[資料2] 一 審 判 決          

昭和45年10月 6日 水戸地裁土浦支部   

※ 媒体の性質上、縦書きの文章を横書きに改め、漢数字を算用数字に直しましたが、内容はほぼ原文通りです。


昭和42年わ224号、同225号、同255号

昭和43年わ1号、同2号

判      決

本籍 茨城県北相馬郡利根町大字中田切395番地

住所 不  定

 無   職

                            桜  井    昌  司

                            昭和22年 1月24日生 (23才) 

本籍 茨城県北相馬郡利根町大字押戸1451番地の1

住所 不  定

 無   職

                            杉  山    卓  男

                            昭和21年 8月23日生 (24才)

右桜井昌司に対する強盗殺人、窃盗、右杉山卓男に対する強盗殺人、暴行、傷害、恐喝、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反各被告事件につき、当裁判所は、検察官検事吉田賢治、同三ツ木健益出席、弁護人鈴木敏夫、同小野木武臣、同八木下巽、同八木下繁一出頭のうえ審理して、次のとおり判決する。

          主      文

     被告人両名をそれぞれ無期懲役に処する。

          理      由

( 罪となるべき事実 )

 被告人桜井昌司は、東京都台東区役所吏員をしていた父および野菜行商をしていた母のもとで生育をとげ、昭和37年4月茨城県立竜ヶ崎第一高等学校に入学したが、勉学意欲がなく家庭内の不和もあって1年の半ばで中退し、以後転職を重ね、友人宅を泊り歩いたり、競輪遊技をしたりして徒遊生活を送っていたものであり、被告人杉山卓男は、小学校3年生のときに、肩書本籍地の利根町役場吏員をしていた父と死別し、以後小学校教員をしていた母のもとで生育をとげ、昭和37年4月前記竜ヶ崎第一高等学校に入学したが、2年の3学期に原動機付自転車の無免許運転を理由に退学処分を受け、その後茨城県立土浦職業訓練所を卒業して、東京都で機会修理工となったものの、昭和41年5月母親にも先立たれたうえ、一時同棲して結婚を予定していた女性にも実家へ去られたりしたことなどから、次第に生活が荒むようになり、定職に就かず、母の残した貯金を少しずつ引き出したり、いわゆるタカリをしたりして競輪遊技にこれを費消するなどして、徒遊生活を送っていたものであるところ、

第1、被告人桜井は、ビル清掃夫をしていたところである昭和41年3月13日ごろから同42年10月10日ごろに至る間、前後10回にわたり、別紙記載のとおり、現金合計25万8000円および自転車1台( 時価2万円相当 )を窃取し、

第2、被告人杉山は、  

1、昭和42年1月13日ごろの午後3時ごろ、千葉県印旛郡印西町木下地内「リリー」パチンコ店前路上において、小菅義男 (当時19才) および木村重雄 (当時19才) に対し「金あったら少し貸せ」といい、右小菅がこれを拒絶したことに立腹し、やにわに同人の顔面を手拳で1回殴打し「ちょっとこっちへ来う」といいながら同人の服を引っぱって付近の路地に連行し、同所において、同人およびこれについて来た右木村に対し、それぞれその顔面などを手拳で5、6回ずつにわたって殴打するなどの暴行を加え、

2、同年3月下旬ごろの午後11時ごろ、茨城県北相馬郡利根町大字大房453番地の1野口正光 (当時32才) 方におもむき、同人に対し、友人の山崎登が同人方を訪れているかどうかを質したところ、右野口から「いねえ」といわれたため、同人が山崎を隠しているものと思い込み、かつ、かねてから同人を快く思っていなかったこともあって、これに立腹し、同所付近路上において、壊れた竹垣の竹棒1本 (長さ約1メートル) を引き抜き「なんだこの野郎」と怒鳴りながら、右竹棒で同人の左肩を1回殴打する暴行を加え、

