映画の中のえん罪事件  NO.11


第15回

 これまで14回にわたって見て来ましたように、映画の中での<えん罪事件>の扱われ方は実に様々で、ある映画では、真っ正面から<えん罪事件>そのものにスポットライトを当てていたかと思うと、ある映画では、主人公のとった行動に対する動機付けとして、また別の映画の中では、ただ単に緊縛感を出すための小道具だったりしています。

 今回取り上げる映画は、そんな中でもちょっと異色の映画で、分類からすると<ホラー映画>ということになるのでしょうか・・・? ケイト・ブランシェット主演のギフト(2000)という映画です。余談ですが、ここに言う<ギフト>とは、お中元やお歳暮とは全く関係なくて、神からの贈り物 ― すなわち<霊能力>のことを指しています。

 主演のケイト・ブランシェットは、『 エリザベス 』でアカデミー賞候補にもなった演技派女優で、おぞましい事件に巻き込まれて、恐怖におののきながらも真実に立ち向かう繊細なヒロイン役を見事に演じています。また、助演のキアヌ・リーブスが、今までのイメージとはまるで違った役柄に挑戦しているのも見物(みもの)です。 彼のファンが見たら、きっとガッカリするのでしょうが ・・・ 。

 そして、助演男優で忘れてならないのがジョバンニ・リビシーで、彼は『 プライベート・ライアン 』という映画の兵士役で注目を集めた俳優でもあり、この映画の中では、子供の頃に父親から性的虐待を受けたが為に精神に異常を来した青年という難しい役柄をとても怪しく演じています。なお、エンドクレジットでは、彼の名前は2番目( キアヌ・リーブスの前 )に登場します。

 監督は、『 死霊のはらわた 』で衝撃的なデビューを果たし、その後『 シンプル・プラン 』『 スパイダーマン 』などの演出でも注目を集めた、サイキック・ホラーの鬼才サム・ライミ監督。撮影が、実際に<幽霊事件><超常現象>の噂の絶えないアメリカ南部の町サバナで行われたということもあって、公開前からとても話題になった映画です。

 余談ですが、このサバナという町は、北米大陸の南東部、ジョージア州の東端に位置する大西洋に面した小さな港町で、19世紀のたたずまいを今でも残す美しい町並みがクリント・イーストウッド監督作品の『 真夜中のサバナ 』という映画の舞台にもなっています。

― さて、映画の内容に触れる前に、この映画の位置付けを確認しておきましょう!

 この後のストーリーを読んで頂ければ分かると思いますが、この映画も<えん罪事件>のスタイルが『 陰謀・被害者型 』ということになるかと思います。そして、「 何時の時点を捉えたものか 」という点につきましては、この映画の一番の見処がアニーの<霊能力>によって<えん罪事件>が解決するラストシーンなので、又々私の独断ではありますが『 判決後 』に分類させて頂きたいと思います。( 第12回参照 )

― では、前置きはこの位にして、さっそく映画の話に入りましょう・・・!

 オープニングは、如何(いか)にもこれから起こる悲惨な事件の前触れのように、虫の音が喧(かまびす)しい夜明け前の薄闇の中、鬱蒼(うっそう)とした深い森を霧がすっぽりと包み、何処とも知れない大きな池の畔(ほとり)に節くれ立った樫(かし)の古木が不気味な姿を現します。― 次第に辺りが明るさを増して来たと思った刹那(せつな)、激しい雷鳴と共に一瞬の光に照らされて、シャツの胸をはだけた下着姿の女性の死体が、薄闇の中に浮かび上がります。

 この映画の舞台は、ジョージア州の小さな町ブリクストン(架空の町)。アニー・ウィルソン( ケイト・ブランシェット )は、代々霊能者だった家系に生まれ、半年前に夫のベンを工場の爆発事故で亡くすまでは、普通の主婦として、平凡ながらとても幸せな暮らしをしていました。しかし、その最愛の夫を失ってからは、3人の子供たちを女手ひとつで育てていかなくてはならず、ブリクストンの人々の悩み事を<カード占い>によって解決してあげるという、一風変わった仕事で糊口(ここう)を凌(しの)いでいました。

 アニーには、生まれつき特殊な<霊能力>が備わっていました。それは、言ってみれば<予知能力>とか<透視能力>のようなもので、本人の意思とは全く関わりなく、夢の中に現れる場合もあるし、白昼でも突然に超現実的な<異界>を覗(のぞ)き見てしまうこともあります。それは、彼女が物心ついた時から見て来た不思議な光景ですが、いつも不幸な出来事の場合の方が多く、何度見ても慣れる事は出来ません。

