UFO目撃と宇宙人遭遇、怪奇事件!(不思議大好きマニアのためのUFOサイト)
日本のUFO遭遇

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 用語解説 

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20 200 用語 450 解説 230 その他参考サイトなど
●アカシック・レコード
Akashic Records
 (アーカーシャー)
宇宙のすべての出来事、想念,行為の記録である。霊界に存在し,生きている人もある種の状態に達すると,そこへ行って記録を読むことができる。
【参考文献】
『日本は沈没するか』
1984年
参考外部⇒Wikipedia(アカシックレコード)

   
●あかつき(探査機)

 
   「あかつき」の軌道
   (読売新聞から)

 
「あかつき」(PLANET-C)は2010年5月21日にH-IIAロケット17号機で,JAXAにより打上げられた金星探査機。目的は,金星の気象探査,大気観測にある。
2010年12月7日に金星の周回軌道に入る予定であったが,主エンジントラブルのため軌道投入に失敗し,金星に近い軌道で太陽を周回しながら,姿勢制御用の小型エンジンで少しづつ軌道を修正し,再挑戦の機会をうかがっていた。
2015年12月7日に,金星周回軌道への再投入を行う予定であるが,2015年2月11日,太陽に最も近い地点(約9000万q)を無事に通過した。機体が高熱にさらされるため,機器が故障するおそれがあったため,太陽への最接近は第1関門とされていた。
【参考サイト】
 
・Wikipedia(あかつき(探査機)

2015年12月7日に「あかつき」は姿勢制御用の小型エンジン4台を20分間使用し,逆噴射を行い,予定通り金星を回る軌道に入ることに成功した。当初予定していた軌道よりは細長い楕円軌道となった(最も遠い距離で約44万キロメートル,近い距離で約400キロメートルで9日間で1周)。本格的な観測は来年(2016年)春からとなる。日本の探査機が地球以外の惑星の周回軌道に入ったのは初めてである。
【参考文献】
・『讀賣新聞』2015年12月8日,2015年12月10日,
2015年12月11日
●アストラル界
 ●アストラル次元
 ●アストラル体astral body
並行世界(パラレルワールド)に存在する密度の濃い世界の一つ。密度の濃い順にエーテル界、メンタル界、コーザル界、アストラル界、物理的世界となる。
金星人オムネク・オネクは、金星のアストラル界から体の波動を金星の物質界レベルに低下させ、宇宙船で地球に来たという。

【参考文献】
『私はアセンションした惑星から来た』著者:オムネク・オネク、訳:益子祐司
『金星人オムネクとの対話』
著者:オムネク・オネク、訳:益子祐司
●アセンション
Ascension   
アセンション:ascension(上昇)。
地球の次元上昇(3次元から5次元に移行する)のこと。
●アダムスキー型円盤
 
 『コズモ(UFOと宇宙』NO.9から
ドーム型の屋根と円形の窓をもち、底部には3個の球形着陸ギアがついた空飛ぶ円盤のこと。
ジョージ・アダムスキーが目撃した金星のベル型UFO(スカウトシップ)と同型のもの)。
 ⇒(左の写真は1952年12月13日午前9時10分、パロマー・ガーデンズに飛来した円盤をアダムスキーが、6インチ反射望遠鏡にカメラを取りつけ撮影したもの)
(出典;『アダムスキーの謎とUFOコンタクティ』『空飛ぶ円盤実見記』

    
  (『UFOと宇宙』NO.11【宇宙・引力・空飛ぶ円盤,文:レナード・クランプ,
   訳:久保田八郎】から)
  
 
●アダムスキー事件(アメリカ)
  
ジョージ・アダムスキーが米カルフォルニア州モハビ沙漠で,円盤から降りてきた金星人と会見した事件。
1952年11月20日午前11時ごろ,予感を感じていたアダムスキーは,UFO観測仲間6人(アル・ベリーズ夫妻とジョージ・ウィリアムスン夫妻とルーシーとアリス)と2台の車でアリゾナ州のデザート・センター近くのパーカー街道脇の沙漠地帯にいた。風が強く寒い日であった。7人は近くの岩の上で食事をし,これからの観測コースなどについて話し合っていたとき,山の向こうの飛行基地から双発の飛行機が頭上を飛んでいった。やがて,その飛行機が小さくなったころ,飛行機の現れた山すそから葉巻状の銀色をした飛行船が音もなく上昇し,こちらに向かってきて空中に滞空した。街道脇のこの地点では彼らは着陸しないと直感したアダムスキーは,車を走りだした。同乗したのは,ルーシー(秘書)とアルの2人で,ハンドルはルーシーがにぎった。残りの4人はこの場所で観測するため残ってもらった。アダムスキーは,道路を半マイルほど走り,右に曲がり少し走ったところで車からおり,持ってきた望遠鏡を設置した。残りの4人がいる場所とは半マイルから1マイル離れていた。飛行船は頭上に滞空していた。アルとルーシーには4人のいるところに戻るよう指示し,アダムスキーは1人この場所に残った。すると上空の飛行船は機首を転じ,山頂を越え消えていった。それと前後して十数台の空軍の飛行機が轟音をたて,その飛行船を追跡していった。それでもその地点に残り観測機器を設置していたアダムスキーは,5分ほど後に,空中に閃光を発見した。小さい飛行体が二つの峰の間に現われ,半マイルほど離れた山腹のくぼみに近づいてきて,一定の高度を保ちながら滞空していた。最初の写真を撮った直後,その円盤は閃光を放ち消えてしまった。直後,2,3機の飛行機が轟音を轟かせ頭上に飛翔したが,2,3度旋回し飛び去っていった。数分後にアダムスキーは4分の1マイルほど離れた谷間の入り口に1人の男を突然発見する。男はスキーズボンのような服をはいており,髪を長くしていた。近づいていったアダムスキーは,その男から握手を求められ,応じようとして手を差しのべたが,相手は手を握る代わりに掌をわずかに触れさせた。身長は5フィート6インチぐらい,体重は135ポンドぐらい,年齢は27,8歳に見えた。腰のあたりには8インチ幅ぐらいの金褐色のベルトがしめられていた。アダムスキーは身振り手振りと英語で会話をしたという。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤実見記』1972年
『メビウス』(No.2)1983年,(「金星から来た男」/文:韮澤潤一郎
『アダムスキーの謎とUFOコンタクティ』
2013年
●アトミック カフェ
Atomic Cafe
 
ジェーン・ローダー、ケビン・ラファティ、ピアース・ラファティの3人が、1982年に完成させた長編映画。内容は、アメリカ政府や軍制作のプロパガンダ映画、訓練教育用映画、当時のニュース映画、漫画、1040年代、1950年代の原爆ソングを集め編集した。政府やマスメディアが、アメリカ国民に対し、どのように原爆を恐れずに原爆を愛するように仕向けたかを、暴き出した映画である。
【参考文献】
 ・『THE ATOMIC CAFE』
 
●アブダクション
Abduction
 
アブダクション:abduction(誘拐)、アブダクティは誘拐された被害者。
●天狗「あま(つ)ぎつね 日本書紀(7世紀)のなかに、右記(※)のような記録がある。
これを訳すと、
舒明天皇9年(637年)に、都(飛鳥)の空に大きな星が雷のような爆音を発しつつ東から西に飛んだ。それを見た人々は、流星の音だとか、地鳴りの音だとか騒いだが、この時、中国から帰朝したばかりの僧侶・旻(みん)のいうには、『これは、流星ではない。アマギツネ(天狗)だ。その吠ゆる声は、雷鳴にそっくりなのだ』」
旻(みん)のいう天狗とは、中国の文献を総合すると、「まず、空中に現れて光輝き、爆音を発し大流星のように飛び回り、地に降下する時は炎を噴出する」というようなものである。

参考文献】
『UFOと宇宙 コズモ』1974年4月号(No.5),
   (「日本古来の天空人出現説考」/文:斉藤守弘

『ムー』1982年3月号(No.16),
   (「天狗 河童 鬼の正体をさぐる」/文:竹内裕

『日本史怖くて不思議な出来事』(翼をもつ鴉天狗が空を飛ぶ),
   (著者:中江克己)
『日本書紀』廿三、二月戉寅 大星従東西流 便有音似雷 時人曰 流星之音 亦曰地雷 於是 僧旻曰 非流星 是天狗(アマギツネ)也 其吠声似雷耳

 註:天狗には「アマギツネ」とフリガナがしてあった。


「日本書紀」について
   参考外部⇒Wikipedia(日本書紀)
●アメリカ空軍(米空軍)    当初、海軍に属さない航空戦力は陸軍が受け持っていたが、国家安全保障法の策定により陸軍より独立、1947年9月18日に設立された。第一次世界大戦から今日まで、世界各地の多くの戦争や紛争に関与してきた歴史がある。2000年代現在、アメリカ空軍は7,000機以上の航空機を運用する世界最大の空軍であり、世界各地に空軍基地をもつ。
(出典;Wikipedia(アメリカ空軍))
 
●アメリカ北東部の大停電(1965年)
 
1965年11月9日午後5時16分,全米史上最も大規模な停電が北東部で起こった。ペンシルバニア州北部からメイン州,西はトロントを含むカナダ国内にまで及んだ。都市部では,高層ビルのエレベーターに閉じ込められた人々がいたり,信号機が消えたために交通網が大混乱をきたした。停電は場所により,最長で13時間続いた。発生から6日後に発表された停電の原因は,カナダ南部のオンタリオ州にあるQ-29と呼ばれる送電線の継電器が遮断されたためということであったが,なぜ継電器が遮断されたかは不明であった。
この停電の起きたエリアでは,何らかの形でUFOが関与していることが興味をひき,ジェームズ・E・マクド゙ナルド博士,J・アレン・ハイネック博士,ドナルド・キーホー少佐らが,こぞって調査に乗り出した。

【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』
,2015年
●アントニオ・ボアス宇宙人誘拐事件(ブラジル)

 
 『UFO事件簿』から
1957年10月15日,ブラジルに住むアントニオという青年が,宇宙人に誘拐され,UFO内で異星人の女性とセックス体験をした事件。
ブラジルのミナスジェラエス州のサンフランチスコ・デ・テレスに住む農夫のアントニオ・ビラス・ボアス青年(23歳)が,
この夜,畑で一人農作業をしていると,赤い星が畑に落ちてきた。それは,あたりを真昼のように照らし,長さが10メートルほどもあるタマゴ型の円盤で,トラクターから15メートルのほどのところに三本脚で着陸した。アントニオは,トラクターで逃げようとしたが,エンジンがかからなかった。走って逃げる途中で,円盤の中から出てきた,異様な人間に捕まり,かかえあげられ円盤の中に連れ込まれてしまった。彼らは,身長が1.5メートルほどで,高いヘルメットをかぶり灰色の体にピッチリと合ったオーバーオールを身につけていた。円盤の中で,アントニオは裸にされ,粘り気のある液体で全身を拭かれた後,チューブのようなものをあごの下にあてがわれ,血液を採取されたという。また,別の部屋に通され若い女と性的関係をむすばせられた。その女は,東洋的な美しさをしており,そばかすがあり,とがったアゴをし,明るい青い眼の斜視で身長が1.4メートルぐらいであった。その後,アントニオは服を着せられ,円盤の中を案内してもらった。アントニオを下した円盤は着陸脚を引き込み,回転塔を回しながら,弾丸のように飛び去っていったという。気がつくと,朝の5時半であった。

【参考サイト】
 
UFO事件簿(宇宙人とのSEX事件(1957年))

【参考文献】
 ・
『ヒューマノイド空飛ぶ円盤搭乗者』,編者:平野威馬雄1974年
 ・『世界UFO大百科』,(美人宇宙人に誘拐された青年,文:秦洋一),1985年
参考外部サイト⇒UFO事件簿(宇宙人とのSEX事件(1957年))


 
       『UFO事件簿』から
●イグアペUFO沈没事件(ブラジル) 1958年10月31日午後2時半ごろの事,ブラジルのイグアペでガランガランという金属音とともに故障していると思われる5メートルもある銀色のUFOが町の上空に姿を現し,そのまま機体はペロパバ川近くの濁った水の上に突進し,川の流れの中にすべり込んだ。水が沸騰したらしく,沈没地点あたりで川底からの泥が渦を巻いていた。12人の目撃者がいた。本格的な調査が始まったのは1週間後からで,川の底に沿って走る4メートル以上の深い泥の層によって,機体の残骸をつきとめることはできなかった。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1978年9月(No.38),「空飛ぶ円盤墜落す」,
    文:ボブ・ダグラス,訳:柳尾武義
●異星人からのパンケーキプレゼント事件(アメリカ)
  【イーグル・リバー事件】
  【サイモントン事件】

 
 ジョー・サイモントンと
 プレゼントされたパンケーキのようなもの

 『伝説のコンタクティ30年間の記録
  私が出会った宇宙人たち』
から
1961年4月18日午前11時ごろの事,ウィスコンシン州の片田舎イーグル・リバーに住む農家のジョー・サイモントン(当時60歳)が昼食をとっていると,空から降りてくる無音の物体をキッチンの窓から発見した。鳥小屋の前に着陸したその物体は,スープ皿を2つ合わせたような形で銀色をしていた。扉があき黒っぽい服を着た小柄な人間が出てきて,水筒らしきものを持って水を飲みたいようなジェスチャーをしたので,サイモントンは,その水筒を取って家の地下にある水(庭の湧き水)をつめて渡してやった。着陸した物体(UFO)の中をのぞくと3つのコントロールパネルと3人の男がおり,一人はパネルを見たままサイモントンの方を向かなかった。グリルのような調理器で料理をしていた男を指さし「これから食事をするのですか?」というような会話をしたかったサイモントンに,その男は4つのパンケーキをくれたという。サイモントンがUFOから離れると,水筒を渡した男が右手をあげUFOのドアを閉めた。UFOは7メートルほど垂直上昇し,45度の角度で非常な速度で飛び去っていったという。UFOの大きさは10メートルくらいで,厚さは4メートルほどであった。
【参考文献】
伝説のコンタクティ30年間の記録私が出合った宇宙人たち』,2008年
参考外部⇒オカルト・クロニカル(イーグル・リヴァー接近遭遇〜異星人のパンケーキ事件)
●イタリアの小人異星人出現事件
 
  
1954年11月1日,イタリア,アレッツオ地方のチェンニーナ町に住むローザ・ロッティ・ネイ・ダイネリ(当時40歳)が教会に行くため,右手にカーネーションの花束,左手に靴とストッキングを持ち,朝早く家をでた。とっておきの靴を汚したくないため,靴とストッキングは手に持ち,はだしで歩いていた。すると,糸杉の根元に高さ2メートルを超す巨大な紡錘形の物体があるのを発見した。物体の中間部には丸窓が2つと小さなドアがあり,開いているドアの中には2つの小さな座席が見えた。座席は背中合わせに置いてあり,物体の両面にある丸窓に向いていた。突然,物体の後ろから2人の小人が現れ,ローザ婦人に話しかけてきた。小人は,1メートルぐらいの身長で灰色の胴着とぴったりしたズボン,それにマントを着けヘルメットをかぶっていた。人間と同じ顔つきをし,笑みを浮かべ,言葉は不明であったが,発音は中国語に似ていたという。小人の一人が,驚いて立ちすくんでいる婦人から,カーネーションの花束とストッキングの片方をもぎとった。小人は,それを物体の中に投げ入れ,もう一人の小人と一緒に中から茶色の丸い包みを2つ取り出し婦人に渡そうとした。しかし,婦人は夢中で町をめざして逃げ出していた。走っているうちに恐怖がつのり,町へたどり着いたときには,疲労と恐怖で口もきけなかった。話を聞いた町の憲兵隊が現場にかけつけたが,物体のあった地面には,大きな穴があいていただけであった。(この事件は,ヨーロッパUFO大ウェーブ事件の中の1つ)
【参考文献】
『UFOと宇宙(コズモ)』No.8,
   【イタリアの不思議な小人出現事件,文:セルジオ・コンティ,訳:志田真人

『世界UFO大百科(ムー別冊)』
   
【ストッキングと花束を奪いとった小人異星人・文/片岡道代】
●イラン戦闘機UFO交戦事件(イラン)

 

 

 
1976年9月18日の夜更け,イランの首都テヘラン上空にUFO(大きく強烈な光を放っていた)が出現した。F-4ファントムUジェット戦闘機を緊急発進させ調査を命じたが,マッハ1を超える速さでこの物体に接近したが,テヘラン市から約240キロメートル離れたところで見失った。だが,物体は市内上空に戻っており,見つけ出すよう指令を受けたパイロットは市内に戻り物体に近づいたが40キロメートル以内のところで無線交信や機械操作が不能になり燃料切れにもなったため基地に戻った。物体から離れると電子機器は正常に戻った。2機目のF-4ファントムUが緊急発進し物体に近づいたが,その物体はストロボライトのような強烈な光を発し,物体の輪郭を見分けることができなかった。約40キロメートルの距離でレーダーをロックオンしたがそのサイズはタンカーほどの巨大なものであった。物体は一箇所に留まることなく飛び回り
マッハ2でも追いつけなかったという。さらに物体から分離した小型の物体が戦闘機に近づいたとたん,無線通信が不能になり,赤外線誘導式のミサイルをそのターゲットに向け発射しようとしたが,ミサイルシステムも故障していた。戦闘機は辛くも逃れたが,また別の小型の物体が母船から出て,砂漠地帯に着陸し,あたり一面を昼間のように明るくしたという。

【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒FC2・海外の妖しいBlog記事から(1976年9月19日、イラン: 2機の F-4戦闘機が UFO と交戦(途中:その2))
●岩のドーム
 
イスラムの第3(カアバ,預言者のモスクに次ぐ)の聖地。東エルサレムある。「神殿の丘」と呼ばれる聖域となっている。現在はイスラム教徒の管理下にあるが,南西の壁の外側の一部だけが「嘆きの壁」としてユダヤ教徒の管理下にある。
【参考サイト】
・サイト=>Wikipedia(岩のドーム)
参考外部⇒世界史の窓(岩のドーム)
●岩のドームUFO事件(イスラエル)
 
2011年1月28日の午前1時ごろ,イスラエルの聖地,エルサレムの岩のドームの真上にUFOが出現した事件。このUFOはドーム(モスク)の真上にゆっくりと屋根すれすれまで降りてきてしばらく滞空したあと,するどく白く発光し周りを瞬間的に照らし出し,ものすごいスピードで垂直上昇して消えていった。この映像は,別の角度で何か所かから撮影されている。
また,
3月27日にも鮮明なUFOがモスク上空に出現したという。
【参考文献】
眠れないほど面白いUFO9割方,これは本当だ!,2015年
参考外部⇒怪奇動画ファイル(エルサレム「岩のドーム」上空で、UFOが謎の怪光を放つ!!)

