思いついたこと

2007年1月31日(水)
医学的ポイント

最近ある本を入手した。
そこに書かれていることをごく一部紹介する。

<アルツハイマー型認知症の異常をみつけるのに役立つヒント>
@生活に支障をきたす物忘れが起きている
A簡単な単語や人の名前が思い出せない
B判断力が低下している
C置き場所を間違える
D気分や行動が変わってくる
Eそれまでの日課ができなくなる
F時間や場所がわからなくなる
G抽象的な思考が苦手になる
H自発性が失われる
I性格が変わってくる

<ボケの危険信号を早く家人が見つけるため注意するポイント>
@同じことを繰り返して言ったり聞いたりする
A以前からの関心や趣味が無くなる
B物忘れ・置き忘れ・しまい忘れする
C日課としての動作ができなくなる(例:蛇口やガス栓の閉め忘れをする。水洗トイレを流しっぱなしにする)
D自発性が失われる(例:服装にだらしがなくなる。お化粧を忘れる)
E時間や場所の感覚が不確かになる(例:今日は何月何日何曜日かがわからない)
F自分の間違いを誤魔化すようになる
G判断力が低下する(例:簡単な計算間違いが多くなる)
H性格が変わる(例:怒りっぽくなる。暴力的になる)
I生活に支障があるような物忘れをする(例:慣れているはずの道に迷う)

フレーム
2007年1月30日(火)
JASRAC一年のまとめ

 今年も残念ながら風邪を引いてしまったが、今回は37.2℃止まりの発熱と多少の咳で済んだし、家内にもうつらなかった。実家へ顔を出すのも控えたため、両親も大丈夫だ。今日の昼の会食から実家へ行くことにした。昨年もやはり同じ頃、家内から私に、そして父へ、母へと4人全員が38℃の発熱で寝込んだ。昨年がインフルエンザとすれば今年は単独型といったところだろうか。
寝込む程のことでもないので、従来通りMIDIを作りHPも更新したが、合唱団の練習や町内会役員会のような先輩が多く、人が大勢集まる場所への出席は取りやめて迷惑をかけないようにした。
私のHPは音楽を扱っているので日本音楽著作権協会(JASRAC)の許諾が必要であり、一年に一度更新手続きをとり費用を支払うが、この1月で期間が終了のため、更新手続きをした。期間満了日から一ヶ月以内に、利用した曲目の報告をしなければならない。
昨年は要領もよくわからず、友人に相談して教えてもらったが、リスト作りが大変であったことから、この一年は更新の都度、そのリストに追加していったため、すぐにでも報告できるようになった。
このリストを送ると自動的にチェックしてくれて、問題点について連絡してくれる。今年は恐らく一度で済むだろうと密かに期待している。
写真は友人が送ってくれたもので飛来している白鳥が飛び立つところである。毎年越冬のために飛来してくる白鳥や雁で賑わう沼も、地元の人たちには良い憩いの場所となっている。

2007年1月27日(土)
残念!

 明日1月28日はJORDAN会(「常磐線沿線男声合唱団連合会」の略)という男声合唱団4団体に3つの新しい男声合唱団がゲスト出演しての演奏会である。私は休団中であるため演奏には参加しないが、チケットを送って頂いたので楽しみにしていた。しかし急用が入り行けなくなったばかりか一昨日から風邪を引いてしまい、両方共駄目になってしまった。現在の合唱団の練習も休んでしまった。誠に残念である。
今まで年に一回くらい風邪を引いていたため、防止策として帰宅後の手洗い、うがいを欠かさず、寝るときは首にタオルを巻いていたが、それの効果もなく、大変残念である。何かの拍子にこうなってしまったのであろう。
従って、毎朝実家へ顔を出して両親の様子を確認しているが、うつしてもいけないので完璧になるまでは実家へ行かないでおくことにした。
かと言って寝てるほどのことでもないので、HPの更新作業を重点的に進めることにする。