 ベンが事故死した前の晩にも、とても不吉な<夢>を見ました。それは、<爆発事故>そのものの夢ではありませんでしたが、どういう訳か夫が自分の傍(そば)からいなくなり、彼女が独り残されるという怖い夢でした。何となく胸騒ぎがしたので、翌朝いつものように出勤する夫を引き留めましたが、ベンはそれに取り合わずに出勤したために、遂に帰らぬ人となってしまいました。それが、今の彼女のただひとつの心残り ・・・ 。幸せだった頃に撮った、夫と子供たちのスナップ写真を見ては、夜中にひとり涙ぐむ事もあります。

 彼女の住むブリクストンという町は、緑豊かな自然に囲まれた、とても静かな田舎町で、住民も純朴な人達ばかりでしたが、アメリカ南部特有の封建的な気質が今も色濃く残っていました。また、非常に迷信深い人も多く、アニー<占い>に救いを求めて来る愛すべき人達がいる一方で、彼女のような特殊な能力に対して、根強い<偏見>を持っている人も、また少なからずいました。中には、彼女のことを憎悪を込めて<魔女>と口汚く罵(ののし)る人さえいます。

― この映画では、小さな雪の欠片(かけら)が思いも掛けない大きな雪崩(なだれ)を引き起こすように、幾つかの小さな事件が相互に共鳴して遂には大きな事件へと変貌して行きます。

(1) 夫の暴力に悩むヴァレリー

 彼女のもとを訪れる常連客の1人に、ヴァレリー・バークスデイルという名の30才前後の主婦がいました。彼女は、日頃から夫の度重なる暴力に悩んでいて、その朝も右眼の周りに青紫の痣(あざ)をつくって、朝一番に駆け込んで来ました。アニーは、そんな彼女の姿を見かねて、法的手段に訴えてでも夫とは別れるようにとアドバイスします。

(2) ウェイン校長とジェシカの未来

 長男のマイクは、父親の事故死の直後から精神的に不安定になり、最近ではめっきり口数が少なくなって、学校でも度々問題を起こすようになりました。その朝も、学校からの電話で校長室に呼び出され、校内で喧嘩(けんか)して軽い怪我をしたことを知らされます。成績もこのところ下がっているので、それを心配した校長が電話をかけて来たのでした。

 この校長は、ウェイン・コリンズという名で、年は30代とまだ若いのですが、もの静かでとても誠実そうな男性で、最近、ジェシカ・キングという若くて美しい女性と婚約したところでした。彼女は、町の有力者で学校の理事長でもあるケネス・キングの一人娘でした。

 アニー校長が深刻な話をしているところへ、そのジェシカがとても華やいだ雰囲気を振りまきながらツカツカと入って来ます。そして、話を途中で打ち切って出て行こうとするアニーに問いかけます。「 あなた、あの占い師のウィルソンさん? 」「 私たち、幸せになれるかしら ・・・ ? 」

 アニーは、入口にたたずんだままふたりを見つめると、何処からともなく一陣の風が吹き付けて来て、またあの<異界>へと誘(いざな)われます。 ― 突然、校長のデスクの上で1本の鉛筆がコロコロと転がって来て端から落ちると、どうした訳か水たまりに泥だらけのジェシカの素足が浸(つ)かっていて、鉛筆はその水たまりの中へポチャンと音をたてて飛び込みます。 ― とても不吉な予感! しかし、アニーは、ふたりにそんな事を面と向かって言えないので、どうにかその場を取り繕(つくろ)って校長室を後にします。

(3) PTSDに苦しむバティ

 また、アニーのもとへ相談に訪れる常連客の中に、バディ・コールという自動車修理工の若者がいました。彼は、子供の頃に父親から受けた性的虐待がもとで、PTSD( 心的外傷後ストレス障害 )に悩んでいました。その日、彼女が学校まで乗って行ったポンコツの<オールズモビル>のドアが、うまく閉まらなくなったので彼の修理工場に立ち寄ります。そして、自宅まで送り届けてもらう途中で、彼はまた例の発作に見舞われます。ハンドルに頭を預けて泣き崩れるバディにハンカチを貸してやるアニー。 ― 彼の周囲にも<死の陰> ・・・

 ところで余談ですが、親の子に対する<児童虐待>によってPTSD( 心的外傷後ストレス障害 )が引き起こされた例は、近年我が国でも多数報告されています。その「 児童虐待には身体的暴力だけでなく、食事や身の回りの世話を怠る怠慢や、言葉の暴力など心理的なものも含まれ、子供の時に親からこうした広い意味での虐待を受けると大人になってからも長くPTSD( 心的外傷後ストレス障害 )に苦しむことがある 」と言われています。(『imidas2002』集英社 )