参考外部⇒天使界からのメッセージ(聖地エルサレムのUFO)
●イースタン航空機事件(アメリカ)
 
 目撃者(機長と副操縦士)に
  よるスケッチのうちの2枚

 『謎解き超常現象DX』から 
1948年7月24日午前3時ごろ、ジョージア州アトランタに向かって飛行していたイースタン航空のダグラスDC-3旅客機576便が、アラバマ州モンゴメリーの南西20マイル(約32キロ)の地点で不思議な飛行物体を目撃した。それは、明るい光を放っており、円筒形で翼がなかった。後部から大きな光を噴射しながら急上昇して姿を消した。物体の直径は7〜10メートル、長さは約30メートルであったという。目撃報告から機体には2列の窓があった。機長(C・S・チャイルズ)と副操縦士(J・B・ホイッテッド)、何人かの乗客も強烈な光を目撃している。
【参考文献】
『ムー』N0.3;【「UFOと航空機の遭遇事件!」文:南山宏
『世界UFO大百科(ムー別冊)』【火を吹く物体イースタン航空機に急接近・文/秦洋一】

『謎解き超常現象DX』【「イースタン航空事件」の伝説部分・文/山本弘】
●ウェストール事件(オーストラリア)
 
1966年4月6日,オーストラリアのメルボルン郊外の街,ウェストールの学校の近くにUFOが着陸した事件。学校の生徒,先生ら200人以上がUFOを目撃した。
学校の近くにある小高い雑木林に3機の金属製の円盤型飛行物体は,静かに着陸した。生徒の一人は,6mの至近距離で目撃したという。その飛行物体は乗用車よりも大きく,地面から少し浮いた状態で,底の部分のライトが地面を照らし続けていたという。この3機のUFOはその後すぐに再びゆっくりと浮上し,ある高度に達すると来た時と同じように素早くどこか彼方へ飛び去ったという。
参考サイト】
 ・トカナ(50年前に起きた重大UFO事件に新展開か? 「ウェストール事件」の目撃者が“黒いスーツの男たち”について語りはじめた=オーストラリア
参考外部サイト⇒トカナ(50年前に起きた重大UFO事件に新展開か? 「ウェストール事件」の目撃者が“黒いスーツの男たち”について語りはじめた=オーストラリア

参考外部サイト⇒YouTube(A Suburban UFO Mystery: Westall '66)
●宇宙機(機関誌)
 
JFSA(日本空飛ぶ円盤研究会)の機関誌として1956年7月に創刊された。16号までは月刊,以後1960年4月に休刊するまで,臨月刊で発行された。編集人は荒井欣一氏,創刊号のみはタブロイド新聞形式であったが,2号以降は平均50ページ程度の雑誌形式となる。日本で最初のUFO研究誌といえる。
参考文献】
『UFOと宇宙』1978年12月号(No.41),(「UFOの元祖・荒井欣一にインタビュー」/)
参考外部⇒KzUFO現象調査会(宇宙機)
●宇宙友好協会(CBA)
Cosmic Brotherhood Association 
宇宙人と友好関係に入り,地球上に新時代を築こうとの主旨から,1957年松村雄亮氏(航空ジャーナリスト)によって設立された。設立時には久保田八郎氏,橋本健氏などが参加した。しかし,1959年ごろ,松村氏が宇宙人とコンタクトしたことから,1960年に『地軸が傾く地球大変動』,『宇宙人の地球人救済計画』のハルマゲドンを唱え,会員に伝えられた。それが外部にもれマスコミが取り上げたため,社会問題にまで発展した。これらの予言は,外れたまま立ち消えになった。最終的にCBAは1967年に秘密結社化し,以後の動向は不明となる。
【参考サイト・文献】
・サイト=>Wikipedia(宇宙友好協会)
『地球ロマン(復刊2号)』【ドキュメント・CBA】
参考外部⇒Wikipedia(宇宙友好協会)

参考外部⇒発明超人ニコラ・テスラ六〇年代のハルマゲドン
●ヴァンデンバーグUFO撮影事件(アメリカ) 1964年9月,カルフォルニア州にあるヴァンデンバーグ空軍基地から発射されたダミーの核弾頭を積んだICBM(大陸間弾道ミサイル)のテスト飛行を側面から撮影する軍のチームが,飛行中のミサイルの核弾頭に向け,光線を発射した未確認飛行物体のを撮影した。未確認飛行物体は,反対側に回り込みもう一度光線を発射し,飛び去っていった。ミサイルは高度約96キロメートル,時速約1万7000キロメートルから2万2000キロメートルの速度で飛んでいた。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』
,2015年
 
  ●エイモス・ミラー事件(ニュージーランド)
  
【UFO殺人光線事件】
 
1968年2月2日、ニュージーランドのオークランド市郊外に住む牧場主のエイモス・ミラーが、畑の柵を修理中に、突然現れた円盤(上部に円錐形の塔のようなものがついていた)に近づいたところ、その円盤から発せられた光線により射殺された事件。頭皮が額から後頭部にかけて溶けたように消失していた。
【参考文献】
『超常UFO宇宙人事件』著者:並木伸一郎,2014年
●エクスペリエンス
Experience
 
エクスペリエンス:experience(体験)、エクスペリエンサーは体験者,UFOに拉致された体験を持つ人のこと。または、アブダクティ-ともいう。
●エリア51
Area 51
 
 
エリア51とは,アメリカ空軍によって管理されているネバダ州南部の一地区。正式名称は,グレーム・レイク空軍基地。アメリカ軍機密の航空機のテストを古くから行っていたとされ,近年では,特にステルス機の試験飛行を行っていると考えられている。
また,エリア51は,UFO研究家のあいだでは,墜落したり不時着したUFOが運び込まれているところとも云われる。
1989年,ロバート・ボブ・ラザー(物理学者)が,KLAS-TV(米ラスベガスのテレビ局)の番組で,エリア51にはロズウェル事件で回収された異星人の遺体や残骸物が保管され,米政府が極秘でそれらのテクノロジーを研究していると暴露したためエリア51は有名になった。
ただし
,『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』の著者,ラリー・ホルコム氏は,UFOが運び込まれているところは,エリア51ではなく,ダグウェイ実験場ではないかと述べている。
【参考サイト・文献】
・サイト=>Wikipedia(エリア51)

『不思議大陸アトランティア・浮上編』【UFOの聖地エリア51の現在;文:佐藤健寿,2009年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒Tabi2ikitai(エリア51の奇妙な模様)
参考外部サイト⇒WEAPONS MANUAL(エリア51次世代航空機)
●エンケラドス
  
土星の衛星の一つ。直径約500キロ,表面温度は平均マイナス200度で,厚い氷に覆われている。中心には岩石の核があり,南半球の表面から水蒸気が間欠泉のように噴き出しており,地下には液体の海が存在していることから,生命が生息できる環境が存在する可能性が高いとする研究結果を日米欧チームが発表した。
研究チームは,
1997年に打ち上げた土星探査機「カッシーニ」が得たデータを分析したもの。
【参考文献】
・『朝日新聞』2015年3月12日
●沖縄で撮影された核兵器
 
1972年に日本に返還される前の米軍統治下の沖縄で,核兵器が配備されていたことは,すでに米公文書から明らかになっていたが,撮影された核兵器の写真を米シンクタンク「国家安全保障公文書館」(NSA)が米公文書館で発見した。NSAは3枚の沖縄関連の写真を公開。写真に付された米空軍の説明によると,うち2枚は,1962年に嘉手納基地であった「武器装着競技会」で撮影されたもので,同基地所属部隊と板付基地(福岡市)所属部隊が,飛行機に核爆弾を装着したり,準備したりする場面とされる。もう1枚は1964年に核ミサイル「メースB」を整備する様子が写されていた。
【参考サイト】
・サイト=>msnニュース(沖縄で撮られた核兵器の写真、米公文書館で見つかる・朝日新聞デジタル),2016年2月20日
●オニール橋 1953年7月29日の夜,『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙の科学部長ジョン・J・オニールが月面の「危機の海」の西岸に発見した,おおよそ20Kmの橋のこと。この構造物(「オニール橋」と名づけられた)は,数日後には姿を消したという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1975年2月号(No.10),「月世界の謎と現象を探る」,文:宮本正太郎
『7つの謎と奇跡』1981年,著者:久保田八郎
●オーロラ飛行船墜落事件(アメリカ) 1897年,テキサス州の小さな町オーロラに住むプロクター判事の家の風車に1機の飛行船が衝突し墜落した事件。飛行船は町の中心部を飛び,ぎごちない動きをして,この風車に衝突し爆発した。機体はばらばらになり破片は数エーカーの地面に散乱した。ひとりの乗員のばらばらになった遺骸が発見されたが,「この世界の住人ではない」と思われたという。遺体は,どうにかキリスト教の埋葬に付された。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1978年9月(No.38),「空飛ぶ円盤墜落す」,
  文:ボブ・ダグラス,訳:柳尾武義
参考外部⇒オカルト・クロニカル(オーロラ墜落事件テキサスに眠る何か)

参考外部⇒FC2・海外の妖しいBlog記事から(テキサス州オーロラ: 19世紀の西部での UFO 墜落事件)
●火星人コンタクト事件(スコットランド)
  【セドリック・アリンガム事件
  【ロシーマウス事件】

 
  離陸準備中の円盤に戻る
   異星人の後姿を撮影

 
  最初に発見時直後に雑記帳に
  描いたおおざっぱなスケッチの写し
  
『火星からの空飛ぶ円盤』から
1954年2月18日,スコットランド北端のロシーマウスに近い海岸を野鳥観察にきていた,セドリック・アリンガムが空飛ぶ円盤から降りてきた異星人(火星人)とコンタクトした事件。
アリンガムはこの日,
12時35分に約5000フィート(約1500メートル)の高さに偶然,円盤を発見し双眼鏡で確認した。その後,3時45分ごろに直径約15メートル,高さが6メートルほどのアダムスキー型円盤(3つづつグループになった窓,ドームの上には黒い垂直の棒,球体の着陸装置がついていた)がアリンガムの約50メートル先に着陸した。円盤から身長が6フィート(約180センチ)ぐらいで,年齢はアリガムと同じぐらいで,ひたいの高い人間が降りてきた。頭髪は褐色で肌は深いタンニン色をしていた。首から足までつながった服を着ており手だけが出ていた。鼻にチューブのようなもの(おそらく呼吸装置)が届いていた。アリンガムは雑記帳に太陽系などの図を書きジェスチャーで相手とコミュニケーションを交わした。言葉は通じなかったが,相手はしゃべれたという。アリンガムが発音した「ビーナス(金星)」と「マース(火星)」について同じくきれいな声で発音を返したという。そして,相手が火星からきていることを確認した。アリンガムは自分の万年筆を贈った。アリンガムは円盤の機体にさわったというが異常はなかった。やがて別れのとき,アリンガムは機体から離れるように伝えられ,相手が機体に向かう別れ際,後姿の写真を思い出したように気づき急いで撮ったという。やがて挨拶を交わしてスライドした扉の中に消えた相手を乗せた機体は40フィート(約12メートル)まで上昇した。そして,北の方向にものすごいスピードで飛び消えていった。午後4時25分の事である。
【参考文献】
『火星からの空飛ぶ円盤』著:C・アリンガム,訳:岩下肇,1971年
『世界の超人・怪人・奇人』著:並木伸一郎,2015年
『スペースプログラムが予言する終末へのカウントダウン』著:韮澤潤一郎,2015年
参考外部サイト⇒実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話(昭和なUFOネタシリーズ〜「火星人の後姿」写真)



 
  初めにとらえた円盤の写真
 
  着陸時の円盤の写真
  『火星からの空飛ぶ円盤』から
●カンザス州における謎の飛行船目撃事件(アメリカ)
 
 『UFOと宇宙』NO.14から
1897年4月19日夜10時30分ごろ,カンザス州リーロイに住む,牧場主のアレグザンダー・ハミルトンは,牛が騒ぐため起きて玄関にでてみると,牛の囲いの上空から飛行船がゆっくり下降してくるのを目撃した。雇人と息子をよび3人で近づいていくと,その飛行船は,約90メートルもある葉巻型の本体と下側についたゴンドラのようなものからなっていた。1つの強烈な赤いサーチライトと2つの緑のライトからなる光をを発している。ゴンドラのまわりはガラスのような物質で透明になっており,内部にはこうこうと明かりがついていた。中には,奇妙な生物が6人乗っていて高い声で話し合っているのが聞こえた。目撃者たちに気づいた飛行船の中の連中は,動力のようなもののスイッチをいれた。すると,船の底のスクリューが回りだし,船は上昇していったが,約100メートルの高さで動きを止めた。飛行船の下には,フェンスにからまったのか,雌牛が騒ぎ跳びはねていた。目撃者たちが近づいてみると,飛行船から垂れた赤いケーブルがその雌牛の首のまわりに巻つき,牛は柵の金網にからまっていた。目撃者たちは,牛の首のまわりのケーブルをはずそうとしたが無理で,金網の方を切り離した。すると,目の前で雌牛もろとも飛行船はゆっくり上昇し,上空に浮かび上がって北西の方角に消えていった。一同はそれを驚きあきれて見送ってしまったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.14【1897年の謎の飛行船】

『空飛ぶ円盤の真実』
●カトラー=トワイニングメモ 1985年7月シャンドラムーアがワシントンのアメリカ国立公文書記録管理局に保管されたファイルを調査中に,シャンドラが発見したマジェスティック文書の一つ。ロバート・カトラー(大統領特別補佐官)からネイサン・トワイニング(空軍副参謀長)に向けて書かれた1952年7月14日付覚書の写し。内容はMJ-12に関する特別会議の日程を変更する旨を伝えている。
【参考文献】
『MJ-12の謎と第18格納庫の秘密』
,1990年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
●記憶の消去 UFOにアブダクトされた後に,アブダクティの記憶が消失されている場合があるが,これらにはある閃光を浴びせられていることが共通している。

 落合信彦氏によると,「脳内の記憶装置に目や鼻、耳、神経系統などから,電波刺激を運ぶ役割をしているのはアセチルコリンという化学物質である。記憶というのは脳のなかの電波刺激の蓄積にすぎない。したがってこのアセチルコリンに電子によるショックを与え,ある種の静電状態にしてしまえば,見たり聞いたり経験したものについての記憶は簡単に消すことができる」という。CIAでは,現実に電波によるショックを脳に送りこんで記憶消去を行う実験が成功しているらしい。
(出典;『UFOと宇宙』1982年3月号(No.80),
 「催眠でひき出したUFO目撃者の恐怖体験」/著:矢追純一
 
●キャッシュ&ランドラム事件(アメリカ)

 
1980年12月29日の午後9時過ぎのこと,ヒューストンからテキサス州デイトンの自宅に戻る途中のヴィッキー・ランドラム夫人と孫のコルビー(7歳),ベティ・キャッシュ夫人の3人がパイニーウッズ地方の寂しい2車線道路で不思議なダイアモンド型の物体を目撃した。物体は給水塔ほどもある大きなものであった。ダイアモンド型(菱形)でてっぺんと底は平らであった。上空に,底からオレンジ色の炎を一定間隔で噴出し,上下に動いていた。車を停めると車の中はたちまち暑くなった。キャッシュとランドラムは車の外にでたが,コルビーは車内のダッシュボードの下に隠れた。物体は中央部の周囲に青い光の輪があって明るく輝いていたが,全体は鈍い銀色をしていた。炎を弱めた物体は車道に向かって降下してきた。2人は車の中に戻ったがキャッシュはドアハンドルの熱で手をやけどした。物体が上昇すると同時に大型ヘリで編成された20機以上のヘリコプターが続々と到着し,その物体を包囲した。するとその物体は冷静な判断を取り戻したかのように,ヘリコプターの包囲を抜け出し,デイトンに向けて飛び去った。20分間ほどの出来事である。この地域にいた多くの人々も,この物体とヘリコプター群を目撃して通報した。キャッシュとランドラムは,その後放射線被ばく症状に悩まされ,政府を相手取り訴訟を起こしたが,証拠不十分により却下された。キャッシュは18年後71歳で亡くなり,ランドラムは2007年に84歳で亡くなった。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒UFO事件簿(キャッシュ&ランドラム事件)

参考外部サイト⇒世界10大怪奇(キャッシュ&ランドラム事件)
●巨石モニュメント

 
  イギリスのソールズベリーにあるストーンヘンジ
巨石モニュメントには,下記のようなものがある。
●メンヒル(立ち石):ほとんど自然のままの石を一本柱のように立てたもの
●アリニュマン:メンヒルをまっすぐに並べたもの
●ストーンサークル:メンヒルを輪状に並べたもの
●ドルメン:平らな大石を天井石にし,下に支えの石を置いて,机か棚のようにしたもの

【参考文献】
『世界の謎と不思議』1977年,著者:庄司浅水
●金星人の足跡
 
ジョージ・アダムスキー1952年11月20日,カルフォルニアの沙漠(デザート・センター)で金星人と会見した際に,金星人が残した10数個の足跡。アリス・ウェルズがスケッチし,ジョージ・ウイリアムソンが石こうで型をとった。足跡には謎の模様があった。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.32【金星人の足跡を解読!,文:H・モーレン/F・ブルンス,訳:足木幸夫】
 
 
 足跡を石こうにとる一行
 (『UFOと宇宙』NO.11から)
 
●クランプの正射影法図 ジョージ・アダムスキーが撮影した円盤とコニストン事件のスティーヴン・ダービシャーが撮影した円盤とを比較したレナード・クランプによる正射影法図。
    
    『UFOと宇宙』NO.6【宇宙・引力・空飛ぶ円盤,文:レナード・クランプ,
       訳:久保田八郎】から)
●クリッター
Critter
謎の飛行物体のこと。英単語では米語の俗語で「生き物」である。 参考外部⇒不思議好き人間
●クローン
Clone   
単一細胞あるいは個体から,無性的な増殖によって生じた,遺伝的にまったく同一な細胞群,あるいは個体群のこと。
●グジニア港UFO墜落事件(ポーランド)  1959年2月21日,ポーランドのグジニアというバルト海の港で,桟橋で働いていた労務者たちが白熱した物体が港に落下するのを目撃した。謎の物体を捜すためダイバーが見つけたのは,錆びていない金属片一つだけであった。また,2日後けがをした異星人が浜づたいに這っているところを発見された。宇宙服のような奇妙な金属製の服装をしていたという。彼は病院に連れていかれ,医者は服を脱がせるのに苦労をしたが,腕輪のようなものを外したとたん,その患者は死んでしまったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1978年9月(No.38),「空飛ぶ円盤墜落す」,
  文:ボブ・ダグラス,訳:柳尾武義
●ケックスバーグUFO墜落事件(アメリカ)
 
 
1965年12月6日,巨大隕石のような物体がカナダとアメリカにまたがる北東の空を横切るのを6つの州の住人が目撃した。ペンシルバニア州ケックスバーグの町の多くの人も目撃し,この火の玉は町から近い渓谷に落ちたことを複数の人が証言した。いち早く墜落現場に到着した住民や消防士などが目撃したのは,さまざまな色の光線やアーチ型の光線を放っているドングリ型の物体であった。釣鐘型の機体の底部のふちに象形文字のようなものが書かれていたと証言する者もいた。まもなく,軍が到着し一帯は封鎖され,誰を現場に入れなくなった。町の人々の証言によると,軍用車隊が防水シートで覆った物体を荷台に乗せた平床トラックを先導し町を通り抜けていったという。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』
,2015年
参考外部⇒マニア道(UMA&UFO(未確認生物&未確認飛行物体
●ケネス・アーノルド事件(アメリカ)
 
1947年6月24日,アメリカワシントン州のレーニア山上空で,ケネス・アーノルドが,賞金つきの行方不明輸送機を捜索中に,9つの奇妙な物体を目撃した。アーノルドの手記より「flying saucer(空飛ぶ円盤)」の名が生まれた。マスコミが報道したことから,空飛ぶ円盤騒動の発端となった。アーノルド氏が目撃した6月24日は,「空飛ぶ円盤(UFO)の日」とされている。
【参考文献】
『地球ロマン(復刊2号)』【資料・空飛ぶ円盤】
『UFOと宇宙人(99の謎)』【世界のUFO事件簿】
『世界UFO大百科(ムー別冊)』【ケネス・アーノルドが遭遇した謎の飛行編隊】
参考外部⇒Wikipedia(ケネス・アーノルド事件)
参考外部⇒UFO事件簿(ケネス・アーノルド事件
●ケープジラード・ハフマン事件(アメリカ) 1941年4月12日の晩,ミズリー州のある森の中に謎の飛行物体が墜落した。バプティスト派の牧師ウィリアム・ハフマンが,飛行機の墜落ということで(乗員が死亡しているので祈りを捧げるため)呼び出された。ミズリー州ケープジラードから約24キロ離れた墜落現場に着くと,墜落していたのは飛行機ではなく,円盤状の宇宙船であった。宇宙船の中には人間の形をした乗組員3体の死体があった。警察官や消防隊員,カメラマンが何人か来ていた。ハフマンが祈りを終えたところで軍隊が到着し,指揮権を掌握した。カメラマンが撮影したフィルムなどは没収され,ここで見たことは重大な国家安全保障事項であることを告げられ,他言してはならないことを厳重に言い渡された。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒gogo-going-blog(1941年ケープジラードに墜落した円板と異体)
 
