ここをクリックするとフロントページへもどります。

ここをクリックすると索引に戻ります


 建国記念の日   錦鯉   富士山   福寿草   カレックスモロウイー   ポピー
 
ミニトマト   レモン   サンシュユ   温泉   卒業公演   ローズマリー
 
カラタチバナ   初蝶   次世代DVD   サクランボ   キチョウ   コバンソウ
 
ショカツサイ   ニッケイ   ハクモクレン   テリハノイバラ   浜離宮

建国記念の日

 「明日は誕生日」と小学校3年生の女の子が言う。誰のと聞き返すと、日本の国のと言葉が返ってくる。
 「あ、建国記念の日でお休みなのね」と言うと、「先生に教わったもの」という。
 当然のこととは言え、祝日について確かに学校は教えている。上手い言葉で教えたものである。
 国民の祝日には、子ども達は何の日かも分からないで、ただ休みとばかり喜んでいる子が多い。
 J.S.ブルーナーは、その著「教育の過程」の中で「どの教科でも、知的性格をそのままに保って、発達のどの段階のどの子どもにも効果的に教えることができる」といっていることに思いがいたる。
 建国記念の日は1966年に国民の祝日の一つとして制定された。
 2月11日は元は紀元節の日である。現職の先生方にはその体験はないであろう。
 紀元節は1872年太政官布告で1月29日を神武天皇即位の祝日と定め、1873年に紀元節と命名、太陽暦に換算して2月11日を国家の祝日とした。
 1948年廃止されたが、1966年に建国記念の日が新しくできた。
 紀元節は日本書紀の記述に基づいたものだが、神武天皇の存在はもとより、その即位年も那珂通世(なかみちよ)によれば讖緯(しんい)説(中国古代の予言説)による作為で科学的根拠はない。
 建国記念の日については、新憲法のもと賛否両論はあったが、65年、佐藤栄作内閣から政府提出法案となり、66年に同法案は建国記念の日の日付を不確定にしたまま、一部野党の賛成を得て議会を通過し、新たに国民の祝日に加えられた経緯がある。
 建国記念の日については、建国記念日審議会に諮問し、その答申を尊重して2月11日と定められた。
 建国記念の日は建国をしのび、国を愛する心を養うために国民の祝日の一つとして定められた日なのである。(2/13)



錦鯉

 午後に昨年より18日早く春一番が吹いて、暖かい風の強い日となった。
 最高気温は17℃になる。
 池の水温も昼には6℃となり錦鯉も動き出した。水ぬるむの季節か。
 彼らは少しの水温の変化にも敏感である。
 適温は8―30℃で、5℃以下では冬眠してしまう。
 錦鯉はコイ科の魚で雑食性の淡水魚マゴイの突然変異種を基調に、新潟県山古志地方で育種改良されたものである。
 主な品種に、紅白、大正三色、昭和三色、浅黄系などがある。
 昔は色鯉、花鯉、模様鯉、あるいは変わり鯉と呼ばれていたが、第2次大戦中「いろ」「はな」など柔軟な名前はけしからぬと軍からお叱りを受けて錦鯉という名称ができたという。
 近年「生ける宝石」とか「国魚」とも呼ばれている。
 「生ける宝石」は名古屋女子大学長の越原公明氏で錦鯉の品評会のポスターなどに好んで使われている。
 「国魚」と言う名は昭和43年12月に東京で開催された第1回全日本錦鯉品評会の記念写真に国魚と題したのが始まりという。この題名は小千谷の宮日出雄氏がつけたものである。
 錦鯉の歴史は160年といわれるが、誠に美しい大形の淡水魚である。
 ところで、昨年鯉ヘルペスが発生し、霞ヶ浦の養殖鯉は全部処分され大変なことであった。
 同じ鯉である錦鯉には伝染しなかったようであるが、全国錦鯉品評会などは中止になった。
 狂牛病をはじめ、新型肺炎、鳥インフルエンザ、鯉ヘルペスと彼らの伝染病に止まらず、人への伝染も考えられるウイルス等が世界に広がっていることは困ったことである。(2/14)

富士山

 先に紹介した根本氏の写真の後に頂いた同氏になる十国峠から撮った富士山の半切版写真である。
 素人はシャツターを切れば写真は出来るように思うが、一枚の写真を作るのは大変な努力と苦労があるようだ。思ったような写真を作るのは難しいという。
 より良き物を求めての探求活動であろうから。
 それにしても見事な良い写真である。

