ここをクリックするとフロントページへもどります。

ここをクリックすると索引へもどります。

  ヤツデ  小学一年の教育  テレビ見れば分かるさ  水海道の英語教育
  
メタセコイア   もう一つの教室  手話コーラス   ノボタン  理数離れ進む
  
キンズ  サンタンカ  シャコバサボテン  カンツバキ  板書  力や態度
  
ハイビスカス   親も子も将来を描けない社会   インコアナナス   辰年
  
新年雑談   郵便局に感謝   フキタンポポ

 

ヤツデ

 冬の日の日溜りに、それも花のごく少ない時期に、枝の頂きに太い真っ白な花序を立て、厚く滑沢な濃緑色の大きな葉と対称的に、白い小さな花を球状に集めてつける。
 ハナアブなどが日溜りの花を見逃さず集まってきて賑わう。のどかな冬の風物である。
 ヤツデはウコギ科の株立ちになる落葉低木で、庭木や鉢植えなどに広く栽培されている。
 日陰や大気汚染にも強い植物で、福島県以南、四国、九州、沖縄など海岸の付近に自生する。
 霜にも負けず咲きつづけ、果実は翌年の初夏に黒く熟して小鳥の好む餌となっている。
 葉は掌状で5裂から13裂と奇数に割れているものが多く、ヤツデの名前の如く八つに分かれているわけではないようである。
 牧野氏は、日本名は八つ手で、ただなんとなくその分裂葉を眺めてつけた名前であって、手形に多く切れこむので数多いことを8で表現したものであると言っている。
 園芸品種には斑入り葉やフクリンのものなどがあり面白い。
 漢名は、習慣的に八角金盤という。

   

小学一年の教育

 教育評論家の尾木氏は、「学級崩壊は自由保育のせいではないー問題は小学一年教育にあり」と述べている。
 高学年の学級崩壊は以前から発生しているが、低学年の学級崩壊は、日本の小学校教育史上おそらく始めての現象だろうと言う。
 中高学年の学級崩壊の根底に担任教師への感情的反発や憎悪があるのに対して、低学年のそれは、悪気のない自己中心的で衝動的な行動によって授業が崩れていく。一見、無邪気とも思え、「そのうち何とかなる」と考えがちだが、他の児童が同じように行動を真似することによって、授業規律の乱れがあっという間に教室中に広がり、担任1人では統制が取れなくなってしまうと言う。
 幼児期の変化には本当に目を覆うという。
 ・やたらと物を床に落とす。落しても拾わない。 ・ほんの些細なことで、すぐにパニックに陥る。 ・衝動的な小暴力が多発する。・人の話が聞けない(目を見て聞けない) ・じっと我慢して座っていられない ・思いつくとすぐに動く(多動傾向)
 これらの行動様式が生まれてきた原因は二つあると言う。一つは、基本的習慣の崩れのひどさから、子供達の心の中にイラ立ちが充満していること。二つには、子供たちは、母子密室型の育児からくる強い「良い子ストレス」に陥っていて、家庭内で良い子を演じている分、外ではタガが外れ、「外弁慶」化していると指摘される。
 これらは、幼児期の一番大切な「遊び」がほとんど喪失させられた生活をさせられているからで、子供が人間として豊かに成長・発達できる「子ども期」が大人達の手によってすっかり奪われているからだという。
 ところで、89年に全面改定された「幼稚園教育要領」では「幼児の自発的な活動としての遊び」をとおした「総合的な指導」を中心とすることとした。ところが、改訂された教育要領を「子どもを放っておいていいのだ」と誤って解釈して実施するケースが現れた。これがいわゆる、「自由保育」だという。
 そこまでは別としても、幼児教育は確かに自主性育成教育へ転換している。
 今日の一年生の学級崩壊は幼児教育と小学校教育の段差であり、幼稚園、保育園から小学校への豊かで、確かな「移行期教育」への視点確立が大切であるという。
 そんな現職教員との活発な話し合いの中で、最後に到達したのは、授業参観、学級懇談、さては講演会などでも親達の雑談が止まないで、大変迷惑なことである。
 「子は親の背中を見て育つ」「この親にしてこの子あり」 身勝手な親が増えていることも事実である。改めてその根深さを痛感する。

