシロガイ、ツメタガイ、イタヤガイ、マガキ、タマキガイ、ナガニシ、キサゴ、ムギガイ・・・などその数は数え切れない。
掘りあげた土は建設省の工事で使われている。せっかくの貝化石が埋もれてしまって惜しい気もする。
この層では現生の海の貝と同じであるが、色彩は失われて真っ白である。10万年前という年月は孫たちには想像がつかないようである。
厳しい暑さの中で、10万年前の郷土の姿ににタイムスリップした一日である。 8/3
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ゴムノキはふつう観賞用のインドゴムノキの略称で、農業上では弾性ゴムを採集するパラゴムノキの略称である。
インドゴムノキはクワ科フィカス属の常緑高木で、インド、マレーシアが原産地である。昔は樹液がゴムの原料として使われたが、現在はもっぱら観葉植物とされている。
パラゴムノキは、トウダイグサ科の落葉高木でブラジル原産でいまは東南アジアで多く栽培されていると言う。
ゴムノキとしては最も親しまれている、1960年頃にアメリカで作出されたデコラの節間の詰まった独特の木姿となる、枝変わり品種に人気がある。
写真は今年取り木をしたフェカス エラステェカ アポロで、デコラの枝変わりから作出されたエラスティカの系統で葉は小さく密生し、ときにはねじれたり、波状になったりする。
耐寒性はやや弱く、窓辺の光程度にも耐えるが、直射日光を好む観葉植物である。
室内で越冬できるので、大鉢や小鉢で肉厚で濃緑の気品のある葉と、木姿を楽しめる植物である。 8/5
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盛夏の今、梢の先にまばらな枝を出して、大型の花をつけ急に下を向いて咲いているカノコユリ。
花びらは基部から平開また甚だしく反り返り、白色で内面はぼかした薄い赤色で、更に鮮紅色の斑点を一面に散らして大変美しい。
鹿子絞りを連想してカノコユリの名があるという。
ユリはユリ科ユリ属に属する植物の総称である。洋の東西を問わず、古来から観賞用、薬用、食用として利用されている。
ユリの名は、大きな花が風に<ゆる>、あるいは球根の鱗片が<より>重なるところから変じたものと言われる。
漢字の百合も多くの鱗片の重なり具合からきたと言われる。
ユリは北半球に約100種が分布し、日本には15種自生し、特に鑑賞価値の高いものが多く、園芸品種の大多数は日本産の血をひいていると言われる。
ユリ属の分類では、花の形から、鉄砲ユリ系、山ユリ系、鹿の子ユリ系、透かしユリ系に分けられている。
もともとカノコユリは四国および九州の崖に生える多年生草本であるが、鑑賞のために広く栽培されるようになったものである。
茎は立ち、花の咲くときに自生品は横斜する。別名をタキユリと呼ぶが、崖に生える生態を良く示していると言う。というのは土佐の方言では崖をタキと呼ぶからである。
何十年来築山の西側で花を咲かせてくれている。毎年直立しないで傾斜し、ときには支柱を立てて直立させたが、その性質を知って自然に任せている。また趣のあるものである。 8/6
追記 弟から早速メールが届いた。
多分、あのカノコユリは、私が高校1年の時に内守谷町本郷の鈴木武夫君(東京在住)の庭に咲いていたものを株分けして貰って来たものかも。
してみると、あれから五十年咲き続けていたんですね。
年年歳歳花相似たり 歳々年々人・・・・・・
「代白頭吟」じゃない「代光頭吟」か?