 頭を雲の上に出し 四方の山を見下ろして 
             雷様を下に聞く 富士は日本一の山

                    青空高く聳え立ち 体に雪の着物着て
                                 霞の裾を遠く引く 富士は日本一の山

 小学校唱歌の歌詞にもある様に日本一の山、日本を代表する山である。
 外国人にはフジヤマとして親しまれ、太平洋戦争中にはB29が東京を空襲する時の日本へ飛来する目安になったという。
 すり鉢をかぶせたような均整の取れた3776.24mの富士山は、過去10万年にわたって噴火が繰り返され、斜面に溶岩や火山礫などの噴出物が積み重なって形成された成層火山である。
 富士山は完全な円錐形ではなく、北北西から南南東方向に伸びた楕円錘の形をしている。そして約60の寄生火山はこの方向に並んでいるという。これは地下の岩盤にはこの方向に割れ目が生じているためにマグマが上昇してくるためと考えられている。
 その他にも、写真で分かるように、良く見ると西側の方が傾斜が急で、東側の方が傾斜が緩く裾野が伸びていることが分かる。
 これは、偏西風によって噴出物が東に流れていることによる。富士山を中心に関東地方に火山灰が積もった赤土の層の分布状況からも考えられることである。
 いつ見ても富士山の雄姿には魅せられるものがある。(2/15)



福寿草

 玄関前の植え込みの下に福寿草が今年も咲き出した。
 フクジュソウはキンポウゲ科フクジュソウ(アドニス)属の耐寒性多年草である。
 日本各地に自生するが、特に北方に多い。
 東または北斜面の乾燥のひどくない温帯の落葉広葉樹林の林床を好む。
 高さは15―30cmになり、栽培は容易である。
 日が当たると開花する性質があり、寒さから大切なしべを守るためか、花は朝に開き、夕べに閉じ、曇りの日は閉じたままである。
 別名を元日草、報春花、賀正蘭、土満作などとめでたい名ばかりである。
 自然の中で見るそのすがすがしい美しさは、ほんとうに、その名にふさわしいものである。
 日だまりならば、旧暦正月頃には太陽の光を一身に集めて鮮烈に輝きだす。
 新春を寿ぐめでたい花として寄せ植えなどで出てくるのは促成物である。
 昔から多くの人々に親しまれ、江戸時代から盛んに栽培され、その最盛期には変化咲きだけでも120種を超えたという。
 したがって、フクジュソウには多くの園芸品種がある。ほかにヨーロッパ、シベリアに分布する洋種フクジュソウには大輪、春咲きなどがある。
 花言葉は「永遠の幸せ」あやかりたいものである。(2/16) 

カレックスモロウイー

 カレックスモロウイーはカヤツリグサ科の植物で、「木陰」のページで紹介したベアグラスである。
 今、この季節にレース越しの日当りの縁側で、沢山の花穂を出して開花している。
 花の観賞価値はないが、観葉植物としては素晴らしい。
 切り葉にベアグラスと同じ名前で呼ばれる北米原産のユリ科の植物があるが、全く別のものである。
 本種は日本の森林の縁などに自生するカヤツリグサ科カレクス属のヒカゲスゲの斑入り品種である。
 したがって歴然たる園芸品種に属する。
 葉の中肋(ちゅうじょ)に沿った乳白色の美しい斑が入る。
 寄せ植えにした時に合わせた花を引き立てる脇役でもある。コンテナガーデンやハンギングバスケットなどのガーデニング素材としても人気がある。
 暑さや寒さには強いが、過湿には弱い。ヒカゲスゲは日陰菅で、名のごとく直射日光を避けた半日陰で管理すると良い。
栽培最低温度―5℃と耐寒性が強いので、年中戸外で栽培できる植物であり、そのまま小鉢で年間を通して楽しむことも出来る草本である。
 花を愛でる植物ではないが、花をつければ嬉しいものである。(2/17)