●甲府UFO宇宙人遭遇事件(日本)
 
甲府市の小学生ふたりがぶどう畑に着陸したUFOと宇宙人に遭遇した事件。

     ◎詳細はこちら⇒サイト内
No.1975001No.1975002
参考外部サイト⇒Wikipedia(甲府事件)
参考外部サイト⇒UFO事件簿(甲府事件)
●古代宇宙飛行士説
(ancient astronauts theory)
有史以前の時代に宇宙から知的生物が地球に訪れ,人類を創造,あるいは文明を与えたという説。別名を「太古宇宙飛行士来訪説」、「宇宙人考古学」、「宇宙考古学」ともいう。初期の提唱者にはジョージ・ハント・ウィリアムソンがおり,エーリッヒ・フォン・デニケンがブームを巻き起こした。 参考外部サイト⇒Wikipedia(古代宇宙飛行士説)
●コニストン事件(イギリス)
 

 
 撮影直前に目撃した円盤を
  スティーヴン少年がスケッチしたものと
  撮影された実際の写真

  『コズモ(UFOと宇宙)』NO9から
1954年2月15日,イギリス・ランカシャーのコニストンで,2少年がアダムスキー型円盤を目撃し,コダック・カメラで円盤を撮影した事件。
スティーヴン・ダービシャー(13歳)は,この日の朝,なぜか家の裏山(コニストンの丘)に登りたくなった。いとこのエイドリアン・マイヤー(8歳)を連れて,カメラを手に頂上に着いた。
午前11時ごろ,エイドリアンが丸い物体が降下してくるのを発見した。物体は約90メートル先の少し盛り上がった土の向こう側に降りて見えなくなったが,数秒後に現われ,ヒューッという音をたて縦に倒れて空中を急上昇して雲の中に消えていった。ステーィヴンは,土の向こうに降りる前と土の向こうから出現したときの2枚の写真撮影に成功した。写真はかなりぶれていたがアダムスキー型の円盤が写っていた。ステーィヴンは,物体がドーム,丸窓,三個の球,中心にコーンのようなものがあり,丸窓は4つあったことを証言している。
【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)』NO6(1974年)/
  【宇宙・引力・空飛ぶ円盤,文:レナード・クランプ,訳:久保田八郎】の
     序文(文:デスモンド・レスリー)から
 
 
 撮影時の様子を示す
  スティーヴンとエードリアン

 『コズモ(UFOと宇宙)』NO6から
●コンドン委員会
 (コロラド大学
  UFO科学調査委員会)
 
【コロラド・プロジェクト】

●コンドン白書
(コンドン・レポート)
UFO問題について、米国で最初の公式かつ組織的な科学的調査を行った調査機関。コロラドプロジェクトともいう。
1966年10月米空軍が大学に依頼し、コロラド大学の物理学者エドワード・U・コンドン博士を中心とする調査委員会(正式名称は「コロラド大学UFO科学調査委員会」、いわゆる「コンドン委員会」)を発足させた。コンドン博士を中心に各分野40人近い科学者で構成された。だが、調査活動の進行につれて意見の不一致などで辞任者があいついだ。それでも、約2年の歳月と50万ドルの費用をかけ、調査結果は、『未確認飛行物の科学的研究』と題する厖大な報告書(1465ページ、59件の目撃報告が検証)にまとめられた。内容は、国立科学アカデミーに評価をゆだね、1969年1月8日に最終報告書いわゆる「コンドン白書」が記者団に公表された。白書の中で「これ以上UFO研究を続けても、それによって科学が発達するという期待が満たされることはおそらくあり得ない」と述べられていた。「今後のUFO目撃に関してはプロジェクト・ブルーブックのような特殊部隊に頼らないで通常の監視行動の中でこれを取り扱うべきである」と勧告した。この勧告に基づき米空軍は、
@UFO現象は、国家安全に対する脅威とは認められない。
AUFO現象は、技術の進歩や科学知識の増大に寄与する証拠はない。
BUFO現象は地球外から飛来するという証拠はない。

との声明とともに、
1969年12月17日にプロジェクト・ブルーブックを閉鎖した。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1978年2月号(No.31),
   【コンドン白書大批判-解説・コロラド大学UFO科学調査委員会とコンドン白書】

『UFOと宇宙人(99の謎)』1978年,【世界のUFO研究(南山宏)】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,
2015年
UFO調査について
 参考外部⇒Wikipedia(UFO研究)
●ゴンザレス宇宙人格闘事件(ベネズエラ)

 
 『ヒューマノイド空飛ぶ円盤搭乗者』から
1954年11月28日,トラック運転者が道路上のUFO近くにいた毛むくじゃらの怪物と格闘した事件。
ベネズエラのカラカスとペターレを結ぶ道路上に直径3メートル以上もある物体が道路上に滞空していた。トラックを降りた運転手のグスターヴォ・ゴンザレスに,物体の近くにいた爪をはやしたギョロ目の怪物が近づいてきた。ゴンザレスは思わずその怪物に背負い投げをくらわそうとしたら,思わぬ軽さにびっくりした。怪物は毛むくじゃらでカチカチに固いこがらな怪物だった。反対に一撃を受けたゴンザレスは4,5メートルもつきとばされた。もう一人の運転者ホセ・ポンチェが警察に走ろうとすると,もう二人の怪物が物体の中から手に何か武器のようなものを持って出てきた。危険を感じたゴンザレスはナイフで相手に抵抗した。だが,相手の体は石のように固くびくともしなかった。怪物の一人がライトのような小さな管から光線をだし,ゴンザレスの眼を照射したため,ゴンザレスは眼がくらみ抵抗をやめた。ポンチェはこのとき,近くの茂みから二人か三人の怪物が土か岩のようなものを腕いっぱいにかかえてとび出してくるのを見た。怪物たちは物体の中に戻ってしまい,物体は間もなく音もなく上昇し消えてしまったという。
(この事件は,ヨーロッパUFO大ウェーブ事件の中の南米での事件の1つ)
【参考文献】
『ヒューマノイド空飛ぶ円盤搭乗者』,編者:平野威馬雄1974年
●ゴーマン少尉事件(アメリカ) 1948年10月1日午後9時,ノースダコダ州ファーゴ基地に訓練飛行を終えた州空軍所属のジョージ・ゴーマン少尉(当時25歳)が,1機帰投し着陸許可を求めようとしていた。その時,機の下方約300メートル高度のところに奇妙な光体を目撃した。その光体は北西に向かい時速約400キロで移動していた。ゴーマン機が近づくとその光体は急旋回し急速度で上昇した。速度を増しながら上昇していく光体についていけないと判断したゴーマン機は,光体が左旋回したとき,最大速度を出して右方向から迎撃コースをとった。衝突は避けられないと思った瞬間,光体は機の上約150メートルのところをすれちがった。光体は直径約20センチで白く輝いていた。ゴーマン機は,この光体と追いつ追われつの空中戦を約20分繰り返したが,光体は途中で向きを変え,上昇をし姿を消した。
【参考文献】
『世界UFO大百科(ムー別冊)』【ゴーマン少尉,UFOと空中戦,文:秦洋一】
●催眠治療
【逆行催眠、退行催眠、催眠療法、催眠実験】
記憶を消失したアブダクティに、催眠術で催眠状態にし、消失した体験記憶をひき出すもの。

 
催眠状態のもっとも深い”深催眠状態”に入ると、本人は体験した事実以外のことは記憶から出てこないという。
(出典;『UFOと宇宙』1982年3月号(No.80),
 「催眠でひき出したUFO目撃者の恐怖体験」/著:矢追純一


【逆行催眠、退行催眠、催眠療法、催眠実験もこれに同じ】
 
●サンマルタン・ストーン事件(スペイン)
 
 異星人らしき人物からもらった石
 
 サンマルタンが撮ったUFO
 いずれも『UFOと宇宙』(No.33),から
1954年11月17日,スペインのマドリッド郊外に住むアルベルト・サンマルタンが,夜中にマドリッド大学都市構内で,異星人らしき人物から薄緑色の石をもらった事件。
午前2時半ごろのこと,サンマルタンは,不思議な力にひき寄せられるように,都市構内を歩きラ・コルナ・ハイウェーの橋のたもとまできた。すると髪の毛が長くウエットスーツのようなものを着けた男に出会った。男は言葉を話せないのか態度でサンマルタンに親愛の情を示し,長さ12センチ,幅4センチ,厚さが2センチほどの薄緑色をした石を受け取るような身ぶりを示した。サンマルタンがその石を受け取ると,男は背を向けて橋の付近で見えなくなった。すると,橋の下の方の空き地からドーム型の円盤が光りながら飛び立っていった。朝,その空き地に行ってみると,円盤が着陸したような焼け焦げた着陸痕を発見した。受け取った石の表面には不思議な文字のようなものが彫られていた。サンマルタンは,石の正体を探ろうとあちこちの研究室をたずねた。
その後,サンマルタンは,石の研究を深めるため,ブラジルに移住した。
1965年,サンパウロ郊外でUFOを目撃し8枚の連続写真の撮影に成功する。2年後の1967年にも同じようなUFOを目撃し連続写真の撮影に成功した。撮影したUFOはいずれも肉眼では見えにくいボンヤリしたものであった。写真は暗めに焼いたが,驚いたことに写真に写ったUFOは一枚づつ形を変えていたという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1978年4月号(No.33),
   「私は宇宙人を見た!−サンマルタン・ストーンの謎」,文:矢追純一
 
  ●シベリア大爆発
 (ツングース大爆発)
「ツングース大爆発」の項を参照  
●遮光器土偶
 
 亀ヶ岡遺跡出土の遮光器土偶
縄文時代後晩期の土偶。
ロシアのアレクサンドル・カザンツェフ博士はこの遮光器土偶に注目し、
1962年に科学雑誌「アガニョーク」に"土偶宇宙人説"を発表した。
参考外部サイト⇒Wikipedia(遮光器土偶)
●シャーマー警官誘拐事件(アメリカ)
 
 『ムー』(NO.6)から
1967年12月3日の深夜,パトロールに出たハーバード・シャーマー警官(当時22歳)は,ネブラスカ州のアシュランド郊外のハイウェエで道路上に円盤型物体に遭遇した。物体は下から噴射炎をだし飛び去ったが,署にもどった(午前3時ごろ)シャーマーは20分の時間がなくなっていたことに気づく。その後頭痛も消えなかった。この事件は,コンドン委員会の調査対象となった。シャーマーは,20分の記憶を取り戻すため心理学者と催眠術師からの治療を受けた。催眠術からのシャーマーの証言によると,彼は円盤内に連れこまれ,いろんな質問を受けたらしい。
【参考文献】
『ムー』(NO.6)
  【"第4種接近遭遇"事件の謎を探る!!,構成:南山宏,文:並木伸一郎
●ジャイアントロック・コンベンション  アメリカで1954年から行われている,UFO関係者のコンタクティの祭典。 参考外部⇒Open MindGiant Rock hosted giant UFO convention 
●重力波 
 

重力波は,時間や空間がわずかに伸び縮みする「時空のひずみ」がさざ波のように伝わる現象。物体が加速して動くときに起こる。アインシュタインが1916年,一般相対性理論から予言していた。世界の研究者が観測を目指していた,この「重力波」について,米国の研究チームが2016年2月11日,初めて観測したと発表した。最終的に確認されれば理論が実証されたことになり,物理学の歴史的な成果となる。光や電波ではわからない宇宙の姿を探る新たな天文観測にも道が開ける。
【参考サイト】
msnニュース(「重力波」、米チームが初観測 アインシュタインが予言),2016/2/12

参考外部サイト⇒Wikipedia(重力波 (相対論)) 
●情報公開
 (アメリカ)
 
1977年、民間のUFO研究団体「GSW(グラウンド・ソーサー・ウオッチ)」が,情報公開法(FOIA)に基づき,アメリカ政府に対し訴訟問題を起こした。内容は、「すべてのUFO文書を公開せよ」というものであった。1978年12月に勝利をおさめ,CIAをはじめ米政府機関が隠蔽してきた約3000ページに及ぶ極秘文書が公開された。 参考外部⇒Wikipedia(国別にみた情報公開法) 
●情報公開
 (日本)
 
 情報の自由公開法がない日本(1980年当時)では、国を相手取って情報の公開を迫ることは不可能に近い。しかし、「国勢調査権」という国会議員のみが使用できる特権がある。これは、議員が政治活動の一つとして、省庁・政府委員会などを通じて国の保有する資料を請求することができるものである。これを利用し、菅直人衆議院議員(当時)の協力を得て、1980年にUFO情報の公開が行われた。
日本政府から提出されたUFOに対する関連資料は次のようなものであった。
外務省からは、
●国連でのUFO関連文書
●アメリカ下院軍事委員会でのUFO事件関連記事
●ニュージーランドでのUFO事件関連記事
●グレナダ国が行った国連でのUFO演説に関する新聞記事
●ニュージーランド日本大使館から外務省宛のテレックス報告書
文部省からは、
●南極観測船ふじのUFO目撃事件に対する回答文。
(出典;『日本政府はUFOを知っていた』
 【KKベストセラーズ(ワニの本):
1992年10月刊行/ 著者:太田東考】から抜粋

日本での情報公開法(「行政機関情報公開法」)は、2001年4月1日に施行された。

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2007年12月、民主党の山岸隆治参議院議員が提出した『未確認飛行物体に関する質問主意書』に対し、日本政府は「存在は確認されていない」とする答弁書を閣議決定した。
2015年4月1日の参院予算委員会で、「日本を元気にする会」のアントニオ猪木氏が「何かが領空侵犯をしている。スクランブルをかけたことはあるか」という質問に対し、中谷防衛相が「領空侵犯の恐れがある正体不明の航跡を探知した場合は必要に応じて戦闘機を緊急発進して目視確認するが、地球外から飛来したと思われるUFOを発見した事例は承知していない」と答弁した。
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☆特定秘密保護法案(2013年11月記載):
       
=>2014年12月10日施行
 特定秘密保護法案(特定秘密の保護に関する法律案)とは、日本の安全保障に関する情報のうち「特に秘匿することが必要であるもの」を「特定秘密」として指定し、取扱者の適正評価の実施や漏洩した場合の罰則などを定めることを目指す法案。
(出典;Wikipedia


☆日本版NSC(
2013年11月記載):
 
日本が創設を目ざしている国家安全保障会議のこと。NSC(National Security Council)はアメリカ・ホワイトハウスの国家安全保障会議のことで、1947年制定の国家安全保障法に基づいて設置され、国家の危機が迫った局面では司令塔の役割を果たす。情報収集、意思決定で強大な権限をもっており、大統領直属で独自のスタッフを抱えている。それと同様の強力な危機管理組織をつくろうというのが、日本版NSC構想である。
(出典;
Yahoo!百科事典
参考外部⇒Wikipedia(国別にみた情報公開法) 
  ●セーヌ川ミザエルUFO目撃事件(フランス)  1954年8月23日の深夜にセーヌ川沿いのベルナール・ミザエル(実業家)が,自宅近くの上空で直立した巨大な葉巻型UFOを目撃した事件。
深夜1時ごろ,暗かった街が青白く照らされているのに気づき,上空を見るとセーヌ川の北岸の上空に,直立した長さ100メートルもあるような巨大な葉巻型UFOを発見した。その葉巻型物体の下から円盤状の飛行物体が次から次と現われミザエルの後方に飛び去っていった。その後,葉巻型の物体は輝き失い,闇の中に溶け込んでいったという。(この事件は,ヨーロッパUFO大ウェーブ事件の中の1つ)

【参考文献】
『スペースプログラムが予言する終末へのカウントダウン』著:韮澤潤一郎,2015年
●ソコロ事件(アメリカ)
 【ロニー・ザモラ事件】
ニューメキシコ州のソコロという町を車でパトロール中の警官ロニー・ザモラが,空中に轟音を聞き炎を目撃する。1964年4月24日,17時45分のことである。ダイナマイト小屋の爆発かと思ったザモラは,丘の頂上に車を走らせた。すると,遠くに光っている卵型の物体とそばに立っている数人の小さな人間のような生物を発見した。車で接近中,地形のため視界がさえぎられ,再び物体を目撃したときには,そばにいた生物は姿を消していた。ザモラが車を止め外に出ると同時にその卵型物体は轟音を立て機体の下部から炎を吹き出しながら上昇した。物体は約6メートルの高度で止まり(轟音と炎は消えていた),今度は付近の低木を燃やしながら平行に移動した後,物体は急速に加速し消えていった。応援に呼ばれた警官が現場に到着したときには,低木はまだ燃えており,卵型物体の支柱跡のようなものが発見された。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
 
●第1種接近遭遇
Close Encounters of the First KindClose

●第2種接近遭遇
Close Encounters of the Second KindClose
●第3種接近遭遇

Close Encounters of the Third KindClose
アレン・ハイネック博士がその著書(『Unidentified Flying Object Experience』(「UFOとの遭遇」)-1972年出版)で提唱した用語。
第1種接近遭遇(CE-1)は,至近距離(150m以内)からのUFO目撃事件で,物理的証拠を残さないものをいう。
第2種接近遭遇(CE-2)は,UFOが周囲に影響を与えたりした何らかの事件で,物理的証拠を残したものをいう。
第3種接近遭遇(CE-3)は,UFOの搭乗者、宇宙人を目撃したものをいう。


 ハイネック博士が独自の分類法を考案して以後,さらにいくつかのカテゴリーが提起された。広く普及されてはいないが,次のような分類がなされている。
◎第4種接近遭遇=異星人による人間の誘拐(アブダクション)がされた事件
◎第5種接近遭遇=人類が地球外生命体と自発的にコンタクトする事件
◎第6種接近遭遇=UFOの目撃に関連して人間もしくは動物が死んだ事件
◎第7種接近遭遇=地球人と異星人との交配種(ハイブリッド)が誕生した事件

この中の第5種についてはテレパシーによる交信のみを指すと定義する研究者もいる。

(出典;『「YOUは」宇宙人に遭っています』
  【明窓出版:2013年10月刊行/著者:アーディ・S・クラーク、訳:益子祐司】から抜粋)
   
●第509爆撃航空団
 (第509混成部隊)
 
(第509混成航空群)
509th Composite Group
 
1945年,日本に二つの原子爆弾を投下した航空団。米軍で原爆投下部隊として1944年に組織された。
また,ロズウェル事件で墜落した機体の破片を回収したのも,この第509爆撃航空団といわれ,当時ロズウェル陸軍飛行場に駐屯していた。残骸の調査に最初に派遣された,ジェシー・マーセル少佐(当時)は,この第509爆撃航空団の首席情報官であった。
この航空団は,空軍の中でも選り抜きのエリートで構成されていた。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
『教科書が教えてくれない日本大空襲の真実』,2015年
『エノラ・ゲイ』,1980年
参考外部⇒Wikipedia(第509混成部隊)
●第9惑星
 
 イラスト:はまちゃん
 『週刊プレイボーイ』NO.7から 
太陽系には,水星,金星,地球,火星,木星,土星,天王星,海王星の8つがあるが,9番目の惑星であった冥王星は,2006年に国際天文学連合が,惑星とは『太陽の周りを回っている』『十分に重く,その重力により球形』『その軌道周辺では,圧倒的に大きい』(ハズされた理由の定義)としたため,準惑星に降格した。
2016年1月20日,米国カルフォルニア工科大学の研究チームが,太陽系には9番目の惑星が存在すると発表した。この発表は,観測上での発見ではなく,理論上あるだろうとの予測だが,太陽系外縁にある6つの小惑星の軌道に共通点があることから予測された。
【参考文献】
『週刊プレイボーイ』,2016年NO.7
国際天文学連合とは(外部)=>Wikipedia(国際天文学連合)
●ダグウェイ実験場
Dugway Proving Ground
 