(4) アニーを逆恨みするドニー( 金曜日 )

 その夜、ヴァレリーの夫のドニー・バークスデイル( キアヌ・リーブス )が、突然訪ねて来ました。彼は、野球帽を目深に被り、頬からアゴにかけて黒いヒゲを生やしています。不意の訪問に不審に思った彼女は、初めは身構えていましたが、ドニーの余りにも神妙な態度に、つい気を許してドアを開けてしまいます。途端に彼の態度は一変、ズカズカと部屋の中に入って来るやアニーに言いがかりをつけます。そして、ヴードゥー人形を彼女に突き付けて、女房に会うのを止めないと呪(のろ)ってやると脅(おど)します。

 このDV(ドメスティック・バイオレンス)男のドニーは、数日後に、またひと騒動巻き起こします。アニーが何時(いつ)ものように<カード占い>をしていると、何かを思い詰めたようなヴァレリーがやって来て、もう一度カードを読んで欲しいと頼みます。夫の暴力に酷(ひど)い目に遭(あ)いながらも別れられない彼女は、唯一<カード占い>に希望を託していたのです。そこへドニーが踏み込んできてヴァレリーに暴力を振るった挙げ句、有無を言わせず、彼女を引きずって自宅に連れ帰ります。

 余談ですが、<ドメスティック・バイオレンス>というのは、「 夫や恋人など親しい関係の男性から女性に向けられる暴力 」を指す言葉で、従来「 日本では夫婦間の問題に他人が介入すべきでないとされ、夫婦間の暴力に関して当事者たちを始め、警察や検察、裁判所などでも犯罪との認識が薄く、適切な対応がとられて 」きませんでしたが、近年「 女性に対する暴力は社会的な力関係を利用した重大な人権侵害である 」との強い認識から、昨年(2001年)4月6日に、我が国でもいわゆる<DV防止法> ―「 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律 」― が国会で可決成立し、同年10月から施行されています。(『imidas2001・2002』集英社 )

― さて、これから起こる恐ろしい事件を予知するかのように、彼女の<霊能力>は次第にその感度を増して行きます。

 その日、裏庭で洗濯物のシーツを干していると、その白いシーツ越しに白髪の老婆が<柿>の入ったバスケットを手に歩いて来るのが見えました。その老婆は、アニーが昔大好きだった祖母でしたが、何と彼女が子供の頃すでに亡くなっていました。祖母は、彼女の記憶にある姿そのままで、やさしく微笑みながらアニーに話しかけます。

 そして、祖母が嵐の訪れを告げると、それまで雲ひとつ無い好天だったのに、突如空が暗くなり、モクモクと雷雲がわき上がって来たかと思う間もなく、雷鳴と共に彼女はまた恐ろしいシーンを目にします。 ― 突然、男がハンマーで車のフロントガラスを打ち砕き、ガラス越しに血まみれの女の顔が現れたかと思いきや、ハンマーがさらに打ち下ろされ、下着姿の女が地面に仰向けに倒れ込む、というシーンです。

(5) 自由奔放に振る舞うジェシカ( 金曜日 )

 その夜アニーは、親友のリンダにムリに誘われてカントリークラブへと出掛けて行き、そこで偶然ウェイン校長とジェシカのカップルに出会います。ジェシカは、そのセクシーな魅力と父親の財力をバックに自由奔放な生活を送っていて、どちらかと言うと地味で生真面目な校長とは全く不釣り合いでした。彼女にとっての結婚は、ただ単に世間体(せけんてい)をとり繕うための隠れ蓑に過ぎず、結婚後も男遊びを止めるような気配は全くありません。

 それを裏付けるかのように、アニーはそのクラブの化粧室(個室)で、大胆にも、他の見知らぬ男とセックスに励むジェシカの姿を偶然目撃してしまいます。

 ウェイン校長は、とても控えめで飾らないアニーに心惹かれるものを感じ、アニーウェイン校長の中に夫の面影を見て好意を抱きます。

(6) 陰湿な嫌がらせをするドニー( 土曜日 )

 隣の家に預かって貰っていた子供たちを連れて帰宅すると、誰もいない筈の部屋の中で明かりが揺らめいて、何か物音がしました。留守の間に誰かが侵入しているようです。アニーは、野球のバットを手に恐る恐る家の中に入っていくと、彼女の寝室のドアがわずかに開いていて、ラジオから伝道師が旧約聖書を読み上げる声が聞こえてきました。そして、ベッドの上にはカードを並べて<SATAN−悪魔の文字が ・・・ 。