ポピー

 昨日、友人夫婦と共に南房総に美味しい魚を食べながら、花摘みに出かけた。
 天気は快晴とはいかなかったが、暖かく楽しい1日を過ごすことができた。
 ポピー摘みとは言っても、まだこの季節はビニルハウスの中でアイスランドポピーの花摘みである。
 ポピーはケシの総称で、現在栽培されているのは、主にオレンジや黄色系の花をつけるアイスランドポピー、つややかな赤やピンクの花を咲かせるヒナゲシ、太い花茎の先に大輪の花をほかのポピーより遅く咲かせ、茎と葉に剛毛があるオニゲシとも呼ばれるオリエンタルポピーの3種がある。
 いずれも薄紙細工のような繊細な花で人気がある。
 これらの3種はアヘンの成分であるモルヒネは含まれないので栽培ができる。
 千葉県館山市の付近で切り花や観光用に多く栽培されている。
 蕾は下を向き、花が咲くと上を向く、花色は緋紅色のほか白、ピンク、絞り等がある。
 多年草であるが、園芸上は一年草として扱われている。
 英名はポピーでヨーロッパ原産で、その栽培の歴史は古く、古代エジプト第19王朝の墓の壁画に庭の花として描かれている程である。
 漢名は虞美人草、楚の項羽の愛した虞美人の墓に生えたという。
 又、夏目漱石の名作「虞美人草」は、小説の題に窮し、知人の豊隆子と散歩中に買った鉢花の名を植木屋に聞いてつけたという面白い話もある。(2/22)

ミニトマト

 ポピー摘みの帰途、袖ヶ浦のトマト農園に立ち寄った。
 ここでは、ミニトマトの食べ放題に参加した。
 大きなガラス温室の中で、水耕栽培でミニトマトが栽培され、宝石のようなミニトマトが1房に十数個つき、成りもとから真っ赤に熟し、房の先端には緑の小さな粒がついている。
 トマトは短冊形の圃場の周りに背丈もある支柱が立てられ、その中に二列に植え付けられ、根本には水耕液が配管によって補給されている。
 トマトの茎は親指ほどもあり、どの株も時計回りに支柱から支柱へ斜上するように誘導されていて絡みあうことはない。
 根本から先端までは十数mあるだろうか。根元の茎は、みなまとまって葉や実もなくなって最下段に蛇のように横たわっている。新しい茎を育てるために古い茎は下段に落としていくのだという。良く見ると枝分かれはさせていない。
 そう言えば、黄色の花を咲かせ元気に伸びている茎は日の良く当たる上部にある。赤い実をつけている茎は中段以下のもぎり易いところに位置している。上手い栽培法に感心する。
 ところで、温室に入る前に、奥にある黄色の箱には手を触れないようにと注意があった。この箱はミツバチの箱でトマトの花の花粉付けはミツバチにさせているのだという。
 このトマトは、昨年の7月に苗を育てて植付け、今年の6月末まで収穫するという。
 トマトは多年草であるから、冬季に暖房すれば一年中収穫できるわけである。
 太陽の光をいっぱいに受けて熟したミニトマトは甘味があって美味しく、何時になく沢山頂いてしまった。(2/23)

レモン

 レモンはミカン科ミカン属の果実である。
 ここで紹介するレモンは鉢植えで観賞用に育てている通称レモンとして愛好家に育てられているもので、正しくはレモンの仲間ではあるがベルガモットが正しい名前であることは「青葉」のページで紹介した通りである。
 今年も直径12cmの実が成り、緑から黄色に大分色づいてきた。
 鉢植えなので日当りの廊下に置いているが、今沢山の蕾がきて早いものは真っ白な径4cmほどの花を開いている。
 花粉を媒介する虫もいないので、開花すると花粉付けを行っている。
 花は次々と咲くが、今咲いている花は一番花であり、大きな実をつけながら開花している。
 黄色の大きな果実と緑の葉、そして、白い花のコントラストがよく、見る人の目をひきつけている。
 4月になれば戸外で管理するが、カイガラムシとアゲハチョウの幼虫は気を配らねばならない良くつきやすい害虫である。(2/25)

