折々の記

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ザクロ   コエビソウ   チャラン   組織と気配り   紫陽花   ギョリュウ
おもしろ化学マジック   ビヨウヤナギ   クチナシ     豊年蝦  葉っぱのフレディ
大賀ハス   学級崩壊   月下美人開花   アマサギ   フクロウ   ハマユウ
月  食     E-mail    アナナス    ホームステイ    連絡網    スズムシ
原爆ドームを描く

ザ ク ロ

 ザクロ(石榴)はザクロ科の落葉樹で、小アジア地方が原産地であり、鑑賞用、食用、薬用に栽培されている。
 長楕円形の照りのある濃緑の葉の間に、朱赤色の花を開き、夏の到来を知らせる。
 花は雌雄異花である。実も球形で、秋には紅色の外果皮が不規則に割れて多数の種子が露出し見事な美しさをみせる。
 重弁花の品種をハナザクロ、食用とする種類をミザクロと呼んでいる。
 次ぎに、ザクロにからむ話を紹介する

 鬼子母神は子授け、安産、育児の神として信仰され、ザクロの絵馬を奉納して祈願したり、礼参りをする風習がある。鬼子母神はもと鬼神王の妻で、1000人の子どもを産んだが、他人の子を取って食うため、仏が最愛の末っ子を隠して悔い改めさせ、安産の守り神となったという伝説に基づいて、鬼子母神には人肉の味のするというザクロを奉納するようになったと言う。

 ザクロには鬼子母神が腰掛けているといわれ、屋敷に植えたり、切ったりしない地方もある。

 ザクロは花や果実が赤いためか、一般に仏壇に供えるのを嫌い、またザクロを屋敷に植えると、病人のうなり声を聞きたがり、病人が絶えない、凶事があるなどと言う地方もある。

 ザクロは吉木とされ、これを植えれば家が繁盛し、子宝に恵まれるという地方もある。

 茨城県では、ザクロの木の下で子どもを遊ばせれば、疳の虫をふうずると言う所もある。

 中国では、ザクロは、子孫繁栄の象徴として結婚式の縁起物にされたと言う話しである。
                                             (世界大百科事典より)

コエビソウ

 もう数十年前、理髪店の主人M氏から頂いたものである。氏は盆栽に造詣が深く松は勿論、さつきの盆栽も良いものを持っている。珍しい花物もあった。
 今では、陶芸を中心に講師として活躍している。何事にも研究的に取り組み熱心で、学ぶ喜びを持っている方である。
 コエビソウは学名ベロペロネ・グッタータである。キツネノマゴ科ベロペロネ属でベロペロネはギリシャ語で「矢」と「おび」からなっている。グッタータは「斑点のある」の意味である。英名をシュリンプ・プラントと言い、花穂の形状が小海老の一種(シュリンプ)に似ているのでつけられたようである。
 熱帯アメリカに自生する植物で、この属には約30種が含まれている。ベ・グッタータはメキシコに自生する低木状草本で、我が国では昭和の始め頃から植物園などで地植えされていた。
 花穂は花弁状の苞がつき赤褐色で、それだけでも鑑賞価値がある。本当の花はこの苞の基部に白色で細長い筒状に咲く。面白い植物である。
 県立フラワーパーク(八郷町)の温室でもコエビソウが地植えにされていてまことに見事であった。

 

チャラン

 ちゃらん、ぽらんではない、茶蘭の意味で中国南部原産の常緑の草本状小低木で鑑賞植物として栽培されている。
 センリョウ科の植物で茎は群生して上に向き、緑色で明瞭にふくれた節がある。葉は対生で茶の葉によく似ている。
 花は6月の今開き黄色無柄の香りのよい小花をつけている。 野趣豊かな植物である。


 センリョウ科には、ヒトリシズカやフタリシズカそしてセンリョウがある。


 センリョウはやはり、今が花盛りであるが、花は目立たない、花がすむと小さな球果ができる。冬になって熟すると真っ赤な実となり、正月用の生け花の材料として人気がある。
 花時に雨がかかると実付きが悪くなるので、雨に当てない配慮が大切である。
 もともと、中部地方より南の山林の木の下にはえる小低木であるが、茨城県の鹿島地方では正月用のセンリョウの栽培が盛んである。