 翌朝、アニーが警察に通報すると、その日の夕方にドニーから嫌がらせの電話がかかってきて、ぞっとするような声で脅迫を受けます。子供たちにも危険が及ぶ可能性があり、彼女はとても不安に駆(か)られます。

― さて、映画の舞台装置が全て整ったところで、いよいよ導火線に火が付けられます。

(7) アニーの見た怖い夢( 土曜日 )

 その夜、身の危険を感じたアニーは、枕元に野球のバットを置いて床に着きました。すると夜中に、(のど)を締め付けられるような圧迫感を覚えて、急に目を覚(さ)まします。実際に誰かに強く頸(くび)を絞められているようで、全く呼吸が出来ません。必死に枕元のバットに手を伸ばしますが、どうしても届きません。このままでは、本当に窒息死してしまいます。頼みの綱のバットは、指が触れたと思う間もなく、無惨にも大きな音を立てて床に倒れてしまいます。

 もう、ダメだ! ・・・ と思った瞬間、暗闇に閃光(せんこう)が走り、頸(くび)を絞められて歪んだ女性の顔が、脳裏に浮かび上がるや、突然その息苦しさから解放されます。アニーがベッドに起きあがって確かめると、バットは置いた時のままの状態でサイドテーブルに立てかけられています。 ・・・ <怖い夢>でした! しかし、<夢>と言うには、余りにもリアル過ぎます。 ― 枕元の時計の針は、午前1時28分を指していました

(8) 一人娘ジェシカの失踪( 日曜日 )

 悪夢の一夜が明けた翌日、復活祭を祝う教会のミサを終えての帰道、リンダからジェシカの失踪を知らされます。前日の夜ジェシカは遂に帰宅せず、ベッドには寝た形跡が全くないとのこと。一人娘の失踪に、心を痛める父親のケネス。

(9) 新たな展開を迎える失踪事件( 水曜日 )

 それから4日後、アニーが何気なく夕刊を見ると、その第1面にはジェシカ失踪のニュースが大見出しで取り上げられていました。警察は全力をあげて彼女の捜索にあたっているが、依然として彼女の行方は分からないままであるとの記事。秘密裏に行われた捜索が行き詰まった為に、公開捜査に踏み切ったようです。なお、彼女の車は、酒場の駐車場に放置されたままになっていました。

(10) 執拗に続くドニーの嫌がらせ( 水曜日 )

 次男のミラーアニーの使いで隣の家へ行こうと表通りに出ると、それを待っていたかのように1台のピックアップ・トラックが近づいて来て、急停車しました。黒いサングラスに野球帽を被ったドニーが助手席の窓から顔を出し、女房のヴァレリーが来ていないかと尋ねます。ミラーがそれに答えないでいると、ドニーが突然怒り出して、彼に帽子を投げつけます。そして、まだ幼いミラーの腕をつかんだまま、母親のことを盛んに詰(なじ)る乱暴者のドニー。

 そこへ偶然通りかかったバディが、ミラーに事情を聞くや頭に血が上り、トラックの荷台に積んであった<バール>を猛烈な勢いでドニーの車に叩(たたき)き付けます。メチャメチャになるフロントガラス。それを止めさせようとドニーは彼に拳銃を突き付けますが、自殺願望の強いバディは、その銃口を自分の額に強く押し付けます。その異常さに恐れをなして、慌てて引き上げるドニー。

(11) 救いを求めるケネス・キング( 水曜日 )

 その夜、万策尽きて藁(わら)にもすがる思いで、父親のケネス・キングと婚約者のウェイン校長、それにパール・ジョンソン保安官の3人がアニーの家に押しかけます。娘のことが心配で、すっかり憔悴しきっている様子のケネス・キング。自身は、<霊能力><占い>などを全く信じていないので、ここに来たのは全く不本意だとばかりに、憮然とした表情の保安官。

 土曜の晩に見た悪夢の事には全く触れないまま、カードでジェシカの行方を占うアニー。朧気(おぼろげ)ながら、大きな柵と柱のあるゲート、そしてたくさんの白い花が咲き誇っている映像が頭に浮かびますが、保安官が茶々を入れて邪魔するので、占いに精神を集中出来ないアニー。

(12) 不気味な夢の意味するものは ・・・ ?( 水曜日 )

 その晩、アニーは再び不気味な夢を見ました。薄いナイトガウンを着た彼女が、天蓋のように木々の覆(おお)い被さった並木道をひとり歩いて行くと、一面に白百合の花が咲き乱れている場所に出ました。彼女が思わず一輪手折ると、その白百合は突然しぼんで、真っ黒に枯れてしまいます。ふと気付くと、目の前にレンガの太い柱に支えられた丸太のゲートがあり、薄気味悪い池が静かに水を湛(たた)えています。