テレビ見れば分かるさ

 「テレビ見れば分かるさ」は下の孫娘が「おや」と思うことをよく知っているので、「どうして知っているの」と聞き返したときに孫から返ってきた言葉である。
 たぶん日本テレビの「伊藤家の食卓」であったろう。
 内容は、「生け花の長持ちさせ方」であった。
 花瓶の水に炭酸水を50%ほど混ぜると生け花が四倍も長持ちすると言うことである。しかし、気の抜けた炭酸水を使うのがコツと言う。
 新しい炭酸水では気泡が詰まってしまうのでだめだと言う。
 砂糖水やジュースは糖の粒子が粗く吸い上げにくいと言う。難しいものである。
 気の抜けた炭酸水は糖の粒子が細かく、よく花に吸い上げられて花の養分となり普通より四倍も長持ちすると言うことであった。よく見たものである。
 さっそく、薄いピンクのバラを気の抜けた黄色の炭酸水を混合した花瓶に差して様子を見た。
 確かに花持ちは良いが、時間と共に不思議なことが起こった。バラの花の心から色が橙色に変化し始まった。
 ここで、黄色の色素も一緒に吸収されたことを初めて気がついたのである。
 やって見ないと分からないものだね!!

水海道の英語教育

 水海道中学校の英語教育実践の歴史を同志社大学飯田助教授の論文から引用紹介してみる。
 散乱してなくなってしまった記録を、関係者を丹念に頼って記録と記憶をもとにまとめた貴重なものである。
 昭和37年ELEC(English Language Education Council)の研究協力校になった。
 まず第一に指摘しなければならないことは、パターン・プラクティスが機械的であると言う批判を当時の教師達は熟知していた、I氏はそれを十分承知の上で、彼らはその批判以上にこの指導法の長所を認め、それを授業に生かした。
 第ニは、水海道中学校がELECの研究協力校になった経緯である。学習指導要領に見られるような上意下達のものではなかったことに気づく。
 英語科教員自らELECの夏期合宿に参加して、その指導法を体験し、学校全体の研究や市内全体の研究へと発展させた。
 昭和37年度に水海道中学校はELECの研究協力校になっている。研修会に参加したN氏の進言で、当時の校長会長のH校長がELECの申し込みを受諾したからである。
 その年度は一年生だけオーラル・アプローチの指導をし、以後順に指導法を取り入れた。
 昭和39年には全校で実施し、市内全体に広まっていった。
 水海道の教育には、文部省一辺倒にならず、良いものはどこからでも取り入れようとする進取の気質がみなぎっていた。このことは、県立歴史館に県文化財として保存されている「明治14年、町の大工の手による鹿鳴館造りの水海道小学校玄関」にも教育を大切にする流れをくむものと思われる。
 英語ばかりでなく、技術家庭、特別活動、数学、理科、社会のプログラム学習等にもその姿は見られる。
 第三に、当時の水海道中学校の校長、教頭、英語科スタッフは新しい教授法を他に先駆けて研究していると言う自負と情熱を持って教授法を体得しようとしていた。
 三年間の研究協力校として、日常の公務の他にほぼ毎月研究授業があるというのは、どんなに大変であったか。使命感を持って望むとき、苦労は苦労に終わらなかったと言う。
 第四は、水海道中学校の教員がオーラル・アプローチの指導方法を学ぶ方法は、一つの理想的な授業に近づこうとする実践研究であった。Friesによって提唱され、ELECが考案したオーラル・アプローチと言う理想的な指導法に対して、教師が限りなく近づくことを要求された。実際の指導法研究会では、オーラル・アプローチが背景となっている理論よりは、いかに生徒を動かすかと言う点が中心になっていたと思われると、I氏は語っている。
 水海道市の教育の1ページである。
          (詳しくは、1996年度ELEC賞受賞論文 「21世紀の英語教育」 飯田 毅を参照ください。)

メタセコイア

 アケボノスギともいう。1943年に中国四川省で発見され、生きている化石植物と騒がれたスギ科の落葉高木で、高さ35m、直径2−3mにもなる。
 春の萌えいずる新芽の春緑と、晩秋の黄葉が見事である。
 写真は現在の菅生小学校の玄関前にあるものである。
 現PTA副会長である娘が小学校に入学した時に、京都の種苗会社から取り寄せて、まだ珍しい木と言われていたときに寄贈したものである。
 成長の早い木であるが、旧小学校の敷地から現在地に移植されたものである。
 当時新校舎に移植された木は沢山あったが、松は松の材線虫に枯らされ、今も残っているのは、モッコク、ツゲ、カラマツ、クロマツ一本と、このメタセコイアぐらいのものであろうか。
 1943年に四川省で発見されたメタセコイアは一躍世界の注目を浴び、1979年にアメリカで育てた苗が日本にも伝えられ、現在では庭園などにも植えられている。
 強い選定にも耐え、挿し木による繁殖が容易で成長も早いが、7‐8年生以上の木からの挿し木はほとんど活着しないと言う面白い性質を持っている。
 白亜紀と第三紀の化石種は多く知られているが、現生はこのただ一種のみである。
 この木を見るたびに、日本の植物化石研究家 三木茂(1901ー74)が思い出される。

