UFO目撃と宇宙人遭遇、怪奇事件!(国内版)
日本のUFO遭遇事件  

怪奇・不可思議事件(や〜よ、ら〜ろ、わ〜ん)


あ〜お か〜こ さ〜そ た〜と な〜の
は〜ほ ま〜も や〜よ、ら〜ろ、わ〜ん
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や ゆ よ
ら り る れ ろ
わ を ん
 や
●八雲町の怪奇UFO現象【北海道】
1976年ごろから, 北海道山越郡八雲町で起こった怪奇なUFO現象。

1982年11月号『UFOと宇宙(NO.88〜NO.90)』 に掲載された北海道の八雲町の怪奇現象。
インタビュアーは 矢追純一氏 である。
北海道八雲町の全景
北海道山越郡八雲町(現:二海郡八雲町)に住む,建築デザイナーの小林さん(当時60歳)は, 家の上で不思議な飛び方をするUFOを目撃してから,UFOの虜になり,UFO探索に夢中になった。
UFOがよく観察することのできる八雲町のある丘の上(小林さんはそこを"UFO銀座"と呼んでいる)に上がって, 雨の日も風の日も一晩も休まず写真を撮り続けて,何万枚もの写真におさめた。 そして,妙なことに気がついたという。それは,八雲町はUFOが集まってくる場所で,飛行コースの終点にあたるという。
北海道のUFOの飛行コース図

(1)何かが燃えるように見える怪現象
そして,それらのUFOが,この八雲町のある地点で燃えはじめるというのだ。小林さんの示す写真には,いくつかの発光体が火煙をあげて燃えているようすが写っている。 それは,山火事のように見えるがUFOが燃えているのだという。
同じような写真が多数撮影されていたが,いずれの場合も,近所の誰1人としてその現象に気づいた人もいなければ, たき火をしたような心あたりのする人もいないという。 火の気がまったくないところで,何かが燃えるように見える怪現象とは,いったい何なのだろうか。
八雲町の怪火(通常時の写真) ⇒ 八雲町の怪火(そのときの写真)

(2)光体と不思議なロボットの出現
また,小林さんは,UFOから出てきたロボットらしいものを目撃し,写真に撮っている。
1981年8月14日の午後6時ごろ ,春日地区の牧草地にて,小林さんがUFOが現われるの待っていると,突然,上空にパッと大きな光体が出現した。 すると,その真下あたりにある農家の白壁がボーッと明るく照らし出された。 不思議なのは,家を照らし出している横からの光源が,いくら探しても見あたらなかったという。
そのうち家の手前の牧草地に何か変なものがうごめいている。
小林さんの立っているところから,200〜300メートルの距離であるが,牛がボウシをかぶっているように思えたが,小林さんは,これをロボットだと思ったという。
750ミリの望遠レンズでみると,かなり細部まで確認できた。 頭部は異様に小さく,2つの目があり,胸にあたるところには,三角形を逆さにしたようなマークがついていた。 上体は下半身とは独立した格好で振り子のように左右に規則正しく揺れ,下半身の部分には,左右に腕のような棒状の物体が付属していた。 それが地表に接触して前後に揺れていた。最下部には丸い球体が2つあり,ロボット全体を滑るように移動させていた。
小林さんは,
20分ほど 夢中で見ていたが,やがてこれらがふっと消えてしまった。同時に上空の光体も消えてしまったという。
八雲町の不思議なロボット1 八雲町の不思議なロボットの説明図
1982年3月15日の夜8時半ごろ にも,100メートルほど前方の畑の上に,鉄人28号のような形 (肩のところから両腕を突き出し,足も2本ある)のロボットが,空中を滑るように動いているのを目撃した。 逃がすものかと三脚上のカメラをそのままにして小林さんが走りだすと,その瞬間,ロボットらしきものはふっと消えてしまったという。
その場所まで行ってみたが形跡らしきものは見つけることができなかった。
八雲町の不思議なロボット2