チャラン
センリョウ

組織と気配り

 一ページに誤字が4つも5つもあってはワープロの変換ミスを考えてもおかしい。今、小学校では児童数が減少し、一学年一学級と言う単学級が多くなっている。したがって一学年一人の担任のため、文書をお互いにチェックする機能が無くなっているところにも原因があると言う。忙しい、間違いはどこにでもある。しかし、だからこそ、組織の力を生かして、教務主任・教頭・校長の力を借りるべきである。あるPTAの席での教師の話しである。
 といえば、全体会で挨拶を予定していたPTA会長が急用で出席できなくなった時のことである。当然,副会長が代行するわけであるが、この会に初めて出席する副会長に、教頭は、「僭越ですが挨拶文を書いてきてみましたが」と話しかけてきた、「いちおう考えてきましたが」と言う返事に「それではそうして下さい」と言うことになったと言う。
 教頭の気配りは一見無駄働きに見えるが、そうではあるまい。立場立場で気配りがあって学校運営も円滑になるのではないだろうか、そのことが、ひいては、子ども達の幸せな学校生活につながるのではないでしょうか。
 ある新任教頭が、卒業式の前日校長室に呼ばれ、「私に、もしかして、何かがあったら、この引出しに式辞が入っていますからと言われ、校長の気配りの中に教わるものが大きかったと言う話しをしてくれたことを思い出す。
 多くの問題を抱える学校の現状の中で、個々の力を気配りを交えて組織の力として生かすことによって2倍にも3倍にも働くのではないでしょうか。
 あたりまえのことが、出来にくい世の中で、あたりまえに出来る素晴らしさを感じた一時でした。

紫 陽 花アジサイ

 アジサイは万葉集にも名が見えるほど古くから知られ、鎌倉時代以降は園芸品種としても栽培されたが、ヤマアジサイやガクアジサイが主であったので、特別に鑑賞するという名所は江戸時代を通じて現れず、鎌倉の紫陽花寺(明月院)等が観光の対象となったのは第2次大戦後である。
 花言葉は「うつり気」「高慢」「美しいが香も実もない」で女性への贈り物にはふさわしくない。
 江戸末期オランダ東印度会社の医師として日本にやってきたシーボルト(ドイツ人)は植物学者でもあった。
 アジサイについても研究が深く、帰国後「フロラ・ヤポニカ 日本植物誌」を出版した。
 そのなかに、アジサイをハイドランジア・オタクサと名前を記している。オタクサの名はシーボルトの愛人「お滝さん」で、シーボルトの発音はオタクサであったという。
 アジサイを好んだ牧野富太郎博士は「シーボルトハあじさいノ和名ヲ私ニ変更シテ我ガ閨デ目ジリヲ下ゲタ女郎ノお滝(源氏名ハ其扇[そのぎ])ノ名ヲ之レニ用イテ大ニ其花ノ神聖ヲ侵シタ、脂ギッタ醜イ淫売婦ト艶麗ナ無垢ノあじさい、此清浄ナ花ハ長ヘニ糞汁ニ汚サレテシマッタ、アア可哀想ナ我あじさいヨ」と、それほどまでいわなくても、というくらいに書いていると菱山氏は記している。
 シーボルトの持ち帰った標本の中には、ハイドラジア・ソノギと自筆で書かれたものもあると言う。ソノギはお滝さんが長崎丸山の遊女だったころの源氏名である。
 異国の地で献身的に自分の世話をしてくれた女性への思いがしのばれる。
        アジサイ
 ユキノシタ科の落葉低木で、梅雨時の
代表的な花である。花は大部分が萼片が
大きくなり花びら状になった装飾花で、
一般に青紫色である。日本固有の植物で、
太平洋側の海岸近くに自生するガクアジサ
イが原種であるといわれる。
 日本から中国を経てヨーロッパに渡り
品種改良されて逆輸入されたものが、
花色の豊富な西洋アジサイである。
 アジサイの花色は土壌の酸性度によって
変化する。酸性度が高くなると鉄およびア
ルミニュームが多く溶け出し、とくにアルミニュームが吸収されると花は青色が強くなる。