もう一つの教室

 子どもの能力は千差万別である。物事一つ理解するにも速い子、遅い子、そして学習歴もまちまちであり、同じ時間に同じように理解させることはできない。それが個性であり現在の能力である。
 学校では、同じ歴年齢の子を一学級40名に分けて編成し(定員40名の枠は各県に任せられるようになるようだが)1人の教師が指導に当っている。すべての子どもに学習内容を身につけさせようとする努力は素晴らしい。 しかし、はっきり言って不可能である。教師は職業柄不可能とは言わず常に研修に務め前向きに努力しつづけている。
 手の届かなかった子が、落ちこぼれであり、落ちこぼしである。この頃チームティチングのためのTT教員を各校に一名づつ配当を始まった様で結構なことである.。
 塾がもう一つの教室といわれる所以は、公教育が教育の機会均等の保障が本来の目的である。それ故に多様化、個別化にはおのずと限界があり、不登校やいじめ、低学力などの問題が生じ、学校教育の機能不全解消見直しや、塾など民間の教育施設との協力を文部省も容認せざるを得なくなっていることにある。
 塾にもよりけりであるが、専門分野で公教育の学校の教師に劣らぬ、専門だけに時にはそれ以上の教材研究も積んでいることもある。学校の授業について行けない子でも、塾で分からないところを調べ、そこから学習させると「あっできた」と学習への意欲を示す場合が多いという。
 学習塾は世界的に見ると、日本、韓国、台湾、中国など試験に受かることが立身出世につながった「儒教文化国」にしかない特殊な存在だと言う。
 学校は今、知識を覚えることよりも、考える力、生きる力を養うと言う、学制発布以来の大転換を行おうとしている。塾の持つ学校の補完部分もその一つではあるが、塾の持つきめ細かな個別指導や、子どもの実態に細かく対応出きる点を考えれば教室の二重構造もやむをえまい。
 文部省の93年度の塾調査で、親に尋ねた、子どもを塾に通わせた理由(複数回答)は、「子どもが希望」(46.0%)、「家庭で勉強を見てやれない」(33.3%)、「1人で勉強しない」(32.4%)が上位を占めた。
 通わせてよかったことは「学校の授業がわかるようになった」(34.1%)が最も多い.。
 四年生以上の小学生と中学生に聞いた、塾に通って良かったこと(複数回答)では、「学校の勉強がよくわかるようになった」(50.1%)と言う答えが一番多かった。と朝日新聞は報じている。
. 例え、どうあろうとも、同じ子どもを育てることである.、どこまでの分野を扱うにしても、人格の完成を目指して、目的を違わずに取り組みたいものである。 

手話コーラス

 「全校児童が手話を使い校歌を披露」取手市立戸頭東小学校の「ふれあいコンサート」の模様が12/4の新聞に報道されていた.。
 孫の通う小学校でも手話や手話を使った合唱などを通して、総合的学習の時間などで福祉を学んでいるようで大事なことである。
 先日、「森の光」 手話コーラス 第15回発表会を知る機会を得た.。民間の団体であるが、障害者も含めた素晴らしい活動である.。
 手話は聴覚障害者への、身振りを中心とした視覚的、動作的言語で、事物や事象の模倣・模写を基盤としているが、手の位置、形、動き、両手の組み合わせの変化で写像的なものから規約性の強いものまで、さまざまなコミュニケーションができると言う。
 音声言語と比べれば、語彙も少なく、時空間関係、因果関係、抽象概念などの表現力に乏しく、同表現異義語が多く、文法的にも異質で、音声言語の語順と必ずしも順序が対応せず、助詞や助動詞と言った付属語も少ない。
 しかし、聴覚障害者の生活圏の広がりと共に表現力も豊かになり、語順も音声言語と同じになりつつあるという。
 障害者が健常者と共にコミュニケーションができ、コーラスを共に楽しめる会の活動に心温まる一日であった。
手話コーラス
(「森の光」八王子市)