3、同年3月27日午前1時40分ごろ、同県稲敷郡牛久町大字中根「マルイ食堂」こと石井啓治方において、加藤和男、山崎登、坂本旭、大津弘と飲酒したのち、右加藤運転の乗用車に同人らと共に乗車し、同店駐車場から国道に出ようとして車両を後退させようとした際、磐城運送株式会社の自動車運転手小野重隆 (当時23才) 運転の大型貨物自動車が国道から前記駐車場に進入しようとしたため、互いに「道を譲れ」といい合って口論となったあげく、右加藤ら4名との間において、暗黙のうちに、右小野および同人に加勢するためにかけつけた同会社の運転手山崎佳夫 (当時23才)、加藤敬夫 (当時19才)、伊藤富夫 (当時23才)、高木良泰 (当時23才)、佐藤征夫 (当時23才)、小林隆 (当時23才)らに対して暴行を加えることの共謀をとげ、こもごも手拳、石塊などで同人らを殴打したり、足蹴にしたりするなどの暴行を加え、よって右佐藤征夫に対し加療約2週間を要する左頬部、両肩部、腰部打撲傷の傷害を、右小林隆に対し加療約1ヶ月を要する頭部打撲、左第一趾挫傷の傷害をそれぞれ負わせ、

4、同年3月30日ごろの午後9時30分ごろ、同県北相馬郡大字取手所在国鉄取手駅前にある取手合同タクシー有限会社取手駅前営業所内において、石塚正雄 (当時19才) に対し、同人が同所付近のいわゆる遊び人と知り合いだといって虚勢を張っているものと誤解し、海方こと倉持純一郎と共同して「このガキ生意気だ」と怒鳴りながら、石塚を椅子に掛けさせて、こもごもその顔面を約3回づつ足蹴にし、もって数人共同して暴行を加え、

5、同日同時刻ごろ、同所において、中村実 (当時19才) に対し、同人が被告人の知り合いの運転手以外の運転手にタクシー配車をしたことに因縁をつけ、暗黙のうちに前記倉持純一郎との間において、右中村に暴力を加えることの共謀をとげ「この野郎ガキのくせに生意気だ」と怒鳴りながら、こもごも同人の顔面を足蹴にし、よって同人に対し約10日間の安静加療を要する左眼球打撲結膜下出血網膜混濁の傷害を負わせ、

6、同年5月8日ごろの午後9時ごろ、同県北相馬郡利根町大字羽中地内バス停留所付近において、佐藤尚との間に、羽入孝一 (当時17才) から金員を喝取することの共謀をとげ、同人に対し「ステレオを売った金があれば4000円貸してくろ」といって金員の交付を要求し、この要求に応じなければ同人の身体に危害を加えかねない態度を示して脅迫し、同人を畏怖させ、よって同人をして、そのころ同町大字立木1939番地古川保方において現金2000円、翌5月9日午前9時ごろ右羽中地内バス停留所付近において現金2000円を各交付させ、もってこれを喝取し、

7、同年8月29日午後9時40分ごろ、千葉県東葛飾郡我孫子町大字布佐所在国鉄布佐駅前路上において、佐藤四郎 (当時22才) に対し「おう一ぱい飲んで行くべ」といって暗に飲食物の交付を要求し、この要求に応じなければ同人の身体に危害を加えかねない態度を示して脅迫し、同人を畏怖させ、よって同人をして、そのころ同駅前にある「根本食堂」において、ビール5本、天ぷらそば2はいを注文交付させ、もってこれを喝取し、

8、同年8月31日午後7時30分ごろ、茨城県北相馬郡利根町大字中田切401番地木村重雄 (当時19才) 方において「金を5000円貸せ」といって金員の交付を要求し、この要求に応じなければ同人の身体に危害を加えかねない態度を示して脅迫し、同人を畏怖させ、よって同人をして翌日に金員を交付することを約束させたうえ、翌9月1日午後7時15分ごろ千葉県東葛飾郡我孫子町大字布佐地内丁字路上において、現金2500円を交付させ、もってこれを喝取し、