サンシュユ

 サンシュユが晴れ渡った青空の中に黄色の花を鮮やかに開花させている。
 サンシュユは中国、朝鮮原産のミズキ科の落葉小高木である。
 牧野富太郎博士は春黄金花(はるこがねばな)と名づけている。
 サンシュユの名は漢名の山茱ユの音読みに由来している。
 白井光太郎の「植物渡来考」によると、「享保7年、朝鮮より山茱ユ渡る又駒場薬園記録云同年朝鮮産山茱ユ7粒を薬園に下種す」とある。
 享保7年(1722)は江戸時代中期である。
 80年後に出版された小野蘭山の「本草綱目啓蒙」には「今世に多く栽ゆ・・・瓶花に用ゆ」とあるので、早春の雅味のある花としての栽培が急速に増えたと考えられる。
 日本では早春の花木として庭園に植栽されている。
 樹皮は暗褐色で鱗状に剥離する。葉は対生で両面ともT字状の伏毛で覆われ、上面は光沢がある。
 下面脈腋に生ずる褐色の毛叢は多くて印象的である。
 花は黄色で葉より先に開き、20―30個の小花が散形について、6―8mmの総苞片4個をもっている。
 秋に真っ赤に実る果実は生食でき、果肉を乾燥したものを煎じて強壮剤、収斂剤として用いる。
 「稗つき節」の「庭のサンシュウの木・・・」のサンシュウは九州地方ではミカン科のサンショウをサンシュと呼ぶところがあり、また、作歌年代、サンシュユの渡来年代を考えると山茱ユでなく山椒のことと考えるのが正しいようである。(2/27)

温泉

  「フラクタル」のぺージで紹介した、天然温泉「きぬの湯」の工事は順調に進んでいるようである。
 ところで、温泉は火山地帯だけでなく、非火山性の温泉は「きぬの湯」をはじめ東京都内でも沢山身近にある。
 「○○温泉」「○○健康ランド」などの名がついているが、東京都内だけで現在天然温泉は80余に上る。
 健康ブームに乗っての施設でここ5年で20余の温泉が新設されているという。
 さきの「きぬの湯」で紹介したように温泉源の井戸は1,000m前後の井戸水を汲み上げているようで、「温泉法」に基づく基準値以上の成分が含まれていれば温泉と認定される。
 即ち、「温泉法」第2条に定められている「温泉」とは、地中から湧き出す温水、鉱水、および水蒸気その他のガス(炭酸水素を主成分とする天然ガスを除く)、で温泉源から採取される時の温度が25℃以上、もしくは「温泉法別表」に示される物質、いずれかひとつが含まれるものを言う。
 東京都で今問題になっているのは、地下1,000mの地下水が大量に汲み上げられることによって地盤沈下が起きないかということのようである。
 そのために東京都は調査を始めるという。
 温泉も良いが、地盤沈下も大きな問題である。人間の叡智で自然のバランスを守っていくことも忘れてはならないことである。(3/2)



卒業公演

 日本映画学校俳優科の卒業公演を観る機会を得た。
 所は青山円形劇場、演題は「蛙茶番 謎帯一寸徳兵衛(かわずのちゃばん なぞのおびちょっととくべえ)の幕間なし2時間の公演である。
 鶴屋南北(1755ー1829)の時代劇、歌舞伎ではないが、大南北の底知れぬ深さを持った恐ろしい人間達のドラマに新しい脚色で取り組んだという。
 原作は南北57歳の作「謎帯一寸徳兵衛」で、最も陰惨な中幕「下谷入谷の場・浅草田園の場」だったようで、ト書きにやたらと蛙の鳴き声。「殺しを知るは、オレと田園の蛙のみ」と、大島団七が思ったかどうかは分からないが、脚本家のアイデアで「蛙茶番」としたという。
 南北が、この作の14年後に書いた、「東海道四谷怪談」の場面や趣向の多くがこの作に発しているという。
 「一寸」は約3.03cm、その短さから「ちょっと」と訓読み、「一寸の虫にも五分の魂」の諺から取られた仇名「一寸徳兵衛」に掛けて外題を「帯びをちょっと解くべえ」とした南北の機知もみごとである。
 多くの登場人物が錯綜し、一見理解不能な理由によって主人公がすき放題に暴れまくる。その仕掛けと大見得を切る見せ場見せ場を進行係がつないでいる。
 進行係は、血みどろの殺人現場をいつも見ていた生物の蛙が演じ、テーマの解説も行って行く構成である。
 高校卒業後入学した同年齢の若者達、俳優科入学39名、2年進級37名、3年進級29名、卒業するということは大変な様である。
 若さ溢れる元気のよさと賑やかさ、日本の社会の現状に鋭く切り込む出色の舞台であった。
 それぞれの将来の希望に向かって、この力をもって今後邁進してもらいたい。
 我を忘れる素晴らしい演技に感心した。ありがとう。(3/3)