2007年1月22日(月)
千の風になって

 昨年友人Hが「あなたの心に」「千の風になって」の楽譜をくれた。
これらは、以前ここで紹介したが、オウムに殺害された坂本弁護士一家の都子さんを追悼するために、毎年命日に開催される演奏会で必ず演奏される曲である。
この「千の風になって」が昨年のNHK紅白歌合戦で、秋川雅史さんにより歌われたこともあって人気が上昇し、オリコンチャートやCD売り上げが第一位になったと知った。
「私のお墓の前で 泣かないでください〜」で始まるこの歌は、ニューヨークの同時多発テロを追悼して作られたといわれるが、作詞者不詳で、新井満さんが日本語に訳して作曲したものである。何度聴いても良い曲で、私は今これに関するいろいろな楽譜を集めているところである。
土曜日に家内と食事をしてエスカレータで上がったら、目の前にヤマハのCDショップがあり、秋川雅史さんのCDを購入したら、彼が女声三部合唱に編曲した楽譜があり、早速このHPにも掲載した次第である。
そこへ京都の友人がこの曲のみを11曲集めたCDがあることを教えてくれた。いろいろな人がいろいろな歌い方で歌っている。是非購入しようと思っている。
尚、下記にて試聴できるのでご参考まで。
「千の風になって スペシャル盤」

2007年1月17日(水)
すっきりした + α(不二家問題)

10日に近くのゴミ集荷所にソファーが放置されていることを書いた。昨日しばらくぶりにそこを通ったら、何もなくてきれいになっていた。よく見るとそこに、放置された写真とクレームの紙が貼ってあった。その概要は、@皆が迷惑しているので出した人はすぐ撤去すること A撤去されない場合は不法投棄として警察に通報すること B出した人を知っている人は名前を名乗らないで良いので○○へ電話をしてほしい C撤去されない場合は集荷所の場所の提供をやめ、他に移す 等々が書かれていた。
実際に出した人が撤去したのか、誰かが連絡して粗大ゴミとして処分したのか、時々通る粗大ゴミ買取業者が持っていったのかは不明であるが、「やった!」「すっきりした!」が実感である。
ある意味住民パワーの勝利ともいえる。
今朝の阪神大震災の日の報道でも、「昔は何かあるとすぐ近所の人が顔を出してあれやこれや言ったり、やってくれたりしたし、地震の時も怪我の手当てをしたり、瓦礫の下敷きになっている人を助けたりしたが、今は挨拶すらする人が少ない」と言っていた。恐らく当時隣同士だった人が転居して異なるメンバーになったからかもしれない。
本当に「皆で協力して」というスタイルは少なくなった。見て見ないふり、知っていても知らん顔、が当たり前みたいな世の中になってきた。ここの町内はまだこのような付き合いは残っているが、新しい人たちが増えているので段々薄れていくことだろう。

次に不二家問題。あれだけ雪印での問題、三菱の問題があったにも関わらず、有名企業がとんでもないことをしたのは残念である。以前にも書いたが、「だろう」「はずだ」は企業ではあってはならないのである。必ず確認して「○○だから絶対大丈夫」としなければならない。
同社は規定があるのにそれが遵守されなかった→何のためのルールか。ルールのないものがあった→何故ルールがなくても業務が進んだのか。
ISO取得のためにはこと細かく規定類を要求され、データもきちんと管理しなければならない。自分も現役時代に「何故そこまでしなければいけないのか」と思いながら規定に従ってきたが、実際に問題が発生するとこれらが脚光を浴び、時としてメーカー責任に問われそうな問題も、資材メーカーや場合によって顧客に原因のあることが証明出来るのである。
大企業でも同族会社の場合は、こうした問題を発生させる場合が多いようにも思う。経営者がワンマンで押し切る場合があるからである。私が知っている会社は三兄弟で会社を設立し、次々に経営トップになったが、末弟が会長に退いてからは外部から社長を招き、同族色をかなり薄めた会社がある。将来を見据えた英断だったと思うが、見事である。今若い人もどんどん入社し、生き生きとして仕事をしている。素晴らしい会社である。
一般消費者向けの特に食品、医療品等人の安全・健康に関する商品を生産している企業は常に安全第一を心がけてほしい。

2007年1月15日(月)
合格「折」願

 いよいよ受験シーズン到来である。幼稚園から大学院まで受験・受験の季節である。
最近は受験生のための商売も増加しており、お菓子でも「KitKat→きっと勝つ」「ハイレモン→ハイレル(レ)モン」「茶では ○○うかっちゃう」等々ネーミングを考え商売に結び付けている。
 先日電車の中で「ゆめきぼ切符販売中」という広告があった。相鉄線の「ゆめが丘」と「希望が丘」間の往復切符が硬い紙の切符で\260となっているし、そのオリジナル絵馬もあるそうだ。鉄道会社もよく考えたものだ。