ギョリュウ

 梅雨の小雨にぬれて青緑色の柳のような優しい樹冠が美しい。今ちょうど、総状の花序に淡桃色の花が多数群がってつき、離れてみるとまた美しいものである。
 ギョリュウはギョリュウ科の落葉小高木で和名は、御柳の意味で、もともとは漢名に由来したものである。
 切花や庭園樹として栽培され、原産地はモンゴルから中国北部の乾燥地域である。生育地は水湿地を好むが、乾燥地帯のものであるので、塩分に強く、耐寒性もある。
 日本へは、「はしか」の薬として18世紀に導入された。中国では薬用とされ、利尿、解毒、風邪などに使われている。
 種には冠毛があり、風によって飛散し、水湿地に落ちると毛が地表に付着し定着発芽するというヤナギと同じような種の散布様式を持っている面白い植物である。

おもしろ化学マジック

 「おもしろ化学マジック」 L・A・フォード & E・W・グルンドマイア著 秋山 仁 監訳 白揚社 1800円
 理科離れをくい止めるには、子どもたちを大自然の真っただ中に連れ出し、不思議を満喫させ、それを解き明かす目的で実験をやらせ、自分の頭で物事のカラクリを考え、納得する習慣を植え付けることが肝心だと言う訳者の願いから翻訳された本である。
 先に紹介した「子どもにウケる科学手品 77」は物理が中心であるのに対して、こちらは化学が中心である。家庭で出来るものもあるが、学校で指導者がついてやるものが主である。
 特に★印がついているものは、未成年者や初めて化学の実験をする人の場合は、誰かしっかりした人が付いていて監督してくれるとき以外は、けっして実験を行わないことと注意してある。
 実験の原則として物理実験は大きく、化学実験は小さくと言う。化学実験には毒や腐食性があったり、爆発しやすい物質があったりするためへの安全への配慮である。この本で扱っている試薬の中には、今のところ害は無いことになっていても、毒性がある可能性を持つものもあるので、実験する人は充分注意してくださいとも記されている。
 化学実験は安全への配慮を忘れない限り、けっして危険な実験ではありません。また、ここで培われた安全への配慮は普段の生活の中で大きく私たちを守ってくれます。
 先生方に是非お勧めしたい本である。

ビヨウヤナギ

            

          ビヨウヤナギ                  キンシバイ

 ビヨウヤナギもキンシバイも共にオトギリソウ科の植物で、葉は陽にすかすと明るい油点が分布している。
 どちらも中国原産の半落葉低木で人家に植えられる。
 ビヨウヤナギは鮮やかな5センチほどの黄色い花で、黄色い雄しべが多数あって、花弁の上に群がって立つのでよく目につく。和名は未央柳(美人の眉)の意味かまたは美容柳の意味であるが、くわしくは判らない。
 白楽天の詩に、楊貴妃のことを詠んだ有名な「長恨歌」がある。[帰り来たれば 池苑みな旧に依る 太液の芙蓉(蓮の花) 未央の柳 芙蓉は面の如く 柳は眉の如し 此に対して 如何ぞ涙垂れざらん] 玄宗皇帝は安禄山の乱のあと、もとの宮殿を訪れ、そこがもとのままの様子であるのを見て感慨を覚えた情景であるが、未央柳はこれに由来するものとも言われている。
 いずれにしても、その花の美しいことと、葉の細いことを柳になぞらえたといっても間違いでは無いだろう。
 キンシバイは野生化したものもあり、枝は垂れ下がる癖がある。花は3センチほどの美しい黄色の花でウメの花に似ている。花弁は艶があり巴状に重なり、多数の雄しべは黄色で5つの束になってついている。
 和名は従来習慣的に用いた漢名の金絲梅の音読みである。
 種がこぼれて庭のあちこちで増えている花木である。