ノボタン

 ノボタンは夏に大きい淡紫色の花を枝先に多数つける草本であるが、師走の今、温室の中では開花している。
 目の覚めるような紫は人の目を引く。
 ノボタンはノボタン科で琉球、台湾に自生し、日本では花屋で売られている鉢物で、冬は温室でないと越冬できない常緑低木である。
 コートダジュールは、同じ仲間であるが、低木性で枝の分岐がよく艶やかな小葉で、花は、濃紫色で温度があれば8月から春まで咲きつづけるという。この頃売り出された園芸品種である。
 日本名は、琉球名の野牡丹から出たもので、花が大きく紅色な点をボタンの野生にたとえた名であるという。
 往々ヤボタンと呼ぶ人もあるが、それは誤りであり、この花の美しさに申し訳ない気がする。
 漢名は、山石榴で山地生のザクロの意味で、果実の裂開状態に目を向けた名前である。
ノボタン コートダジュール

理数離れ進む

 このごろ、理科の指導法研究を取り上げている学校はめったにない。もっとも、小学校の1・2年には理科・社会科という教科はなくなっている。
 しかし、内容も無くなっているわけではない。生活科として大きくまとまっている。
 ある市の中心の小学校で理科系の教員は1名しかいないと言う。小学校は教科担任制ではなく、小学校教員免許状に教科はなく全教科の指導が出来るわけである。理科系といっているのは、中学校免許状の理数科の免許を持っている教員を言っているのである。
 教員の採用が少ないことと、理数科の免許を持っている教員は中学校へ異動していることによるようだ.。このような状況の中で、理科室の設備、備品は充実していても、教科の本質をつく実験観察はどこまで出来ているのだろうか。特に小学校においては疑問である。
 このごろ、中2対象の文部省調査が発表された。
 朝日新聞によると、数学や理科が「嫌い」「楽しくない」という中学生が増え、理数離れに拍車がかかっていると言う。数学の勉強が「やさしい」という生徒は一割ちょっとで、「将来、数学や科学に関連した仕事がしたい」という生徒も二割に満たない。研究者からは「明らかに学力低下のサインであり、深刻な問題だ」という声が上がっていると報じている。
 これは、今年2月に全国の中学二年生4966人を対象に実施した調査であるが、数学が「嫌い」と答えた生徒は52%と半数を超え、4年前の調査よりも5%増えた。理科が「嫌い」という生徒も46%(前回比2%増)で半数に迫っている。
 「将来、数学を使う仕事がしたい」という生徒は18%(前回比6%減)、「科学を使う仕事がしたい」という生徒は19%(前回比1%減)と少数になっているという。
 子どもにとって担任教師の影響は大きい、まして校内に理科好きの教師がいなければ,理科好きの子は生まれにくいのは当然である。
 理科が知識注入の暗記教科でなく、自然の事象を観察し、自然の法則を見え出す力を伸ばせれば子ども達も理科「好き」になってくれるのではないだろうか。子供たちは好奇心・探求心が強いのだから。

キ ン ズ  

Fortunella. hindsii (Champ.)Swingle,
 和名 マメキンカン 別名 キンズ(金豆) ヒメキンカン ヤマキンカンとも呼ばれる。
 つくば市の古沢氏から頂いて2年、鉢植えであるが一回り成長して今年も沢山の実をつけ見事である。
 ミカン科キンカン属で、原産地は中国である。中国南部、台湾、香港島などに野生していた。カンキツ類の中で最初に発見された4倍体であるが、その後2倍体も発見されているという。
 樹高は1mほどにしかならない。枝条もきわめて細かく密生し2‐3年で結実樹齢になる。
 0.8‐1cmの刺が非常に多く付き取り扱いにくい植物である。
 果実はキンカン属の中でも最小であり、果皮の内側はあらましが種である。球形が短楕円形をしており、重さは1g、直系1cmほどでである。
 したがって、生食にはむかない。
 樹形が小さくて、実がつきやすく、果実も可愛く美しいため、鉢植えにして盆栽などの鑑賞用として栽培されている。
 繁殖は、新芽の挿し木でよく発根し活着する。条件が良ければ、その年に開花結実させることも無理ではない。
 つくば市の親木も可愛い橙色の実を枝一面につけて見る人の目を楽しせている頃であろう。
 

サンタンカ

 サンタンカ Ixora chinensis Lam.
 漢字では山丹花と書く、アカネ科イクソラ属の熱帯性常緑低木である。サンダンカ(山段花)ともいう。
 朱紅色、橙色、白色などの花色があり、濃緑の葉と明るい橙色の花との対比が美しく、生け花、アレンジ、花束などにも使われて、南国的な雰囲気をかもし出す花木である。
 開花期間も長いので花木店に鉢植えとしても出まわっているなじみの深い花である。熱帯では庭園樹として広く植えられているという。
 原産地は中国南部、マレーシアで、花はやや肉質で高温時でも花持ちがよく、熱帯ではほぼ周年開花する。
 夏の花が終わって、寒くなる前に温室に入れたので、今年は今沢山の花が咲いている。
 樹高は1mほどになるが、強健な木である。害虫ではカイガラムシが着き易く、新芽や花序のもとに気をつけることが必要である。
 熱帯性の花木であるので、この辺では寒い冬の時期は温室での管理が必要である。