五十年の歳月は人を『白頭ならぬ光頭を悲しむ翁』にかえたが、花は、十代の若かりし頃の友との思い出を呼び起こしてくれました。
彼も、消防署勤めも退職したろうから何をしている事やら。
確かに、そのカノコユリです。花にも人それぞれに思い出が有るものよのう。
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7日は立秋、このままでは猛暑が残暑に変わるだけか。今年は暑い夏でビールがうまい。
この暑さに負けずに見事な赤い玉や、オレンジ、緑の玉を着け、白い花も次々と開花しているフユサンゴ。
タマサンゴ、タマヤナギ、リュウノタマ、クリスマスチェリーの名もある。
見る人の心によって色々と思いを馳せることができるからであろう。
この暑い季節にフユサンゴでもあるまいと思うが、実は、ナス科ナス属の植物である。したがって暑さを好む植物である。
原産地は地中海沿岸から中近東で、1年草として扱われるがこの地方では戸外で越冬でき春先から新芽を出して成長し、今、黄色や赤の実をつけている。
花や実の少ない冬期にも色彩鮮やかな大きな実をつけているのでこの名があるようだ。
ビックボーイの名もある。
唐辛子にも良く似ているが、同じ仲間である。しかし、実は有毒だと言われる。 8/7
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写真はイヌエンジュである。普通エンジュと呼ばれるが、エンジュは中国原産で古くから渡来して庭木や街路樹に使われているマメ科クララ属の落葉高木である。
イヌエンジュは本州から北海道の山地に生え、人家にも植えられている落葉高木でマメ科イヌエンジュ属である。
名前はエンジュに似るが品がないので犬と着けたと言う、気の毒な名前である。
しかし、材はエンジュの名で彫刻や細工物に使われている。建築材として赤みの木は床柱に使われたり、大工道具の今はあまり見られなくなった、ちょうな(手斧)の柄に用いられている。
また、魔よけとして、丑寅、すなわち東北の方角、また、その方向にあたる所で、陰陽道で陰悪の気が集まり、百鬼が出入りするところと言われる、鬼門にこの木を植えると良いという言い伝いもある。
牧野博士は日本名エンジュは古名のエニスから転訛したもので、エニスは恐らくイヌエンジュであろうと言う。
エンジュは漢名は「槐」である。したがって、漢字ではイヌエンジュは「犬槐」を当てている。 8/8
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8月8日、飛騨山脈の白馬岳(2933)の大雪渓まで登山した。
白馬と言えば長野冬季オリンピックのジャンプ競技場のある白馬村からの登山である。
8月になって天気が不安定で雷、夕立のない日は幾日もないという。そんな中で暑さは厳しかったが天気には恵まれた。
白馬八方から猿倉へタクシーで山道を登る。
猿倉から白馬大雪渓までは往復3時間をかけた。渓流に沿った急な石ころと岩の狭い登山道である。
疲れと暑さを忘れさせてくれるのは、途中で見られる山草たちである。猿倉付近での紫鮮やかなガクアジサイ、大雪渓近くでのキヌガサユリの群落は見事であった。
途中、キク科のオタカラコウ、マルバダケブキ、ヤマハハコ、ハンゴンソウ。キキョウ科のソバナ、サワギキョウ。ゴマノハグサ科のクガイソウ。セリ科のオオカサモチ。ユリ科のコバイケイソウ、オオウバユリ、オオバギボウシ等 の花盛りであった。
写真はキヌガサユリの人目を引く群落である。
澄み切った空気の中に聳え立つ峰々、大雪渓を吹き抜ける冷たい微風、大自然の素晴らしさ、偉大さに疲れを忘れる。
体力に挑戦した、白馬大雪渓への楽しい旅の思い出である。
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長野県北西部南安曇郡安曇村にある小盆地である。
梓川沿いにあり、槍沢と横尾谷との合流点から大正池まで長さ16km、幅が500mほどで狭く細長い。この間、梓川は1/100ほどの緩い勾配で流れ、水量も豊富である。