 池の畔(ほとり)には、地面から立ち上がったように根を露出した樫(かし)の古木が、地獄を思わせるような異様な風景を演出しています。いつの間にか、太いチェーンが巻かれた丸太の前にいて、そのチェーンに手を伸ばすと、真っ赤な血がしたたり落ちて来ます。すると、何処からともなく聞こえてくるバイオリンの調べ。池の向こう岸で、カーボーイハットを被った男が弾いていました。突然、その音がささくれ立つような不快な音に変わり、アニーは驚いて目を覚まします。 ― 枕元の時計の針は、あの日と同じ午前1時28分。

 眠れないアニーは、高ぶった気を沈めようと、ミルクを飲みながら網戸を開けて裏庭へ出ます。マホガニーの巨木の下に寝そべっていた飼い犬のブッチにも、ミルクを分けてやろうと手を差し出すと、その手の上に滴がポタッ、ポタッ ・・・ 。

 見上げると、信じられない事にその巨木には太いチェーンを巻き付けられた半裸の水死体が ・・・ 。おぞましい姿のジェシカが、木の梢(こずえ)に漂(ただよ)っていました。突然、片方の目が大きく見開かれると、ぞっとするような視線をアニーに向けます。驚いてコップを落としてしまうアニー。再度見上げると、ジェシカの死体は、もう消えていました。

(13) 急展開・ジェシカの捜索!( 木曜日 )

 翌日アニーは、急いで保安官事務所へ。昨夜の出来事を一部始終ジョンソン保安官に話して聞かせますが、胡散(うさん)臭い目でアニーを見るだけで、全然取り合ってはくれません。しかし、何とか保安官を説き伏せて、バイオリンの音をヒントにその場所を割り出します。 ・・・ どう言う因縁(いんねん)か、そこはドニーの私有地でした。

 早速、保安官と捜索隊一行を引き連れてドニーの土地へ。ケネス・キングウェイン校長も同行しています。そこには、樫の古木に囲まれた大きな池があり、白百合の花がたくさん咲いています。 ・・・ 信じられない事に、昨夜夢で見たのと全く同じ光景がそこに広がっていました。捜索隊一行は、2艘(そう)のボートを池に浮かべて隅々まで捜索します。

(14) ついに到来・ドニーの逮捕!( 木曜日 )

 池の捜索は、ドニーの留守中に行われていたのですが、彼が帰宅するやスゴイ剣幕で保安官の所へやって来ます。袖をまくり上げたドニーの腕には、見間違えようもない<ひっかき傷>が ・・・ 。不審に思った保安官の問に、野良猫を殺そうとしてひっかかれた傷だと平然と答えるドニー。

 彼は、桟橋にいるアニーの姿を目にすると、顔色を変えて走り寄り、いきなり彼女の鳩尾(みぞおち)にパンチを食らわせます。衝撃で前のめりに倒れるアニー。傍にいたウェインが、すかさずドニーのアゴにお返しのパンチ。倒れたドニーが起き上がろうとした所へ、駈(か)けつけた保安官が、彼の頭に拳銃を突き付けます。

 そこへ、池の方から捜索隊員の緊迫した声があがり、太いチェーンを身体に巻き付けられたジェシカの死体が、池の中から引き上げられます。後ろ手に手錠をかけられて緊急逮捕されるドニー。「 おれじゃない! 嵌(は)められたんだ!」と叫びながら連行されて行くドニー。

(15) 異様な雰囲気に包まれた公判開始!

 ドニーの裁判は、被害者が町の有力者の一人娘で、無惨な殺され方をした上に、事件を解決したのが特殊な<霊能力>の持ち主だったということもあり、ドニーの逮捕以来ずっと町中の噂の的になっていたので、連日傍聴席は満員でした。

 しかし、アニーにとって非常にショックだったのは、公判開始の前日に地方検事の呼び出されて、裁判所内の彼のオフィスを訪ねた時に、そこで応対に出たダンカン検事が、実はあのカントリークラブの化粧室でのジェシカのセックス相手だったと知ったことでした。

 その数日後から始まった証人尋問では、初めから覚悟はしていたものの、やはり被害者の死体発見の経緯(いきさつ)が人々の注目を集めました。証人席に座ったジョンソン保安官も、弁護士の意地悪い質問には、返答に困ってしまい、言いよどむ場面も ・・・ 。

(16) バディを苦しめるものは ・・・ ?