シャコバサボテン

 秋から初冬にかけて室内を美しく飾る花鉢物の代表、シャコバサボテンが今年も咲き出した。
 シャコバサボテンの原種は、ブラジル産で、やや高地性ジャングルでの着生種であるジゴカクタス・トルンカツムであり、日本ではどこでも見られる、紫桃色花をつけるシャコバサボテンであるという。
 19世紀初頭にヨーロッパで栽培が始まり、カニバサボテンとの交配で生まれたようである。
 シャコバサボテンは1種だけの原種でも、ヨーロッパに渡る頃には、色の濃淡の表れで、紫紅色から白に近い色まであったようで、変異の多い植物のようです。
 日本では明治時代から栽培され、カニバサボテンが主流であったが、10年ほど前からシャコバサボテンの人気が出てきたという。
 シャコバシャボテン、カニバシャボテンという名前は、短い茎節からなるサボテンの茎節が、節足動物のシャコやカニに似ていることからつけられたようで、納得がいく名前である。
 短日性植物で、日が短くなり、夜の気温が15℃を切るようになると蕾をつけてくる。短日処理を行いば花期を調節することも出来るわけである。
 シャコバサボテンは原則的には10‐12月咲きであり、カニバサボテンは2月咲きである。人気の秘密はこの辺にもありそうである。

カンツバキ

  冬の日差しの中に、木全体を覆う様に真っ赤な花が咲き誇り、遠くから見ても人目を引いている。カンツバキである。緑の光沢があり、こじんまりと小さめの硬い葉に、真っ赤な八重咲きの花びら、黄色に輝くおしべ。緑の葉と対称的な赤い花が映える。
 さきにサザンカで触れておえたが、カンツバキはツバキとは言ってもサザンカの仲間である。
 普通、サザンカは10月から12月にかけて開花するのに対して、カンツバキは12月から3月頃まで咲きつづける。
 自然仕立ても見ごたいがあるが、垣根や、庭園樹として、垣根に刈り込んだり、半球状に刈り込んだのも良いものである。
 メジロが番いで、ときには、数羽の集団で花の蜜を吸いに来て遊んでいる。可愛いもので時を忘れて観察してしまうときもある.。
 ヒヨドリも番いでやってくる。ヒヨドリは漢字で書くと卑と鳥を合わせた字である。
ヒヨドリには気の毒であるが、木の実や、蕾を好んで食べ、ハボタンや畑のキャベツなどの葉菜をついばんで被害を与えるなど名前のとおり、卑しい鳥、下劣な鳥のイメージは消えない。せめて、咲いた花を散らさずに静かに花の蜜を吸ってもらいたいものである。

板  書

 ここでいう板書とは、学校で授業中に黒板に先生や子供が書く内容のことである。
 ある先生の話である。板書をするときに、一時間を見通した計画板書をしているかという話しになったという。
すると、ある先生から、先生は古いと言う声が返ってきたという。そして、今は黒板から離れろと言われていると続ける。個別化、個性化の時代であると言う。ごもっともなご意見である。
 しかし、個別化、個性化の時代には黒板は要らないのであろうか。そうではなかろう、1人の教師が40人の子供を受け持って、一人一人に対応した指導がどこまで成立するかが問題である。
 ある方の話である。先生のテーブルの前に指導を受けたい子供が並んだという、1人の子供に対応していると、別の子が先生これと割り込んでくるという。あなたが教わっている時に割り込まれたらどう思うか考えてごらん、順番を待ちなさい、と指導したら静かに待ってくれたという。しかし、数人の子供への対応の話である。
 もともと学習は個別に成立するものであるが、40人一度にまちまちに対応することは不可能である。そこに現状では一斉学習形態と個別学習形態、グループ学習形態が効果的に組み込まれた学習を組み立てているのではなかろうか。
 計画板書とは、その場しのぎの板書でなく、子供の学習に最も適した板書の意味である。極端にいえば、板書をしないことが最良であればしないのが計画板書である。
 こと教育の問題だけではないが、右と言えば右、左と言えば左に走る傾向がある。今までのことがすべて否定されているわけではない。改善すべき新しい視点が明確になり強化されていることを忘れてはいけない。
 教育にも不易と流行があることを肝に銘じ、学習の目標をはっきり抑えた学習を成立させる時間を実践して頂きたい。
かりそめにも、個別化や個性重視に隠れた放任や手抜きにならないように。 