クチナシ

 クチナシの白い花、おまえのような・・・ 唄の歌詞ではないが清楚な美しさと甘い香りを漂わすこの花は庭木や切花によい。
 子どもの頃,運動会には、よくクチナシの実を割って、足に塗るとかけっこが速くなると言って、黄色に塗ったことを思い出す。これは、一重のクチナシで果実は染料や薬用にする。
 クチナシは開裂しない果実なので「口無し」の名があると言われる。一説では、細かい種のある果実をナシにみたて、それに嘴状のがくが残っていることをクチと呼び、クチを具えたナシの意味からきているとも言う。
 八重咲きのものをハナクチナシと言う。
 将棋盤や碁盤の足がクチナシの実をかたどっているのは、「口無し」つまり「助言無用」を意味していると言う、面白い話しである。

   ハナクチナシ                                コクチナシ

虹 にじ

 6月27日夕方南東の空に虹が出た。孫達の歓声と共に、しばらく観察した。雲の動きと共に刻々と変化してまことにきれいである。
 虹は夏に多く、夕立の後などに現れることが多い。太陽の光が空気中に浮く水滴で屈折・分散して起こる現象で、常に太陽の反対側に見られる。七色で美しい。平地では半円形に見えるが、高いところから見ると円形に見えたり二重に見えたりする。
 水滴が大きいときには、虹の色は鮮やかで、太陽のスペクトルのいわゆる7色が全部見えるが、水滴が小さくなると、色ははっきりしなくなる。
 朝虹は雨、夕虹は晴れになる前兆と言われる。
 神話では、虹は天と地を結ぶ橋として、神々によって造られたという。日本神話の冒頭でも、伊弉諾(いざなぎ)と伊弉冉(いざなみ)が「天の浮橋」の上に立って矛で下界をかき混ぜ、最初の陸地を創造したと物語られているが、これも虹を示すと考えられている。

豊年蝦 ほうねんえび

 総和町の水田で採集したホウネンエビで、体長30ミリ、美しい緑色を帯び肢などには朱紅色の彩りがある。
 ちょっと見るとメダカかと思う、きれいな可愛い生物である。よくみると、背中を下にして鰓脚を盛んに動かして泳いでいる。
 ホウネンエビは、節足動物・甲殻類・鰓脚亜網・無甲目・ホウネンエビ科の戸籍を持つ。
 初夏、水田に出現する下等甲殻類で体長15−20ミリ、無色または淡緑色で、体は細長く、背甲はない。
 関東以西に分布し、初夏の頃に水田などの浅い止水に出現し、背を下にして遊泳する。
 天保年間の豊作の年に金魚屋が売りに来たのでこの名があると言う。豊年虫、豊年魚とも呼ぶ。
 出現後一ヶ月で消滅し、卵のみが残り、乾燥に耐えて翌年同時期に出現する。
 昔から、ホウネンエビが多数発生する年は豊年であるとの俗説がある。
 愛すべき小さな動物である。
 今年も、豊年であることを祈りつつ。

葉っぱのフレディ

 絵本の紹介です。
 とはいっても、この絵本は、自分の力で「考える]ことをはじめた子どもたちと 子どもの心をもった大人たちに贈りますという編集者からのメッセージがついている。
 「葉っぱのフレディ」 副題 −いのちの旅ー、レオ・バスカーリア作、みらい なな訳、童話屋、1500円は朝日新聞、サンケイ新聞などでも紹介されている。子どもから大人まで、今、よく読まれている本である。
 ストーリーは、春、葉っぱのフレテ゜ィは大きな木の枝に生まれた。夏には立派な体に成長し、「葉っぱに生まれて良かったな」と思い、秋には紅葉し、それぞれの個性に染まり、冬には木のためにも他人のためにも役割を果たして散っていく。又、春がきて、雪は解けて水になり、枯れ葉のフレディは、水に混じり、土に溶けこんで木を育てる力になるという物語である。
. 言ってみれば「いのち」の循環である。「死ぬ」こととは「変化する」ことであり、「いのち」は形を変えていつまでも生きつづけると言うことである。
 この本は、アメリカの著名な哲学者レオ・パスカーリア博士が書いた、ただ一冊の絵本である。
 絵本といっても、水彩画で一枚の葉の四季の変化が描かれ、それに相応しい四季の写真に大自然の不思議な力を写し出させているシンプルなページ構成である。
 親と子が共に読む絵本、また、読み聞かせするのにお勧めしたい良い絵本である。