特別名勝、特別天然記念物に指定された景勝地である。
河童橋付近の標高は1560mで、8月の平均気温が19.7℃、日中の最高気温が22℃程度で、真夏でも暑さを知らない別天地である。
上高地は、お天気の悪いときが多いと言う中で天気にも恵まれた。
今回は河童橋から上流に向かって岳沢口湿原の木道を渡り、明神池への3時間の散策、原生林の中の爽やかな空気の遊歩道を通り、吊り橋の明神橋を渡って、河童橋に戻る。
道々、上高地を代表するケショウヤナギの林、イチイの大木、ダケカンバ、落葉松林、湖水に遊ぶマガモやウグエス。
メタカラコウ、キンミズヒキ、キツリフネ、クルマユリ、オオウバユリ、クガイソウ、シシウド、ソバナ、カラマツソウ、アズマヤマアザミ等の高山植物の花々。
急に林が開け、真っ白な土砂の中に立ち枯れの木々が点在する荒涼とした白い砂浜、自然の偉大な営みを感じた散策であった。
ところで、河童橋であるが、この橋の由来には定説がないようです。かつて、この付近には、河童が住んでいそうな深い淵があったからだとも言われています。川の流れが急で深くて、水遊びをするには危ない場所のことを、河童淵という名称をつけてきました。つまり、河童に引きずりこまれそうなぐらい危険な淵という意味のようです。
1927年東京日日新聞社が日本八景に選定し、同年芥川竜之介が上高地を舞台にした「河童」を発表し、観光地として有名になったところでもある。 (写真は明神橋8/9)
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お盆をふるさとなどで過ごそうとする人たちで、空の便も、新幹線も満席、高速自動車道も数十キロの渋滞である。
ミソハギはミソハギ科ミソハギ属の多年草である。
水田脇などに生え、夏に桃紫色の花穂をつける。この辺の旧家では焼き場と言われる畑の中ほどに数株昔から植えられその位置を変えていない。
ボンバナとも呼ばれ盆の仏事に用いる風習があり、切花にして仏壇や墓に供える。
原産地は日本、ヨーロッパ、北アメリカなどである。
ミソハギは禊萩(みそぎはぎ)の略であると言われ、みぞにはえる萩、すなわち溝萩とするのは誤りであると言う。
お盆は旧暦で行われていたが、第2次大戦後新暦の月遅れで実施している地方が多くなった。昔からの盆の季節、夏休みと重なっての民族大移動となっている。
ところで、盂蘭盆会(うらぼんえ)は梵語ウランバナ(倒懸=さかさつるし=苦しみの意)のことで、釈迦の教えに「毎年7月15日に安居(あんご)が終わったときに種々の施物を供えて三宝(仏、法、僧)に供養すれば、現世の父母は寿命を保ち、過去七世の父母は餓鬼の苦をまぬがれ、人天中に生きる」というのがその始まりであると言う。
しかし、最近ではこれを否定して、盂蘭盆の原語はイラン語系の死者の霊魂を意味するurvanであり、霊魂の祭祀と同時に収穫祭であったウルバンと言う祭祀が中国に伝えられ、畑作農業地帯の収穫祭として中元と結合したものと言う説もある。
一般に、盆は7月13日から15日、または16日までと言う地方が多い。種々の食物を祖先の霊に供えて餓鬼に施し、祖先の冥福を祈り、その苦しみを救う。また墓参りをし、棚経を上げる行事である。
歴史的には、推古天皇14年(606)に各寺院で供養の行事を営んだのが最初とされている。
ちなみに、中元は15日のことで、生存の人を供養してその長寿を祝うこと、やぶ入りは奉公人が親元へ帰る慣習であると言う。 8/13
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日本名が、寒忌竹(カンキチク)で寒さを嫌う竹、寒さに弱い竹の意味である。
よく見ると、もとは丸く木本化し、茎は緑で、扁平な葉状で著しく変わった形をしている。多数のはっきりした節がある。
数回、多数の枝を分け、1m位の高さになり、枝には葉がないのが普通である。
しかし、若い枝には節の部分から葉が互生している。竹ではない、その葉はタデの葉である。
三十数年前、下妻市の今は亡き山久手氏より挿し苗を頂いたものである。
夏は戸外で、冬は温室で管理して元気に成長している思い出のいっぱい詰まった植物である。
