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うま うま
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コハクチョウ ニホンズイセン 学びのすすめ 錦糸ナンテン LAN
ローズマリー 日本の大人は科学ダメ もちぐさ クマザサ オキザリス
ジャノヒゲ セキショウ オサムシ 菅生城址 玉台地名由来 白い鯉
クモマグサ ブーゲンビレア 河津桜 アロエ グリーンネックレス
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菅生沼に今年も沢山のコハクチョウが渡来している。
10月初旬に飛来し、現在では350羽に及んでいる。
主に岩井市天神山付近、上沼の枯れた岸辺の葦に囲まれた開けた水面に集まっている。
餌付けをしている関係で昼間はこの周辺に多く集まり、岸辺で翼の下に首を入れて休息したり、時々ディスブレイしている姿がみられる。
長い首を伸ばし、編隊を組んで飛ぶ大きな白い水鳥の姿は優美で、また、壮観である。
夕方になると水海道市のあすなろの里付近、下沼にも姿を見せる。
毎日見学者が訪れ、望遠レンズを付けたカメラでチャンスを求めハクチョウを追うカメラマンの姿も多い。
1月20日には、ハクチョウ観察会が天神山で開かれる。身近にコハクチョウやカモ類を観察するには良い機会である。
コハクチョウはカモ目カモ科ハクチョウ属の鳥である。
オオハクチョウよりひとまわり小型で、全長約120cm、体重は約5sある。
生長は白く、幼鳥は褐色みをおびた灰色である。
冬鳥で、9月下旬から10月中旬にかけて北海道北部のクッチャロ湖に渡来し、それから本州の渡来地に移動して越冬する。
菅生沼は禁猟区であり、鳥獣保護区でもある。多くの種類が観察できる豊富な自然の残っている都市近郊の貴重な沼である。(1/14)
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20日の大寒の日を前にして、寒中とはいえ3月下旬から4月上旬の陽気と暖かい。
今朝は雨模様の所為か霜も降りていない。
東京や水戸では梅が咲き出したという。ロウバイは満開、ジンチョウゲやサンシュユ、マンサクの蕾も膨らみ、ヤブツバキは真っ赤な花を濃い緑の葉の間に覗かせはじめた。
池の錦鯉も泳ぎだして、水のぬるみを感じさせる。
暮れから新年の大寒波の影響か梅の蕾は固い。
それでも陽だまりではニホンズイセンが咲き出した。
スイセンはヒガンバナ科ナルシサス(スイセン)属の球根性多年草である。
室町時代の国語辞典によると、漢名は水仙華、和名は雪中華である。
日本でも伊豆半島や越前岬の海岸沿いに大群生がみられる。
この仲間のほとんどが地中海沿岸の原産でヨーロッパでは300年以上前から品種改良が行われ、ラッパスイセン、八重咲きスイセン、房咲きスイセンなど品種も多い。
写真はフサザキスイセンの1種ニホンズイセンである。
属名のナルシサスはギリシア神話中の美少年ナルキッソス(Narkissos)に由来し、彼が水中に散った化身がスイセンであるという。美しい花を形容したものである。
春はそこまで来ている。(1/17)
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17日の全国都道府県教育委員会連合会の総会で、遠山文部科学相が「学びのすすめ」を表明したと朝日新聞は報じている。
4月から新学習指導要領が小中学校で全面実施されるのを前に、教育内容が約3割削減され、「学力低下」が心配されている。
その間、文科省の方針転換とも思われる具体策が明らかになってきた。その上での文部科学相の表明である。
学校での取り組みでは45分など標準に縛られない時間割りの編成、少人数での指導や習熟度別指導、小学校での教科担任制導入、放課後の補習や始業前の読書の充実などを例示した。
家庭でも子供たちが勉強する環境をつくるため、宿題や課題を課すことをあげ、社会人が実社会の知識、経験を教えることや、英検や漢検など目標を定めて達成した子供をほめることにも触れたという。
新指導要領の趣旨は、教育内容を厳選して、反復や発展的な指導、体験的な学習などを行い、基礎学力を定着させ、同時に自ら考え学ぶ力などを付けることだと説明。