大賀ハス

 七月九日、古河総合公園の三千平方メートルに及ぶ広大なハス池を、家内と共に訪れる。
 「大賀ハス」の花がピンク色に気品高く咲き誇っていた。
 このハスは、千葉県の東大検見川農場の泥炭層から、植物学者の故大賀一郎博士が、1951年に古代ハスの種子を3個見つけ、発芽に成功して繁殖させたものである。
 古代ハスであることは、出土した地層から約2000年前の種と推定されることによる。
 ハスの種子が2000年の眠りから覚めたことに、生命の素晴らしさを知らされる。
 大賀ハスは、発見者の博士の名前にちなんだものである。
 1975年に公園の開園を記念して千葉市から古河市に贈られたとのことである。 
 ハスについての話であるが、ハスの葉が水をはじく性質に基づき、インド文化全般に見られる比喩であるが、特に仏教に於いては、世間にありつつもそれに汚染されない無執着の心のたとえとしてしばしば用いられているという。
 

学級崩壊

 教育社会学の研究グループが、都内の公立小中学校教諭1100人からアンケート調査を行った。
 学級崩壊には、明確な定義が無い。そこで、@何となく学級運営や授業がうまくいかなかった「崩れ」A子どもたちの気持ちが教師から離れてしまった「乱れ」B児童・生徒が反発し学級運営や授業が成り立たない「荒れ」の3段階に分類。より客観的なデータを得るため、自分の体験とは別に「自分の周囲でどのくらい崩壊を見たか」と設問した。
 結果は、小学校の学級では、「崩れ」が16%、「乱れ」が13%、「荒れ」が8%、あり、中学校の教師は「崩れ」を31%、「乱れ」を25%、「荒れ」を14%の比率で体験していると言う。嘆かわしいことである。
 ある学級で、児童が、問題が解けないと鉛筆の頭で机をトントンたたくと言う。しかも、みんながやるので先生が注意しても止めないという。勿論、うるさくて授業にはならない。
 難しい問題に遭遇して、じっくり考えるためにリズムを取っているのでもない。たとえ、そうであったにせよ、一人で勉強しているのではない。他人への迷惑を考えて行動する習慣が身についていないのである。
 学校のウサギが犬に殺された事件で、ある若い先生が、子どもの連絡帳に「日記を調べてみましたが、私の時でなくて、前の先生の時でした、ホットしました。」と書かれていたと言う。誰のときで無く、小さな命でも守ってやる対策について話しているのであろうと憤慨している親がいた.。
 又、一方では、勤めから帰った父親が、居間の入り口にネクタイ、部屋の真中にワイシャツ、その先にクツシタと通った順に脱ぎ捨てると奥さんがこぼしていた。家庭内の甘えを考えても、親の背中を見ている子ども達のことを考えない所業である。
 教育ではなく、自分の保身しか考えられない先生、自分の子どもの教育も考えない、身勝手な子どものような親が結構増えている現代の「付け」なのかも知れない。
 教師としての日々の取り組み、家庭での親のあり方、まず身近なところから小さなことからでも改善していく努力を惜しまないことが学級崩壊を止めることにつながるのではないか。
 

月下美人開花

 七月十九日午後七時頃から月下美人の花が開き始まった。
 今年は2回目の開花である。最初の開花は見逃してしまい、朝になって昨夜の開花を知り残念この上なし、今夜は十時には満開となり、家族全員で花の香りと純白の見事な大輪を愛でる。
 サボテン科、クジャクサボテン類の一品種で原産地はメキシコからブラジルの森林である。
 開花から4時間くらいでしぼんでしまう、芳香が部屋中を満たす幻想的な一夜花である。まさに、美人薄命とはこのことか。
 クジャクサボテンは花色も豊富であるが、昼咲種でよく目に触れる、大輪の見事な花である。
月下美人 クジャクサボテン