ダグウェイ実験場(DPG)は,アメリカ合衆国ユタ州ソルトレイクシティ南西約130q,グレートソルトレイク砂漠内に位置するアメリカ陸軍の施設である。他にダグウェイ試験場,ダグウェイ性能試験場,ダグウェイ試爆場,ダグウェイ細菌戦実験場,ダグウェー米軍基地などの呼び方がある。総面積約3230q2。軍を生物兵器・化学兵器から防御する研究を行っており,1500人ほどが勤務している。
また,UFO研究家のあいだでは,墜落したり不時着したUFOが運び込まれているところは,エリア51(グレーム・レイク)といわれているが
,『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』の著者,ラリー・ホルコム氏は,それはエリア51ではなく,このダグウェイ実験場ではないかと述べている。
【参考サイト・文献】
・サイト=>Wikipedia(ダグウェイ実験場)
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒Tabi2ikitai(エリア51の奇妙な模様)
参考外部サイト⇒Wikipedia(ダグウェイ羊事件)
●ダニエル・フライ無人円盤搭乗事件(アメリカ)
 
 イラスト:河合徳恵
  『世界UFO大百科』から
ニューメキシコ州ホワイトサンズ実験場でロケット関係の仕事で働いていたダニエル・フライ氏が,1950年7月4日の夜,涼しさを求めて散歩中に,直径約9メートルの卵型無人円盤に遭遇し,円盤から発する声(英語)に対応し,円盤内に搭乗した。円盤内では,声はフライ氏の頭に直接聞こえてきた(テレパシー)という。円盤は貨物機であったらしく,遠隔操作されており,見えない知的生命体はなぜフライ氏とコンタクトしてきたかを述べたという。円盤はニューヨーク上空まで飛行し,元の場所まで約30分で往復した。
【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)』NO.2,1973年-(「私は円盤に乗った!」【文:ダニエル・フライ】)
 
●超古代地球防衛装置作動説 ヴァレリー・ウヴァロフ博士(ロシア)が、「第12回国際UFO会議コンペンション&映像フェッスティバル」(2003年2月、アメリカ・ネヴァダ州ラフリンで開催)で初めて発表した、SFまがいの衝撃的な仮説。
「人類の記憶にもない遠い昔に、人のめったに近づかぬ極寒の僻地に何者かによって建設された地下設備があり、それは、宇宙空間から侵入してくる小天体から地球を防御するためのシステムである。ツングース(シベリア)大爆発は、これが作動したものである」というようなもの。

【参考文献】
『古代核戦争の謎』(ツングース大爆発の真相と地底文明)
『ムー』(No.305)(ツングース大爆発98年目の真実)
『ムー』(No.391)(知られざる北極圏の超古代「地球防衛システム」の謎)
 
●チベット(西蔵) ヒマラヤ山脈の北に広がる高原(平均標高4,500メートル)の国。北は新疆ウイグル自治区と青海省に,東は四川省と雲南省に,南はブータン,シッキム,ネパールとインドに,西はインドとカシミールに隣接している。中華人民共和国の西部に位置し,西蔵(チベット)自治区となっている。首都のラサ以外,五専区,70県からなり,面積約122万平方キロ(日本の約3倍)を有する。
【参考文献】
『チベットの都・ラサ案内』著者:金子英一,1982年
●超常現象
Paranormal Phenomena
サイキック現象(霊能力、超能力)、テレパシー、超感覚的知覚、サイコキネシス、幽霊などを指す語。
  ●ツングース(カ)大爆発
(Tunguska explosion)
  (シベリア大爆発)

 


 
 隕石の落下跡を探すクーリック博士
 イラスト作者:池田雅行
 『UFOと宇宙』(No.12)から
1908年6月30日に帝政ロシア時代のシベリア、ツングース地方のツングースカ川流域の空中で起こった謎の大爆発のこと。広島・長崎に落とされた原爆エネルギーの1,000倍以上に匹敵するとされている。最初、火球の目撃があったことから、隕石が落下したものと思われたが、爆発現場に、クレーター、隕石が発見されなかったことから、彗星落下説、宇宙船の核爆発説(1946年,1977年)、反物質天体爆発説(1965年)、ミニ・ブラックホール通過説(1973年)、太陽プラズモイド落下説(1984年)、プラズマ火球爆発説、テスラ(ニコラ・テスラ)電信塔実験暴走説、UFOと彗星衝突説(2004年)など、多数あるが、驚天動地の最新説がある。それは超古代地球防衛装置作動説(2003年)である。
なお、現地に調査隊が赴いたのは十月革命(
1917年)後、1921年のことで、ソビエト科学アカデミー鉱物学博物館隕石部のレオニード・クーリックが編成した学術調査隊が初めてである。
 ●宇宙船核爆発説:SF作家のアレクサンドル・カザンツェフの仮説
 ●超古代地球防衛装置作動説:NSAR(ロシア国家安全保障アカデミー)のヴァレリー・ウヴァロフの仮説

【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.12)(シベリアの謎の大爆発)
『謎のツングース隕石はブラックホールかUFOか』
『宇宙人と古代人の謎』(ツングース大異変)
『7つの謎と奇跡』(シベリア謎の大爆発)
『ツングース恐怖の黙示』
『古代核戦争の謎』(ツングース大爆発の真相と地底文明)
『ムー』(No.305)(ツングース大爆発98年目の真実)
『ムー』(No.391)(知られざる北極圏の超古代「地球防衛システム」の謎)

『世界最後の謎』(宇宙からの訪問者?)
参考外部⇒Wikipedia(ツングースカ大爆発)
  ●天狗「てんぐ
  
 山に住み、一般には鼻が高く赤い顔をし、山伏やまぶし(修験者)のような格好で、高下駄を履き、手に持った羽うちわで、空を自由に飛んだりするとされる。姿を見せず、石を投げたり(天狗つぶて)、木を倒したり(天狗だおし)、大きな笑い声を響かせたり(天狗わらい)と、山で起こる不思議な体験を天狗のしわざとすることも多く、北海道と沖縄を除く日本全国で伝承されている。
(出典;『妖怪と幽霊』【三栄書房(男の隠れ家・時空旅人別冊):
     2013年10月号臨時増刊】)


 天狗にさらわれたという話は、宇宙人による誘拐事件とよく似たところがある。誘拐され、帰ってきたのだが細部のことはよく覚えていなかったという例がよくある。もともと中国においては、「天狗」は、夜空をかける流星以外の怪光体を指したという説もある。天狗による誘拐事件が相次いだ江戸時代には、江戸に限っても、5年に1回の割合で、「光りもの」が大量に観測されている。では、天狗は宇宙人なのか、というと、むしろUFOも宇宙人も、天狗と同じような超次元的な高エネルギー体とは考えられないだろうか。
(出典;『ムー』1982年3月号(No.16),「天狗 河童 鬼の正体をさぐる」/
    文:竹内裕から抜粋)
 
●と学会 世間のトンデモ本やトンデモ物件を品評することを目的としている日本の私的団体。 参考外部⇒Wikipedia(と学会)
公式サイト
と学会
●トラビス・ウォルトンUFO誘拐事件(アメリカ)
 
 『UFOと宇宙』NO.20から 
1975年11月5日の午後6時過ぎごろ,アリゾナ州の国有林の中で,伐採作業をして車で帰る途中の伐採工の一人,トラビス・ウォルトンがUFOにアブダクトされ,その後,無事帰還した事件。

この日,伐採の仕事を終えた7人(マイケル・ロジャース(28),トラビス・ウォルトン(22),ケン・ピータースン(25),デュエン・スミス(19),アレン・ダリス(21),ジョン・グーレット(21),スティーブ・ピアース(17)の労働者たちは,ロジャースが運転するトッラクで帰宅しようとして,200ヤード(約180m)ばかり走ったとき,後ろの座席に座っていたダリスが北西の方角に沈みかけた太陽とは違う黄色い光を発見した。トラックが少しいった見渡しのよいところにでると,トラックの前方右手20〜30mのところの切り枝などを積み上げたところの上空4〜6mのところに,ナベを2つ合わせたような直径4.5m,高さは2.5mぐらいで,明るく輝く物体が滞空していた。
この光景を見た前座席に座っていたウォルトンが,完全に停止しないトラックから飛び降り,物体の滞空している方向に近づいていった。物体からは,不気味な不可思議な音が出ていたのをトラックの6人は聞いている。切り枝を積んだところで数秒間,物体を見上げていたウォルトンが,右足をふみ出そうとしたところ,物体から強烈な光線が投射され,ウォルトンの上半身の部分をつらぬいた。次の瞬間,ウォルトンの体は両手をひろげ,頭をのけぞらせ宙に30cmばかりとび上がったという。それを見ていたトラック内の6人は,恐怖のあまり現場から全速力で逃げ出した。400mほど逃げたところで,落着ついた6人は,その出来事がおこった15分ぐらい後に現場に戻ったがウォルトンの姿はなかった。午後9時ごろに保安官をつれ現場に戻ったがウォルトンは見つからなかった。
翌6日の早朝から大がかりな捜索が開始され,午後にいったん捜索は打ち切られたが,週末の11月8日(土)9日(日)にはヘリコプターを用いての捜索も行ったがウォルトンは発見されなかった。11月11日の早朝,ヘーバーの町のガソリンスタンドの公衆電話からウォルトンの妹夫婦の家に,ウォルトンからの連絡がはいった。ウォルトンは公衆電話のなかでぐったり倒れこんでいるところを発見された。そこは,ウォルトンが消息を絶った場所から,12マイル(約20km)ほど離れた場所であった。
【参考文献】
 ・
『UFOと宇宙』1976年6月号(No.18),
    「トラビス・ウォルトンのUFO同乗事件」,文:高梨純一
 ・『UFOと宇宙』1976年10月号(No.20),
    「トラビス・ウォルトン事件の真相」,文:冨川正弘

 
  (ウォルトンが描いた宇宙人。ムーディ事件の宇宙人と非常に似ている)
  『UFOと宇宙』(No.19)から

 
  (現場の見取り図)
  『UFOと宇宙』(No.20)から
●トランカス奇怪UFO着陸事件(アルゼンチン)
 
  最初に目撃された線路上の
  管で連結された物体
 
  門の近くで目撃された円盤状の
   物体

  『UFOと宇宙』NO.7から 
1963年10月21日,アルゼンチンのトゥクマン州にあるトランカスという田舎町から3キロあまり離れたところに住むモレノ一家が奇怪なUFOの着陸を目撃した事件。

この日の夜,停電のためモレノ家は,懐中電灯とローソクを使用しなければならず,一家は早めに就寝した。午後9時ごろ,裏庭が不思議な光に照らされるのを女中のドラ(15歳)が目撃した。起きていたヨリエ夫人と姉のヨランダとドラが中庭にでると,家から135メートル離れたベルグラーノ鉄道の線路上に約90メートルの長さの管状の輝く細長い物体で連結された2つの光体を目撃した。何人もの人影(約40名)が光る管の中を行ったり来たりしていた。これは,たぶん脱線事故かサポタージュの労働者のたぐいかと思ったという。寒い夜のため,充分に着込むため3人は一度部屋に戻った。起きてきたもう一人の姉のアルヘンティーナが窓の外に何かを発見し,狂乱状態になった。モレノ家の両親も目を覚ました。護身用の拳銃を持ったドラが先頭にたちヨリエとヨランダの3人が線路に向かい歩いて行った。するとモレノ家の正門付近に緑色の光体があり,それを懐中電灯で照らすと,4メートル先の空中に不思議な円盤型物体が浮かび上がった。物体は直径が約8メートルで表面はアルミニウムのような金属でリベットのような突起物が見うけられた。頂上には金属らしいドームがあるが,黒くてリベットはない。窓は約90センチ×60センチの長方形で強力な白色光を放っていた。下部から出ている白っぽいモヤが窓からしたを包み込んでいた。モヤが濃くなり硫黄臭が鼻を突いた。突然,物体のどこかから放射された赤い炎で,3人は地面にたたきつけられた。その頃,線路上に3個のもっと明るい光体が輝いて,物体は全部で6個になった。線路上に増えた3つの物体は,門付近に存在する物体と同じ外観をして,線路上に浮かんだリ着陸したりしていた。やがて,増えた3つの物体の一つから不思議な凝集光線がモレノ家のトラクター小屋に放射された。幅約3メートルの光線は線路と小屋の180メートルの距離を伸びていくのに数分を要した。光線は小屋の手前約2メートルのところで停止した。光線は完全な円筒形でどこにも影はなかった。ヨリエ夫人は右の腕をその光線の中に突っ込んでみたという。強烈な熱を感じただけであった。モレノ家の内部は温度が40度C以上に上昇し,家の中は白昼のように明るく照らされたが,光源がどこなのかは分からなかったという。やがて,6つの物体はひとつになって東の方角へ飛び去った。最初に目撃されてから約45分が経過していたという。
【参考文献】
 ・
『UFOと宇宙』1974年8月号(No.7),
    「アルゼンチンの奇怪なUFO着陸事件」,文:オスカー・A・ガリンデス




 
  怪物体とモレノ家の図
   『UFOと宇宙』(No.7)から
●ドラギニャンの怪事件(フランス)
 

 
 『UFOと宇宙』NO.15から 
場所は,フランス南部のドラギニャンの北にある標高500メートルほどのマルモン山でおこった。1973年10月19日の夜,マルモン山頂からの風景を楽しもうとドラギニャンに住む青年がガールフレンドを後ろに乗せバイクで頂上近くの見晴し台に向かって走っていると,500メートルほど左側の空中に明るいオレンジ色の光球が出現し,バイクと同じ方向に飛び始めた。バイクをおり,観察していると光球は山頂まで飛び消えたが,山頂には赤い輝きが残った。こわくなった二人はドラギニャンに戻りUFOに興味のある友人にこの話をした。友人の仲間4人が2台の車で山頂近くの見晴し台に向かった。到着すると,いつでも下山できるように車の向きを変えてからライトを消し車をおりると,そこから80メートルはなれた山頂にボーッとひろがる白い光に気づいた。その輝きから不思議な音(ラジオのピーという雑音に近い)が聞こえてきた。そのとき,4人は突然熱くなって,一種の熱波を感じた。続いて山頂に赤い光が現われ見晴し台に至る山道をおりてきた。非常に重い人間が歩き小石をザクザクと鳴らすような音がはっきり聞き取れた。4人は物陰に隠れ赤い光を見ていると,高さ3メートルもある黒い人影が赤い光と一緒に動いているのを目撃した。車まで25メートルほどまで近づいた怪物は何かを拾い上げるように立ち止まり,やがて動きをとめ,赤い光も不思議な音も消した。暗闇の中で小枝の折れる音や車の1台が何度かゆさぶられる音がした。4人はたまらなくなり,逃げろという合図とともに車に駆け込みエンジンをかけた。
結局のところ,4人は無事逃げおおせたのであるが,その間にも不思議な体験をした。

【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.15,1975年-
  【ドラギニャンの怪事件,文:J・シャセーニュ,訳:増野一郎】
●ドローンズ
 
「ドローンズ(無人機)」「ストレンジ・クラフト」と呼ばれる無人機型UFO。

 
2007年アメリカ西海岸の某所、自宅近くの森を散歩していたチャド夫妻は、バチバチというノイズに上空を見上げると、メタリックに輝き、樹上の空中を滑るように飛行している奇妙な形状の物体だった。それは従来のUFOの概念を根底から覆す異形の飛行体だった。ドーナツ状の円形の機体、細長く突き出た翼のような部分、上方に伸びる十数本のパイプ状構造物、角のように見える数本の鋭利な突起物。翼と思われる部分には、判別不能な文字あるいは記号らしきものが描かれていた。
(出典;『ムー』2013年11月号(No.396),世界不思議大全・著/泉保也
参考外部⇒Wikipedia(ドローンズ)
参考外部⇒Yahoo!検索(画像)
 
●ナスカの地上絵
 
 長さ46メートルのクモの地上絵
ペルー南部の太平洋岸とアンデス山脈の間に広がるナスカ地方の乾燥した盆地状の高原の地表面に描かれた巨大な鳥や動物,幾何学図形のこと。
1927年,ペルーの航空測量班の報告により 地上絵の存在が明らかになった。地上絵の最初の調査が行われたのは1939年で,アメリカの調査隊によるものであった。その後の研究者は,アメリカのロングアイランド大学のポール・コソック博士で,1941年,空から調査をし,"世界最大の天体図"であると主張した。コソック博士の仕事はドイツの数学者マリア・ライヘに引き継がれ,彼女は終生この地に住みつき,彼女を中心に地上絵の解明作業と,保護が行われるようになった。その後(1980年代),山形大学の人文学部坂井正人教授(文化人類学・アンデス考古学)らのグループが研究(ペルーの研究者との国際的共同研究)を始め,新たな地上絵を発見し,2012年10月30日にナスカ市にナスカ研究所を開所した。また,2015年7月7日,現地の家畜リャマなどの動物をかたどった地上絵24点を新たに発見したと発表した。
【参考文献・参考サイト】
『世界最後の謎』(ナスカの謎のメッセージ),1978年
『X-ZONE(No.22)』(高原の芸術ナスカの地上絵)

 ⇒Wikipedia(ナスカの地上絵)
参考外部⇒Wikipedia(ナスカの地上絵)
参考外部⇒山形大学(人文学部・大学院社会文化研究科)
●謎の飛行船
 
 目撃者フートンによるスケッチ
  『UFOと宇宙』NO.14から
 
1880年にニューメキシコ州,1896年にカルフォルニア州,1897年には全米に,1909年にウェールズとニュージーランドに,1914年には南アフリカに姿を現した謎の飛行船がある。特に1897年には多くの人が目撃し,目撃者の中には着陸中の乗員と英語で話した者もいる。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.14,1975年-【1897年の謎の飛行船】
●ニエメイエル・ハイウェー着水UFO目撃事件(ブラジル)
 
 
 
 着水しているUFOと離水するUFO
  『UFOと宇宙』NO.7から 
1970年6月27日の白昼,ブラジルのレブロン近くの大西洋岸を走るニエメイエル・ハイウェー近くの家から,海上に着水してる円盤を目撃した事件。着水した円盤には2人の人間が立っていた。円盤は,しぶきを上げ海上を滑走したあと,空中に飛びあがった。

この日,ニエメイエル・ハイウェー脇のマチャド家では,家族一同が燐家のアギアール氏(警官)とパーティ・ゲームを楽しんでいた。11時40分ごろ,アギアール氏が海上に着水する物体を目撃した。最初,氏はそれが水しぶきをあげるモータボートだと思った。物体が着水したのは,海岸道路であるニエメイエル・ハイウェーから約500メートル沖合である。ハイウェーは海面から30〜40メートル高いところにある。一同(全部で8名)はゲームをやめ,どうするかを検討した。アギアール氏が救助機関に電話をかけるため,付近のマール・ホテルへ走った。残ったマチャド家の人々は,物体を子細に観察し続けた。物体は,白っぽい金属性の色をしており,長さは4メートルほどあり,透明なドームがついていた。物体には二人の人間がいて光る衣服と頭部に何か着け,物体のデッキ上で働いているようであった。アギアール氏が30分後にホテルから戻ったが,物体はまだ着水していた。やがて円盤型の物体は,水面上約300メートルをモータボートのようにしぶきをあげ滑走し,空中に浮き,南東の方向に飛んでいった。このとき、一同はこの物体が空飛ぶ円盤だと気づいた。円盤が海上に着水していたのは,約40分間だったという。
【参考文献】
 ・
『UFOと宇宙』1974年8月号(No.7),「海上に着水した円盤!」,文:ウォルター・ビューラー