その内容は「最低基準」で、それ以上の指導もできると話したという。
指導要領の範囲を超えた記述を認める教科書検定の基準見直し方針も打ち出した。
誠に結構なことである。
朝日新聞の見出しは「放課後は補習・始業前は読書・家庭では宿題・目標を定めよ」と記している。
右に左に揺れながら教育の中庸は守られるのか。
それにしても、学校の自由裁量の幅が広がりつつある。学校の責任はますます重い。
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南天は難転に言葉をかけて「難を転じて福となす」と言うことで縁起植物とされている。
ナンテンはナギ科ナンテン属の常緑低木である。
写真は鉢植えの葉の細いキンシナンテンで、曽我筏錦糸と言う種である。
ナンテンの名が現れたのは「名月記」で、1230年(寛喜2年)に庭にこれを植えたことが記されている。
それから200年後(足利時代)の「仙伝抄」には、生け花としての用法が書かれている。
金閣寺の床柱にナンテンが使用されたのは1397年(応永4年)である。
園芸品種も多くなり、1820年(文政3年)に「南天奇品五木図」として錦糸ナンテン5種類が彩色の一枚図として出されている。
キンシナンテンは芸も多く面白い古典園芸植物である。
ナンテンの名は、漢名の南天竹、南天燭に由来している。
叉、キンシナンテンのキンシは琴糸と錦糸が使われているが、最初は「きんし」と仮名で書かれ、翌年「金糸」の漢字が当てられ、明治に「錦糸」が使われ、太平洋戦争後「琴糸」が使われた経緯がある。
現在は錦糸が多く使われている。(1/21)
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6年生の孫にねだられて、新しいOS、Windows XPを搭載したパソコンを購入した。
お陰さまで冬休みにブラインドタッチで一分間にアルハベット大文字小文字を混ぜて140字ぐらいは打てるようになった。最後は毎日、朝日新聞の天声人語をローマ字モードで打ち込ませたが20分程度で打ち込めるようになった。
ねだられたと言っても、私も新しいOSに興味があったからであるが、子供は興味に乗れば身に着くのは早いものである。
私は、これからが大変である。
今まで使ってきた周辺機器を引き継いでいこうと考えたが、接続のためのインターフェースが違う、デバイスドライバーが合わない、古い周辺機器をつなぐことにはメリットがないことを思い知らされる。
それかといって、使い慣れたパソコンを捨てることもできない。
Windows XPにはLAN(ラン・ Local Area Network)を組むことができる機能がある。
そこで考えたのが、使いこなしてきたパソコンに新しいパワフルなパソコンをプラスすれば、より便利に使える事に気づきLANを組むことにした。
Windows XPを搭載した新しいパソコンとWindows Meを搭載した3台のパソコンを順次LANを組むことによって私の頭の体操を始めたのである。
写真はコンピュータ本体を開き、内部の溜まった埃を除き、PCIバス用LANアダプタをパソコンに取り付けたところである。
あとは、各OSに合ったデバイスドライバをインストールし、LANケーブルをスイッチングハブを通してつなぎ、各パソコンのLANの設定をすれば良いわけである。
周辺機器を新しく揃えるよりはLANに必要なハードウェアは極めて安く購入できる。
楽しみながらじっくり取り組んで行こう。
(大工仕事を伴う配線工事も含めて、次ごう一週間で完了できました。ご苦労様でした。)
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大寒の寒さ厳しき中、ローズマリーが花をつけている。
ローズマリーは立性のものとほふく性のものがある。ほふく性のもののほうが我家では花つきが良く、年間を通して咲いている。
写真は立性のレックスである。
ローズマリーはシソ科のロスマリヌス(マンネンロウ)属の常緑性低木である。
和名はマンネンロウと呼び、別名をマンルソウとも言う。
名前の由来は英名のrosemaryにより、和名はヨーロッパでの俗称マリーローズ=「marjesroos(マリアのバラ)」が詰まったとの説がある。