第3、被告人両名は、昭和42年8月28日午後7時20分ごろ、茨城県北相馬郡利根町所在栄橋のたもとでたまたま出会った際、翌日行われる取手競輪の遊興資金の捻出方法を話し合ったが、被告人桜井の知り合いで小金を貯えて闇金融をしているとの噂があった同町大字布川2536番地大工玉村象天 (当時62才) からこれを借り受けようと相談し、両名してそのころ同人方におもむき被告人桜井が、被告人杉山を戸外に待たせて、同人方勝手口に到り、同人に借金を申し込んだところ、同人からすげなく断られたために、両名はやむなく右栄橋付近に引き返したけれども、他に金策のあてもなく再度同人に借金を申し込もうと相談し、再び両名うち揃って同人方におもむき、被告人桜井が勝手口から屋内に上がり込み同人に対し執拗に借金の申し込みをしたが同人から前同様断られたので、被告人杉山も勝手口から屋内に上がり込み借金を申し入れたところ、同人から激しい言動で拒絶されたため、被告人両名は、この際同人を殺害してでも金員を強取しようと決意するに至り、同所において暗黙のうちにその旨の共謀をとげ、同日午後9時ごろ、同人方八畳間において、両名が同人を仰向けに押し倒し、被告人杉山がその上に馬乗りになり、被告人桜井が同所にあったタオルおよびワイシャツで同人の両足を緊縛し、被告人両名が同人の口の中に同所にあった布を押し込み、被告人桜井が同人の頚部に同所にあった布を巻きつけてその上から両手で喉を強く押して扼し、よって、即時同所において同人を気管閉鎖による窒息死に至らしめてこれを殺害し、被告人桜井が同室内のロッカーの中から同人所有の現金7000円を、被告人杉山が同室内押入の中から同人所有の現金約10万円をそれぞれ取得し、もってこれを強取したものである。

( 証拠の標目 )

 第1の事実につき

1. 計良幸一作成の被害届

1. 司法警察員作成の昭和41年3月13日付実況見分調書

1. 桜井宇三郎の司法警察員に対する供述調書( 以上別表1の事実 )

1. 大塚要造作成の被害届

1. 大塚要造、佐藤春雄作成の各答申書( 以上別表2の事実 )

1. 高倉慎作成の被害届

1. 高倉慎の司法警察員に対する供述調書( 以上別表3の事実 )

1. 小倉初子作成の被害届

1. 小倉初子作成の答申書( 以上別表4の事実 )

1. 富樫尚雄作成の答申書

1. 富樫尚雄作成の被害届

1. 検察事務官作成の電話聴取書( 以上別表5の事実 )

1. 宮崎盛五郎作成の被害届( 別表6の事実 )

1. 川野宏作成の被害届( 別表7の事実 )

1. 岡田正宏作成の被害届

1. 司法警察員作成の昭和42年7月22日付実況見分調書( 以上別表8の事実 )

1. 白石文夫作成の被害届

1. 白石文夫作成の答申書( 以上別表9の事実 )

1. 佐藤チセ作成の被害答申書( 以上別表10の事実 )

1. 第1回公判調書中の被告人桜井昌司の供述部分( 別表1ないし10の事実 )

1. 被告人桜井昌司の検察官に対する昭和42年11月12日付( 別表1ないし4、6ないし10の事実 )および昭和43年1月8日付( 別表5の事実 )各供述調書

1. 被告人桜井昌司の司法警察員に対する昭和42年11月5日付( 別表1ないし4、7ないし8の事実 )および同月6日付( 別表6、9ないし10の事実 )各供述調書

 第2の事実につき

1. 小菅義男、木村重雄の司法警察員に対する各供述調書

1. 被告人杉山卓男の司法警察員に対する昭和42年11月4日付供述調書( 記録1024丁 )( 以上1の事実 )

1. 野口正光の司法警察員に対する供述調書

1. 同被告人の検察官に対する昭和43年1月8日付供述調書( 以上2の事実 )

1. 司法巡査作成の昭和42年3月27日付捜査報告書

1. 小野重隆、山崎佳夫、加藤敬夫、伊藤富夫、高木良泰、佐藤征夫、小林隆、加藤和男の司法警察員に対する各供述調書( 加藤和男以外の者は謄本 )

1. 医師前田正明作成の診断書2通

1. 山崎登、坂本旭、大津弘の検察官に対する各供述調書

1. 同被告人の検察官に対する昭和42年11月12日付、司法警察員に対する同年3月27日付各供述調書( 以上3の事実 )