 
 ●ニエメイエル・ハイウェー。
   道路の左上にマチャド家ある。
 
 ●付近の地図
   『UFOと宇宙』(No.7)から
●日航機アラスカ上空巨大UFO遭遇事件(アラスカ)

 

 
1986年11月17日,日本航空のジャンボ貨物機が,アラスカ上空で巨大UFOに遭遇した事件。

この日の17時ごろ(現地時間)フランスから日本にワインを積んだ貨物専用機,日本航空1628便,ボーイング747型機が3人の乗務員を乗せ,燃料補給のためアンカレッジを目指し,カナダとアラスカの国境に差しかかった。寺内機長が最初,左下方に発見した光体が,貨物機のあとをつけてきていることに気づいた。それは,3つの光体で1つは大きく,あとの2つは大きな光の回りを"跳び回る"小さな光る物体で,考えられないような動き方をしていた。この小さな2つの飛行物体の光が真正面から貨物機のコクピットを射抜いた。コクピット全体が眩しい光で照らされ,寺内機長は顔に熱を感じたと証言している。やがて,この飛行物体の光が弱まると,それは全体が四角い形でDC-8型ジェット機ほどの大きさ(約48m)がある2つの物体であることがわかった。貨物機の150〜300m先,少し高い位置を並んで飛んでいた。無線が通じなくなり,アンカレッジと交信不能となった。2つの飛行物体が離れると,無線が回復した。1628便とアンカレッジとの間で一連の無線通信が続き,アンカレッジにあるエルメンドルフ空軍基地航空交通管制もこれに加わった。地上レーダーは747型機の左舷側約12kmほど離れたところに反射波を拾った。小さな2つの物体は大きな物体と合体したようだった。貨物機がアラスカ中央部のフェアバンクス市上空にさしかかると,市街地の灯りに照らされた,物体の巨大なシルエットがコクピットから目視で確認された。それは航空母艦を重ねあわせたようなクルミ型の大きな物体で,機体の大きさはジャンボ機(約70m)の数十倍はあった。貨物機の乗員たちは,自分たちの機体がちっぽけに見えるほどの大きな奇怪な飛行物体をみて動揺した。機長はこの物体から離れねばならないと思い,貨物機を360度旋回を行う許可を管制に求めた。管制塔からの指示どおり貨物機を360度旋回し,高度も1,200m下げたが,物体は10〜12kmの距離をおいてピタリとついてきた。アンカレッジの航空交通管制センターでは大勢の管制官や監視官が集まり,事態の推移を見守っていた。そのとき,エルメンドルフ空軍基地からは,確認できないターゲットを捕捉したと連絡が入った。まもなく貨物機から物体は見えなくなった。それから25分足らずで貨物機はアンカレッジ空港に着陸した。日本共同通信が1986年12月29日にこの記事を配信,UPI通信も同日アメリカで同じニュースを流し,騒ぎの口火がきられた。
【参考サイト・文献】
 ・サイト=>UFO事件簿(日航機アラスカ事件)
 
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒UFO事件簿(日航機アラスカ事件)

参考外部サイト⇒NAVERまとめ(日本国内であった有名な宇宙人遭遇事件まとめ)

参考外部サイト⇒路(日航機UFO遭遇事件のその後)
●日本宇宙現象研究会
 (JSPS)
1973年荒井欣一氏を顧問にUFOの本格的研究団体をめざして発足し、現地調査などに活発な調査活動を展開した。並木伸一郎氏が代表を務める。 参考外部⇒JSPS
●日本サイ科学会 1976年に結成された日本最大の超常現象(サイ現象)専門学会。 電気通信大学で開催されていた月例研究会「超心理懇談会」が発展したもので、創立当初は"日本PS学会"という名称であった。初代会長 (後に名誉会長) は電気通信大学名誉教授の関英男博士で、機関誌『サイ科学』や『サイの広場』などを発行した。
【参考サイト】
 Wikipedia(日本サイ科学会)

公式サイト
日本サイ科学会
●日本心霊科学協会 1946年設立された公益財団法人。学術的心霊研究団体。
参考外部⇒Wikipedia(日本心霊科学協会)

公式サイト公益財団法人日本心霊科学協会 
●日本空飛ぶ円盤研究会
 (JFSA-Japan Flying Sauser Research Association
 
 1958年/調査打ち合わせのため
 集合した会の面々
 
『UFOと宇宙(NO.41)』から】
1955年、故・荒井欣一氏が立ち上げた日本初のUFO研究団体。機関紙として「宇宙機」を発行した。 参考外部⇒Wikipedia(日本空飛ぶ円盤研究会)
参考外部⇒KzUFO現象調査会(宇宙機)
●日本GAP  昭和28年アダムスキー氏と文通を始めた久保田八郎氏が、アダムスキー氏の要請により、昭和36年(1961年)に創設した。
1999年12月に解散。
参考外部⇒GAsite
●日本UFO科学協会 高梨純一氏が会長を努めた。創設は昭和31年(1956年)。
旧称は「近代宇宙旅行協会(MSFA)」。
 
●ニューベルリンUFO修理目撃事件(アメリカ)
 
 『UFOと宇宙』NO.11から 
1964年11月25日の深夜,ニューヨーク州のニューベルリンのファイブ・コーナーズ地帯のすぐ北西,国道80号線の地点の丘の中腹に1機の円盤が着陸し,その乗員によって円盤の修理が行われているのを,近くに住んでいた夫人が明け方まで,約4時間にわたり家の中から双眼鏡で目撃した。修理は着陸した円盤の真下で行われており,最初5,6人の乗員で行われていたが,近くに着陸したもう1機の乗員も加わり,最後は10人をこえる人数で行われた。円盤らしき物体は,かなり強い光を発しており,その外見ははっきり見えなかったという。乗員の身長は1.8〜2.4メートルあり,ダイバーが着るウェット・スーツのようなものを着ていた。修理した部品を円盤の下部に取り付けることに何度か失敗し,ようやく成功したのが,朝の5時少し前だった。修理を終えた2機の円盤は,最初垂直に上昇し,次にはものすごいスピードで水平飛行し姿を消したという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.11,1975年-
  【ニューヨーク州の着陸事件,文:テッド・ブリーチャー,訳:増野一郎】
 
 
 
●ネス湖フォイヤーズ事件(イギリス)
 

 
 『コズモ(UFOと宇宙)』NO.8から 
1971年8月16日,ネス湖のファイヤーズ湾を見下ろす森林内で,異形なUFOとそれに乗り込む複数の怪人物が目撃された。
ジャン=オーヴ・サンドバーグが,
8時30分ごろ発電所建設現場に向かう近道として
,この森林を通り抜けようとしていたところ,異様な物体を目撃した。物体は10メートルもあり,片方から曲がった部分が突き出ていた。まるで取っ手のついた巨大なアイロンのような形であった。近くの茂みの中から身長が1.7メートルほどの3人の人物が出てきた。3人は灰色の潜水服のようなもので頭からつま先までをおおっており,話でもしているようだった。やがて,3人は動き出し,物体の曲がった先の部分から中に入り姿を消した。物体は,音もなく垂直に上昇し,やがて水平に高速で飛び姿を消した。
【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)』NO.8,1974年-
      (「ネス湖おける悪魔ばらいの儀式とUFOの着陸」,
           文:F・W・ホリディ,訳:増野一郎)
 
 
 『コズモ(UFOと宇宙)』NO.8から 
●農家の庭に降りた円盤と乗員(スペイン)
 
 『コズモ(UFOと宇宙)』NO.9から  
1970年8月16日,スペインのバリャドリード地方のプエンテ・デ・エレラに住むドン・ルイス・デ・ディエゴ氏の農家の庭に,夜間UFOが降り立ち,そばに一人のヒューマノイド(人間)がいたことを手伝いの婦人が目撃した。
ドーム型の物体は幅が約4メートル,高さが約2.5メートルあり,何本かの脚(脚の高さは約60センチ)で立っており,上部には回転する青白い光が見えた。人物は高さが1.8メートルほどで,ぴったりした黒もしくは灰色の服を着て,ヘルメットをかぶり,腰と足首,手首には光るブレスレットのようなものをつけていた。夫人が家の外で目撃したのは数秒間であるという。物体は現れた時と同じ,ヒューッという音をたてたことを婦人は家の中から聞いている。また,円盤が降り立った場所は,数日間,夜になると光っていた。

【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)』NO.9,1974年-
  (「スペインに出現した円盤と乗員」【文:J・マシアス&アンヘル・バリゴン,訳:志田真人】)
●ハクト 無人探査車を月面で走らせて技術を競う国際レースに参加する,日本唯一の民間チーム名。チーム「ハクト」は,来年(2016年)後半,米宇宙企業スペースX社のロケットに,米国チームと相乗りし,このチームの着陸船で月に降り立つという。ハクトの探査車は,全長60センチメートルの4輪車「ムーンレーカー」と全長54センチメートルの2輪車「テトリス」の2台である。
【参考文献】
・『讀賣新聞』2015年2月24日
●ハドソンヴァレー・ブーメラン形UFO目撃事件(アメリカ)

 
1981年12月31日のニューヨーク州ハドソンヴァレーでの目撃に始まり,1989年まで続いた巨大なブーメラン形UFOを何千 もの人々が目撃した事件。東海岸の一部(ニューヨーク→ロングアイランド→マサチューセッツとの州境→ペンシルバニアとの州境→ニューヨークを囲むエリア)に出没した。

1981年12月31日の深夜
,ニューヨーク州ケントの自宅裏庭にいた元警察官が赤,緑,白の光のかたまりに気づき,それがだんだん近づき確認すると,それは飛行機などではなく,V字型に光りが並ぶ巨大な物体だった。かなり,接近したときに唸るような音が聞こえた。
1983年3月24日の夜,巨大な飛行物体を目撃した住民からの通報でヨークタウンの警察の電話はパンクしそうになった。上空に浮かぶUFOを見ようと,人びとはタコニック・ステート・パークウェイに車で押し寄せた。同じような飛行物体をニューヨーク州にあるインディアン・ポイント原子力発電所の守衛も目撃していた。その物体の長さは,300メートルもあり,短時間だが原子炉にわずか9メートルまで近づいたときには,空軍に出動要請をしかけたという。また,別の目撃者は同じ物体をクロトンフォールズ湖で目撃したが,赤いレーザー光のようなものを使って,湖面を捜査しているようだったという。

J・アレン・ハイネック博士はこのハドソンヴァレー事件を徹底的に調べ,『夜の包囲戦−ハドソンヴァレーUFO目撃事件』を公刊した。
【参考サイト・文献】
 ・サイト=> 世界の三面記事・オモロイド(UFOと遭遇して・・・)
 
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒世界の三面記事・オモロイド(UFOと遭遇してしまった人々、10のエピソード)
●ハヨピラのピラミッド
 
 『特写・謎の地球文明』1978年から
宇宙友好協会(CBA)が,宇宙人であったと考えるアイヌの神オキクルミを称える記念公園「ハヨピラ」を北海道平取町に建設。公園内に1967年に完成したピラミッド。
【参考サイト・参考文献】
 ・サイト=>Wikipedia(宇宙友好協会)
 ・『地球ロマン(復刊2号)』【ドキュメント・CBA】
●パプア島円盤騒動事件(パプア・ニューギニア)
 
パプア島のグッドイナフ湾付近の上空で1959年の6月から8月において,多数の円盤が目撃された。特に,6月27日のボイアナイの目撃時には円盤の乗員らしき人影が円盤上から手を振った。

●以下,6月27日の目撃状況−

1959年6月27日午後6時ごろ,前日の6月26日に続き,同じ形の円盤がボイアナイに出現した。ボイアナイは,ニューギニア島のパプア内にある村落で,海岸には,ボイアナイ全聖者伝道本部があった。本部長のウィリアム・ブース・ジル神父と他数十名の目撃者がいた。円盤の上部には4人の人影が見えた。乗員の一人は手すりにもたれてこちらを見下ろしていた。神父が手を振るとその人影も同じ動作をした。アナニアス(目撃者の一人)が両手をあげて振ると,今度は二人が同じことをした。何分間か交歓をかわすうちに彼らは興味を失ったのか姿を消してしまった。青いスポットライトが,数秒間づつ二度点灯された。神父らは,午後7時の礼拝に出席し,礼拝が終った7時45分に協会を出たときには,雲におおわれた空には円盤は全て(人影が見えた大型円盤のまわりに小型の円盤が数機目撃されていた)姿を消していた。
【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)』NO.3,4,1973年-
  (「パプア島の円盤騒動」【ノーマン・クラットウェル神父,訳:増野一郎】)
参考外部⇒GA Site(パプア・ニューギニアのUFO出現騒動)
●バミューダ・トライアングル
 
 『謎のバミューダ海域』から
アメリカ南東部大西洋岸の沖にあるとされる架空の地帯で、そこで汽船、小型ボート、航空機が頻繁に不可解な失踪を起こすことで知られる三角海域。
【参考文献】
『謎のバミューダ海域』,1975年
参考外部⇒Wikipedia(バミューダトライアングル)
 
●ヒギンズ宇宙人遭遇事件(ブラジル)
 
1947年7月23日,ブラジルでジョゼ・C・ヒギンズが巨大な(身長約2.1メートル)宇宙人に出会った事件。
この日,ブラジル・サンパウロの北西にあるパウルで,測量労務者のジョゼ・C・ヒギンズが,絹を裂くような高音を聞いた。すると近くに大きさが45メートルほどの金属製の円盤が着陸していた。円盤は,曲がった脚で立っていた。一緒にいた他の労務者は逃げ出したが,ヒギンズだけはそこに残った。すると,いつのまにか身長約2.1メートルの宇宙人が3人立っていた。3人の宇宙人は,透き通ったスーツで体中を覆っており,3人とも金属製らしき箱を背負い,同じような大きな眼と禿げあたまをしていた。そして,足が長かったという。3人はヒギンズを取り囲み手にもった金属チューブを向け,円盤に誘い込もうとしている様子であった。彼らが妙に日光を避けているらしいので,そのすきをうかがって,うまいこと,近くのしげみに逃げ隠れた。そして1時間半ばかり,じっとして彼らの行動を観察した。3人は動揺しているらしく,ぴょんぴょんはねたり,大きな石を投げたりして,さんざんあばれた後,円盤内に入り,円盤はヒューというような音をたて上昇し,北の方角に飛び去っていったという。
【参考文献】
『ヒューマノイド空飛ぶ円盤搭乗者』,1974年
参考外部サイト⇒GAsite(第7章 現代のUFO 第3話)
参考外部サイト⇒世界最大の怖い話サイト 怖話(【1947年】ヒギンズ事件)
●火の玉
 ●火の玉(ひのたま)
 ●火のたま
 ●火の玉(ひとだま)
 ●人魂(ひとだま)
 ●人だま
 ●ひかりもの
 ●球電
 ●火球
 ●ファイアボール
 ●怪火
 ●狐火
 ●鬼火
 ●ウィルオウィスプ
 
火の玉には下記のような類がある。
●怪火(心霊現象の類とされるもの。人魂、狐火、鬼火、ウィルオウィスプなど。
●球電(Ball lightning)。物理現象の類とされるもの。
●火球。非常に明るい流星の一種。
●ファイアボール現象。密閉された可燃性のガスや蒸気などが空気に触れた途端、急激に球状の炎を形成する現象。
出典;『Wikipedia(火の玉)』

昔から日本では火の玉と霊魂の関係を取り沙汰されているが、火の玉の正体は、"プラズマ"説が有力である。また、火の玉のタイプにはいくつかある。
@丸いもの(球電、球雷とよばれるもの)。
A丸いものから火花がパチパチとんでいるもの。
B大きな尾を引いているもの(いわゆる鬼火)。
C火柱になっているもの。
火の玉の物理的研究としては、大槻義彦氏が有名である。
【参考文献】
『「火の玉」の謎』1986年;著者:大槻義彦
「球電」について:参考外部⇒Wikipedia(球電)

「ウィルオウィスプ」について:参考外部⇒Wikipedia(ウィルオウィスプ)
●火の玉UFO目撃事件(フランス)
 
 『コズモ(UFOと宇宙)』NO.1から 
1966年6月15日,フランス・アベロン県のピレネー地帯の農家付近に現われた火の玉群と砲弾型UFOを住民が目撃した。
午後9時半ごろ,ここ(ピレネー中央部の山と畑の田舎地帯)に住むある農家のおばあさんと主人が,家の近くに火の玉を目撃する。その火の玉は家の周りの地上をうろつき,やがて(全部で6個あった),それらは一列になったり,円陣をくんだりして遠のいていった。火の玉は,その方角にあった,砲弾型で木のように見える光っている物体にのみ込まれていった。

【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)』NO.1,1973年-
  【フランスの怪奇・火の玉UFO事件,(文:F・ラガルト)】

 
 『コズモ(UFOと宇宙)』NO.1から
●ひまわり8号
 
 ひまわり8号からの画像
2014年10月に打ち上げられた新型気象衛星。2015年7月7日から運用を開始,2022年までが予定されている。高度約36000メートルから静止気象衛星としては世界初のカラー撮影も可能となった。 参考外部⇒国土交通省/気象庁(気象衛星)
参考外部⇒
国土交通省/気象庁(ひまわり8号による初画像)
●ヒル夫妻誘拐事件(アメリカ)
 
 ヒル夫妻を誘拐した生物を,
  二人の説明を聞き
  画家が描いたもの。

 『神秘と怪奇』から
1961年9月19日の深夜のことである。,バーニーとベティ・ヒル夫妻がカナダからニューハンプシャー州ポーツマスにある自宅に車で帰る途中,ランカスターの南,インディアンヘッドの路上でUFOを目撃し,恐怖から逃走中,不思議な怪音を浴び気絶し,意識が戻ったとき彼らの車は目撃地より離れたところを走っていた。そして,二人の記憶も2時間ほどが欠落していた。事件から2年後の1963年,催眠治療(逆行催眠)で思い出したのは,宇宙船内部に拉致されたことと,異星人から彼らの体を調べられたことであった。

【参考文献】
『UFOと宇宙人(99の謎)』【世界のUFO事件簿,文:南山宏

『世界UFO大百科(ムー別冊)』【ヒル夫妻の失われた2時間の記憶,文:西園寺知実】
参考外部サイト⇒Wikipedia(ヒル夫妻誘拐事件)
●ビキニ環礁の水爆実験  米国が、1954年3〜5月に太平洋・マーシャル諸島のビキニ環礁で計6回の水爆実験を行った。最初の実験では広島型原爆の1000倍の約15メガトンの水爆が使われた。静岡県のマグロ漁船「第五福竜丸」が被爆した。実験期間中、周辺海域には延べ約1000隻の日本漁船が操業し約2万人の乗組員がいたとされる。
●ファーミントンUFOフリート事件(アメリカ) 1950年の3月中旬,昼間3日間わたって無数の空飛ぶ円盤が,ニューメキシコ州の小さな町ファーミントン上空で目撃された。町の半分(約3000人)もの人々が白昼UFOを目撃した。数機から500機までとばらつきはあったが,物体は編隊を作り飛行しており,機体は銀色に見え円盤型をしていた。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
●風船爆弾
 
 写真/北茨城市歴史民俗資料館
 『常陽藝文【風船爆弾の真実】』から
第2次世界大戦末期(1944〜1945)に日本陸軍がアメリカ本土爆撃を目的とした計画「ふ号作戦」で用いられたもの。水素ガスを詰め込んだ直径10メートルほどの気球(和紙を張り合わせコンニャクノリで接着)に爆弾(15キロ1発)と焼夷弾(5キロ)を付け偏西風(ジェット気流)に乗せて飛ばした。北茨城市(茨城県)の長浜海岸にあった大津基地から、昭和19年11月初旬から昭和20年4月初旬までの間に約9,000個が放球された。
【参考文献】
『常陽藝文【風船爆弾の真実】』2009年4月号:通巻第311号)
『日本軍の謎-教科書に載っていない-』2011年4月
●フライング・ソーサー・レビュー誌
(Flying Saucer Review )
  