 閉廷後、裁判所から出て来たアニーを、蒼ざめた顔のバディが待ち構えていて、しつこく話しかけてきます。彼は、自分を支配している苦悩と闘いながら、それを解決出来るのはアニーだけだと信じ込んでいましたので、縋(すが)る思いで彼女に救いを求めますが、裁判の事で頭がいっぱいの彼女は、バディの精神が極限状態にあることに気付かず、おざなりな返答をするだけで自宅に逃げ帰ってしまいます。後にひとり残され、呆然と立ちすくむバディ。

 その夜、錯乱状態に陥ったバディは、自分を苦しめる原因となった父親のオデールを椅子に縛り付けて、過去の清算をしようとします。彼の母親からかかって来た、悲痛な声の電話メッセージを聞いたアニーが、慌てて駈(か)けつけますが、もう誰の話も聞こうとはしません。泣き叫びながら、裸の父親をベルトで鞭(むち)打つバディ。

 オデールは、椅子に縛り付けられた上に、口にガムテープを貼られていたので、ただ呻(うめ)き声を上げることしか出来ません。バディは、子供の頃に父親から受けた性的虐待がもとで精神に変調をきたし、正常な対人関係を築けなくなっていました。

彼は、思い詰めたような表情で裏庭の隅に歩いて行き、ガソリンの入った汚い缶を手に戻って来ると、父親の身体にガソリンを振り掛けます。驚いたアニーは、必死で止(や)めさせようとして揉(も)み合いますが、バディはライターで火を付けてしまいます。恐怖に大きく目を見開いて、必死にもがき続けるオデール。 ・・・ 母親の悲痛な叫び声!

 本当に、あっと言う間の出来事でした。燃えさかる炎の中で、のたうち回るオデールの腹部には、<青いダイヤモンド>の刺青が ・・・ 。バディが、これまで何度も口にしていた<青いダイヤモンド>と言うのは、この事だったのです。

 その後、バディは通報で駈(か)けつけた警官に逮捕され、大火傷をしたオデールは救急車で病院へ。連行されて行くバディを自責の念で呆然と見送るアニー。

(17) ついに迎えた結審の日!

 この数日間、町中の人々が注目していた殺人事件の裁判も、アニーに対する証人尋問とドニーに対する被告人尋問を終えると結審を迎えます。予想したとおり、アニーに対する証人尋問では、被告側弁護人から彼女の<特殊能力>に対して、皮肉ともとれる痛烈な質問が何度も浴びせられますが、彼女の涙ながらに訴える真摯な態度に矛先が鈍り、結局スゴスゴと退散!

 ドニーには、不利な状況証拠が余りにも揃い過ぎていました。地方検事の被告人尋問で窮地に追い詰められると、証言台を叩いて激昂し、遂には完全にキレてしまいます。傍聴席のアニーを指差して<魔女>呼ばわりするという一幕も。

 それから数週間後に結審となり、予想されたとおりドニー<有罪判決>を受けます。

 彼が<有罪>とされた証拠には、<状況証拠>も含めて次のようなものがありました。

・ 被害者の死体が、ドニーの私有地内にある池に沈んでいたこと。
ドニーには、日頃から暴力沙汰が絶えなかったこと。
・ 事件当夜、被害者と争っている
ドニーを目撃した人がいること。
ドニージェシカは以前から肉体関係があり、別れ話が出ていたこと。
ドニーの腕に、ひっかき傷があったこと。
・ 被害者の爪の間から
ドニーの皮膚組織が検出されたこと。

(18) 終わらない悪夢!

 町中の人々を巻き込んだドニーの裁判が終わると、ブリクストンの町も再び平穏な日々を取り戻します。ドニーは刑務所に収監され、バディも今では遠く離れた郡の精神病院に収容されています。

 裁判後にすっかりやつれてしまったヴァレリーが、バツの悪そうな顔をしながら訪ねて来た日の夜、アニーが玄関の鍵を閉めた後バスルームへ行こうとすると、どうした訳か絨毯を敷き詰めた廊下に水たまりが出来ています。閉めておいた筈のバスルームのドアもわずかに開いていて、水が廊下の方に漏れています。

 動悸が速くなるのを感じながら、勇気をふるってバスルームに近づいて行くと、ドアの隙間から水のしたたる音と共に女性のすすり泣きが聞こえて来ます。震える手でドアを開けると、バスタブの中に、身体にチェーンを巻き付けたジェシカがうずくまって泣いていました。恐怖に立ちすくんでしまったアニーの方を振り向いて、「 バカやろう 」と叫ぶジェシカ。

 驚いて逃げようと振り向いた途端、目の前にはジェシカが立ちはだかっています。恐怖の余り尻餅をつき、壁際にうずくまるアニー。そして、雷鳴がとどろき、驚いて顔をあげるとジェシカの亡霊はもう消えていました。

(19) 真犯人の正体は ・・・ ?