ローズマリー

 今日は啓蟄、冬ごもりの虫が這い出るの意味であろうが、ここ2・3日の冬日から開放され暖かい日となった。
 家の周りにはコウバイ、ハクバイ、アセビ、ヤツデ、ボケ、ジンチョウゲ、ユキヤナギ、トキワマンサク、ツバキ、クリスマスローズ、パンジー等揃って開花し始まった。
 サクランボ、キブシ、ミツマタの花もまもなく開花、道端ではタンポポ、ホトケノザ、イヌノフグリなども鮮やかな黄、桃、紫色の花で目を楽しませてくれる。良い季節になった。
 ローズマリーは鉢植えにしてあるが、年間を通して花をつけている。写真は立性種のローズマリー’レックス’である。
 耐寒性が強く、屋外の日当りの場所で厳寒中でも花を絶やすことはなかった。見事なものである。
 花だけでなく、料理にもよく利用しているようである。
 ローズマリーはシソ科ロスマリヌス属ハーブ類の常緑低木である。
 原産地は地中海沿岸で、属名のロスマリヌスはラテン語のros(露)とmarinus(海)を語源とする古代ラテン名に由来し、地中海沿岸に自生していることによる。
 葉に強い独特の香りを持ち、スパイス、ハーブビネガー、ハーブオイル、入浴剤、ポプリ、クラフト等、幅広い用途のある代表的なハーブで知られている。
 精油は香料、薬用とするが、香料成分はピネン、シネオール、竜脳である。
 肉や魚の臭みを消して風味をつけ、脂肪の消化促進や殺菌効果もあるという、観てよし、食べてよしの植物である。
 花言葉は「あなたは私を蘇らせる」で、一株もっていてよい健康ハーブである。(3/5)



カラタチバナ

 カラタチバナは「あじさい」のページで紹介した百両である。
 ヤブコウジ科ヤブコウジ属の常緑小低木で、原産地は日本などで、漢字では唐橘と書かれる。
 学名はArdisia crispaである。
 冬、濃い緑色の葉陰に、真っ赤に熟した実をつける。
 ご承知のようにセンリョウ、マンリョウに対して百両(ヒャクリョウ)とも呼ばれている。
 木は大きくならず、枝分かれしないで直立する。
 夏に葉のつけ根から伸びた柄の先に、白い星形の花がうつむきかげんに咲く。
 ところが、鉢植えで日当りの廊下で管理しているので、夏を待たず、赤い実と一緒に、今、花が満開である。
 赤い実は場所がら小鳥に啄ばまれることもなく、年間を通して付いている。
 栽培適地は関東以西から沖縄で庭木や鉢植え、花材として利用価値が高い。
 生育環境を保ってやれば、それなりに植物は応えてくれて嬉しいものである。(3/9)

初蝶

 今日は気温17℃で穏やかな暖かい日となった。
 午後2時暖かい南風に乗ってモンシロチョウが前庭に飛来した。
 3月とは言え気温も上がり、菜の花も咲き、道端にはタンポポ、スミレ、イヌノフグリ、ヒメオドリコソウ、ホトケノザなどが可憐な彩りを見せている。これまで静かだった虫の世界にも動きが出てくる頃である。
 単に蝶といえば、春の季語であるが、早春に初めて姿をあらわす蝶を、特別な思いをこめて初蝶というようだ。
 春の先駆けの蝶の姿は美しい。

     初蝶のひらひら風を越えてゆく    倉田絋文

 モンシロチョウは蛹越冬であるが、羽化は早い。
 初蝶は、まだ低温の時期なので活動が鈍く、風に乗って優雅に飛ぶものが多い。
 モンシロチョウはシロチョウ科シロチョウ亜科の昆虫で、野菜農家にとってはキャベツ、大根畑の害虫である。
 家庭菜園を持つ者にとっても同じである。
 モンシロチョウは大昔に大陸からやってきた外来種といわれ、集団で海をわたることが知られている。
 英語でButterfly(バタフライ・チョウ)という言葉は、昔、イギリスの博物学者が、シロチョウ科のヤマキチョウをButtr−coloured Fly(バター色の昆虫)と呼んだことに由来するといわれる。
 いずれにしても、初蝶は、春の訪れを知らせる自然からの使者で心を和ませるものである。(3/10)