1955年にイギリスで創刊されたUFO誌。ゴードン・クレイトン,チャールズ・ボウエン,ナイジェル・デンプスター,ポール・ホワイトヘッドなどが編集に携わった。
【参考文献】
『未確認飛行物体【UFOの奇妙な真実】』,2013年
参考外部サイト⇒fsr(FLYING SAUCER REVIEW)
参考外部サイト⇒GASite(真実であったアダムスキーの体験 第2話)
●フラッドウッズモンスター事件(アメリカ)
 
1952年9月12日,アメリカ・ウェストバージニア州のフラッドウッズに怪物のような宇宙人が現れ,この怪物は,後にフラッドウッズモンスターと呼ばれる。
この日の夕暮れごろ,メイ兄弟とトミーの少年少女たちが,光る物体が丘に着陸したのを目撃した。メイ兄弟の母親も連れて丘にいったところ,直径3〜5メートルの火の玉のような物体が輝いているのを発見すると同時に,大きな樫の木の下に,巨大な怪物を目撃する。怪物は高さが3メートルほどで大きな光る目と赤い服を着ており,空中を浮遊していた。シューッと音をたてて異臭のあるガスをたちこめさせたという。保安官らが後に,現場にいったときには怪物も火の玉もなかったという。

【参考文献】
『【完全版】世界のUFO現象FILE』著者:並木伸一郎,2011年
●フーファイター
(Foo Fighter)

 
第2次世界大戦末期、ヨーロッパや太平洋戦線上空で戦闘機パイロットにより目撃されたUFOのこと。人間に害を与えた事例は報告されていない。 参考外部⇒Wikipedia(フー・ファイター)
参考外部⇒
Yahoo!検索(画像)
参考外部⇒UFO事件簿(フー・ファイター)
●ブラクストン飛行体墜落事件(アメリカ)  1924年,ウェストバージニア州ブラクストン郡の森林の中に,翼のない奇妙な飛行体が墜落するのを農夫が目撃した。調査団は,現地で全長約13メートルの翼のない航空機の残骸に出くわした。まわりには5,6人の小柄で浅黒い肌の東洋人のような男たちが,忙しく立ちふるまっていた。何人かは光沢のある奇妙なオーバーオールを身に着け,何人かは黒い背広を着ていた。彼らは,土地の若者たちに,すべて彼らの管轄下にあるので,あとで郡保安官に報告書を提出するつもりである旨を伝えていた。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1978年9月(No.38),「空飛ぶ円盤墜落す」,
     文:ボブ・ダグラス,訳:柳尾武義
●プロジェクト・サイン
(Project Sign)  
1947年9月23日米空軍が非公式に発足させた,未確認飛行物体の調査機関。翌年11月12日「プロジェクト・グラッジ」と改名して公式のものとなる。
【参考文献】
『地球ロマン(復刊2号)』【資料・空飛ぶ円盤】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』

 
1947年の夏、空軍の調査局が正式に依頼を受けて目撃例の分析と事態収拾の方法を模索しはじめた。調査の指揮をとったのはネイサン・トゥワィニング少将であるが、同年9月に調査結果が提出された。この報告書が提出されて3ヶ月経って、米空軍がライト・フィールド(後にライト・パターソン基地になる)にUFO現象を専門に扱う部署を設置した。この特別部署の設立を含む一連の動きは"プロジェクト・サイン"と名付けられた。1948年終わりになって、プロジェクト・サインは驚くべき結論に達した。宇宙空間から地球に飛来した物体は確かに存在したというのだ。調査開始当時は疑問でいっぱいであったが、確証(※)と呼べるものをつかんでいた。プロジェクト・サインは、極秘書類として一連の目撃例の報告書を提出した。だが、報告書を受け取った当時の空軍総司令官ホイスト・ヴァンデンバーグ将軍は、報告書そのものを否定する立場を取った。
  
※確証を得たという目撃例のひとつ⇒イースタン航空事件
(出典;『最高機密宇宙人の正体!?』
 【日本文芸社:
1994年9月刊行/ 著者:テッド・ジェローム】から抜粋
UFO調査について
 参考外部⇒Wikipedia(UFO研究)
●プロジェクト・グラッジ
(Project Graze) 
米空軍が,プロジェクト・サインの後にメンバーを変え,1948年11月12日,公式に発足させた未確認飛行物体の調査機関。1949年12月27日に休止したが,1951年10月27日に再開し,1952年3月25日に「プロジェクト・ブルーブック」に改称し引き継いだ。
【参考文献】
『地球ロマン(復刊2号)』【資料・空飛ぶ円盤】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』
「プロジェクト・サイン」と「プロジェクト・グラッジ」の違い⇒外部サイト(ぶちねこのUFO文庫)

UFO調査について
 参考外部⇒Wikipedia(UFO研究)
●プロジェクト・ブルーブック
(Project Blue Book)  
 
 (プロジェクト・ブルーブックのスタッフ)
米空軍のUFO調査機関として,1952年3月に「プロジェクト・グラッジ」から「プロジェクト・ブルーブック」と改称。本部はオハイオ州デイトンのライト・パターソン基地に置かれたが,1969年に閉鎖された。「UFO」が公式軍事用語になる。このブルーブックまでにまとめられた目撃報告はおよそ1万2千件で,その94%は大気現象もしくは人工的なものとされ,残りの6%が未確認であると分類された。
【参考文献】
『地球ロマン(復刊2号)』
【資料・空飛ぶ円盤】

ブルーブックは,最初エドワード・ルッペルトが陣頭指揮を取って発足したUFOに関する事例調査であったが,責任者がロバート・フレンド大佐に変わると,活動目的が調査から,UFO問題に関する人々の意識に注目する方針になった。
1963年に後任が,ヘクター・クインタニラ少佐になると,ブルーブックの取り組みはどれも調査と呼べる代物ではなく,PR,または本物のUFO目撃情報を歪める偽情報の流布に方向転換していった。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』

米政府は,「プロジェクト・ブルーブック」の存在を
2015年1月に公に認めた。「未解決・説明不可能」な701件を含めた全1万2618件のファイルを公開した。
【参考文献】
『週刊プレイボーイ』(1・2号,2016年)「アメリカ横断の地下トンネル」の謎に迫る!!」
UFO調査について
 参考外部⇒Wikipedia(UFO研究)



閲覧可能な資料について
 参考外部⇒オカルトNEWS★カスポ(米空軍UFO調査記録「プロジェクト・ブルーブック」ウェブで閲覧可能に)
 
●ベルギーUFOウェーブ事件(ベルギー)
 
1989年11月から1991年にかけて,ベルギー上空に頻出した,デルタ形UFOの目撃事件。
1989年11月29日
,ベルギーの田園地帯上空を,三角形で平たい巨大な物体が音もなく横切っていくのを,ベルギーの各地で目撃された。午後5時15分ごろ,2人の警官の目撃によると,その物体はあたかも地上を照らすスポットライトのように点滅する赤い光が三角形の中央に見えていたという。その後,数ケ月にわたり同型のUFOがベルギー各地で目撃され,写真やビデオも多数撮影された。ベルギー当局には,1990年3月までに2,500件以上の目撃情報が寄せられ,そのほとんどはルーバンとリェージュ周辺に集中していた。目撃情報の奇妙な特徴として,この物体を撮影しても鮮明に写らないという点があった。フィルムを現像してみると,どの画像もピンぼけ状態になっていた。ルーバンのカトリック大学の物理学教授アウグステ・ミーゼンが原因は赤外線にあるのではとの仮説を発表し,それを証明した。
1990年3月30日の夜,UFOがベルギーを縦断しているという報告がベルギー陸軍に通報された。第一報を入れた憲兵隊員によれば、UFOは赤と緑と黄色の光をつけた3機だったという。2機のF-16戦闘機が発進した。UFOは高度2,750mを時速280kmで飛んでいたが,F-16のレーダーにロックオンされると,時速1,800kmまで急加速し,高度1,500mに急降下した。どんな航空機にも不可能な飛行をしたUFOを目視確認しようとして1時間ほど追跡を続けたが,行方を見失った。
1991年3月12日にリェージュの南西の狭い地域で通報があった27件の目撃情報のうち2件は,ティアンジュにある原子力発電所近辺に現われたという。
この事件は,ハドソンヴァレー事件と多くの共通点があるが,違う点は,このベルギー事件は,ベルギー政府が徹底した調査を行い軍や一般市民にも広く目撃情報を募ったことである。
【参考サイト】
 =>UFO事件簿(ベルギーのUFOウェーブ)
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
『【完全版】世界のUFO現象FILE』,2011年
参考外部サイト⇒You Tube(76---ベルギーUFO事件( 1989--1991 )--- Ngo未来大学院=NFS=NGO FUTURE SCHOOL )

参考外部サイト⇒ムーPLUS(UFO事件の基礎知識/ベルギーのUFOフラップ事件 )
●ベントラ  UFOを呼び寄せるための掛け声。米国のジョージ・ヴァン・タッセルが主張する「宇宙語で宇宙船を意味する語」を宇宙友好協会(CBA)1950年代後半に広めた言葉。
【参考サイト】
 =>Wikipedia(宇宙友好協会)
●ホプキンスビル怪物襲撃事件(アメリカ)

 
  『ムー』1979年創刊号から
1955年8月21日の夜間,ケンタッキー州ホプキンスビルにあるケリーという集落のガイザー・マッギー農場に住む住民が,身長1メートルほどで銀色に光る怪物に夜間襲撃された事件。8人の大人と3人の子供が現場に居合わせた。この農場はサットン一家のものであるが,夕方,庭の井戸で水を飲んでいた息子のビリー・サットンが,虹色に光る物体が近くの渓谷に落下するのを目撃していた。夜間,犬がけたたましく吠えていたため,サットン家の息子たち2人が銃をもち様子を見に行くと,闇の中に銀色に光る怪物が宙を浮くように近づいてきた。それは1.4メートルほどの小人で,頭が大きく腕が異常に長く目は大きく黄色く輝いていた。2人は,家の裏口まであと6メートルの距離に近づいた怪物に発砲した。手ごたえはあったが怪物はちょこちょこと歩き暗闇に消えた。怪物は家のまわりに何度も現われ,そのたびに銃に撃たれたが不死身のようであったという。サットン一家は恐怖にかられ,11時すぎ全員で自動車で警察に向かった。警官を伴い農場に戻り調査したが足跡さえ発見できなかった。警官が帰りしばらくは静かだったが,また怪物が現われて朝まで"鬼ごっこ"を繰り返した。日が昇るころに,怪物は現れなくなったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.33号,1978年,「私は宇宙人を見た!」
『ムー』1979年創刊号,「異星人は敵か,味方か?」
●ホロマン空軍基地
 
ニューメキシコ州アラモゴードから約16キロメートル西,ホワイトサンズ国立モニュメントのちょうど東,トリニティ実験場(最初の原子爆弾が爆発した実験場)から約80キロメートル南に位置する,きわめて機密性の高いアメリカ空軍基地。
1955年2月11日前後アイゼンハワー大統領がこのホロマン空軍基地で地球外生命体と対面したという噂がある。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒Googleマップで見る軍事的スポット(アメリカ空軍基地)
参考外部サイト⇒Wikipedia(アメリカ空軍基地の一覧)
●ボリビア怪人事件(ボリビア)
 
1968年の1月〜3月ごろ(日付不明)の夕方6時ごろ,ボリビヤ南西部のヴュニの近くの小村オトコで,バレンチナ・フローレンスというおかみさんが,家畜囲いの中にいた不思議な怪人に遭遇した事件。その怪人により多数の羊が殺された。

フローレンスさんは,羊とラマの群を家畜囲いへ,つれ帰ろうとして外へ出た。このラマは農場から1キロ離れた場所にいた。 彼女はすでに囲いの中へ羊を入れたので,残りのラマたちをつれて帰途についた。家畜囲いに着いたとき,その家畜囲いがプラスチックに似た材料の奇妙な網で覆われているのを見て,彼女は,飛び上がらんばかりに驚いた。しかも囲いの中で身長1メートル10センチ位の不思議な人間が動きまわっていた。この不思議な人間は,端にカギのついた管状の道具で羊を殺していた。羊泥棒に違いないと思った彼女は,怪人に石を投げつけた。すると怪人はラジオに似た小型器具の方へ歩み寄り,その上部の輪を廻して急速に網全体を引き寄せた。フローレンスさんは,こん棒を手にして囲いに近づき,怪人を打ちのめしてやろうと思い,怪人に向かっていくと,怪人の方から,あの鋭い道具をもって彼女にたちむかってきた。相手はフローレンスさんをめがけて道具を投げつけたが,そのたびに道具は典型的なブーメラン運動を行ない,彼女の腕を切りつけては急速に相手の手許へ帰っていった。だが切り傷のどれもひどいものではなかった。やがて怪人は網を吸い寄せた例の機械と,多数の羊の臓器を入れていたプラスチックのような袋を急いで寄せ集めた。怪人が背負った装置の両側から2本の延長物が飛び出て,地面にとどいた。同時に,怪人は空中へまっすぐに上昇を始めて,すさまじい音響を発しながら消えて行った。34頭の羊が殺されて,そのどれも消化器官のある部分がなくなっているのがわかった。みんなの意見によると,フローレンスさんは正直な人なので,確かに異常な物を見たのだということになった。アヤラ大佐の息子が彼女の説明を聞いて,スケッチをし,それが地方新報に載った。

なお、この怪人はモングッチ事件で撮影された宇宙人とかなりの類似点があるという。
【参考サイト】
 ・GA Site(ボリビアの凶暴な怪人)
参考外部サイト⇒GA Site(ボリビアの凶暴な怪人)
 
●マジェスティック文書
  (MJ-12文書)
 
 左からムーア,シャンドラ,フリードマン
1984年12月から,UFO研究者たち宛てにひそかにリークされた,地球外の飛行物体や生命体に関する極秘文書のこと。
下記のようなものが存在する。
@
1984年12月に映像ディレクターのジェィミー・シャンド゙ラの自宅の郵便受けに差出人不明で届けられた未現像の35ミリフィルム。現像後の内容は,「極秘情報/マジック-関係者閲覧限定-状況報告用資料-マジェスティック12作戦-新大統領ドワイト・D・アイゼンハワーのために作成」(1952年11月18日日付)と記された8ページの文書。このフィルムが届けられた時期,シャンドラはUFOに関するドキュメンタリー番組作りに取り掛かっていた。
A
1985年7月初旬に,ムーアと一緒にワシントンのアメリカ国立公文書記録管理局に保管されたファイルを調査中にシャンドラが見つけたもの。それは,,ロバート・カトラー(大統領特別補佐官)からネイサン・トワイニング(空軍副参謀長)に向けて書かれた1952年7月14日付覚書の写し(カトラー=トワイニングメモ)。
B
1992年に発見された,UFO研究家ティム・クーパーが所蔵していた3点のMJ-12文書。
C
1994年後半に,UFO研究家で航空専門家であるドン・ベルリナーにシャンドラと同じ手法で郵便受けに届けられた未現像のフィルム。現像すると「特別作戦マニュアル-地球外生命体とそのテクノロジー,回収,廃棄」と題された22ページのマニュアル文書("SOM1-01"文書)。
【参考文献】
『MJ-12の謎と第18格納庫の秘密』,1990年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
●マジェスティック12(MJ-12)
(Majestic 12)
 ●マジェスティック12作戦
 ●マジェスティック12委員会
1947年にニューメキシコ州で起きたロズウェル事件の諸問題(技術的・社会学的なものを含めて)を追求する目的で,トルーマン大統領が任命した秘密委員会の名称。メンバーは優秀な科学者と職業軍人たち12人で構成されていた。以下は,そのメンバーとされる人物。
 ●ヴァニーヴァー・ブッシュ博士
 ●デトレフ・ブロンク博士
 ●ロイド・バークナー博士
 ●ジェローム・ハンセーカー博士
 ●ドナルド・メンゼル博士
 ●ゴードン・グレイ
 ●シドニー・サワーズ
 ●ロスコー・H・ヒレンケッター海軍大将
 ●国防長官ジェームズ・フォレスタル
 ●ネイサン・トワイニング将軍
 ●ホイト・ヴァンデンバーグ将軍
 ●ロバート・モンタギュー将軍
 ●ウォルター・B・スミス将官(
1949年に他界したフォレスタル国防長官の後がまとして13人目のメンバーとなる)
【参考文献】
『MJ-12の謎と第18格納庫の秘密』,1990年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』
,2015年
参考外部⇒UFO事件簿(MJ-12)
参考外部⇒COOL(The facts about the Majestic 12 and UFO evidence
●マッチデール墜落UFO遭遇事件(アメリカ) 1953年末1954年初め早朝の事である。ニューヨーク州シラキュースのマッチデールで,マースデン夫妻が墜落したUFOに遭遇した事件。マースデン夫妻が車で友人宅を訪問しての帰り,パトロールカーがライトをつけて停まっている事故現場のような交差点を曲がった。彼らが道路から遠くないところに見たものは,長さが約6メートルで高さが4.5メートルほどの卵形の物体であった。その物体の周囲には明るい色のついた光がいくつかあり,数人の警官が物体の回りをぐるぐる回って検査をしているのが見えた。翌日,マースデン氏は郡保安官に電話をかけてみると,軍事機密だと言われただけであった。あとになり,事件の現場を訪れてみると,踏まれた草とタイヤ跡だけだっという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1978年9月(No.38),「空飛ぶ円盤墜落す」,
     文:ボブ・ダグラス,訳:柳尾武義
●魔の海域
  (日本)

 
  ブイロボットでの調査海域
  
 (1981年7月3日の読売新聞から) 
日本の"魔の海域"とは、野島崎(千葉県)沖の北太平洋上で,北緯30〜35度,東経143〜160度あたりの約50万平方`の海域。太平洋航路のメインストリートにあたるが,1969年以来8隻の船が遭難し,123人が行方不明になっている。1980年12月から1981年1月にかけて4隻がたて続けに被害にあった。船体が二つに折れたケースなど異常な遭難が多い。
【参考文献】
『読売新聞:1981年7月3日』(この半年,4隻遭難「魔の野島崎沖にメス」)

1982年から5年間をかけた気象庁の観測(ブイロボットでの調査)の結果,数千から数万の波に一つという低い確率で巨大な高波が発生することがわかり,運輸省がどう舵をとるのかを支援する自動の「安全運行支援システム」を作りあげ,各船舶に搭載するような対策を行った。結果,この海域での事故はなくなった。
【参考文献】
『あなたの知らない都市伝説の真実』(日本版「バミューダ・トライアングル」の真相),2014年
●魔の三角海域
  (アメリカ)
「バミューダ・トライアングル」の項を参照。
●魔の三角海域
  (オーストラリア)

  
オーストラリアのビクトリア州とタスマニア島との間に存在する「バス海峡トライアングル」と呼ばれるもの。多くの飛行機や船舶が消滅している。有名なものでは,1978年10月にキング島に向かうセスナ機がUFO接近遭遇時に消滅した。
【参考文献】
『真・怪奇超常現象FILE』,2015年
●マルムストローム基地ミサイル(ICBM)シャットダウン事件(アメリカ)
 