1. 司法警察員作成の昭和42年3月31日付捜査報告書

1. 石塚正雄、中村実の検察官に対する各供述調書

1. 倉持純一郎の司法警察員に対する供述調書

1. 医師飯塚左右二作成の診断書

1. 同被告人の検察官に対する前記昭和43年1月8日付供述調書( 以上4、5の事実 )

1. 羽生孝一( 昭和42年9月18日付謄本、同年11月8日付 )、小倉正己、吉川保( 同年9月19日付謄本、同年11月9日付 )、佐藤尚( 同年10月7日付、同月10日付 )の司法警察員に対する各供述調書( 謄本 )

1. 同被告人の司法警察員に対する昭和42年11月4日付供述調書( 記録1078丁 )( 以上6の事実 )

1. 第3回公判調書中の証人佐藤四郎、第4回公判調書中の証人佐藤尚の各供述部分

1. 佐藤四郎の検察官に対する供述調書

1. 同被告人の司法警察員に対する昭和42年11月5日付供述調書( 記録1039丁 )( 以上7の事実 )

1. 木村重雄の検察官に対する供述調書

1. 同被告人の司法警察員に対する昭和42年11月5日付供述調書( 記録1060丁 )( 以上1の事実 )

1. 第1回公判調書中の同被告人の供述部分( 1ないし6、8の事実 )

 冒頭の事実および第3の事実につき

1. 裁判所の昭和43年4月27日付( 3月25日に実施 )検証調書

1. 司法警察員作成の検証調書

1. 司法警察員作成の昭和42年11月7日付実況見分調書

1. 司法警察員作成の昭和42年8月31日付捜査報告書

1. 利根町長作成の住民票謄本

1. 秦資宣作成の鑑定書

1. 第4回公判調書中の証人海老原昇平、同高橋敏雄、同伊藤廸稔、同青山敏恵、第5回公判調書中の証人小貫俊明、同沢部くに、同藤後昭子、同市川恵造、同蛯原寅吉、 第6回公判調書中の証人角田七郎、第13回公判調書中の証人渡辺昭一の各供述部分

1. 角田七郎、伊藤廸稔、小貫俊明の検察官に対する各供述調書

1. 被告人桜井昌司の検察官に対する弁解録取書

1. 被告人桜井昌司の検察官に対する昭和42年11月1日付、12月19日付、同月21日付(3通)、同月22日付、同月25日付各供述調書

1. 被告人杉山卓男の検察官に対する弁解録取書

1. 被告人杉山卓男の検察官に対する昭和42年11月1日付、12月13日付(4通)、同月14日付(2通)、同月21日付、同月23日付、同月25日付各供述調書

 

( 訴訟関係人の主張に対する判断 )

1、被告人両名及びその弁護人らは、本件強盗殺人被告事件について、次のように主張する。

(1) 被告人桜井は、昭和42年8月28日午後7時ごろから同8時すぎごろまで、東京都新宿区にある国鉄高田馬場駅付近の飲食店「養老の滝」で飲酒し、同日午後9時ごろ、東京都中野区野方にあるバー「ジュン」に立ち寄ったのち、同日午後10時から10時30分ごろ同所付近にある同被告人の兄が借り受けていたアパートに行って宿泊し、一方被告人杉山は、同日午後7時ごろから同10時30分ごろまで同区にある西部新宿線新井薬師駅付近の映画館「薬師東映」で映画を見ており、結局被告人両名とも本件被害者が殺害された当時その犯行現場にはいなかった。

(2) 本件捜査方法は、いわゆる別件逮捕によるものであって不当な見込捜査というほかはないから、憲法33条および34条の精神に違反するものであるが、このような違法手段によって得られた被告人両名の各供述調書はその証拠能力がない。

(3) 被告人両名の検察官ならびに司法警察員に対する各「自白」は、捜査官から、事実を否認すれば死刑になり、これを認めれば死刑を免れる、との利益誘導を受けたことによってなされたものであるから、これを録取した被告人両名の各供述調書は任意性ないし信用性がない。