次世代DVD

 径30cmのレーザーデスク(LD)の日本での生産ラインは止った。
 昨年あたりから普及し始めたDVDが取って代わっているからであろう。
 常に古いものに付きまとう運命である。
 ところで、ハイビョン(HV)の出現と地上デジタル放送の開始で、現在のDVDでは鮮やかできめ細かなHV映像は数10分しか記録できなくなったという。HV録画はそれだけデータが大きくなっているからである。
 そこで、次世代DVDの開発競争が始まっている。
 一つは、アテネオリンピックに期待を掛けて、この夏にも発売されるというブルーレイ デスクを使った方式である。データを書き込む部分を二重化し現在のDVDの5倍の容量をもち、ハイビジョン映像を高画質で4時間半録画できるようにしたものである。
 二つめは、HV DVDで今のDVDに似ている方式で今のデスクと次世代デスクにも共通に使える方式で、現在のDVDの4倍以上の容量をもち、2時間の録画が出来るという。こちらは来年にも発売予定という。
 この二つの方式にはまったく互換性がなく、VTR時代のベーター方式とVHS方式と同じ問題を持っていて消費者には困った問題である。
 世界のメーカーの二つの争いはソフトメーカーがどう取り組むかに掛っているという。
 技術革新の素晴らしさ、速さに対して、それに着いていく難しさに戸惑いを感じる此の頃である。(3/11)

サクランボ

 サクランボの花が咲き出した。
 昨年は3/24であるから12日早い開花である。
 今年は暖冬の所為か桜の開花が早いようである。
 気象庁によると、桜の開花予想は染井吉野が東京では18日という、例年より1週間から10日早いという。
 桜の花の下での入学式ならぬ、卒業式になりそうだ。
 右側の桜の花の写真は、先に紹介した根本氏の半切の写真である。
 池の水面に影を落とす、三分咲きの花と蕾の混じった、若さと希望に満ちたこれからを思わせる見事な写真で、希望の春に先駆けて早々と玄関に飾って鑑賞させて頂いている。
 
  深山木の その梢とも見えざりし 桜は花に現はれにけり      源 頼政(詞花集)

 むかしたれ かかる桜の種をうえて 吉野の春の山となしけん   藤原義経(新勅撰集)

 追伸 根本氏の半切「桜」の写真は平成16年10月、財団法人国際文化カレッジ主催「第8回総合写真展」で

     最優秀
に入賞しました。おめでとうございます。

                                          (3/12)

キチョウ

 昨日、今日、暖かい春の日となり、菜園の仕事を始まった。
 先ず、大根、ブロッコリー、春菊、葱等の残り物を片付け、ハコベなどの雑草を取る。
 次に、石灰を撒き、昨年の庭木の手入れの際に出た、枝葉を粉砕して堆肥に積んで置いた完熟堆肥を散らし、耕運機で全体を耕した。
 その途中でキチョウが飛来した。
 捕獲して、例によって冷蔵庫でしばらく仮眠させ、写真に収まっていただく。
 キチョウは鱗翅目シロチョウ科の昆虫である。
 
 初蝶来何色と問ふ黄と答ふ   高浜虚子

 初蝶としてよく目につくのはキチョウである。枯れ草の下などで成虫越冬しているので、暖かくなればすぐ活動を始めるからである。
 この句は疎開していた信州小諸での昭和21年3月29日の作であるが、この辺ではずっと早く飛ぶ。
 開張45mm内外、黄色で夏型は外縁が黒く縁取られるが、秋型は黒縁がなく、前翅端だけ黒色である。
 捕獲したキチョウも成虫越冬の秋型で前翅端だけ黒色の蝶である。
 写真に写っているのは翅の裏側で、花などに止まったときは翅を閉じているのでこの裏側の模様しか見えない。
 本州以西の暖地から熱帯アジア、オーストラリア、アフリカに広く分布している。
 幼虫はネムノキ、ハギなどを食べ、成虫は年数回発生し、秋型はそのまま越冬する。
 暖かい春が来て良かったね。(3/14)