1967年3月16日,モンタナ州のマルムストローム空軍基地のエコーフライト発射管理センターのミサイル発射台上空に赤く光った複数のUFOがホバリングしているのが目撃され,ミサイルの制御システムが,次々とシャットダウンしていった事件。
この朝,メンタナンス員と警備員たちが2つの発射施設で勤務に就いていたが両方のグループから,上空にUFOを目撃したという報告が入った。午前8時45分ごろ,ミサイルのどれかが停止したことを知らせる警報が響いた。警戒待機中のウォルト・フォーゲル中尉が頭を悩ませているうちに,中尉の担当ミサイル10基すべてがシャットダウンし,操作不能となった。停電などではなく,ミサイルのすべての誘導・制御システムにエラーが生じていることがわかった。どのミサイルも他のミサイルとは連動しておらず,すべてが操作不能になることが考えられなかったという。

このミサイル停止事件は1週間後の3月24日
に,同じ基地内のオスカーフライト(ICBM発射管理センター)でも起きた。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』
,2015年
参考外部サイト⇒MUFON(Echo & Oscar Flight incidents: UFOs disabled American ICBMs

参考外部サイト⇒超能力者の独り言 前世や過去世への旅(不思議な話 その96 アメリカ大統領とUFO情報(2)
●マンテル大尉事件(アメリカ)
 
  トーマス・マンテル大尉
1948年1月7日の午後,ケンタッキー州フォートノックスにあるゴッドマン空軍基地に州警察から「メイズビル近辺(基地から約140キロ)で未確認飛行物体が発見された」との通報があり,午後2時ちかくになると,基地管制官も管制塔から肉眼でそれを確認した。傘のような外見をした飛行物体は光を浴びて磨きあげられた銀器のようにキラキラ輝いて,直径は60〜90メートルほどに見えた。訓練飛行から帰るため付近を通過中だったトーマス・マンテル大尉(25歳)率いるP51の4機編隊に,ゴッドマンの管制塔から調査の要請が入る。1機は燃料不足のため基地に向かい,残り3機が物体を要撃した。高度約5000メートルまで上昇したところで,2機が酸素不足のため追跡を断念した。大尉は,単独で物体を追跡した。無線通信で何度か物体の情報を管制塔に伝えてきたが,やがて連絡が途絶えたため,捜索隊が派遣され,1時間後に基地から150キロ離れた場所で,大尉機の残骸と遺体が発見された。
空軍の公式調査の結果は,金星を追いかけているうちに酸欠になり意識を失ったものだと発表したが,マンテル大尉は軍で高く評価されていた人物であっため,高官たちの間で議論が紛糾したという。この事件は政府の姿勢に不安を抱いていた国民を激しく煽り,空軍に大きなプレッシャーをかけたという。

【参考文献】
『UFOと宇宙(コズモ)』No.8,【マンテル大尉の悲劇,文:荒井欣一
『UFOと宇宙人(99の謎)』【世界のUFO事件簿,文:南山宏
『世界UFO大百科(ムー別冊)』【悲劇のマンテル大尉,文:花積ヨーコ】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』
参考外部サイト⇒Wikipedia(マンテル大尉事件)
参考外部サイト⇒UFO事件簿(マンテル大尉機墜落事件)
参考外部サイト⇒実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話(マンテル大尉事件)
参考外部⇒UFO CASEBOOK(1948, The Death of Thomas Mantell
●マンハッタン計画 1942年8月に,米陸軍工兵司令部によりマンハッタン工兵管区(MED)が創設され,レズリー・グローヴス大佐を司令官として着手された原爆製造のための大規模な国家プロジェクト。
【参考文献】
『教科書が教えてくれない日本大空襲の真実』
●マーズワン財団  2025年からの火星移住を目指すオランダの民間非営利団体。
2013年12月30日、1058人の候補者を選んだと発表した。10人の日本人がいる。
  ●ミシガン州UFOフラップ事件(アメリカ)

 
 1966年3月28日ミシガン州
 ロイヤルオークに出現した光体
 『UFOと宇宙(コズモ)』No.5から
1966年3月中旬,ミシガン州南部とオハイオ州にまたがるトリーデからデトロイトまでの地域で,数百人の人々が複数のUFOを目撃した事件。
3月14日明け方,奇妙に光る物体が,鋭角に方向を変えたり急降下,ホバリングなどを繰り返した。ワシュテノー郡,リヴィングストン郡,モンロー郡にいた数多くの警官が目撃。
3月17日の午前4時25分,ミシガン州のミランで,2人の警官が赤,白,緑に光りながら猛スピードで飛行する3から4機の尖った物体を目撃。
3月20日午前9時半ごろ,ミシガン州のデクスターで,パトロール警官が赤や緑に輝き車の上でホバリングしている1機の飛行物体を目撃。その飛行物体は,新たに飛んできたものと一緒に急上昇し消えていった。この日の夜,地元住民のフランク・マンナーは自宅で光の群れを目撃し,家族とそれを追いかけた。飛行物体の1機は近くの沼地(ミシガン州アンアーバー)に着水したように見え,警官を呼んだ。マンナーと警官たちほか50人以上が,沼の上空に赤く脈打つ光る飛行物体を目撃した。
3月21日の夜,デクスターの西約80kmにあるヒルズデールで,ヒルズデール大学の学部長,自警団団長,87名の女子学生が大学近くの湿地帯上空をチョウのように乱舞する光体を数時間にわたって目撃した。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』
,2015年
『UFOと宇宙(コズモ)』No.5,【ミシガン州光体目撃事件,文:アレン・ユートク】,1974年

これらの事件は,新聞で全州にわたって大々的に報道された。多くの人が目撃しているため,説明に対する圧力が高まってきた。このため,当時ブルーブックの責任者ヘクター・クインタニラ少佐は,空軍のアドバイザーとして,アレン・ハイネック博士に目撃情報を調査し,人々が大騒ぎする前に,UFOの存在を否定する嘘のプレス声明を考え出すよう命じた。博士の述べた見解は,「沼からのメタンガスが原因かもしれない」というものであった。一般市民も科学者もこのコメントを嘲笑った。博士はこの時のマイナスイメージに一生悩まされたという。博士自身は空軍にうんざりし始めていた。空軍に利用されたと感じており,このとき以来,ハイネック博士と空軍,そしてクインタニラ少佐との関係は急速に悪化した。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』
,2015年
参考外部サイト⇒きよりんのUFO報告(UFO論議仕掛け人としてのUFO-1





 
 ●寮の窓から光体を見る
   ヒルズデール大学の学生たち

   『UFOと宇宙(コズモ)』No.5から
●緑の火球事件(アメリカ)

 
1948年と1949年にニューメキシコ上空で緑の火球が数多く目撃された。
目撃者には,冥王星の発見者,クライド・トンボー博士がいる。博士は,
1949年8月にニューメキシコ州ラスクルセスで6から8個の緑色の光体群を目撃した。また,流星の世界的権威であるリンカーン・ラ・パス博士も火球を目撃しているが,博士はそれらが流星ではないと結論付けている。

【参考文献】
『宇宙よりの来訪者』
●ミナスジェラエス宇宙人遭遇事件(ブラジル)

 
  『ムー』1979年創刊号から
1963年8月28日の夜間,ブラジルのミナスジェラエス州に住む3人の少年が夜間,球体UFOの中から降りてきた身長2メートルもある異星人と遭遇した事件。
遭遇したのはフェルナンド(12歳),ロナルドとマルコス(どちらも7歳)の3人で,家の庭の上空5メートルほどのところに表面が透明で,四角に区切られている直径3メートルほどの球体を発見した。中には4人の人影が見え,いすにすわっているようだった。全員,透明のヘルメットをつけ制服を着ていた。すると,球体の下から地上に2本の黄色い光線が出た。その光線の間を一人の乗員が降りてきた。それは,身長が2メートルほどで,皮膚は赤みをおびていた。目は大きく一つしかなかった。背中には銅色の小箱を着けていた。その巨人は少年たちに近づいてきた。恐怖にかられた少年たちであったが,巨人が手を水平に動かし,奇妙な声を発すると,少年たちの恐怖心はうすらいだという。巨人は庭の井戸にすわり,球体と話をしているようだったという。フェルナンドがレンガを拾って投げつけようとすると,巨人は胸の長方形の部分から光線を発し,フェルナンドの手に当てた。手がしびれフェルナンドはレンガを落とした。やがて巨人は花壇の植物を左手で採取し,球体の下にもどり合図をすると,降りてきたときと同じように黄色い光線の間を球体に戻っていった。球体は急上昇して消えていったという。

【参考文献】
『ムー』1979年創刊号,「異星人は敵か,味方か?」

 
    『ムー』1979年創刊号から
      
(イラスト:金森達)
●ミラノ競技場UFO着陸事件(イタリア) 1954年10月28日のミラノでの事である。夜間,集会から帰る途中の農民30人ほどが,ほとんど使われていない競技場の中に,光りを発する大きな物体が着陸しているのを発見した。物体の周りを動き回っていたのは身長が4フィート(1.2メートル)ほどの小さな人間たちで,透明に見えるヘルメットをかぶり,全員が背中に呼吸装置のようなものを背負っていた。やがて競技場の塀の回りから見ていた目撃者たちは,競技場の中に入りこむと,小さな黒い影は物体の底部から中に逃げ込んだ。物体はブンブンというような音をたて舞い上がり夜空に消えていった。農民たちは,逃げ込む途中の乗務員と物体に,持っていた腐ったオレンジを投げつけたという。そのいくつかは,乗務員と物体に命中したという。(この事件は,ヨーロッパUFO大ウェーブ事件の中の1つ)
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』,著者:フランク・エドワーズ,訳者:安龍次郎,1988年
●ミルトン・トーレス事件(イギリス)  1957年5月20日,イギリス・ケント州にあるマンストンイギリス空軍基地で,第514要撃戦闘飛行隊の第406航空遠征航空団に所属していたミルトン・トーレス中尉(当時25歳)が,未確認飛行物体の要撃のためF-86Dジェット戦闘機で飛び立ち,高度3万2000フィート(約9.7キロ)で,目的物をとらえたが,物体は,厚い雲の中におおわれ目視できなかった。しかし,機のレーダーがはっきりととらえていた。レーダー画面が焼き焦がれるほどだったという。その影は航空母艦の形をしていた。上限ギリギリ約24キロでターゲットはロックオンされた。地上からの命令でロケット弾をすべて撃ち込めという命令が入った。しかし,発射準備をして待っていると,物体はレーダースコープをさっと横切り,機と地上のレーダーからも消え去ったという。その物体が消え去る速度は,時速約16000キロだったという。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』
,2015年
参考外部サイト⇒UFO事件簿(UFOニュース2008年)
参考外部サイト⇒Wikipedia(List of reported UFO sightings)
参考外部サイト⇒mail online(U.S. fighter pilot: 'I was ordered to fire 24 rockets at UFO flying over East Anglia)
参考外部サイト⇒You Tube(Pt 2 Milton Torres UFO Disclosure Press Conference 09)
 
  ●ムーディ軍曹UFO誘拐事件(アメリカ)

 
 

 
   『UFOと宇宙』(No.19)から
1975年8月13日の深夜,ニューメキシコ州アラモゴード近くの砂漠で,ホロマン基地勤務のチャールズ・ムーディ軍曹が流星雨を見ようとしていたときに,UFOにアブダクトされた事件。

流星雨を見ることができるというので,アラモゴードのホロマン空軍基地に勤務している,チャールズ・ムーディ軍曹は,一人で車で砂漠に出かけた。流星雨を見ることはできなかったため,帰ろうとしていた1時20分ごろに,前方100メートルほどのところに,閃光のようなものが落ちてきて,地上10メールほどのところに揺れながら停止した。それが,ムーディ軍曹の方に向かってどんどん近づいてきた。その物体は,円盤型をし直径が12〜15メートル,高さは6メートルぐらいで,金属的な灰色をしていた。下部に3個の球体が見えた。軍曹は車のイグニッション・キーを回したが,エンジンは始動しなかった。飛行物体は,軍曹の15メートルぐらいまで近づき停止した。カン高い声が聞こえ,物体に窓が現われ,そこに人影が見えた。すると,車の周囲を奇妙な光が包み,全身がしびれるようになった。しばらくすると,しびれは消え,気がつくと軍曹は車内に座り,飛び去っていく物体を見ていた。車のイグニッション・キーは回りエンジンはすぐにかかった。自宅に戻ると1時間20分という時間の記憶が失われていた。
次の日に,軍曹の頭のなかに失われていた記憶が戻ってきた。停止した物体から"人間"が2人が滑るように(歩いていなかった)近づいてきた。軍曹は戦う覚悟をして,車のドアを開けようとした一人にドアを勢いよく押し開け相手をひっくり返した。もう一人には顔のど真ん中にパンチを食らわせた。その顔はグニャッという感じで相手はひっくり返った。戻った記憶には,そのあと,軍曹は固いテーブルのようなところに横たえさせられていて,一人の"人間"に体を調べられていた。その頭部は大きく,まゆも頭髪もなく額はでており,その下に25セント硬貨ぐらいの大きな黒い眼が鋭い眼光を放っていた。耳,鼻,口は小さく唇は薄かった。身長は5フィート(1.5メートル)ぐらいで,ひ弱に見えた。顔と手以外はすっぽりピッタリした白い服におおわれていた。
その怪物は,その後ムーディ軍曹を自由にして円盤の中を案内してくれたという。怪物は完全な英語で話していた。ただし唇は動かなかったという。
【参考文献】
 ・
『UFOと宇宙』1976年8月号(No.19),
    「チャールズ・ムーディ軍曹砂漠で円盤に誘拐される!」,文:中津要二



 
  (ムーディ軍曹が描いた宇宙人)
  『UFOと宇宙』(No.19)から
 
   ●もう一つのロズウェル事件(アメリカ) コロナでの墜落(ロズウェル事件)と同じタイミングで,もう一つの別の墜落事件があったという。場所はニューメキシコ州のサンアグスティン平原(ソコロの西方70マイル(約110キロ),コロナから140マイル(約220キロ)離れた場所)である。地質学者バーニー・バーネットが,地質学専攻の学生らとともにこのエリアを調査中に墜落機の残骸に出くわしたというもの。彼と学生たちは機体の外に乗員と見られる身長が1.2メートルほどの人間に似た生物を何体か見つけ,そのうちの一人はまだ生きているのに気づいたという。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部⇒Wikipedia(ロズウェル事件の目撃談)
参考外部サイト⇒UFO事件簿(ロズウェル事件 )
参考外部サイト⇒BEFORE IT'S NEWS(THE “OTHER” ROSWELL CRASH: The Secret of the Plains)
●モングッチ事件(イタリア)
 
1952年7月31日,アルプスのベルニナ山中で,ジャンピエトロ・モングッチ氏が着陸した円盤と降りてきた乗員を目撃撮影した事件。
この日の朝9時ごろのこと,イタリア人のモングッチ夫妻がアルプスで夏スキーを楽しもうと,ベルニナ山に登っていたところ,山頂近くの氷河稜線の向こうから円盤形の物体がせり上がってきて,斜面上部に停止した。目撃したモングッチ氏は最初岩陰に隠れたが,勇気をだし50mほど登り物体に近づき,物体が飛び去るまでを,持っていた望遠レンズ付きのカメラで7枚を撮影した。その中には物体から出てきたアンテナをした宇宙人らしき人物が写っていた(2枚)。その人物は潜水服のような重装備で右手に懐中電灯のようなものを持っていた。そして,飛行物体の周囲をゆっくり歩いて飛行物体の裏に姿をけした。飛行物体はやがてゆっくり10mほど上昇し,数秒間停止したあと飛び去ったという。

【参考文献】
『スペースプログラムが予言する終末カウントダウン』,2015年
参考外部サイト⇒GAsite(ボリビアの凶暴な怪人 )
参考外部サイト⇒UFO事件簿(1952年7月31日/アルプスのベルニナ山峰のモングッチ写真 )
●モーリー島事件(アメリカ) 1947年6月21日,ワシントン州タコマ沖プジェット海峡のモーリー島に近い海上をパトロール中の巡視船の上空の雲の中から現れた6機のドーナツ型の飛行物体を乗員3人が目撃した。墜落しそうな動きをしていた1機の飛行物体から,白い金属片と溶岩のような黒い物質が放出された。物質は海上でシューシューと音をたて水蒸気をあげた。危険を感じた巡視船はモーリー島の海岸に避難した。やがて,6機の飛行物体は高度を上げ,雲の中に消えていったが,海岸には落下された黒い物体が散乱していた。
【参考文献】
『世界UFO大百科(ムー別冊)』
    【ケネス・アーノルドが遭遇した謎の飛行編隊,文:黒田佑太】
 
 
●幽子情報系理論 
 
  幽子情報系の概念モデル。
  『ムー』NO.11から
関英男博士が提唱したもの。幽子という仮想の情報微子を考え,この幽子は"かすかなもの"という意味で,どんな物質をも通りぬけるほど小さいものと考える。この幽子は1種類ではなく何種類かあるものとする。これらの幽子群が互いに結合して情報系をつくり1度構成されると,ほぼ永久的に存続する。そして,人間とは,この幽子情報系と生物的な肉体とが結びついた存在と考えるというようなものである。
【参考文献】
『ムー』NO.11,1981年【転生の謎;文/島大蔵】
●ユーフォロジスト
●ユーフォロジー
 
UFO研究者。
UFO学。UFO研究。
  ●ヨーロッパUFO大ウェーブ事件(ヨーロッパ)

 
ヨーロッパでのUFOフラップ(UFO目撃,UFO着陸,宇宙人遭遇)は,1954年にピークとなり,イギリス〜スペインのヨーロッパ全域に及んだ。
8月から11月にかけ,目撃者の数は100万人以上といわれる。その中でも10月1日〜11日のフランス内での目撃が最大ピークとされ,目撃数を減少させながら,イタリー,南米に拡がっていった。

【参考文献】
『ヒューマノイド空飛ぶ円盤搭乗者』,著者:平野威馬雄1974年
『空飛ぶ円盤の真実』,著者:フランク・エドワーズ,訳者:安龍次郎,1988年

『スペースプログラムが予言する終末へのカウントダウン』,著者:韮澤潤一郎,2015
 
 
 −1954年フランス国内での目撃地点と
 人口密集地帯の対比図−
 『ヒューマノイド空飛ぶ円盤搭乗者』
  (ジャック・バレーの分析)から】
 
●ラサ
 
 ラサの西,普陀山にあるポタラ宮
西蔵(チベット)自治区の首都。インドのダージリンの北東400キロ,ヤルツアンポ河の支流キチュ川の右岸に位置する。標高3,630メートル。周囲を高山に囲まれ,一年中晴天が多いため〈太陽の都〉と異称される。1,300年以上の歴史を有している。チベットの政治・宗教・文化・商工業の中心である。
【参考文献】
『チベットの都・ラサ案内』著者:金子英一,1982年
●ラボック・ライト【ラボック光体群】(アメリカ)
 
1951年8月にテキサス州ラボックで目撃された謎の光体群。この光体群は,この年(1951年)に14回目撃された。

 
1951年8月25日PM9:10ごろ、テキサス工業大学の地質学教授のロビンソン博士は、テキサス州ラボックにある自宅の裏庭で、2人の同僚(応用化学の教授A・G・オバーク博士と石油化学科の主任W・L・ダッカー教授)と、無数の光体が数秒間に、地平線から反対側の地平線に音もなく上空を通過するのを目撃した。それは30数個ぐらいの数珠(じゅず)を半月形にならべたような印象であった。数分間に、他の同様な一群が、夜空を燦然と飛んでいった。その光は1秒に30度円弧を通過する速度で飛行している事実を観察することができた。科学者でもない一般人でも何百人の人たちが、このラボックの上空で神秘的な半弧を描いて飛ぶ光体を見ていたのである。
(出典;『空飛ぶ円盤実見記』【高文社:1972年刊行/ 著者:D・レスリー】から抜粋

 
1951年8月31日夜、テキサス州ラボック市に住んでいた18歳のカール・ハント少年が撮影(コダックの35ミリカメラを利用しf3・5、1/10秒で撮影)した光体群。光体は、夜空を十数個のオレンジ色に輝やかせて編隊をなして通過していった。ユナイテッド・プレス社によってアメリカ全国に流され有名になった。空軍は「鳥の群れ」としてかたづけた。
(出典;『コズモ』(UFOと宇宙)1973年7,8月号(創刊号))
●『霊界物語
 