原産地は地中海沿岸で品種によって耐寒性も異なり、-10℃に耐える品種もある。
育てやすく、周年収穫できるハーブでスパイス、ハーブビネガー、ハーブオイル、入浴剤、ポブリ、クラフトなどに広く利用されている。
属名はラテン古名から海の露の意味で゜海岸近くに生えることによると言う。
肉や魚の臭みを消して風味をつけ、脂肪の消化促進や殺菌効果もある。
一鉢持っていると料理に重宝なハーブである。(1/26)
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貴方は何問正解できますか。
日本人の正答率(%)
@ 大地は何万年もかけて移動している 83
A 現在の人類は原始的な動物種から進化した 78
B 地球の中心部は非常に高温である
77
C 我々が呼吸に使う酸素は植物から作られた
67
D すべての放射能は人工的に作られたものだ
56
E ごく初期の人類は恐竜と同時代に生きていた
40
F 電子の大きさは原子の大きさよりも小さい
30
G レーザーは音波を集中することで得られる
28
H 男か女になるかを決めるのは父親の遺伝子だ
25
I 抗生物質はバクテリア同様ウイルスも殺す
23
(○×の答えは最後のところにあります)
どうでしたか。
科学の基礎知識クイズで18歳から69歳の約2000人に面接し、欧州連合(EU)やアメリカなどの調査結果と比べた結果を、文部科学省の科学技術政策研究所が24日発表した。
日本は14カ国中、正答率51%で12位であるという。
一位がデンマークで正答率64%、二位が英国63%、三位が米国61%、四位がフランス61%、五位がオランダ59%、六位がドイツ58%、七位がルクセンブルグ56%、八位がベルギー55%、九位がイタリア55%、十位がアイルランド52%、十一位がスペイン51%、十二位が日本51%、十三位がギリシャ44%、十四位がポルトガル43%であった。
同点順位は小数点以下の差による。
経済開発機構による別の調査では、日本の15歳の科学知識レベルは31か国中2位と高い。同研究所の岡本信司・上席研究官は「米国の中高生はそれほど高くないのに、大人になるとトップレベル」と話す。
子供の理科離れより大人のほうが心配になる。
と朝日新聞は報じている。
@○、 A○、 B○、 C○、 D×、 E×、 F○、 G×、 H×、 I×、
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大寒のわりには寒さの厳しさはない。
ローバイは満開、紅梅は白梅よりも一足先に咲き出した。
例によって6年生の孫がフキノトウを見つけて10個程とってきた。
ふき味噌にしようか、それとも天ぷらか、早春の香りを楽しもう。
ところで、日当たりの良い崖には「もちぐさ」が伸びている。
もちぐさはこの辺でよく使われる名前であるが、一般名はヨモギである。
ヨモギはキク科ヨモギ属の多年草で、本州から九州に分布している。
香りがよいので、3月節句にはもちぐさを摘み、草もちを搗き、初節句の家ではお雛様などを祝ってくれた親戚などに配ってお祝いをする。
この日、嫁婿は草もちを持って里帰りする風習があった。
草もちは、ヨモギの新芽を摘み、湯がいて擂鉢で擂り、うるち米の粉(新粉)を練り、茹でたものに混ぜて搗きあげたものである。
3月節句には何処の家庭でも草もちを搗いたものであるが、現在では市販のものを求め家庭で作る家はごく稀である。
ヨモギは、新芽の頃は餅に、葉の裏毛を集めたものはお灸のもぐさに、葉は端午の節句にショウブと共に軒に飾って厄除けにする風習がある。
生葉の絞り汁を飲んでも健胃、血圧を下げるなどの効果があると言う。
蓬(ヨモギ)の名の由来は、もぐさが良く燃えることから、善燃草(よもぎ)とする説などがある。
これもまた、春の足音の一つか、擂鉢でもち草を兄弟で擂った子供の頃の思い出が蘇る。(1/29)
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この時期、築山のクマザサが綺麗だ。
我家のクマザサのルーツは大塚戸松山の糸賀平治氏の裏山から親父が頂いてきたもので、半世紀以上も前のことである。
イネ科ササの一種で、日本の庭や公園に最もよく植えられている。
異名で辺取り笹(へりとりざさ)と呼ばれるように、葉の縁が白く隈取りになるから隈笹と言うので、熊笹ではない。