力や態度

 子供たちの基礎的な生活習慣について、「子どもに未来を語れる大人になるために」という、くもん子ども研究所小林研究員の報告書の中に、調査結果が載せられている。12/20の朝日新聞にも取り上げられている。
 調査は東京、千葉などの幼稚園の先生と、幼稚園児・小学校低学年の子を持つ全国の保護者を対象に3‐7月にかけて行われたものである。
 「現在の子ども達に不足している力や態度」を幼稚園の教師は「とても不足している」「不足している」という回答が多かった。
 調査での上位4項目は、「基礎的な生活習慣(81.9%)」「最後まで頑張りぬく力(76.9%)」「集中力や根気など学習の基礎となる力(76.2%)」「幼児なりの礼儀作法(71.6%)」で、「幼稚園教育を通して、身につけることのできる力や態度」の下位4項目と一致する。
 したがって、子ども達に不足している力や態度は幼稚園では身につけられないと考えられていることがわかる。
 一方、幼児及び小学校低学年の母親を対象に、「子ども達に身についている力や態度」の調査では、母親が「十分身についている」ある程度身についている」と回答した上位は、「年齢相応の道徳性(92.8%)」「基礎的な生活習慣(91.1%)」「友達と付き合う態度(87.1%)」で、幼稚園の教師と保護者の回答では、「基礎的な生活習慣」の捉え方が全く逆である。
 幼稚園の教師がどのような様子から、「基礎的な生活習慣」が身についていないと感じるのか記述してもらった結果では、・偏食の多い子どもが増えた。 ・空腹時でも、嫌いな食物には見向きもしない子が増加している。  
・3歳児入園が増えた中で、紙おむつ、トレーニングパンツで登園してくる子がいる.10年前には見られないこと。 ・夜遅くまで親と一緒に起きて入るため、園に来るとあくびをしたり、寝そべったり、意欲を感じられない子がいる。 ・スナック食品の間食が多い。 ・睡眠不足。であるという。
 幼稚園と家庭の捉え方の違いは大きい。
 厚生省の調査では、朝食を食べない「30‐39才」の男性の割合は、昭和50年には9.2%だが、平成9年には20.5%へと増加しているという。夕食時刻にしても「7、8時台」が全体の32.9%から47.8%、「9時以降」が4.4%から11.2%へと増加し、不規則な生活に子どもの生活のリズムも崩れていることが考えられる。
 幼稚園の教師は、園の教育を通して「十分身につけることができる項目の「集中力や根気など学習の基礎となる力」は14.2%で、・集中力や根気がなく、すぐに疲れたといってあきらめたり、投げ出してしまう子が増えた。 
・集中力が続かず、一つの物事にすぐ飽きてしまう。 ・集中できる時間が短い(遊びと活動のケジメがつけられない)。 ・じっと座っていられない(短めの絵本、紙芝居など読み聞かせ程度でも)。と集中力や根気は入園前に家庭で身につける力だと考える教師が多い。
 保護者の回答では、学校教育で「集中力や自習力(25.0%)」を十分身につけることができるの割合が高い。
 子どもの問題は現実にある。対策は教師と家庭の擦り合いでは解決しない問題である。
 

ハイビスカス

 今日は冬至、寒気団が南下して寒さも厳しさを増している。小学生の孫たちとの話で、一番夜の長い日、日の出が一番南による日までは出てきた。
 今夜は満月である。真東よりかなり北に寄ったところから昇り、一晩中一番北よりのコースを辿ることを観察させたい。午前0時頃には、東京では南の地平線から測って80度ほどの高さになり、ほぼ真上に来る感じである。
 冬至には、コンニャクとカボチャを食べ、ユズ湯に入る習慣が今も続いている。
 ところで、本題はハイビスカスの話である。ハイビスカスが温室で見事に咲いているからである。
 ハイビスカスと一般に呼ばれている植物はブッソウゲをさしているが、もともと雑種植物であるために変異に富み、近年ハワイでの交雑種を含めて呼ぶようになり、さらに類似のフヨウ属植物を漠然と指すこともあって、きわめて複雑なアオイ科の園芸種群の総称ともなっているという。
 日本の野外で普通に栽培できるのは沖縄や九州南部などで、戸外での越冬は無理である。我が家でも、寒さが来ないうちに温室に移し、今も開花しているのである。花は温度が保てれば周年開花の植物である。
 沖縄では古くから栽培されていた様で、慶長19年(1614)には島津藩から徳川家康に献上されたという記録が残っているという。