実は、明治の初めに日本に渡ってきた観葉植物である。カンキチクはタデ科の多年草で、原産地は南太平洋のソロモン島である。
漢名は対節草と呼ばれる。
寒さに合せなければ丈夫な植物で、挿し木で繁殖させることが容易であり、皆さんにお分けしてきたが、冬の管理で失敗して持っている方は無いようである。 8/14
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地元の妙見社の242年前に写本された「妙見大菩薩縁起」を読み易く書き下してみた。
現在、原本はもとより、写本の原本も写した本人の家にも見あたらない。 私の手元にあるコピーも守谷町の知人から頂いた。そのルートはこの頃知ることになったが、不可解なものがある。
ところで、縁起は相馬小次郎将門が一本の木に妙見大菩薩を刻み守り本尊とし、御手ずから妙見大菩薩と刻み納めたものがご神体であるという。
物語の中で藤代川に陣をすえ、国香と戦ったときに、何処ともなく童子一人馳せ来たり、敵の射る矢を防ぎ、将門の軍と力を合わせ国香を亡ぼしたとある。
その後、千葉郡の七仏薬師に参り、北辰尊(妙見菩薩)拝んでいるときに、足に土の付いた尊像があったという。是はあの時力になってくれた童子に疑う余地はないと、信心肝に銘じ承平元年今から1111年前に、ご神体を刻んだようである。
現在秘仏となっていてご神体を拝むことはできない。
子供の頃からご神体はカメの上に乗っているので、この地区ではカメを飼ってはいけないと祖父母や父母から言われ、今でもこの地区ではカメを飼うことは避けている。
これは、妙見社を祭る地域では、四神のうち北方守護神は玄武であることによって、カメを飼わないとされているようである。
本地域の妙見社の将門寄進のご神体がカメの上に乗っているかどうかはわからない。 8/18
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7月28日恒例の水海道花火大会が行われた。
いつも天候が気になるところであるが、花火師達の日程は詰まっていて、雨天順延とはならないという。
開始時刻からの生憎の小雨の中で実施された。
昨夜、アマチュア写真家、中島一男氏が今年の作品を持って訪ねてきてくれた。
アマチュアとは言っても、プロ顔負けの写真ばかりである。
点火から花火が最高に開くまでの色とりどりの光の軌跡を写している。シャツターを切るタイミングとレンズ開放の時間の問題にも工夫を凝らしている。
露出オーバーにならない、フイルム感度とレンズの絞り、花火の色彩が鮮やかに見事に記録されている。
花火の煙が撮影の邪魔をするという、風上の撮影場所の選定にも苦労があるようだ。しかも、打ち上げは、真っ直ぐに上がっているようだが、そうではない、この写真も後方に傾いたと思われるという。花火の玉の火を噴きながら回転しつつ上昇する様子もわかる。
風下に漂う煙がかすかに花火の色彩に染まり、前景の豊水橋と鬼怒川に映る光が全体を盛り上げている。
趣味とは言え、いつもながらの素晴らしい作品にしばし心を奪われる。 8/20
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毎日厳しい残暑が続きます、いつまで続くのでしょうか。
ところで、ブラジルから友達がメールを送ってきたという横浜の鈴木氏の話で、夏の夜のぞうっとする話になるかどうか(写真入が味噌です)お遊びまでに。を紹介してみる。
スクープ!! アマゾンの人食い大蛇 29/JUN,Rio Araguaia
アマゾンの大蛇伝説にはかなり信憑性の高いものから、全くの笑い話まであるという。いずれにしても酒の肴的な話題である。
それもこれも証拠が全く無いからで、「怖い怖い」と大笑いして終わるのが今までのパターンである。
今回はちょっと笑えない大蛇話が写真入で届いたという。
6月22日、マッドグロッソ州とパーラー州を流れるアラグアイア河で人間を飲み込んだ大蛇が捕獲されたという。
サンパウロから釣りに同地を訪れていた4人が、その朝別行動で思い思いの場所で釣りをしていたが、夕方になってキャンプ地に戻って来たのは3人。