イネ科の中でもタケ・ササ類は種類が多く、名前では区別が出来ない。
一般には、桿が高く伸びるものをタケ、伸びずに地際に密生するものをササと言う。
しかし、植物学的には、生長と共に皮(葉鞘)が落ちるものをタケ、残るものをササ、地下茎がほとんど伸びず株立ちになるものをバンブーとしている。
クマザサも若葉のときは緑色であるが、秋になると縁が黄色っぽくなり、冬には縁が枯れて縁が白い隈取となる。
自然にまかせておくと、60―120cmの高さになるので、一度刈り取って小さく育てて鑑賞している。
日本の特産で、野生のクマザサは京都の大原や鞍馬に見られる。
風情のあるササである。(1/30)
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オキザリスはカタバミ科カタバミ属の多年草である。
オキザリスはセイヨウカタバミとも呼ばれ、南アフリカを中心に世界に300種とも500種あるとも言われている。
その中で花が大きく観賞用に栽培されるものがオキザリスの名で呼ばれることが多い。特に球根性の種は耐寒性が強く、鉢植えや花壇の植え込みにも利用されている。
写真は温室の中で他の鉢にひとりでに生えて花をなかせているムラサキカタバミである。
葉の間から花茎をのばし、高さ5―15cmになる。先に径1.5cmの紅紫色の5弁花をつける。
葉は根生し、倒心形の3小葉からなる。
この種はブラジル原産で秋および春に小輪花をつけ、各地に野生化し、始末の悪い雑草となっている。
オキザリスの名はギリシア語のoxys(すっぱい)の意で、葉に蓚酸を含んでいて、酸味があることに由来する。和名のカタバミは、夜になって閉じた葉が欠けているように見えるためである。
カラスビシャクと共に雑草として困る草であるが、花のない季節に咲く花は可愛いものである。(1/31)
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ジャノヒゲはユリ科の常緑多年草である。
草丈10cm程度で濃い緑の常緑の葉と実が美しいために土止や花壇の縁などに植えられる。リュウノヒゲとも呼ばれ、この辺の呼び名になっている。
蛇には髭がないから竜の髭のほうが正しいのではないか。
普通、葉は10―20cmで多数叢生し、先端は下向きに垂れ下がる。 和名は線形の葉が叢生する様子を竜の髭に見立てた名前である。
花茎は10cmと葉よりも短く、5―10個ほどの花を総状につける。
花は下向きに咲き、実は熟すと瑠璃色の宝石のような種子になるが、普通は種子の重みで垂れ下がり葉に隠れて見えない。
瑠璃色の果実は、実は果実ではなく、果皮が未発達のため露出した種子である。
子供の頃によくこの実を取って遊んだものである。
写真は庭の石組みの周りに植栽した、野生のものより葉の短いチャボリュウノヒゲである。
地下には長い走出枝を伸ばし、繁殖力は旺盛である。小型の種は和風庭作りのグランドカバーに植栽されて人気がある。
他に斑入りのものや、黒竜と言われる葉に墨を塗ったような真っ黒な種類もあって面白い。(2/1)
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写真左はサトイモ科のセキショウである。古い話になるがおふくろの実家から持ってきたもので、つるべ井戸の周りに繁茂していた子供の頃の情景が目に浮かぶ。
セキショウはショウブの仲間で、渓流のふちに多く生える多年生常緑草本で普通群生する。
根茎はかたく横たわって下に髭根を出し、細いが香気がある。
葉は根茎の端から出てかたまって2列のはかま状に長さ20―50cmの線形、濃緑色で滑らかである。
4―5月にショウブに似た淡黄色の肉穂花序をつける。
庭などにも良く植えられるので、大小種々の園芸品種がある。
写真左は小型種の観賞用のコウライゼキショウで、取手の飯島氏宅から移植したもので当時の思い出を秘めている。
根茎は薬用になる。賢人になる薬と言われ、五臓を補い、心智を益し、志を高めてくれる薬効があるとされ_、清涼健胃薬や物忘れの治療に散剤を処方する。
健忘症や老人のボケにも効能があると言われている。
眺めているだけでも少しは効能があるかも・・・。(2/2)