2、そこで右各主張について順次判断する。

(1) いわゆるアリバイの主張については、第4回公判調書中の証人青山敏恵、同伊藤廸稔、第6回公判調書中の証人角田七郎の各供述部分を総合すると、被告人桜井がある日の午後7時すぎごろ、本件犯行現場近くにある栄橋付近の堤防を勢いよくかけ登ったところ、これを見た角田七郎から「脚力があるな」と声をかけられ、これに対し同被告人がふり返りざま「なんだ」といい捨てて走り去った事実のあったことが認められる。そこでその日が昭和42年8月28日であるか否かについてみると、被告人桜井は本件各公判期日においてそれは同年9月1日のことであると供述しているが、これに反し右青山敏恵は、右公判期日において、それが8月28日であると明言している。一方右伊藤廸稔、同角田七郎は、右各公判期日においては、その日ははっきりとした記憶がないと供述しているが、同時に、それ以前に取調べを受けた検察官に対しては同様の事実を当時の記憶に基づいて供述した旨をも述べている。

そこで同人らの検察官に対する各供述調書を見ると、それが8月28日である旨を述べている。そして右3名が公判期日ないし検察官の面前で供述する8月28日という日の根拠については、右各調書によれば、国鉄常磐線我孫子駅と柏駅との間において発生した列車の脱線事故の翌日であるとの記憶によるものであることが認められるところ、国鉄東京鉄道管理局長作成の「捜査関係事項の照会に対する回答」と題する書面によれば、事故発生は昭和42年8月27日19時14分であり列車が開通したのは翌28日12時20分であることがみとめられる。してみると、右栄橋での出来事は8月28日のことがらであるといわざるを得ないから、それが9月1日であるとの被告人桜井の右供述部分は信用することができない。

また、第4回公判調書中の証人海老原昇平の供述部分によれば、同証人は右8月28日午後7時すぎごろ、本件犯行現場からほど遠くない国鉄成田線布佐駅改札口外にあるベンチに被告人杉山が腰をかけていたのを目撃したことが認められる。この点について、被告人杉山は本件公判期日において、それは同月25日のことであると供述しているが、その根拠は明らかでないのに反し、同証人は右調書によれば、それが右列車事故の翌日であることを明言しているのであるから、これと対比して同被告人の右供述部分は信用することができない。

さらに、第13回公判調書中の証人渡辺昭一の供述部分によれば、同証人は右8月28日午後7時30分ごろ、本件被害者玉村象天方付近で被告人両名を目撃したことが認められる。加えて、第4回公判調書中の証人高橋敏雄の供述部分および伊藤廸稔の警察官に対する供述調書によれば、同人らは右8月28日国鉄我孫子駅の成田線プラットホームにおいて、午後6時47分同駅発の下り列車が発車する直前ごろ、被告人両名を目撃したことが認められる。これについて被告人両名は本件公判期日において、それは9月1日のことであると供述するが、前同様の理由によりそれは信用することができない。

 以上により、いわゆるアリバイの前記主張は採用することができないこととなる。

(2) いわゆる別件逮捕については、捜査機関が、当初から本来の事件について被疑者を取調べる意図ないし勾留状の発布を得るに足る証拠資料が存しないため、ことさらに余罪である他の事件について逮捕状ないし勾留状の発布を得て被疑者の身柄を確保し、これを利用して本来の事件の取調べをしたとするならば、それは、逮捕の理由となった犯罪を明示する令状によらなければ逮捕されないことを保障した憲法33条および拘禁の理由を直ちに告げられることを保障した同法34条に違反する違法な見込捜査というほかなく、右違法拘禁によって得られた被疑者の供述調書は、その証拠能力の有無について十分な検討がなされなければならない場合があるというべきである。