コバンソウ

 昨日は春分、「暑いも寒いも彼岸まで」と言われながら、みぞれ交じりの冷たい雨であった。
 今日は晴天、昨日と打って変わって穏やかな暖かい春の日となった。
 ボケの花が開き、鮮やかな黄色のレンギョウ、真っ白なハクモクレン、コブシの花もほころび始めた。
 よく見ると、庭の隅でコバンソウの穂が出始めている。
 コバンソウは小判草で、イネ科コバンソウ(ブリザ)属の一年草である。
 別名をタワラムギ(俵麦)、ゴウダソウ(合田草)とも呼ばれることは先に紹介したとおりである。
 ヨーロッパ原産で、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、オセアニア、南北アメリカの温帯に分布する畑地雑草である。
 茎は直立、基部はやや匍匐し、高さ10―60cmになる。細く、無毛、葉は葉身が線形から線状ひ針形、長さ5―10cm、幅3―8mm、無毛、縁がざらつく。
 花は茎の上部に円錐花序を形成する。花序は分枝した小枝の先に長さ1―2cmの小穂をぶら下げ、小穂は始め緑色だが、熟すると黄金色となって美しい。その形や色からコバンソウの名がある。
 日本には明治時代に観賞用に導入したものが逸出し、本州中部以南の沿海地の畑地、道端、荒地などに生育した、耐旱性があり、土壌の種類を選ばない帰化植物である。
 今年も見事な小判を沢山ぶら下げてくれることであろう。(3/21)

ショカツサイ

 ショカツサイは諸葛菜であることは「希望」のぺーじで紹介したとおりである。
 別名をムラサキハナナとも言うが、今回紹介しているのは紫の花ではなく、白花である。
 固定された種ではなく、時として遺伝子の関係で生まれてくるもので珍しい。
 もともとは中国原産のアブラナ科の2年生草本である。
 花卉として導入されて日本各地で逸出・野生化した帰化植物である。
 道端や堤防などに鑑賞のため人為的に播種されることも多い。
 花色は紫色が主のためムラサキハナナとか紫金菜とも呼ばれる。
 江戸時代に導入されたが、第2次大戦前に中国から持ち込んで広めた人がいることはご承知の通りである。
 ショカツサイの名は中国、三国時代の蜀の丞相(昔、中国で天子を助けて国政を行った大臣)、諸葛孔明(181−234)に因んでいる。
 名は亮(りょう)。はじめ湖北省襄陽の西で晴耕雨読の生活をしていたが、劉備の知遇に感じてこれに仕え、天下三分の計(三国時代の魏・呉・蜀)をたて、劉備を助けて蜀漢の主とした。
 劉備の死後は、その子の劉禅を助け、魏と戦いつつ雲南までも出兵した。
 のち魏軍と対陣中に、五丈原で病死している。
 諸葛孔明は戦場に赴くときムラサキハナナの種をその道々に蒔いていったという。
 それは戦場での食料と、道しるべとして行ったという。ショカツサイの名はここから来ているといわれている。
 賢明な話である。(3./22)

ニッケイ

 ニッケイはクスノキ科クスノキ属の常緑高木である。
 今までに2回ほど苗木を植栽したが冬の寒さによって枯れてしまった。
 30―40年前、小絹の八坂神社の近くの屋敷に大きなニッケイの木があり、その根元が掘られていて、ニッケイの細い根を頂いて噛んだ思い出がある。
 和歌山、高知、熊本、鹿児島など暖地で栽培され、中国南部、インドシナ原産という説があるが、琉球にも野生状に生育しているところもあり、真の自生地ははっきりしていない。
 いずれにしても、暖地性の木であり、幼木は耐寒性がないので保護しないと無理のようである。
 冬の管理を考えて、又、育ててみることにした。
 根から肉桂(シナモン)が取れるため栽培されている。
 子供の頃、細い根を赤紙で束ねたものを「にっき」と称して駄菓子屋や縁日で売っていたのを思え出す。
 京都の菓子(八橋)には桂皮が使われている。
 桂皮は幹または根の皮を乾燥させたもので、特有の芳香と辛みと甘味を持っている。
 煎じて服用すると体を温め、健胃、鎮静、解毒、発汗などの効能がある漢方薬とされている。
 又、飲料や、菓子の香味料、セッケンの香料などにも用いられている。
 主成分はケイ(桂)皮アルデヒドで、ほかにタンニンも含まれている。
 観葉植物としても、葉が基部から上方に向かう3脈が顕著で革質の光沢がある暗緑色、揉むと肉桂特有の芳香があって美しく観賞価値がある。(3/25)