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今日は立春、昨日の冷たい雨と比べて、今日は移動性高気圧の圏内で風もなく春を感じさせる暖かい日になった。
家の裏庭でオサムシが歩いていた。2月下旬から3月上旬の気候に誘われたのか暦を見て出てきたのかは分からない。
動作はまだ鈍い。
オサムシは甲虫目オサムシ科に属する昆虫で世界には700―800種いるという。
後翅が退化したものが多く飛べないものが多い、主に地表で生活するため、大きな移動力がなく生息地が局限されるものが少なくない。
写真はクロナガオサムシである。
完全変態で、成虫、幼虫とも夜行性である。
体長25―35mmで、肉食性、発達した大顎と長い脚をもち、すばやく走りミミズ、カタツムリなどの小動物を捕食している。
越冬は成虫でする。
オサムシの語源は機織機の筬(おさ)の形に似ているからという。なっとく。
記念撮影をして庭に戻してやる。(2/4)
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麦畑の向こうにこんもりと盛り上がった小高い崖に囲まれた、周囲約400mの雑木林がある。
雑木の根本は朽ち果てた倒木と背丈ほどのアズマネザサの生える山林の中ほどに、「城主大権現」の石碑が建っている。
3月下旬の暖かさに誘われて菅生城址、城山を家内と二人で探索してみた。
本丸の西に幅約10mの深い掘跡がある。写真左側の窪みがそうである。
菅生城は戦国時代の末期に菅生越前守が居城していた。
猿島郡の弓田城主染谷民部とは仲が悪く、互いににらみ合っていた。当時上州から民部を頼って下総に落ちのびた横瀬能登守が馬洗(神田山)に居を構えていた。
機を得た越前は60余人に城を守らせ、300余勢で弓田城に向かう。
民部に恩のある横瀬はこのことを聞き出し、各地から兵を集め、菅生城を落城させた。
越前は民部との戦いの最中に菅生城落城の報を受け、引き返そうとしたが、後ろには横瀬勢、前には染谷勢に挟まれ、越前は戦死し、残る兵は降伏したと言う。
菅生越前守相馬胤貞は当地の城主相馬将門の後胤である。
したがって、将門が刻納した妙見菩薩を古谷に鎮祭し、落城以後は中郷に遷座した。
妙見社は明治維新以後、社号を旧に戻して日枝神社と呼ばれ現在に至っている。(2/6)
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玉台は水海道市内守谷町長の入地先の地名である。
玉台化石床、玉台橋、玉台橋の地層などで時々取り上げている土地の名前である。
永禄年間、菅生城が馬洗城主横瀬能登守に襲われて落城したとき、菅生越前守の奥方「おたまの方」は、落城寸前に裏手より城を抜け出し、1―2名のお供と南に向かい玉台の渡しにたどり着いたところ、追っ手にかかり首を打たれたという伝承がある。
しかしこの時代には鬼怒川の渡しはなかった。ここに鬼怒川が流れたのは寛永年間の工事であるから60余年後の話である。
しかしこの場所は現在のきぬの里(奥山)から小貝川への流れや湿地はあったと考えられうなずける。
この哀れな最期を遂げた話は、その後の鬼怒川渡しを行き交う人たちによって広まり、この台地に「おたまの方」の「たま」を付けて「たま台」「玉台」と呼ばれるようになったという。
「おたまの方」については、横島広一氏は次のように記している。
「菅生町原の浜野正雄家は、菅生越前の流れをくむといわれ、先祖代々記が保存されている。その代々記の始めに、
自得院俊岸休公居仕 俗名 越前守種?(下線の字は胤貞と思われる。)
法泉院紅月妙珠禅定尼 同 妻
とある。越前守は戒名・俗名共に記されているが、妻は戒名だけで俗名は記されていない。
戒名のうちの珠は俗名を入れたものであり、珠(たま)だったかもしれないと解される。
そうだとすれば「お珠の方」と呼ばれ事実に近く感じられる。
耳から聞く珠と玉の区別はつかない、ここの地形が玉がたに近かったことも手伝って、「玉台」になったと推定している。」
お珠の方の供養碑は何時立てられたか分からない、玉台渡しのすぐ後ろの堤に接してあったが、長の入前小沼機場修築時の敷地になり、現在は長の入鎮守香取神社境内に移設されている。
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ここでの白い鯉は錦鯉ではない。アルピノかもしれない。白には白蛇、白狐、白虎など神の使いなどと言われることが多い。