親も子も将来を描けない社会

 「子どもに未来を語れる大人になるために」くもん子ども研究所小林研究員の報告より。
 日本とアメリカ、中国、韓国の中学生に「人類にとって21世紀は希望のある社会になるか否か」と尋ねた調査で(「21世紀の夢に関する調査」財団法人一ツ橋文芸教育振興会、財団法人日本青少年研究所、1999年4月)。4ヶ国の中で、「とてもそう想う」もしくは「まあそう想う」と答えた割合が最も高かったのは中国の中学生で93.7%、日本は44.0%と最下位だった。
 同様の傾向は父親にも見とめられるという。1996年にくもん子ども研究所が実施した調査では、子どもの存在を「自分の夢を託せる」と捉えている中学生の父親は7.1%に過ぎない。神戸学院大学の高健さんは、1998年10‐11月、中国天津に住む中学生の父親46人に同様の質問をしているが、その結果は、52.7%の父親が子どもに「夢を託せる」と答えているという。
 親が子育てに充実感を抱き、子どもを「自分の夢を託すことができる」存在として捉えることのできる場合とそうでない場合とでは、子ども自身の描く将来像が違っても当然のことである。
 「基礎的な生活習慣」や「集中力や根気、自習力」を身につけるためには、長い時間が必要である。そのためには、小さな成功を共に喜ぶ伴奏者が必要である。そして伴奏者が走り続けるためには、そうした習慣や力が何のために必要なのかという明確な思いが無ければならない。
 先に挙げた中学生を持つ日本と中国の父親とを比較した調査では、仕事に対する思いについても尋ねている。結果を見ると、「仕事は生き甲斐そのもの」という父親は中国では53.3%、日本では14.2%となっている。
 反面、「仕事だけの人間にはなりたくない」という父親は日本では53.0%、中国では7.5%という結果であるという。
 「子どもに自分の夢を託すのは良くないこと」「仕事が生き甲斐の人間なんてつまらない」日本の大人達の多くが、何時の間にかこうした価値観にとらわれ過ぎている。確かに自分の夢を押し付け子どもの将来を決定してしまう権利は大人にはないし、仕事だけが生き甲斐の対照であるはずもない。
 ただ仕事が生き甲斐でないならば自分自身の生き甲斐は何なのか、そうした問題から逃れることは出来ない。自分の人生の意味を問いつづけなければ、人生は曖昧なままに終わってしまう。曖昧な人生しか送れない大人には、子ども達に未来を託すこともできないだろう。

アナナス

 火焔太鼓を思わせるインコアナナス(プシタシナ)の花が咲き出した。
 パイナップル科の小形の多年草で、ブラジルの熱帯雨林の樹上に着生してしている植物である。
 葉は幅2−3cmで長さは15−20cmほどあり、15−20枚の葉が重なって、ゆるい筒状になっている。
 葉は薄く、淡黄緑色で鋸歯は無い。全体に少しねじれている。
 花茎は長さ15−20cmあり赤色で先端に長さ4ー8cm、幅6−8cmの扁平な花穂をつける。
 2列に多数つく苞は先端が淡黄緑色でとがり、次第に黄色になり、基部は赤色で美しい。
 花は細い筒状で、花弁の先端は黄色で、下部は萼に包まれている。
 日本には昭和の初めに渡来し、寒さに強く8℃位で越冬し、丈夫で株が良く増えるので栽培する人も多い。
 秋から冬に良く開花し、2ヶ月以上も長く楽しめるので人気もある。
 アナナス類は筒の中に水を貯めているが、インコアナナスも多湿を好み、夏は半日陰で管理することが大切である。
 苞の先端の曲がり具合がインコの嘴に似て愛らしい花である。