(3)エンジン音のしないテールランプだけのニセ自動車の出現
UFO観察を続けていた小林さんは,さらに不思議なものを目撃する。それは真夜中,小林さんの周囲にニセの自動車がたくさん現われることだ。
これも春日地区での観測中であるが,車のテールランプらしい2つの赤い灯火が,あちこちに現われた。 ずっと離れた農道をスーッと走ってきて停車するように止まる。 すると,また別の方角からやってくるというように三々五々,集まって静かに止まっているというのだ。
真っ暗な農道なのにヘッドライトらしきものは一度も見たことがなく,エンジンの音もさせないで,ドアの開け閉めなどの音もまったくさせないという。
さらに不思議なことは,観察しているテールランプの1つが,いきなり空中に飛び上がたり,1対のテールランプが,左右にスーッと離れていき, そのあいだの白いナンバープレートが空中に飛び上がったりしたのだ。
八雲町のニセ自動車1 八雲町のニセ自動車2 八雲町のニセ自動車3
小林さんは,このテールランプまがいの光体が,UFOの一部分だということがわかったという。 それは,UFOが通常本体を防禦スクリーンで見えなくしているが,一部を防禦スクリーンから外しているのを目撃したからである。 200ミリの望遠レンズで確認したところ,UFOのドームの輪郭がハッキリと見えたからだという。
八雲町に現われたドーム型UFO

(4)謎の小屋とトラクタの出現
1980年5月19日の夜11時のころ のこと,仕事のため小林さんが例の"UFO銀座"の近くを車で通りすぎようとした時, 道路の右側の牧草地でトラクターらしきものが作業をしているのを見た。 車を止め,牧草地に入っていくと,昨日までなかった小屋が,牧草地の奥に建っていて,その10メートルほど手前をトラクターが往ったり来たりしながら動いていた。
この辺で作業するトラクターには荷物を上げ下げするためのリフトが不要なため取りはずしてあるはずなのに, その無人のトラクターには,リフトがたしかについているのが見えたという。トラクターの音もちゃんと聞こえていたが,ちょっと違うような小さなやさしい音だった。
そして,仕事を終え帰る途中,その場所に再び車を止め牧草地に立ち入ると,さっきまでのトラクターもなければ,小屋までが跡かたもなく消えていたのだった。
しかし,その時撮った写真を,後で現像してみると不思議なことに,その時見えた小屋は写っていず,旧式の消防車みたいなものが写っているだけだったという。

(5)白い粉を吹き出すUFOの目撃
小林さんのUFO目撃は有名になり,近くに住む多くのUFOファンが,この"UFO銀座"の丘の上にUFO観測にきていた。
国立八雲病院勤務の看護師のIさんは,
1982年6月30日の明け方のころ ,この丘から見える自衛隊基地の半球型をしたレーダーサイトの真上あたりの上空に1つの光体を目撃した。 肉眼で見て5ミリぐらいのかなり大きな光体が,赤から青,そして白と次々にパッパッと色を変えた。 すると次には,その光体から白い粉のようなものがとび出てパラパラと降りはじめた。 時には上のほうにもとび出た白い粉のようなものは,いったんUFOから出て下のほうに落ちていくと思うと,また吸いこまれるようにUFOに戻っていった。
Iさんは,これを30分ほど目撃していたという。翌日Iさんは念のため,そのあたり一帯を調査してみたというが,痕跡などは見つけられなかった。
白い粉を吹き出すUFOの目撃図
(★上記中の写真,イラストはいずれも『UFOと宇宙』から
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.88〜NO.90)』, 1982年【北海道・八雲の怪現象追跡;矢追純一


参考外部=>日本都市伝説(北海道UFOの墓場)
参考外部=>怪奇現象オカルトファイル(【UFO目撃スポット】北海道八雲町)
参考外部=>デイリーポータルZ(この町の住民の8割がUFOを見たというのは本当なのか)
●柳田国男の少年時代の神秘体験【茨城県】
1888年春のことである。12歳の柳田国男少年は, 布川村(現・茨城県利根町布川)で不思議な体験をした。