この白い鯉は伝説上の鯉であるが、昭和初期まで菅生沼で2m近い白鯉の泳ぐ姿を地元の人は見たと言うことである。
この白い鯉の伝説は、400数十年前の話しに始まる。
菅生城主越前守の息女白妙姫は、菅生落城の難を逃れた後、父親越前、母親珠はじめ一族の悲劇を知り、その仇を討とうと心に決め、苦難の末、自分の身分を隠して横瀬氏の側に仕えて身の回りの世話をする侍女として馬洗城に潜入することができた。
仇討ちの機会を狙って年月を過ごしているうちに、横瀬氏の嫡男主膳を恋い慕うようになった。
白妙姫は恋と仇討ちの板ばさみの中で、心は大きく揺れ動き、涙と悩みの人に語れない苦しい胸の内を秘めて毎日を送る身の上となった。
「恋い慕う若殿を思うと、憎きその父に刃を向けられないわが身の不運、死をもって父君、一族達にお詫びをしよう」と決心、月の静かな一夜、菅生沼に身を投じたと言う。
その後、白妙姫の霊は一匹の白鯉となって、月の冴えた波の静かな晩には、沼にその姿を現して馬洗城を指して泳ぎつき、その城の回りを夜更けるまで回っていたという悲恋の伝説である。
白妙姫の霊としての白鯉はそっとしておくとして、当時の菅生沼は現在の様なヘドロの溜まった沼ではなく、水深もあり、水も綺麗な沼であり、鯉はもとより多くの魚介類の生息する沼で大きな鯉が生息していたことは十分考えられることである。
(註) 菅生沼を東にした馬洗城はいまその跡も明らかでない、この辺は、享保年間の飯沼落し掘開削又は江川落し造成のため、周辺の状況甚だしく変わったためである。ただし、西念寺は城中にあったといわれる。
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クモマグサは雲間草と漢字を当て、時々雲が往来する高山に生えるのでこの名がある。
ユキノシタ科サキシフラガ属の高山植物で、本州中部の高山の小石の多いところに生える多年生の小さい草本で、北海道の高山、欧州の高山にもある。
高さは普通10cm以内、根茎は細く、横に這う、葉はかたまってつき、へら形あるいはくさび形で、先端部は普通三つの切れ込みがある。
7-8月に白い花をつける。
写真は園芸種で温室で管理しているので、今、開花している。
花色には赤と白がある。
生育条件は高山植物であるので、日光を好み、日当たりの良い窓辺や庭先で管理できるが、夏は通風をよくしてやることが大切である。
日本の夏の高温多湿には弱い。
水やりは、鉢土の表面が乾き気味になった時にたっぷりあたえるのが良い。
属名のサキシフラガはギリシア語のsaxum(削る)に由来し、胆石症の薬草と考えられていたことによる。
(2/9)
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ブーゲンビレアはオシロイバナ科ブーゲンビレア属の常緑低木である。
温室の中で南国のトロピカルなムードを持つ花が、今、開花していて人目を引く。
イカダカズラとも呼ばれ、中南米の熱帯域に約14種あり、いくつかの原種を元に交雑され、多くの品種が生まれている。
茎はつる状に伸び、その先端に花を咲かせる。オレンジ、赤、白に色づいて花弁に見えるのは苞葉で、中に2-3個の小さな筒状花がある。
沖縄などの暖かい地方では垣根や庭木として扱われ、温室内などでは一年中花を咲かせている。
ブーゲンビレアの名は、1766年にルイ15世の命を受け、未知の大陸発見に出かけたフランス船の艦長ブーゲンビル中佐に由来している。
同行していた植物学者コメルソンが途中、リオデジャネイロでこれを採集し、艦長の名前を付けたという。
熱帯原産であるが、5℃で越冬し、日光に十分当て、新梢を充実させ、夏場に水を控えると花芽の着生が良くなる。
熱帯花木の代表である。(2/10)
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遅い春の東北では「梅も桜も共に咲く」と唄われる。
11日、関東で一番早い桜の開花と言われる南伊豆に花見に行って来た。
ここでは早い春の中で、梅も桜も菜の花も共に咲き、梅祭り、桜祭り、菜の花祭りが、今、開催されている。
桜の花を眺めていると4月の花見の季節のムードに誘われ季節感が狂う。