  口述する王仁三郎(向こう側)
出口王仁三郎が口述することにより生み出された81巻83冊の物語。大正10年(1921年)〜昭和9年(1934年)の間に書かれた。
物語は,スサノオという神が主人公で,地球上を我が物顔でのさばるヤマタノオロチを「言向け和し(
ことむけやわし)」て世界を統一,地上天国「みろくの世」を成就させる内容。
【参考文献】

『超訳 霊界物語』(著者:飯塚弘明;2013年)
『出口王仁三郎の大降臨』(著者:武田崇元;1986年)
参考外部⇒Wikipedia(霊界物語)

参考外部;
 公式サイト⇒
王仁三郎ドット・ジェイピー
 
●ロサンゼルス砲撃事件(アメリカ)
(Battle Of Los Angeles)
 

 
 『ロサンゼルス・タイムズ』に載ったもの。
  かなりレタッチされていたという。
 『あなたの知らない都市伝説の真実』から
太平洋戦争が開戦して間もないころの1942年2月25日午前2時15分、ロサンゼルスの西方約190キロの地点に編隊を組んだ20個以上の謎の飛行物体をレーダーがとらえた。米軍は、これを日本軍の航空機の襲撃と見、午前3時16分、第37沿岸砲兵旅団による高射砲攻撃が始まった。サーチライトで機体をとらえ1,430発もの高射砲を浴びせた。だが、高射砲をあびせた飛行物体は一機も撃墜されることなく、上空約30qをゆっくりと飛び去っていった。この攻撃で、ロサンゼルスの空は、まるで爆発した火山のように真っ赤になった。驚いた市民が、交通事故や心臓麻痺などにより5人が犠牲になった。
【参考文献】
『NASAも隠しきれない異星文明の巨大証拠群』(ロサンゼルス上空のUFO),2003年
『宇宙人はなぜ地球に来たのか』,2013年
『あなたの知らない都市伝説の真実』(アメリカで起こった「宇宙戦争」),2014年
『スペースプログラムが予言する終末カウントダウン』,2015年
●ロズウェル事件(アメリカ)
 
1947年7月4日の深夜,ニューメキシコ州コロナに近いフォスター牧場(ロズウェルの北西70マイル(約110キロ))の管理人(ウィリアム・マック・ブレーゼル)が爆発音を耳にし,5日の朝,牧草地に散乱する金属片やプラスチックの棒のようなものを多数発見した。保安官に連絡後の7日になると,現場は陸軍航空隊と憲兵により管理された。7月8日,ロズウェル空軍基地広報係士官のウォルター・ハウト中尉が,「ロズウェル空軍基地駐屯の第8空軍第509爆撃大隊情報部が,円盤の回収に成功した」という声明を発表した。しかし,その数時間後,「円盤回収は誤報で,正体は気象観測用の熱気球とレーダー反射器だった」と声明を撤回した。
【参考文献】
『X-ZONE(No.5)』(隠蔽されたUFO墜落事件),1997年
『決定版超怪奇UFO現象FILE』,2009年

『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部⇒Myth_of_Roswell Incident(ロズウェル事件に関係する人物)
参考外部⇒A Different Perspective(The Roswell UFO and Jesse Marcel)
参考外部⇒Wikipedia(ロズウェル事件)
参考外部⇒Wikipedia(ロズウェル事件の目撃談)
参考外部サイト⇒UFONUT(Cowboys & Aliens:The real story )
参考外部サイト⇒UFO事件簿(ロズウェル事件 )
参考外部サイト⇒パブー(Roswellに堕ちたUFOミステリー)
●ロテガロンヌ事件(フランス)
 
フランスのロテガロンヌ県マルマンド郡セーシュの北東12キロのところにある田園地帯のラシュブルで,1971年11月14日の午前2時ごろ,農夫のアンジェロ・セリョはトラクターで夜中の農作業中,畑の中で頭上から近づいてきた怪しい物体から,強烈な黄色の光で照らされた。物体には一列に並んだ5つの強力な黄色い光りとその右横4,5メートルのところに赤色の光があった。恐怖を感じたセリョは,トラクターから飛び降り逃げ出したが,トラクターから約30メートルのところで,物体は上昇し,もと来たコースを引き返していった。物体は無音であったという。
【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)』NO.1(創刊号),1973年-
  (「多条光線を放つ円盤」【文:ゴードン・クレイトン】)
●ロバートソン査問会 1953年1月にUFOの危険性を評価するため,CIAが,ロバートソン博士を議長とし開催した査問会。米空軍のUFO秘密政策のきっかけをつくったものとされている。また、空軍上層部は国防総省の命令を受け,この査問会の主旨に従っていたという。査問会の主旨とは下記のようなものであるという。
・「UFOは既知の物体だと意識しやすくなるように大衆を教育すること」
・「民間のUFO研究団体を警戒すること」
などであった。
【参考文献】
『ムー』No.36(UFO研究の最高権威ハイネック博士に聞く) 
UFO調査について
 参考外部⇒Wikipedia(UFO研究)
 
●ワシントン上空のUFO乱舞事件(アメリカ)
 
1952年7月19日23時ごろ,アメリカの首都ワシントン上空に出現した多数の未確認飛行物体を,ワシントン国際空港の管制センターのレーダー・スコープがとらえた。レーダー上の物体は信じられないような動きを示した。これをワシントン空港とアンドリュー空軍基地のレーダーもとらえていた。レーダーで確認された飛行物体群は肉眼でも確認され,管制官,基地の要員,付近を航行していた旅客機の乗務員や乗客が明るい飛行物体として目撃している。物体群は緊急の場合以外は禁止されているホワイトハウスや国会議事堂上空をも侵犯を繰り返した。午前3時に空軍が2機のF-94戦闘機に迎撃を命じたが,戦闘機が現場に到着したときには,物体群は姿を消してしまっていた。戦闘機はワシントン上空を燃料の続くかぎりくまなく捜索したが手がかりはつかめず引き返した。すると,この機会を待っていたかのように先ほどの飛行物体群が上空から降下し,しばらく飛行したのち飛び去っていった。明るくなった午前5時半のころのことである。
また,この怪飛行物体は1週間後の
7月26日の21時30分ごろにも再び出現した。
この一帯にいた数千の人々が,飛行物体の群れを目撃していた。写真にも収められ,世界中に報道された。一般市民はもちろん,政治家も真相を知りたがり,空軍に強く圧力をかけた。
7月29日,空軍のジョン・サンフォード将軍とロジャー・レイミー将軍が記者会見を開き,人々の不安を和らげようとした。この会見は,第1次世界大戦以来最も大がかりな記者会見となったが,サンフォード将軍の説明は,問題の光は星の見間違えたものであり,レーダー反射波は大気温の逆転が原因というものであった。
【参考文献】
『世界UFO大百科(ムー別冊)』
   【ワシントン上空の編隊UFO乱舞事件,文:黒田佑太】,1985年

『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年 
●ワルヌトン怪人目撃事件(ベルギー)
 
 『UFOと宇宙』NO.15から 

 
1974年1月7日の夜,ベルギー人の男性がフランスとベルギーの国境にある町ワルヌトンに近づいたとき,突然車のヘッドライトが消えエンジンガ停止した。すると約150メートル離れた道路わきの畑の中に3本脚で立っている7〜10メートルほどのオレンジ色の光りをおびたヘルメット形の物体(UFO)を発見した。同時に前方約30メートルのところに親子のようなふたりの人影が,こちらに向かって歩いてくる。15メートルほどまで近づいたところで,ふたりの姿がはっきりと見て取れた。小さいほうは,丸いヘルメットをかぶり,ミシュラン・タイヤの広告のような姿をして,右手に銃のような三角定規に似たものを持っていた。大きいほうは背が少し高く,1.3メートルぐらいあり,箱のようなヘルメットをかぶっていた。肩幅も広く,がっしりした身体つきをしていたが腰が細かった。中央に光りを放つ黒いベルトをしめ,左肩からベルトまでつり革のようなものを着けていた。ふたりとも手が異常に長く膝の下まであった。また,ヘルメットの前面が,ふたりとも透明でまったく同じ不気味な顔をしていた。また,UFOのそばに,小さいほうと同じ人物が立っていた。ふたりは,4メートルまで近づき止まった。男性は後頭部にショックを覚え声が聞こえたようであるが,意味はわからなかった。ふたりは急に踵を返し,UFOの方に,ぎごちない足どりで歩き始めた。ごつごつした地面を滑るように進んでいった。UFOは浮き上がり,ちょっと停止した後,急速に上昇して視界から消えていった。UFOが三本脚を引っ込めてから上昇しようとしたとき,男性はバックミラーに後方から近づいてくる車のライトがうつるのを見た。ふたりの怪人物が踵を返したのは,この車のためかもしれない。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.15,1975年-
  【ワルヌトンの奇怪なロボット,文:ゴードン・クレイトン,訳:久保田八郎

 
   『UFOと宇宙』NO.15から 
A ●APRO
Aerial Phenomena Research Organization
APRO(空中現象調査機構)。1952年にアリゾナ州ツーソンに設立され,アメリカでは最も古くから活動を続けているといわれる民間のUFO研究調査団体。航空学や天文学と関連のあるさまざまな分野の学者や専門家を含む各地にいる何千人というメンバーで構成される。
【参考文献】
『ムー』No.41(UFOスペシャル'78,アメリカの研究動向)

『空飛ぶ円盤の真実』
参考外部サイト⇒Wikipedia(英語版;Aerial Phenomena Research Organization)
●ARE
Association for Research and Enlightenment
 
 AREに保管されている
  ケイシーのリーディングの資料。
 『世界の超人・怪人・奇人』から
ARE(研究と啓発のための協会)。エドガー・ケイシーのファイル化された資料をもとに1931年にバージニア州に設立された法人組織。財団は,リーディング中に論じられた何百もの主題に,索引と相互参照を付す作業に忙殺されたという。
【参考文献】

『精神革命ガイドブック』,1983年
参考外部サイト⇒Wikipedia(英語版;Association for Research and Enlightenment)
●ASIOS
Association for Skeptical Investigation of Supernatural
ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)。
2007年に発足した超常現象などを懐疑的に調査していく団体。主な著書に「謎解き超常現象T〜W」(彩図社)などがある。
公式サイトASIOS
C ●CAUS
Citizents Against UFO Secrecy
「UFO秘密政策に反対する市民の会」
アメリカ政府に対し、
1980年代に情報自由法を用いて国家機密にされているUFOに関する文書類をつぎつぎと提示させた。
参考外部サイト⇒Wikipedia(Citizens Against UFO Secrecy)
●CBA
Cosmic Brotherhood Association
「宇宙友好協会」の項を参照。
●CIA
The Central Intelligence Agency
「アメリカ中央情報局」。アメリカの諜報活動の中核を担う巨大組織。本部はバージニア州マクレーンにある。

 第2次世界大戦中OSS(戦略事務局)がCIG(中央情報グループ)およびOPC(政策調整局)を経て、1947年に成立した国家安全保障法により改組され、誕生した組織。第2次世界大戦終了後、長官のアレン・ダレスはドイツから数千人ものナチス出身者を招聘(連行)して、CIAの作戦能力を強化させた。東西冷戦時代には共産主義国の転覆を狙っていたこともある。連邦政府がおおっぴらに関与することのできない「裏稼業」を行うことから、「見えない政府」、「もうひとつのアメリカ政府」などともいわれる。職務は主として、アメリカ合衆国の外交政策・国防政策の決定に必要な諜報・諜略活動を行うこと。スパイを擁する情報機関であるため活動内容には不明な点が多い。
(出典;『ケネディ暗殺の真犯人とUFOアポロ疑惑』
 【学研パブリッシング:
2013年5月刊行/ 著者:小川謙治
●CUFOS
Center for UFO Studies 
「UFO研究センター」。
アレン・ハイネック博士
1974年に創設したUFO研究センター。
博士の死後は、「The J. Allen Hynek Center for UFO Studies」(J・アレン・ハイネックUFO研究センター)と名称が改められた。
公式サイトCUFOS
●C−SETI
The Center for the Study of Extra-Terrestrial Intelligence
「地球外知性体研究センター」。
公的機関による表向きの「観測」「探査」から一歩進めて、民間レベルで宇宙人とコンタクトをとろうという市民団体。
参考外部⇒CSETI History
参考外部⇒UFOの真実
D  ●DIA
Defense Intelligence Agency
アメリカ国防情報局。1961年にケネディ大統領がCIAの権力と責任の一部を奪取してロバート・マクナマラ国防長官が設置した軍事情報を専門に収集,調整する諜報機関。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒Wikipedia(アメリカ国防情報局)
E ●EM効果
Electro Magnetic Effects
電磁効果。UFOが接近することにより、人間や機械に影響を与えること。車のエンジンが止まったり、ライトが消えたり、ラジオが聞こえなくなったりする。
 
F ●FBI
Federal Bureau of Investigation
「アメリカ連邦捜査局」。1908年に設立された。司法省に属する独立性の高い捜査機関。本部はワシントンDCにある。

 FBIの使命は、連邦刑法に抵触する犯罪の捜査を通じて治安を維持することにある。具体的には、外国の諜報機関およびテロリストの活動からアメリカ合衆国を守ること、連邦機関・州機関・地方機関および国際的機関に対する指揮力を発揮し、法執行の援助を行うこと、公的要求に対してアメリカ合衆国憲法を遵守し責任を負うことである。
(出典;『ケネディ暗殺の真犯人とUFOアポロ疑惑』
 【学研パブリッシング:
2013年5月刊行/ 著者:小川謙治
●FIGU(団体名)
(Freie Interessengemeinschaft fur Grenz- und Geisteswissenschaften und Ufologiestudien)
 
(ビリー・マイヤー)
 ビリー・エドゥアルト・マイヤー1978年6月17日、スイス民法60条に基づくFIGU(フィグ)という公益法人を友人たちと設立した。
その後、マイヤーの著作は日本で個人的な翻訳がなされたが、
1991年からはFIGU-JAPAN(フィグ・ヤーパン)により、2012年からはFIGU-LANDESGRUPPE-JAPAN(フィグ・ランデスグルッペ・ヤーパン)により、FIGUの正式許可の下で翻訳出版されている。マイヤーの著作物はFIGUによって管理されており、その写真や文章などの引用はFIGUの許可をとって行う必要がある。日本においてはフィグ・ランデスグルッペ・ヤーパンの許可が必要である。
(出典;Wikipedia『ビリー・マイヤー』から抜粋
●FOIA
Freedom of Information Act 
アメリカの情報公開法。一部の例外を除いて,請求に応じてすべての政府情報を公開することを義務づけている。1966年制定。
●F-2
  
航空自衛隊の支援戦闘機。F-16をベースに,開発の主契約社は三菱重工業であるため国産戦闘機といっても過言ではない。東日本大震災(2011年)の津波により,18機が被災したが13機が修理中(2014年現在)で,F-35の配備後も現役機として運用される。
【参考文献】
『F-2の科学』(著者:青木謙知,2014年)
G ●GSW
Ground Sauser Watch
「GSW(グラウンド・ソーサー・ウオッチ)」。
1957年
にオハイオ州クリーブランドに設立された民間のUFO研究団体。
 
J ●JAXA(ジャクサ)
(Japan Aerospace eXploration Agency)
独立行政法人-宇宙航空研究開発機構のこと。日本の宇宙航空分野の基礎研究 から開発・利用に至るまで一貫して行う機関。
2003年10月1日付けで日本の航空宇宙3機関、文部科学省宇宙科学研究所 (ISAS)・独立行政法人航空宇宙技術研究所 (NAL)・特殊法人宇宙開発事業団 (NASDA) が統合されて発足した。
公式サイトJAXA

参考外部⇒Wikipedia(宇宙航空研究開発機構)
●JFSA
(Japan Flying Sauser Research Association)
「日本空飛ぶ円盤研究会」の項を参照。
●JSPS  「日本宇宙現象研究会」の項を参照。
 
M ●MJ-12 「マジェスティック12」の項を参照。  
●MUFON
(Mutual UFO Network Ink)
相互UFOネットワーク。全米最大のUFO研究団体。

 ウォルター・アンドラスjr.は、MUFONがイリノイ州クインシーで1969年に誕生して間もないころから、組織の会長を務めている。当初、「中西部UFOネットワーク」と称していたMUFONは、UFO現象調査を主体とした愛好家たちの集まりで一地方組織でしかなかったが、以来大きな発展を遂げ、世界でも有数のUFO研究組織として評価されるまでになった。
(出典;『UFOと宇宙』1982年9月号(No.86),
 「相互UFOネットワーク成功への道程」から抜粋)


 「MUFON」の母体となったのは、1967年に、米・中西部5州から集まったメンバーで結成された「Midwest UFO Network」だ。それが1969年5月に「Mutual UFO Network」と名を変え、それまでバラバラだった全米各地のUFO研究諸団体を結集。以後、世界で最もアクティブな研究団体として発展し続けている。
(出典;『ムー』1984年4月号(No.41),
 「世界最大のUFO研究団体MUFON」(文/並木伸一郎)から抜粋)
 
N ●NACA
(National Advisory Committee for Aeronautics)
アメリカ航空諮問委員会。NASAの前身となる組織 参考外部⇒Wikipedia(アメリカ航空諮問委員会) 
●NASA
(National Aeronautics and Space Administration)
アメリカ航空宇宙局 参考外部⇒Wikipedia(アメリカ航空宇宙局)
●NICAP(ナイキャップ)
(National Investigations Committee on Aerial Phenomena )
全米空中現象調査委員会とかアメリカ航空大気現象調査委員会と訳される。1956年設立の伝統ある民間のUFO研究団体のひとつである。NICAPは会の首脳部に軍人や科学者などのプロフィッショナルな人材を迎え,1969年までドナルド・キーホー氏が代表者を務めた。アメリカ政府や軍に対してUFOの秘密資料の公開を要求した。
【参考文献,参考サイト】
『ムー』No.41(UFOスペシャル'78,アメリカの研究動向)
  =>『Wikipedia(ドナルド・キーホー)』
 
●NPT
(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)
核拡散防止条約。または核不拡散条約のこと。 参考外部⇒Wikipedia(核拡散防止条約)
●NSA
(National Security Agency)
アメリカ国家安全保障局。 参考外部⇒Wikipedia(アメリカ国家安全保障局)
 
P ●PLANET-C PLANET計画とは、宇宙航空研究開発機構 (JAXA)による太陽系探査計画、及び計画された宇宙探査機シリーズの名称である。
PLANET-Cは、金星探査機『あかつき』の略字名。
参考外部⇒Wikipedia(PLANET計画)
●PRG
(Paradigm Research Group )
パラダイム研究グループ。 参考外部⇒PRG
S ●SETI
(Search for Extra-Terrestrial Intelligence)
「地球外の知性や文明を探すこと」。
最初の観測は、アメリカ国立電波天文台が
1960年に行った。
 
●SI
(Space Intelligence )
「スペース・インテリジェンス」の略。宇宙人のことをいう。
U  ●UFO(Unidentified Flying Object)
 ●UFOウィーブ
 ●UFOフラップ
 ●UFOフリート
●未確認飛行物体。

 ●UFO集中発生
 ●UFO集中目撃、UFO多発目撃
 ●UFO大艦隊、UFO集団
参考外部⇒Wikipedia(未確認飛行物体)
●USO
(Unidentified Submarine Object)
(Unidentified Submerge Object)

未確認潜航物体。
未確認潜水物体。
X ●Xカンファレンス
(X-Congress)
UFO現象情報の開示を政府に求める有志の集会。 参考外部⇒INTERNATINAL UFO CONGRESS
 
 
 
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