ジョゼ・ロナルド氏が行方不明となった。付近を捜すこと丸2日、川沿いに彼の服の切れ端が見つかり、何者かと争った形跡があった。
よくよく周りを観察すると付近の草が延々となぎ倒されており、巨大な蛇の通った跡にも見える。疑心暗鬼の一行は一度キャンプに戻り、翌朝出直すことにした。
なぎ倒された草地を辿って行った一行は、午後になって川沿いに眠る、10mはあろうかという大蛇を発見、その異様に膨らんだおなかを見て、そこにロナルド氏の存在を確信した。
銃と木片で蛇を殺し、キャンプまで引きずり、腹を裂くと果たして変わり果てたロナルド氏が息絶えていた。
ちなみに、ブラジルの大蛇には牛でも飲み込むものが居ると付記している。
アナコンダ等の大蛇には毒はありませんが、まず絡みつき、ジワジワと締め付けて殺し、さらに締め付けて骨を砕き、飲み込みやすくなったところで自らの顎の骨をはずすことで、自分より数倍大きな動物を飲み込むことができると言うことです。
このお話の信憑性は如何に。 8/22
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庭の松の木の根元のヤブランが、濃い緑の葉に鮮やかな紫の花をつけ人目を引く。
ヤブランはユリ科ヤブラン属で、日本では関東地方以西の林下に自生している。濃い緑色の艶のある葉が美しいので、古くから庭の下草に栽培されてきた。
花期は8−9月で、花色は紫か白で、日本、東アジアを原産地とする多年草で、耐寒性も強い植物である。
右は、葉に黄白色の縞の入った花色の白いノシランである。親父の代から栽培され、種子で増えている。
半日陰を好み、丈夫で作りやすく、花壇、鉢植え、グランドカバーとしても利用されている。
思いがけなく季節を知らせてくれる花に季節を知る。
スズムシも、ここ二・三日おぼつかなげに、一振り、二振り、そして三振りと回数を増やしながら上手に鳴き始めた。残暑厳しい中、自然は秋の気配を深めている。 8/25
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モンステラは、多年生のつる性植物で、葉は幼形は卵形やハート形であるが、艶があり革質で、成熟すると50cmー1mにもなり、穴があいたり、その穴がつながって羽状に分裂したりして、奇怪な形となる。
そこから属名はラテン語の「モンストラム(怪物)」に由来するとも言われている。
サトイモ科ホウライショウ属の常緑多年草で、わが国へは明治時代に導入され、現在も観葉植物としてよく栽培されている。
この属は熱帯アメリカに25種以上あり、その多くはつる性となる。日本でモンステラと呼ばれているものは、ホウライショウ(蓬莱蕉)であることが多く、デンシンラン(電信蘭)とも呼ばれる。
仏焔苞は乳白色の多肉質で長さ20−30cmになる。肉穂花序は約1年で熟し強い芳香と甘い風味があり、バナナとパイナップルのミックスしたような味で食用になる。
この頃はあまり大きく育てないので実がつきにくい。
未熟果はシュウ酸カルシュムの結晶があって、のどを刺激するという。
葉の形が特徴的で長持ちするため、生花の材料として、大きなアレンジや会場装飾に向く素材でもある。 8/27
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| 水海道の駅前通りは、昔の賑いがなくなり、シャツターを降ろす店が多く、シャツター通りのニックネームもある。 その水海道駅前通りで、25,26日に「水海道駅前通り写生会」が実施された。ギャラリー絵の里、芸術の泉友の会の主催である。 駅前通りで育ったギャラリーのオーナーで画家の山崎理恵子さんが、30年振りに昨年帰郷し、懐かしい自分の育った街が寂れているのにショツクを受け、「芸術を通して心を磨き、自分達の手で街を育てていこう」と友の会を設立し、また、昔の住まいを「アートセンター」に駅前の空き店舗を「ギャラリー絵の里」に改装して精力的に活躍している。広島や埼玉県での活躍を郷土にも展開して頂けることに喜びを感じる。 「子供達に情操教育を! 街の活性化の為に!」をモットウに「ユトリロのように街並みを描こう!!」という呼びかけでの今回の催しである。 参加者55名とか、我が家の親子俄か画家三名も楽しく参加させて頂いたようである。 夏休みの思い出に、そして、郷土を考える良い機会になったことと思われる。 |