朝日新聞の一面に「合格祈願」の絵馬が沢山ぶら下がった写真が掲載された。よく見ると一番真ん中の目立つところに「合格折願」と書いた絵馬があった。偶然なのか皮肉ったのか、恐らく後者だと思うが解説には何も触れていなかった。
これではいくら祈願しても成就は難しいのではないなあとにやりとして眺めた。これも本や新聞を読まなくなった若い人が多く、更に高齢化で新聞をやめる人も多く、新聞購読数が増加しないという現象も頷ける。

2007年1月14日(日)
納 豆

 最近テレビ番組で納豆を二週間食べ続けて痩せたということが放映されたそうで、売り場から納豆が消えた話、納豆メーカーが通常の3倍〜5倍の注文量になったり、今まで取引のなかったところから納豆の引き合いが来たり、大変なブームになっているようだ。
今朝スーパーの広告を見たら納豆は1パック3ケース入りで\68のものが500パック限り販売で、1人2パック迄というのが出ていた。
健康に注意する人が増え、効果があると聞くとすぐに買いに走る人が多いらしい。そういえばココアが売れた時期もあった。しかし、テレビの放送と言えども、根拠のない情報を流す場合もあるので、それを鵜呑みにするのも考え物である。
私は2006年5月1日から毎朝納豆を1ケースづつ食するようにした。血液検査で出てくる数字の低減が目的である。しかし少なくても「痩せた」という実績はまだ出ていない。
1日1ケースで少ないのか、消費するエネルギーが摂取するエネルギー(カロリー)を下回っているからかもしれない。
メールで友人達に納豆のことを伝えたら、長年栄養士をやっていた人は「納豆で痩せることはない。大豆だってカロリーはあるし」と言ってきたし、「一日に3ケースは食べないと駄目らしい」、「痩せるにはこうしたら良い」と様々な意見を貰った。
健康上悪い影響はないが、少なくても「納豆を食べていれば痩せる」ものではないことだけは確かなようだ。テレビで放映するとすぐブームになり、すぐさめてしまうわかりやすい国民なのかもしれない。
私は毎朝6枚切りの食パンを1枚食べるが、1枚を4分割し、そのうちの2個には納豆を載せて食べ、残りの2個にははちみつやジャムを載せて食べる。
食パンと納豆の相性はなかなか良いものであり、お奨めしたい。

2007年1月10日(水)
困った人がいる〜ゴミ問題

 横浜市は「G30=ゴミゼロ」をモットーに廃棄物の低減を図っており、効果があると報告されている。しかし、慣れるに従って分別のいい加減さが出てきているようでもある。
私は毎朝実家へ顔を出すので、そのルートの途中にあるゴミ集荷所へゴミを運ぶのも私の仕事にしている。
いつも使っている集荷所はきちんと管理してくれる人がいて、いつも清潔で分別もよくされているが、たまに困った人がいてとんでもないものを置いて行く。その都度管理してくれている人がメモを付けてくれているが、時々持ち帰らないつわものがいる。左下の写真は数日前から放置されている段ボールである。ここは古紙・古布は毎月第三月曜日1回しかないが、堂々と置いてある。今朝は「これは15日に出すよう」等々メモが付いていた。
上の写真は別の集荷所の模様である。年末に突然ソファーと子供用自転車が放置されていた。これらは粗大ゴミであり、役所に連絡をして費用を払い集荷してもらう類のものである。ここは誰も管理していないからそのまま放置されているわけで、困ったものだ。誰がいつどのように運んだのかもわからない。こうなると近くのアパートに住む大学生ではないか、と想像してしまう。有名大学の学生であっても、本人のこれまでの教育・常識からとんでもない学生も多く、残念ながら「○○大学の学生は・・・・」と評判を落としているのがこの近隣の一般常識になっている。親から届いた手紙がそのまま外から見えるようにゴミ袋に入っており、「親元に連絡しようかと思った」という人もいるくらい常識のない学生が結構多いのである。

2007年1月8日(月)
歌い始め
 昨7日は合唱団の男性陣で構成する男声合唱団の初練習・総会・新年会が行われた。それぞれ都合もあるのか全員参加ではなかったが、「グノーの第二ミサ曲・Gloria」、「冬景色」、「Standechen」を練習した。
 指揮者から指示があり、私は今年からB1(バリトン)を担当することになった。若干人員の変動があり、パートバランスが崩れてきたためで、T1:7 T2:5 B1:5 B2:6とほぼ良いバランスとなった。昨日の曲についてはバリトンを歌ったことはなかったが、やってみるとバリトンの音が微妙なハーモニーをかもしだすこともあり、結構楽しめた。自分の音質からいけばバリトンが最適だと思っていたが、実際に歌ってみるとやはりピッタリかな?という気がした。
正直なところパートは何処でも問題ないが、B2で下の方の音が日によって、時間帯によってきれいに出る時、出ない時があるので、自分の声(音域でなく音質)に適正なパートが一番だろうと思う。