 翌日、ウェイン・コリンズを訪ねたアニーは、散らかり放題の部屋で酒浸りの荒(すさ)んだ生活を続けている彼の憔悴(しょうすい)しきった姿を目にします。ウェインは、度重なるショックの余り、裁判開始以来ずっと学校を休んでいて、家に引きこもったままだったようです。真犯人は他にいるかも知れないというアニーの話に、さらにがっくりと肩を落とすウェイン。

 夕方、家に戻ったアニーは、ローソクを灯した部屋でひとり<カード占い>をします。すると、突然窓から突風が吹き込んできてローソクの炎が消え、蛇口から水のしたたり落ちる音が響いてきます。その音に導かれるように、アニーは、あの不思議な<異界>へと ・・・ 。 水滴は、いつの間にか真っ赤な血となって排水溝に流れて行きます。

 突然、暗闇の中で懐中電灯を持った腕が振り下ろされる映像が浮かんだかと思う間もなく、アニーは、実際に頭に強い衝撃を感じます。しばらく、イスに座ったまま動けないアニー。 ― もしかしたら、これは事件の前兆 ・・・ ?

 その夜、嵐の前触れのような雷鳴がとどろく中、ダンカン地方検事の自宅を訪ねます。唐突にアニーは、真犯人は他にいるので、ドニーの裁判をやり直すように懇願します。渋るダンカンに、事件が起こる前の晩のスキャンダルを持ち出し、それとなく脅迫するアニー。

 雨が降りしきる夜道を運転して、ようやく我が家に帰り着くと、ヘッドライトの明かりに照らされて、庭の植え込みの中にバディの姿が浮かびました。慌(あわ)てて車を停めるや、急いでドアを開けて植え込みの所を見ましたが、そこにバディの姿はもうありません。

 何となく身の危険を感じ、今夜は隣の家に泊めてもらおうとドアを開けたところ、暗闇の中にひとり佇(たたず)んでいウェインと鉢合わせします。どうしても真犯人を知りたいから、カードで占って欲しいと頼むウェイン。だけど、意識を集中出来ずに、カードを読めないアニー。

「 あの池に行ってみたら、きっと上手(うま)くいくかも知れない 」と、雨が降りしきる中、ふたりはジェシカの死体が発見された池へと向かいます。懐中電灯を照らしながら、池の畔(ほとり)へと歩いて行くふたり。樫の古木が相変わらず不気味な陰をつくっています。アニーがうっかり何かに躓(つまづ)いて倒れると、彼女のそばに走り寄って地面に転がった懐中電灯を拾い上げて、彼女の顔を照らすウェイン。

 突然、アニーの脳裏に戦慄が走り、懐中電灯が頭に振り下ろされて頭から真っ赤な血が流れてくるという、夕方に見たのと同じ幻覚を見ます。ぞっとして、思わずウェインを見上げるアニー。途端に怖くなった彼女は、急いで池を離れます。後ろからは、懐中電灯を手にしたウェインが ・・・ 。

 すると、フラッシュバックのように幻覚がまた現れて、事件の真相の一部始終を見てしまうアニー ― 酒場の駐車場でウェインに夜遊びを見つかり、言い訳をするジェシカ。問い詰めるウェインに居直るジェシカ。思わず彼女の頬を平手打つウェイン。腹立ち紛れに彼を罵倒するジェシカ。車のボンネットの上にジェシカを押し倒し、彼女の頸に手をかけて力を込めるウェイン。力尽きてぐったりするジェシカ。 ― 彼女の腕時計の針は、やはり午前1時28分。

 そうです、あの穏やかで優しい眼差しのウェイン校長が、実は<真犯人>だったのです。真相を知ってしまったが為に、身の危険を感じるアニー。思わず後ずさりするアニーに、言い訳をしながらも、じりじりと迫ってくるウェイン。 ・・・ 不吉な予感!

 アニーは、いつの間にか桟橋に追い詰められていました。彼の顔には、徐々に殺意が浮かんで来るのが分かります。桟橋の手摺に沿って後ずさっていると、そこに掛けてあった投網に手が触れます。アニーは、咄嗟にそれをつかんでウェインに投げつけます。ウェインは、逃げようとするアニーの腕をつかむと、いきなり懐中電灯で彼女の頭を殴りつけます。衝撃で、桟橋に倒れ伏すアニー。

 ウェインはゆっくりと歩きながら、額から血を流して倒れている彼女の前に回り込み、まだ息があるのを確かめると、トドメを刺そうと再び懐中電灯を高く振り上げます。もうダメかと思った刹那、いきなりウェインは誰かに手首を掴(つか)まれます。 ― なんと救世主は、あのバディでした!