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夏休みも終わろうとする31日、ある小学校の子どもたちが、総合学習の夏休みの宿題を「川や池の生物を調べよう」という課題に学年縦割りのAグループのリーダーが設定し、6年生による前夜の電話連絡で子どもたちだけで実行するという。
何の計画準備も、安全対策指導も無い、総合学習に名を借りた無謀な計画である。
子供たちの興味や関心に基づいた教育内容は素晴らしい。しかも、主体的に計画して意欲的に実行しようとしている。頼もしいことである。
しかし、夏休み前の指導では、川や水辺には子どもたちだけで行かないことと堅く指導され、パンフレットにも記されている。
子どもの事故は休みの前後が多い、親として、家庭として、学校として事前に気を配らなければ毎年の取り返しのつかない大きな事故を繰り返すことになる。
総合的時間の狙いは、第一に「自ら学び自ら考える等の『生きる力』が全人的な力であることから、各教科の横断的、総合的な指導をいっそう推進する必要がある」こと。第二に「ゆとりをもって課題解決や探求活動に主体的、創造的に取り組む態度の育成をはかる」こと。第三に「主体的な学習を推進し、各教科等で学習した知識や技能を学習者の中で統合する」こと。第四は「具体的には国際理解、情報、環境、福祉などの課題を横断的、総合的に学習する機会をもうける」ことであるという。
総合学習の起源は明治33年前後の東京高等師範学校付属小学校の実践にさかのぼる。その後、大正期から昭和初期にかけての「合科学習」、昭和5年の「郷土教育」、国民学校時代の小学校第一学年の認可制の「総合授業」、戦後初期の「コア・カリキュラム」がある。
これらの教育はそのまま定着してはいない。時代の変化と要請にも依ろうが、言葉は別として、その教育の根幹は形は変えても今に生きている。
新しい内容としての「総合学習」への取り組みは先生方も大変であるかもしれない。
しかも、従来の教科の枠にとらわれず、特定の主題に基づいて学習を組織することは大変なことであり、教育内容が全体として統合され、構造化された学習というのは今まで以上に緻密な計画が必要である。
このような学習は、今までにもあったが、全体として子供たちに任せておけば良い式の、体験を通して何かが身につくであろうという遊びに終わり、その実績を上げられなかった過去がある。
言うまでもなく、学習は一人一人に成立するものである。教師は教えるのではなく、学習者への最高の援助者であり、必要なことに手を抜くことがあってはならない。
羊頭狗肉とならない教育の実践を奨めたいものである。
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ナツメの実が大きく成長し白さを増してきた。赤褐色に成熟するのもまもなくであろう。
ナツメはクロウメモドキ科ナツメ属の落葉高木で、地中海沿岸、中国では古来からの重要果樹で、中国原産と推定されている。
おふくろの実家の新宅の屋敷にあったものを、おふくろの実家の庭に移植し、その頃はおふくろの実家は葉煙草生産農家であったので、庭は煙草の乾燥場であった。
ナツメはあちこちに根から新梢を出すので困り者で邪魔にされ、我が家に再度移植されて現在に至っている。したがって古木であることは間違いない。
芽吹きが遅く、夏に芽が出るので、この名があるという。
実はたいそう(大棗)といって生薬となり、かんぞう(甘草)などと同じく多くの漢方薬に配合される。半生の乾燥品もあり、食用にもなる。リンゴのような味がして子どもの頃に良く食べた記憶がある。
ナツメの木は、中国の伝承によると、詩経や周礼に、その栽培の記録があり、桃、スモモ、梅と共に中国の主要な果樹である。