ハクモクレン

 今年は暖冬で、椿の花も早く咲き出したが、気温の低い日もあり椿の花は散る前に無残にも茶色になって汚い花になってしまった。
 ここにきてようやくきれいな花を見事に着け始まった。
 考えて見れば椿の花は花が終われば首から落ちる性質があるにも関わらず、花が開き始まったところで厳しい寒さに合うと花びらが枯れてしばらく着いていることになるので今年の冬の椿は見られるものではなかった。
 ようやく例年の見事な花をつけた椿となった。
 ところで、方向指標植物のハクモクレンも乳白色の大きな花弁を開いて春を謳歌している。
 早春の梅に続いて、いち早く暖かくなった春を告げてくれるのはハクモクレンである。
 モクレン科の落葉低木で、中国原産、葉は倒卵形で先が尖り、3月に葉に先だって小枝の先に大きな乳白色の花を開く、花を鑑賞するために庭木としてよく植栽される。
 今年はハクモクレンが開花してから西風や霜が降りなかったので、珍しく寒波にやられないで長く鑑賞することがてきる。
 花の盛りを寒さの到来で、一朝にして茶色に枯れてぶら下がっているのを見るのは無残なものである。
 開花直前のハクモクレンの蕾はみな北を向いている。そのために方向指標植物と言われるのだが、それは暖かい日光を受けた南側が先に膨出し、その反動で先端が北に向くものと考えられる。面白い現象である。(3/27)

テリハノイバラ

 昨日の雨が上がって見事な青空も、10時近くから雲が出て花曇の日となった。
 お堀端の桜も最高の見ごろと言われる七分咲きのなか、北桔橋から皇居東御苑を訪れた。
 江戸城・千代田城とも呼ばれる江戸幕府の居城で、1457年、大田道灌が築城、1590年徳川家康が入城、秀忠が本格的な造営を始め、1636年家光の時に完成した。
 1657年明暦の大火で焼失、本丸天守は再興されず、城壁のみ今に残っている。
 1868年明治維新政府に接収され、東京遷都によって皇居となっている。
 天守閣跡から松の廊下刃傷跡を通り、物見櫓前の庭園にテリハノイバラの白い花が咲いていた。
 東御苑内にはヤマブキ、シャガ、アセビ、ツツジの花が咲き、クスの新芽が伸び古い葉が地面に散り積もり、楓の新葉が誠に綺麗であった。
 この辺より暖かいのであろう。
 テリハノイバラはバラ科バラ属のつる性木本である。
 名はノイバラに似ているが、葉が厚く光沢があり、茎にはまばらにカギ状の刺があり長く地面を這う。
 枝先に芳香のある白い5花弁の花をつける。
 花径は3―3.5cmでノイバラより大きい。
 緑の中に映える真っ白な花は清楚で実に印象的であった。(3/31)

浜離宮

 正式名称は浜離宮恩賜庭園という。
 徳川将軍家の庭園で、海水を引き入れた潮入の池と、ふたつの鴨場をもつ、江戸時代を代表する大名庭園である。
 承応3(1654)年、徳川将軍家の鷹狩場に、4代将軍家綱の弟で甲府宰相の松平綱重が、海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てた。
 その後、綱豊(家宣)が6代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家のものとなり、「浜御殿」と改められた。
 以来、歴代将軍によって造園と改修工事が行われ、11代将軍家斉の時代にはほぼ現在の姿の庭園が完成した。
 明治維新の後は皇室の離宮となり、名称を「浜離宮」と変えられ、関東大震災や戦災によって、御茶屋など数々の建物や樹木が損傷し、往時の面影はなくなった。
 昭和20(1945)年11月3日、東京都に下賜され、整備されて昭和21(1946)年4月に公開された。
 その後、昭和27(1952)年11月22日に国の特別名勝及び特別史跡に指定されている。
 鴨場は庚申堂鴨場と新銭座鴨場のふたつがあり、築造は、前者が安永7(1778)年、後者が寛政3(1791)年という古いものである。
 鴨場の池には幾筋かの引堀(細い堀)を設け、小のぞきから鴨の様子を伺いながら、稗、粟などの餌とおとりのアヒルで引堀におびきよせ、機を見て土手の陰から網ですくいとるという猟である。
 潮入りの池には中島の御茶屋があり、将軍をはじめ御台所、公家達がここで庭園の見飽きぬ眺望を堪能した休憩所があり、そこで、昔を偲びつつ水面に映る緑と桜の花に見とれながら抹茶を頂き、幸せな一日であった。(4/1)



ここをクリックするとフロントページにもどります