 バディは、ウェインから奪った懐中電灯で、彼のアゴを激しく殴りつけます。一発でノックアウトされるウェイン。信じられない思いで、バディの顔をじっと見上げるアニー。そして、助け起こしてくれる彼に、嬉しさの余り抱きつくアニー。

 ところで、つまらない事ですが、ウェインアニーを殴りつける場面で、ウェインは左手に懐中電灯を持ち、左から右に横殴りに殴りつけます。この時、アニーはもう仰(の)け反っているので、怪我をするのはアゴの筈なのですが、どういう訳か、血は右前額部から右頬(みぎほほ)にかけて流れて来ます。2人ともアクションスターじゃないから仕方がないのかもしれませんが、見ていて何となく違和感を感じます。

(20) 信じられない出来事!

 ふたりは、完全にのびているウェインを引きずって行って、車のトランクに放り込みます。「 あなたは、病院にいるのかと・・・?」ハンドルにもたれて、助手席のバディに問いかけるアニーに、「 逃げてきたんです。ボクは自由の身です!」と答えるバディ。そして、あの時彼を救ってやれなかった事を心から詫(わ)びると、逆に励まされるアニー。目頭が熱くなり、思わず涙ぐむアニーに、そっとハンカチを手渡すバディ。 ― そうです! 以前、彼に貸してやったあの<ハンカチ>でした。

 ふたりは、そのまま保安官事務所へと向かいます。バディを車に残し、アニーが保安官助手2人を引き連れて再び車に戻ると、もうそこにバディの姿はありませんでした。

 ウェインは、すっかり観念して、ジョンソン保安官の事情聴取に<犯行>をすべて認めます。あれ程真面目だった奴が、こんな恐ろしい犯罪を犯した事が全く信じられないといった様子の保安官。そして、アニーに静かに語って聞かせる保安官の口から、またしても信じられない事実を知らされます。

 バディは、その日の夕方6時頃、病院のシャワー室で<首吊り自殺>をしていたのです。思わずポケットから<ハンカチ>を取り出して確かめるアニー。<ハンカチ>は、間違いなく手の中にありました。これをどう理解すれば良いのでしょうか ・・・ ? 危機に陥ったアニーを救うために、バディ<冥界>から舞い戻って来たのでしょうか ・・・ ?

― ところで、この映画の中では、3人の悩める男女がそれぞれの加害者とペアをなす形で登場します。まずDV夫のドニーと愛しながらも彼の暴力に怯える妻のヴァレリー、年老いた父親のオデールと子供の頃に受けた性的虐待が原因でPTSDに悩む息子のバディ、そして放埒(ほうらつ)ジェシカと彼女の奔放な性に苦悩する婚約者のウェイン。そのトライアングルの中心にアニーがいます。

 そして、バディウェインは、その<苦悩>の原因となっていた相手を殺害(オデールは生死不明)することによって、それらから逃れようとします。結局バディは、自ら命を絶つことによって一切の<苦悩>から解放されますが、ウェインは恋敵のドニーに濡れ衣を着せたが為に、更なる<苦悩>を背負い込みます。

 車の中でバディアニーに言った「 ボクは自由の身です!」という言葉は、自殺した事でやっと<苦悩>から解放されたよ、ということを表明した言葉なのでしょうか ・・・ ?

 なお、もう1人の苦悩者ヴァレリーは、夫が投獄されたことにより<肉体的苦痛>からは解放されましたが、精神的な拠(よ)り所を失った為に、依然として<苦悩>から解放されていません。人間というのは、何て不可解な生き物なんでしょうネ ・・・ !

 

― 話は変わりますが、ダンカン地方検事にドニーの裁判をやり直すようにと直訴する場面で、アニーのセリフに次のようなものがあります。「 ドニーは嫌な奴だけど、私のせいで刑務所へ送り込むのは良心が許さないわ!」「 再審の道を見つけて下さい。嫌なら私が探します。」

 そうなのです! 例えどんな人間であろうと、犯していない<罪>で裁かれて良い筈はありません。今の<警察官><裁判官>アニーの10分の1でも<真実>を見極めようとする<気概>があれば、あの忌まわしい<冤罪事件>ももう少し減るのでは ・・・ 、と思わずにはいられません。

( 2002. 10  T.Mutou )

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