又、中国の古代社会においてナツメの実は、婦人が姑に目通りする際に、榛(はしばみ・ヘイゼルナッツ)や栗とともに持参する礼物として欠かせないものであったという。
神仙伝説の世界では、ナツメの実は、異果としてイメージされ、神々との交歓、共食の宴に象徴的に登場する。
中国、朝鮮では古来冠婚や正月に欠かせず、菓子用、料理用などにする。みつナツメは砂糖煮製品、材は堅く、車軸や印材となる。
我が国には野生種がなく、中国から古く渡来したと思われるが、果樹としては栽培されなかった。
飽食の時代、現在の子供たちは食べるどころか見向きもしない。 9/4
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二十四孝は、中国五帝の一人の舜から宋の黄庭堅までの24人の孝子たちの物語で、元代以後、あるいは巻首に<孝経>をそえて、あるいは挿絵をつけて子供たちの読み物として繰り返し出版されている。
日本でも、お伽草子の<二十四孝>や仮名草子の<倭二十四孝>が生まれた。
ここで取り上げたのは、「平成版口語訳本 御伽草子 二十四孝諺解(にじゅうし こう げんかい)」渡辺壽傳治 著である。原本は貞享3年9月吉日出版 武州江戸 日本橋南一丁目平野屋 清三郎・大坂書林 三郎兵衛となっている。
原本は今から310余年前の出版でありながら、紙面は裏まで透けて見える和紙であるが、その紙面の6割を木版画が占めているという。この本では原画の8割大を使って原本の印象を保っている。
そのうち、22話の「田真 田廣 田慶」の物語を略記してみる。
この3人は兄弟ですが、お父さんが亡くなられた後、父の残した財産を三つに分けて手に入れました。庭にお父さんがとても大事にしていた紫荊樹(しけいじゅ)という木が一本あり、その木をも切り倒し三つに分けようと言い争いました。
この言い争いを聞いて、この木は夜のうちに枯れてしまい、亡きお父さんの後を追いました。
兄弟はこの木が一夜で枯れてしまったことを思い、切ってはならないのだと言い合うと、木が生き返り花が咲き出し、吹く春風に沢山の枝もしなやかに揺れ葉も一杯に茂ったということです。・・・・・・
生きている草本まで殺して分け取ったならば、親の名まで落とす事になったのに、そうではなくて、かえって名を世に挙げたことはご先祖様にまで及ぶ大孝心であると著者は記している。
この二十四孝の御伽草子の読み物は、これからの少年少女に成るべく人生の早い時期に是非読んで頂きたいと著者はあとがきに書いている。
「孝行をしたいときには親は無し」から「孝行をしたくないのに親がいる」と言われる今の時代の子供たちに一度は読み、そして、考えさせたい本である。
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今日は陰暦8月9日、仲秋の名月にはまだしばらくあるが、第2回目の月下美人の花が午後8時30分には満開となった。
スズムシの音を聞きながら、甘い香りに包まれて純白の大きな花を薄明かりの中で観賞するのもおつなものである。
天気快晴、気温26度、無風、半月が西の空に傾きほのかに白い花のありかがわかる程度の暗さ。
強い芳香は庭に出るとすぐに香ってくる。離れていた方が花の香りはほんのりと漂う。
この花については、時々紹介しているが、サボテン科エビフィラム属の多肉植物で、ダッチマンズパイプとも呼ばれる。やはり月下美人の名がこの花には似合っている。
今回は、4個の蕾が着いたが、上の三個が今夜開花し、後の一個の蕾は明日に思いを残している。同じように成長していても一緒に咲くことは少なく、一日ぐらい後れる花が必ずある。
原産地は南アメリカであるが、夏は直射日光を避けて半日陰に置き、乾燥気味に管理している。
耐寒性はやや弱く、したがって、温室で8℃以上で越冬させている。
今年はもう次の蕾が七つも芽ばんでいるので、もう一度花を見ることができるであろう。
美人薄命とか、つかの間の一夜花では有るが、次の開花に思いが走る。 9/6
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