桜と言っても染井吉野桜ではない、ここでも染井吉野桜の蕾はまだ堅い。
花の大きさ形は染井吉野桜と同じくらいで、蕾はかたまってつき、花色は赤味が強い。河津町の河津川の堤が河津桜の見事な並木になっていて、夜はライトアップされている。
河津桜の由来を町商工会青年部の案内から写して見る。
「昭和30年頃の2月のある日、田中地区に住む飯田勝美氏が河津川沿いの豊泉橋上流で冬枯れの雑草の中に芽吹いていた約1mに育つた桜の若木を偶然見つけ、自宅の庭先に植えたことが始まりでした。
約十年後の昭和41年1月下旬、やっと花が咲き始めました。同年4月、勝美氏は花の咲くのを見届け永眠しました。
後にきれいに咲く桜を見て、譲って欲しいという話もありましたが思い出の桜のため、手放さなかったそうです。
当時、飯田氏の家の屋号から、この桜は「小峰桜」と呼ばれ親しまれていました。
その後の調査で新種の桜と判り、昭和49年には河津で生まれた桜であることから「河津桜」と命名され、昭和50年4月には「河津町の木」に指定されました。
勝美氏が植えた桜は「河津桜の原木」として現在もその地で花を咲かせています。
河津桜はオオシマザクラとカンヒザクラによる自然交配種と推定されます。
河津川堤沿いの桜並木は昭和50年頃から植栽が行われ現在に至っています。」とある。
南伊豆では現在はあちこちで河津桜の花が見られ、見事な花をつけている原木も見ることができた。接木の苗木も販売されてい.るが、まだ値段もよい。
茨城県日立市日高公民館グランドでも、この頃「日立紅寒桜」が新品種として取り上げられ、1月30日頃から開花しているという。
春の花の季節を待つ人の心はみな同じか。(2/13)
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アロエはユリ科の多肉植物アロエ属の総称である。
一般には右の写真のキダチアロエをいう。
アロエは古いアラビア語のalloch
(苦味がある)に由来し、葉に苦い汁液があることによる。
和名のロカイ、キボウホウロカイはギリシア語のaloeも苦味を意味するが、aloeをロエと読んで、蘆薈と写字したものがロカイと読まれ、アロエをロカイと呼ぶようになったと言う。
アロエ属は約300種が知られ、アフリカの南部から東部の乾燥地が分布の中心地である。
無茎種と有茎種の2つに大別でき、左の写真は無茎種で葉が地際から叢生するアロエ・ベラである。
アロエ・ベラは葉内部のゼリー状の部分が苦くないので食べやすく、この頃栽培している方が見られる。
民間薬のキダチアロエは江戸時代に日本に渡来している。
アロエには、アントラキノン系の誘導体のアロインやアロエエモジンなど十数種の成分、アロエシン、アロエニンなどが知られている。
葉のゼリー状の部分を食べると胃腸の熱を冷まし炎症を鎮め、外用すると、肌荒れなどに良い。便秘には葉の汁を飲むと効くという。体が冷えているときに用いると逆効果で、下痢をすることもあるので注意が必要と言う。
成株は冬に紅色の花を咲かせる。「医者いらず」の名もあり、花言葉は「堅実・健康」で、ドリンク剤や化粧品にも使われている。(2/14)
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グリーンネックレスは英名でキク科セネキオ属の多肉植物である。
学名はセネキオ ロウリーアヌスで、和名はミドリノスズ(緑の鈴)と呼ばれている。
ほふく性の茎にグリンピースのような球状の先端の尖った葉をつける、ユニークな植物で、昭和40年代後半から急速に観葉植物として人気が出てきた。
セネキオ属は世界中に2000種以上が分布し、耐寒性のあるもの、ないもの、乾燥に強いものなどがある。
日本にも帰化植物を含め13種が見られる。
シロタイギク、サイネリアも同じ属である。
茎や葉あるいは根が多肉化した多肉セネキオは南アフリカとマダガスカルが分布の中心である。
葉が多肉化した種群が最も多く、棒状、紡錘形、球形と多様である。
グリーンネックレスは球形の種群に属している面白い植物である。
吊り鉢仕立てで、多湿を避け、日の当たる場所で管理すると良い。
挿し木で簡単に繁殖でき作りやすい。(2/17)
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