柳田国男氏 は, 「日本民族学の父」 と呼ばれ, 多数の著作がある。
兄の鼎(かなえ)が, 茨城の布川村で医院を開業したため, その家に国男(12歳)が移り住んだ
約半年後の1888年(明治21年)の春のことであった。
医院は小川家の離れを借りていた。その敷地の奥に小さな石の祠(ほこら)があり, それは
7年前に108歳で亡くなったという, 小川家当主の祖母を氏神として祀(まつ)ったもので, 石の扉がはまっていた。
この祠の中がどうなっているのかを知りたくなった柳田少年は, 誰もいない時に恐る恐る石の扉を開けてみた。すると, 一握りくらいのきれいな石の玉が納まっていた。この石の玉を見た瞬間, 柳田少年は意識が遠のいていった。
この時の体験を, 82歳の時にまとめた 「故郷七十年」 の中で, 次のように記している。
<<その美しい珠をそうっと覗いたとき, フーッと興奮してしまって, 何ともいえない妙な気持ちなって, どうしてそうしたのか今でもわからないが, 私はしゃがんだまま, よく晴れた青い空を見上げたのだった。すると, お星様が見えるのだ。今も鮮やかに憶えているが, じつに澄み切った青い空で, そこにたしかに数十の星を見たのである>>
ぼんやりした気分になっているその時, 突然高い空で鵯(ひよどり)がピーッと鳴き, 柳田少年は現実に引き戻された。
<<その拍子に身がギュッと引きしまって, 初めて人心地がついたのだった。あの時に鵯が鳴かなかったら, 私はあのまま気が変になっていたんじゃないかと思うのである>>
と回想する。
柳田少年を神秘体験にいざなったのは, 中風を患っていた当主の祖母が絶えず, なで回していた石で, 氏神のご神体としてまつったものだったという。直径が8.8センチ, 重さ975グラムの 「蝋石(ろうせき)」 で, 手に取るとずっしり重く, ひんやりしている。
柳田は, この時の体験を 「異常心理」 とも 「幻覚」 とも呼んでいる。
祠は利根町立柳田國男記念公苑の敷地内に現存する。石の玉は祠から取り外されてガラスケースに収められ, 「小川家氏神の玉」 として町歴史民俗資料館に展示されている。
【出典】
・『讀賣新聞茨城版【茨城ミステリー紀行1;幼き柳田国男の神秘体験, 担当:伊藤譲治】』, 2021年8月18日

「小川家氏神の玉」の写真
(★柳田を神秘体験にいざなった 「小川家氏神の玉」 - 利根町歴史民族資料館)
■サイト:「茨城見聞録ibamemo.com」から

参考外部=>ibamemo.com(柳田国男の神秘体験|柳田國男記念公苑(利根町))
参考外部=>toneponpokou.tanuki-bayashi.com(タヌポンの利根ぽんぽ行 柳田國男と利根町)
 ゆ
●夕張で起きた心霊現象【北海道】
大正9年(1920年), 北海道夕張村の小学校の宿直室で, 毎夜 「トントン」 と鳴り響く怪しい音が聞こえた。

「トントン」 と戸を叩くようなその音を, 宿直員たちは, 最初は風か鼠の騒ぐ音ぐらいにしか思っていなかった。
しかし,
毎夜きまった時刻に, その音が聞こえるので, 不思議に思った一人が, ある夜, 音が聞こえると同時に, 外に出てみたが, 何も認めることはできなかった。
この 叩音(こうおん - ラップ音) が奇怪な現象であると考えた宿直員たちは, 協議の結果, 次の夜, この音に向かって, 「一体お前は何者か? 狐狸(こり)なら2つ叩け。亡霊なら3つたたいてみせろ」 と質問したところ, 3度叩く音がした。
さらに続けて, 「恨みか, それとも弔ってもらいたいなら5つ叩け」 と質問すると, 叩音の主は, 5つ叩いて目的を知らせた。さらに, 「お前は何人いるんだ, 1人について5つ叩いて人数を教えてくれ」 というと, 音の返事は15回であった。
この交信方法によって分かったことは, 3人の叩音の主のために供養の仏事をすること, その後は再び叩音現象を繰り返さない, というものであった。
調査してみると, このラップ現象のはじまる
30年前の9月21日, この小学校建設時に, 地ならし工事で3名の土木作業員が崩土の下になり, 圧死を遂げていることが, 地元関係者の証言から明らかになった。
実際に慰霊法要(不思議にも法要を営んだ日は
9月21日であった)が行なわれると, 約束通り, 叩音の鳴ることはなくなった。
しかし,
大正14年9月21日の午後11時頃に, 突然, 教員室のガラス戸が大きな音をたてて, あたかも誰かが入ってきたような様子がしたので, 宿直員が確かめに行くと, 何も変わったことはなかった。不思議なこともあるものだと思いながら, 彼はガラス戸越しにふと外を見ると, 校庭のポプラの樹木の幹のところに1人の人間の姿が 「ポーッ」 と立っていた。そこで彼は思わず 「ゾーッ」 としたという。
これは, 「恐らく,生き埋めにされた3人の土木作業員の1人が, その代表となって, 法事のお礼に幽霊の姿で出現したのだ」 と, もっぱらの評判となった。