 総会はスムーズに進み、待望の新年会へ。いつも練習帰りに寄る店は珍しく席がなく、止むを得ず別のやはり仲間が常用しているお店へ。総勢16名の参加であったが、ピアノ伴奏者と昨年音楽の授業で出かけたけた小学校の担当の先生(混声の仲間でもある)の紅二点も加わり、宴会を開催した。いろいろな話が出て楽しいひとときであった。会計をしたら一人\2,000。いつもながら安くて楽しめる飲み会である。「歌い且つ飲む」よりも「飲み且つ歌う」合唱団か。
2007年1月5日(金)
横須賀+合唱曲目次

 昨日、家内と二人で家内の実家のある横須賀へ年初の挨拶に出向いた。いつもは車で行っているが、昨日はのんびり電車で行くことにした。一人暮らしの義母は80歳になっているが、すこぶる元気で、猫の「すみれ」を可愛がっている。すみれは義母の話が何でも理解出来るし、義母も猫の様子で何をしたいかわかるというから楽しい毎日のようである。ただすみれは義母以外は慣れず、我々がいるのを知ると家に寄って来ず、帰るとたちまち義母のところへ戻って来る。猫もここまでくるととても可愛いと思う。時々コマーシャルに出る伯母の話(最近は「カニ〜」と叫んでいる)や二人とも亡くなって住人のいなくなった隣家の話等々、食事をしながら数時間滞在した。その後、横須賀中央駅でこれから買い物に出るという市内在住の義妹と落ち合いMORE'Sというショッピングセンターでコーヒーを飲む。カフェオレを注文したら、出てきたのはコーヒーカップでなく、茶道の茶碗?と同じと言っても良いもの。当然取っ手はない。茶道の時と同じ持ち方で飲む。こんなの初めてだと会話がはずむ。
この駅の周辺も随分変わった。駅舎が新しくなり、駅の向こう側には平成町という町も出来て巨大なショッピングセンターもある。このMORE'S建設にあたっては老舗のデパート「さいかや」が横ヤリを入れて、中高年向きの店は出さない約束、売り場面積の制限等をして出来たそうで、なるほど若い女性向けの店が多く、バーゲン・特別セール等でごった返していた。米軍基地があるだけに外国人客も多く、海外品の店もある。
近くには横須賀芸術劇場もあり、文化的な催しも多く、改めて変化の大きさに驚いた一日であった。

朝は平常に戻ったと感じた横浜駅であったが、帰りに東口へ行ったらまたすごい人波。本当に人口の多いところなんだなあと感じた。

私のHPで合唱曲のコーナーは一応曲名順になっているが、組曲等は一つにしているので、単純に曲名で探すと探すのに手間がかかる。また、その都度上から下まで探さないといけないので曲名だけで探せて、すぐその近くまで辿り着けるよう索引をつけたいと思い、現在取り組んでいる。もうしばらく時間を頂きたいと思う。

2007年1月3日(水)
孫娘と東京箱根駅伝

 昨2日は息子一家と娘一家がやってきて、実家で大賑わいの会食をした。3人の孫は元気一杯。久し振りに顔を合わせたためか、息子のところの孫娘は娘のところの孫娘が「あこがれのおねえちゃん」なので、ピッタリくっついて遊んでいた。最近は「love and berry」というカード集めとゲームが任天堂DSで楽しめるので、それに一生懸命であった。おねえちゃんから沢山カードを貰い、満足そう。
帰る時刻になって、別れが寂しかったようであるが、仕方なく再会を約束して引き上げた。
娘のところの小学校2年生の孫と幼稚園年長組の孫は二人で我が家に泊まる予定になっていたが、幼稚園の方はどうもママが一緒でないと泊まれないようで、3人で帰っていき、小2の孫だけが泊まることになった。
この子は私が単身赴任中、「おばあちゃんが一人で寂しいから」と時々来て泊まっていったので何も心配はしていなかったが、今朝起きてからいやにおとなしく、静かであった。娘から電話があった時に「今日でも良いよ」と言っている。どうやら「明日迎えに行くから」という娘の声に、「今日帰りたい」と思ったらしい。
結局娘が横浜駅まで迎えに来て、引き渡した。帰宅後の電話によると、「夕べ怖い夢をみた。それがなかったらもう一晩泊りたかった」とのこと。
いろいろ考えてみると、じいちゃんばあちゃんに会うのは楽しみだが、自分のものは持ってきたもの以外ないわけだし、小学校の2年生になり、自分の世界というものが出来上がってきており、そこが一番良い、ということなのだろうと思う。小さいときは単純にうれしくて泊っていったが、大きくなるに連れて変化してきたのだろう。
ある意味ではそれだけ成長しているので安心したが、寂しさはある。