これを本件についてみるのに、第22回公判調書中の証人久保木輝雄、同大木伝、第23回公判調書中の同森井喜六、同早瀬四郎、第24回公判調書中の同早瀬四郎、同深沢武、同富田直七、の各供述部分および本件勾留に関する記録を総合すれば、本件においては捜査官は当初から強盗殺人事件について取調べる意図ないし目的はなく、被告人桜井は昭和42年10月10日窃盗事件の嫌疑によって逮捕され取調べ中同月15日に、また被告人杉山は同月16日暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の嫌疑で取調べ中翌17日に、捜査官がその余罪の有無を問い質したところ、いずれも自らすすんで任意に本件強盗殺人事件について自白をしたものであり、その結果捜査官は右自白に基づき捜査をしたうえで、いずれも同月19日強盗殺人罪について新たに逮捕状の発布を得て同月23日にこれを執行し、同月25日勾留状の発布を得て同日これを執行し、以後これに基づいて取調べを継続したことが認められるので、本件においては、いわゆる別件逮捕による違法捜査は行われなかったものというべきである。

(3) 被告人両名の各供述調書の任意性および信用性については、本件全記録によっても、捜査段階において両被告人に対し強制、拷問もしくは脅迫が行われた形跡は全く認められず、かつ、前記(2)記載のとおり、被告人の各自白は身柄拘束を受けたのち日ならずしてなされたものであるから、不当に長く抑留もしくは拘禁された後の自白ということもできない。そこで取調べに際し捜査官により、なんらかの利益誘導が行われたか否かについてみるのに、被告人両名は、捜査官が事実を否認すれば死刑になるがこれを認めれば死刑を免れるといったので、捜査官の誘導するままに供述した旨を、本件公判期日において述べている。しかし前記(2)記載の各公判調書中の証人の供述部分および第22回公判調書中の証人吉田賢治(本件について捜査し公訴を提起した検事)の供述部分によれば、捜査官においてそのような取調べをした事実はみとめられないので、これと対比して被告人両名の右供述部分は信用することができない。また、被告人両名の各自白調書の供述内容は具体的かつ詳細であるばかりでなく、犯行前後の模様につき前記2の(1)記載の各証人の供述部分に合致するほか、第5回公判調書中の証人根岸千代子、同沢部くに、同藤後昭子、同市川恵造、同蛯原寅吉、同酒巻ふく、同大貫哲男の各供述部分、小貫俊明の検察官に対する供述調書の記載などにも合致するものであって、いずれも信用するに十分である。

 以上の次第であるから被告人両名および弁護人らの主張はいずれもこれを採用することができない。

( 法令の適用 )

 被告人桜井昌司の判示第1の各所為はいずれも刑法235条に、同第3の所為は同法60条、240条後段に各該当し、以上は同法45条前段の併合罪であるが、強盗殺人罪については所定刑中無期懲役刑を選択し、同法46条2項により他の刑を科さず、被告人杉山卓男の判示第2の1の各所為および同2の所為はいずれも刑法208条、罰金等臨時措置法3条1項1号に、同3の各所為は刑法60条、208条、204条、罰金等臨時措置法3条1項1号に、同4の所為は暴力行為等処罰ニ関スル法律1条、刑法208条に、同5の所為は同法60条、204条、罰金等臨時措置法3条1項1号に、同6ないし8の各所為は刑法249条1項に、判示第3の所為は同法60条、240条後段に各該当するので、所定刑中、判示第2の1ないし5の各罪については懲役刑を、判示第3の強盗殺人罪については無期懲役刑を各選択し、以上は同法45条前段の併合罪であるが、その1につき無期懲役に処すべき場合であるので同法46条2項により他の刑を科さず、被告人両名をそれぞれ無期懲役に処し、訴訟費用は刑事訴訟法181条1項但書により被告人両人にこれを負担させないこととする。

( 量刑の事情 )

 被告人両名は、本件強盗殺人を犯した当時においては徒遊生活を続け、競輪資金ほしさから、なんの遺恨もない老令の被害者を残虐な手段方法で殺害して金員を強奪したものであり、その刑責は重大であるが、殺害行為は偶発的なものと認められる点を考慮して、所定刑中無期懲役を選択した次第である。

 よって主文のとおり判決する。

   昭和45年10月6日

 水戸地方裁判所土浦支部              

                        裁判長裁判官   藤   岡     学

                           裁判官   玉  井   武  夫 

 裁判官山口忍は転補を解かれたので署名押印することができない。

                        裁判長裁判官   藤   岡     学

 

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