【参考文献】(下記より抜粋引用)
『スピリチュアル用語辞典』【夕張のポルターガイスト現象】, 著:春川栖仙, 2009年


夕張のポルターガイスト現象イラスト
■サイト:「夕張ヘリテージ・アクト ーYubari Heritage Actー」から

■外国の似たような事件(UFOレガシー)
=>怪奇事件集(ハイデスビルの怪しい音)


参考外部=>YouTube(【ゆっくり】大正9年 夕張小学校幽霊問答)
参考外部=>blog.livedoor.jp(トントン事件 登川第二尋常高等小学校)
参考外部=>tabigeinintomato.blog.fc2.com(夕張小学校トントン事件)
 よ
●横手市に現われた不思議な怪人【秋田県】
1981年6月下旬ごろ, 秋田県横手市の深夜の路上に, 2人の不思議な怪人が現われた。3人の目撃者がいる。

目撃者のTさん(当時30歳)とYさん(当時30歳)は, 行きつけのスナック(横手駅から徒歩で
2〜3分のところにある)を, 夜中の12時30分ごろ出て, 家に帰るため2人は自転車に乗って, いつも通る川べりの道を走っていると, 前方にオレンジ色の光が2つ見えた。
近づくと, その光はレーザー・ビームのように拡がらずまっすぐ道路を照らしていた。 それは, 2人の人物の左手から出ていたもので, その左手では, 長さが1.2メートルほどで直径が2〜3センチくらいの棒のようなものを真っすぐ前に向けて持っていた。右手には, 1.5メートルくらいの長さの糸のようなものがたらされていて, 糸の先には直径が8〜10センチほどの皿のようなものがついていた。
2人の人物は, 身長が1.7メートルほどで, 上下のつなぎのようなグレーの服を着て, 黒いブーツをはき, 腰にはベルトのようなものをしていた。 耳にはヘッドホンのようなものをしており, 右肩からアンテナが頭の上まで出ていて, 背中に長方形の箱をしょっていた。 顔だけはまともに見ることができなかったという。
2人の人物の間隔は5〜6メートルあり, つねに一定で, 1人が止まれば同時に止まった。 動くときは前方に右手の先の皿のようなものを投げ, それが地面に落ちてチーンという金属音をたててから, 2人同時に動くという動作を繰り返した。 そして, 両手を体に直角に前方に伸ばしながら歩いた。
怪人の歩き方を再現する研究会メンバー
(★現場で, 出現したヒューマノイドの歩き方を再現する, 東海大学UFO超心理学研究会のメンバー)『UFOと宇宙(NO.88)』から

異様な動きで歩く2人の人物の前方から, タクシーがやってきた。 すると, 2人はピタリと動きを止め, 道路の端により, 左手から照射している光を下に向け, 背中を道路側に向け, 隠れるような姿勢をとった。
TさんとYさんは, 自転車で彼らを追い抜いた。すると, タクシーのときと同じように, 道路わきにより後ろを向き背中をみせた。
TさんとYさんは, 恐怖のため, 彼らのすぐ近くで自転車を停めることはできなかったが, 何度か往(い)って戻ってを繰り返した。大声で罵声をとばしたりもしたが, 2人の動作は変わらず, 何の返事も返さなかった。
TさんとYさんは, 何か危険を感じ, 二人別れて家に帰ることにした。自分たちのあとを追いかけてくるのではないかという恐怖にかられたという。
午前1時過ぎに自宅にたどりついたTさんは, 弟にことの一部始終を話した。 弟は, 急いで彼らを確認しにいった。すると運悪く道路の曲がり角で彼らとはちあわせし, びっくりして戻ってきた。 そして, 「あれは人間ではなく別のものだ」 といったという。
Tさんは, あとをつけられていると感じたので, 2階の窓をすこし開け, 外をのぞくと, 例のチーンという音がこちらに近づいてきた。 そして, 彼らはTさんの家の前で止まり, のぞいているところにライトを向けたのだった。Tさんは, 恐怖でどうしようもなくなり, ふとんをかぶって, ふるいているしかなかったという。
横手市に現われた謎のヒューマノイドのイラスト
(★イラスト:作者不明, 『UFOと宇宙(NO.88)』から)

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.88)』, 1982年【深夜の路上にヒューマノイド出現;大谷淳一
 らりるれろ
200-20 事件名 470-55 事件の概要および詳細 230-25 その他参考サイトなど
 
 わをん
200-20 事件名 470-55 事件の概要および詳細 230-25 その他参考サイトなど
 

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