アマサギ

 小麦を刈り取った後の畑を、大きなエンジン音を響かせてトラクターが畑を耕している。
 そのトラクターの前をアマサギが歩いている。(写真の青枠の中)運転手はいつものことで、時には、あまりそばに来るので轢いてしまうのではないかと気を遣うという。
 たいていの動物は、その機械の大きさと騒音に脅えて近寄りもしないのに、とにかく近代的で機械好きなサギであると驚く。
 アマサギはサギ科の鳥で、九州や本州に夏鳥として5月から9月に渡来する。
 夏羽では頭部と頚は橙色になり、背にも橙色の飾り羽が生える。他の部分は真っ白である。冬羽になると全身が白地になると言う。
 水田や湿地に好んで棲み、牛や馬が追い出したカエルやバッタ、ハエなどを食べると言う。
 牛や馬ならぬ、トラクターが追い出した餌を啄ばむために、彼らはトラクターの周りについてあるっているのである.。習性、生活の智恵とは言え機械の音を聞いてやってくる彼らに脱帽。
    アマサギ
 
全長 50cm、
アマサギ
は亜麻色のサギの意味。
  

フクロウ

 冬から早春にかけてホッホッゴロスケホツホと太い声で鳴くフクロウ。
 私の手の甲に止まるとずっしりと重さを感じる。鋭い嘴、羽毛に覆われた太い足の指に鋭く力溢れる頑丈な爪、手の甲に止まらせるには恐怖心さえあった。
 実は、内守谷町の野口さんが、裏の屋敷の竹山で、5月のゴールデンウィークに地上に落ちた雛を拾い、家族の愛情で育てて放鳥したものである。
 ドックフードを練って食べさせたり、ドジョウや小魚を与えたり、鶏肉を食べさせて苦労をしながら育てたものである。野口さんにとっては家族の一員である。
 成鳥に近くなって、自然に帰してやったと言う。ところが、朝晩には餌をねだりにやってきて鶏肉を頂いて帰るのが日課となっている。
 ピーという愛称をもらい、「ピー」と呼ばれると何時でも裏山で声を聞きつけて家の近くのムクエノキの下枝に飛んできて、様子を伺いながら近くの脚立の上段にとまり餌をもらいながら、手の甲にも乗ってくる。
 指を噛んだ嘴も、手の甲に止まった爪も力を入れず、カメラにも驚かずに信頼しきって遊んでいる感じである。育ての親の恩を忘れない、本当に可愛いフクロウである。
 フクロウは留鳥で、九州より北の地域に棲み、夜行性で、昼は林の中の薄暗い大木などにひそみ、夜になると活動しネズミや小動物を捕食する。
 鳴き声を「ぼろ着て奉公」ときくところもあり、面白い。
 声は聞けども、なかなか見られない鳥である。

ハマユウ

 ハマユウの花が咲き出した、30数年前の夏、Y氏と二人で50ccのバイクに乗って房総半島一周を行った。今考えると無謀とも取れる計画である。
 宿泊は千倉の旅館を予約した。旅館の庭に緑の肉厚で光沢のある長い葉の間から花茎が伸び、真っ白な花が見事に咲いている。ハマユウである。
 翌朝出発のとき、旅館の主人からハマユウを二株記念に頂いてきた。鉢植えにしているが毎年良く花が咲き、海辺の旅館の思い出がよみがえる。
 花が終わると花茎は垂れ下がり実を結ぶ。種は発芽率が良く、育てた苗は皆さんに分けてきた。今年も花が咲き出した頃だろう。
 ハマユウは、海岸の砂地に生えるヒガンバナ科の多年草で、常緑の葉がオモトに似ていることからハマオモトとも呼ばれている。
 分布は関東南部以南、以西の海岸の砂地である。我が家では、冬は温室で越冬させている。