横浜駅で娘と孫と別れ、東口へ行ってみた。間もなく駅伝が通る、とのことでしばらく大勢の人垣に混じって応援した。「間もなくトップが来るので心づもりをして大きな声で応援して下さい」という警察のアナウンスがあり、右の方からざわざわした音と「来た来た」という声と共に、トップの順天堂大学が走り抜けて行った。丁度給水ポイントになっているため、数十メートルは大学の応援者が声をかけながら伴奏していた。
帰宅後テレビを観たらトップが日本橋に近づいている頃であった。
区間新記録を出しても、何人抜きかをしても最終的には10人のコンディションやスピードで決まる。チームワークが大事である。皆母校のために必死になって走る。こういった目的にために必死の頑張りを見せる姿はいつ見ても感動する。チャラチャラした若者にこのような姿をじっくり見せたいものである。私の母校はかつて連覇した時代もあったが、最近は低迷が続き、今年もシード校になれず残念。来年に期待しよう。

2007年1月1日(月)
新年明けましておめでとうございます

 新年明けましておめでとうございます。
日頃、私の拙いホームページをご覧頂き、ありがとうございます。2005年3月1日に開設しましたが、2006年12月30日にお陰さまで40,000件を突破し、厚く御礼申し上げます。

 大晦日の午後にはおせち料理も準備が終り、恒例の紅白歌合戦をハイビジョンで観ました。やはり画面がきれいで細かい部分もはっきり見えて十分楽しめました。ただ、投票時に送信が混雑したためか画面が停止状態になり電源をオフして再度オンするまでどうしようもなかったのは問題だなと思いました。

 今日元旦は、8時にすぐ近くの実家へ行き、両親と雑煮を食べ、弟夫婦、甥夫婦、私の息子一家の来訪に備えた準備をしました。やがて皆が揃い、食卓に弟夫婦の持参した洋風おせちも加わってにぎやかなおせち料理が並び、皆で新年を祝ったのです。
甥夫婦は昨年結婚しましたが、事情があって結婚式をあげていないため、嫁さんに会うのは初めてでした。しかし、何故か初めて会う気がしないくらいさわやかで物怖じしない、よく話が出来る女性で、すっかり溶け込んでくれました。
3月には子供が誕生する予定ですが、見せてくれた胎児の写真は顔や手足が結構よくわかり、不思議な感じでした。男でも女でもとにかく元気に生れてくれれば良いなあというところです。

話は変わりますが、私の好きなおせちは、@伊達巻、A蒲鉾、B酢ダコ、Cなますで、中でもなますは毎年太い大根を二本購入し、切った後絞るのは私の役目になっています。一度絞るとかなりの水分が出ますが、それをもう一度絞ると酢に漬けておいてもパリパリになり、おいしいのです。この絞り方が少ないと水っぽくなりますのでご用心。
また、今年は黒パン(最近は店に並ばず、昨日偶然見つけた胚芽パンを購入)を使ったつまみを作りました。このパンを3センチ角位、厚さ5mm位の板状にして、バターを塗り、上に同じくらいの大きさのチーズとパイナップルとパセリを載せ、楊枝を挿します。するとこれが一口で食べられておいしい味をかもし出すのです。これも我が家の正月に必要なものの一つになっています。
もう一つは肉団子。母が50年近く前から毎年作っているもので直径15mmくらいの団子にして油で揚げ、2〜3個づつ楊枝にさして団子にするのですが、これがつまみとしてはなかなかいけるのです。昔は作るそばから試食と称して食べまくったので肉を追加して作ったこともありました。
来訪者が帰りまたもとの静かな状態になりましたが、年賀状も沢山届き、やはり元旦らしい一日となりました。
明日は息子一家と娘一家がやってくるので孫が3人となり、またにぎやかになることでしょう。

今年もよろしくお願い致します。