辰 年

 辰とは12支の一つで、その第5番目にあたる年が辰年である。年のほかに月日、方角、時刻に配してその呼び名としても使われている。
 動物では竜に当てる。
 竜は想像上の動物で、体は大蛇に似ていて、背に81枚の鱗、4足に各5本の指、頭には2本の角があり、顔は長く耳があり、口辺に長い髭を持つという。
 水中または地中に住み、時に空中を飛行し、雲や雨を起こし、稲妻を放つという。中国では鱗介類(鱗や甲羅を持った生物)の長とされている。
 竜のより重要な性格は、時がいたれば水を離れて天に昇ることができることで、この地上と超越的な世界を結ぶことに竜の霊性の最大のものがあるようである。
 竜にまつわる故事は多い。
 ところで、竜には九子があるという。「八犬伝」によると、
 第1の子を蒲牢といい、鳴くことを好むので、鐘の竜頭はこれをかたどって作る。第2の子は囚牛と呼び、音曲を好む。琴や鼓の飾りにこれがついている。第3の子は蚩物といい、飲むことが好きなので、盃、飲器にこれを画く。第4の子は嘲風とよばれ、険しさが好きなので、堂塔、楼閣の瓦はこれにかたどる。第5の子はこう眦と称し、殺すことを好むため、太刀の飾りにこれを用いる。第6の子は負きとよび、文章を好むので、印材のつまみなどにこれを画く。第7の子はひかん、訴訟を好み、第8の子はしゅんげいすなわち獅子であって椅子や曲ろくにかたどることがある。第9の子は覇下といって、重いものを負うことが好き。このため火鉢の脚や鼎の足に、鬼面のようなものが彫ってあるのはこれであるるという。
 同じ兄弟でも皆同じではない様である。
 ところで、今年も岡澤氏より版画の年賀を頂き、早速裏打ちして額装し、年頭を祝いながら鑑賞している。
 キダチアロエの開花した版画であるが、その葉は竜を想起させる辰年に相応しい版画である。
 アロエはユリ科の多肉植物アロエ属で、民間薬として良く栽培され、胃腸薬や外傷、火傷などの外用薬として使われている有用な植物である。
 今年は、竜のように勢いの良い年にしたいものである。

新年雑談

 兄弟、子供、孫達が集まって恒例の新年会を開いた。
 話題は姪たちの活躍にしばし花が咲いた。
 あおいちゃんが、第50回NHK紅白歌合戦の白組優勝の後、NHK放送総局長に優勝旗を渡すシーンが大写しになったことである。
 二つ目は、NHKの教育テレビ、5:40頃からのハッチポッチのキャラクターのデザインを分担しているという暁子ちゃんの話である。TRUNKや.JOURNEYのキャラクター・グッスも販売されているという。
 辰年の新年明るい話題を中心に、竜の勢いに乗った良い年にしたいものである。

郵便局に感謝

 今年も年賀状を沢山頂いた。その中で三通の年賀状で郵便局の対応について記し感謝申し上げたい。
 今まで、番地が書いてないだけで、郵便物の量から言っても地域の状況から言ってもわかると思われる郵便物が、返却され、宛先記載不充分で当然と思いながらも不快感を覚えずにはいられない場合が多かった。
 話の一つは、筑波学園郵便局長からの封書である。A氏からの賀状と詫び状が入っていた。「2000.1.1年賀」の記念押印が、所定の位置に鮮明に押印できませんでした。大切な郵便物を汚してしまいまことに申し訳ありませんでしたと言うことである。
 二つ目は、水海道郵便局の局員が番地が違っていたので「尋ね当りません」の印を押しましたが、名前を見つけましたので、送らせて頂きます、毀損申し訳ありませんでした。という付箋をつけて、改めて氏名確認の上手渡して頂いたことである。
 三つ目は、Kさんからの賀状であるが、届いたのは裏面白紙の賀状で差出人も分からなかったが、白紙の賀状が届かなかったかという電話で確認できた。今良く使われる、文面に写真を張りこむ形で賀状を作ったが、途中で剥がれてしまい、宛名は先方に、文面は宛先不明で戻ってきてしまったと言う。改めて賀状を頂いたが慌てた様である.。宛先の無い賀状を戻していただいたお陰である。
 杓子定規でない、通信事業の心の通う扱いに、2000年の幕開けへ温かい明るい一筋の光を見る思いであった.。

フキタンポポ

 福寿草に先駆けて、フキタンポポの鮮やかな黄色の花が咲き出した。
 花びらは細く鮮黄色の舌状花である。頭花は細い花梗上につき、1株に数花をつける。蕾は福寿草に似ているが、ずっと小型で花も福寿草とは趣を異にし,タンポポに近い可憐な花である。
 フキタンポポはキク科のカントウ(ツシラゴ)属で、漢名は、かん冬である。
 ヨーロッパ、北アメリカ、シベリア、インド、中国原産の耐寒性の多年草であり、日本へは明治の中期に入ったという。
 ロックガーデン、鉢植え、盆栽などに栽培されている。
 高さは、10−50cmで、地下に根茎がある。根生葉は花の後に出る,円状心臓形で浅く裂け浅い歯牙があり、表面は緑色に蜘蛛の糸のような毛がある。裏面には白い綿毛がある。
 性質は強い方で、日当たりの良い湿り気の多いところを好み、高温を嫌うので、夏は涼しいところに置くことが大切である。
 葉はフキに、花はタンポポに似ていることから、フキタンポポの名がある。
 繁殖は、さし芽か芽分、根茎によって可能な植物である。

ここをクリックするとフロントページにもどります