月 食

 7月28日、2年振りの月食が観測できた。楽しみにしていた孫二人はカナダにホームステイで今日出発した。今頃はノースウエスト航空008便の機上の人である。
 欠け始めは薄雲が邪魔をしていたが、天候に恵まれて20世紀最後の部分月食を最初から観測することが出来た。
 今回は40%が欠ける部分月食で、日本で観測できる次回は来年7月16日の皆既月食となる。
 月食は太陽、地球、月の順で直線上に並び、地球の陰が月にうつる現象で、地球の丸みを見ることが出来る。
 満月の夜、しかも、太陽、地球、月が一直線に並んだ時だけで、地球上のどこからでも一緒に見えないことは言うまでも無い。
 月食は古い記録が残っている、日食と同じく凶兆とされたため、これらの記録は歴史的な事件、とくに戦争などと密接に関係づけて述べられていることが多いので、天文年代学の貴重な資料となっている。
朝日新聞より(7/26)

E-mail

 通信の進歩、頭ではわかっている。しかし、身近な実感として捕えたのは今回が初めてである。地球が狭くなった、外国がすぐそこにある。これは娘の言葉である。
 海外の旅行先から自宅に国際電話をかけ、夜中に何度か応対しているはずであるが、自分の子を海外に出して、電話で声を聞き、e−mailを海外からもらい、返事をe−mailで送っていると、地球の裏側のことがすぐ隣のことのように分かり、手紙では早くても往復ニ週間もかかるものをe−mailではすぐに、しかも、料金も十円ですんでしまうことへの感激である。
 小学生の孫娘二人がカナダのバンクーバーへホームステイに出かけた。両親が成田空港まで自家用車で送って見送った。
 翌日、ホストフアミリーから、無事着いた旨の国際電話とe‐mailを送ったこと、そして、娘二人の元気な近況報告の声を聞き安心した。とは言っても、英語での電話の応対は冷や汗ものであったようだ。
 早速、e−mailを開いて読み、ホストフアミリーの温かい心遣いと歓迎に感謝申し上げ、お礼と今後のことをe−mailで返信した。電話と違って英文でも自分の能力に合わせて対応できるので電話よりゆとりが出たと娘は笑っていた。
 便利な世の中になったものである。これから、国境を超えてホストフアミリーと長いお付き合いになるであろう。

アナナス

 エクメア・ファッシアータは、アナナス科エクメア属である。
 ブラジル原産の植物で、アナナスの中では最も多く栽培されている種類である。
 温室の中で今年も開花した。
 幅広い、堅い葉に白色の縞が入り、葉辺には黒い刺があって、花が咲かなくても観葉植物としての価値がある。
 花は筒の中から現れ、花茎の先に円錐状にたくさん紫の小花がつく。各小花の外側には、刺のある先の尖った長い苞があって、このピンク色の苞は1−2カ月間色が変わらず、長い間の鑑賞が出来る。
 開花は夏であるが、日長処理や、カーバイトなどの薬品処理によって開花を早めたり、遅らせたりできる植物である。
 通称オオヅツアナナスとも呼ばれている。

ホームステイ

 孫達が、カナダで一週間のホームステイを過ごして元気に帰国した。
 ホストフアミリーの温かいお心遣いで毎日楽しい海外生活を過ごしたようである。しかし、異国での文化の異なる生活で、常に緊張していたようで、疲れたのも事実のようである.。
 語りきれない多くの体験の中から、いろいろの話題が湧いて来る。
 飛行機から見たロッキー山脈の素晴らしさに写真をいっぱい取ってしまったこと。午後9時半頃まで日が暮れないこと。コンピュータやピアノをやったこと。
 折り紙を教えて、鶴や箱などをホストフアミリーと一緒に折ったこと。ペットの犬や猫と遊んだり、海岸に案内されて磯遊びをしたり、大木の立つ森林公園で野生のリスを身近に観察し、デパートへショッピングに出かけたことなど話はつきない。
 食事のときに、辞書を傍らに20回も言葉を調べながらお互いにお話をしたとの報告には驚いた。話はなんとか聞き取れ、こちらの意思も伝えられたようである.。
 孫達のカナダを立った後のホストフアミリーからのE−MAILには「二人の子は、貴方の家族、そして、日本の国の良い代表でした。子供達がカナダで学んだのと同じに、私達も日本の文化を学びました。」と書かれていた。
 ホストフアミリーの皆さん本当に有り難う。

ブラウンさんご夫婦と孫たち
近くの公園にて

連絡網

 このごろ、「〇〇さんのお母さん居りますか」と子供の名前を挙げて電話をかけてくることが多い。子供への教材販売の勧誘電話である。
 夏休みになって、こんな話がある。
 担任からの連絡が連絡網で回ってきた。内容は、この頃、担任の先生の名前を挙げて、担任の先生から頼まれたのだが誰ちゃんの電話番号を教えてと言って、子供の家庭の電話番号を聞き出す手口である。
 その後、直接教材等が送られてくるケースもあると言う。
 販売競争がいかに厳しいとは言え、信頼されている先生の名を使うとは許せないことである。
 よく、学校や担任の先生の名前を挙げて、さも、推薦されているかのような電話や訪問販売がある。学校にも,保護者にも迷惑至極である。
 悲しいことではあるが、お互いの情報交換によって悪徳商法から身を守ることも大切であろう。
 困ったことである。

スズムシ

 8日は立秋、暑さは別として朝夕の風にも秋の情緒がほのかに感じられる。7月中旬に鳴き出したスズムシも成虫が多くなって、飼育槽も賑やかになり、秋を謳歌する虫の声もまもなく盛りに達するであろう。
 スズムシは直翅目コオロギ科で前翅2枚を立てて激しくすり合わせて鳴く。鈴を振るような「リーンリーン」と鳴く声は鳴く虫の代表である。
 漢名では金鈴児又は月令児とも呼ばれ、中国では陶器製の可愛い虫入れがあり、これに虫を入れて持ち歩き、その声を楽しんでいたと言う。
 飼育は比較的簡単である。網蓋の付いたプラスチックの水槽に5センチほど、しっとりと湿った鹿沼土を入れ、π字型に作った木製の台を入れてやる。この台は虫の隠れ家であり、餌台にもなる。
 餌は腐敗しにくいカボチャを薄く切ったものと、金魚や鯉の餌か削り節を与えている。時々霧を吹いて湿度を保ち、直射日光の当たらないところに置いている。
 9月から10月の産卵後は、あまり寒くないところに置いて、4月になったら霧を吹いて湿気を与え5‐6月の孵化を待つ。孵化後の管理は成虫と同じにしている。
 クモの侵入には気をつけないと大変な被害を受けるので注意が必要である。
スズムシ
成虫(雄)と幼虫

原爆ドームを描く

 「一枚の絵をみんなで描こう !! 原爆ドームを描く合作会」が8月6日茨城県水海道市の画家 山崎理恵子さんの提唱で広島青年会議所平和推進委員会・広島市中央図書館・広島ユネスコ協会の協力によつて昨年に続き今年も原爆ドームの横に畳三畳分のキャンバスと画材を用意して開催された。第2回目ではあるが、今後10年は続けたいと言う。
 原爆ドームを描き続けて20年、1時は広島に住まいを移して描き続けている。アイスランドやモナコでも原爆ドーム絵画展を開催するなど国際社会で精力的に活躍している画家である。
 今は亡き母が、幼い私に何の為かわからないが原爆の話をしてくれたと言う。そんなこともあって、20数年前山崎さんは初めて原爆ドームを訪れ、ドームの中で原爆で亡くなった少女の声を聞いた。一瞬のうちに夢も希望もすべてを理不尽に絶たれた無念さを絵を通して伝えねばと決心したと言う。
 午前10時から夜の10時まで12時間、通行人が思い思いに絵筆をとり絵や言葉を描く、小さい子から学生・原爆で肉親を失った方々、そして、アメリカ人・イギリス人・インド人・ミャンマーの記者・パキスタンの女性と国境を超えてみんなが「平和の祈り」を込めて汗を流しながらキャンバスに向かったと言う。
 参加した小学校3年生の男の子は感想文に「ぼくは平和って、よくわからないけど、こうして知らない人や知らない国の人がみんなで一つの絵を、描いたりできることが、平和って言うことなのかなあ」と書いている。
 8月6日の名実共に素晴らしい平和への祈りと、原爆で亡くなった方々への鎮魂のキャンバスである。
F200号・200人による合作作品
1998年8月6日



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