えん罪事件簿  2000年版


※ 誤認逮捕で1年余の勾留 (2000.2.21)

 1998年10月に愛媛県宇和島市内で発生した事件について、窃盗と有印私文書偽造、同行使、及び詐欺罪で松山地裁宇和島支部に起訴され、1年以上にわたって拘置されていた愛媛県北宇和郡吉田町の男性(51)が、この度<無実>だったことが判明して2月21日に釈放されていました。この事件に関しては、高知地裁で現在窃盗罪で公判中の大阪市内の建設解体業の男(60)が<真犯人>である可能性が高まった( @この男は連続窃盗の容疑者で手帳に犯行メモを残していた A農協の窓口で応対した職員の顔写真を複数の写真の中から選んだ )ためにとられた措置で、愛媛県警宇和島署の<誤認逮捕>であるのは明白です。また、一時的ではありますが、同じ事件についての裁判が、ふたつの裁判所で別々の容疑者に対して行われていたという、前代未聞の事実も明らかとなりました。

 朝日新聞(2000年3月23日付朝刊)の記事によると「 愛媛県内の男性は、宇和島市内の民家で1998年10月、貯金通帳を、同年12月に印鑑をそれぞれ盗み、これを使って99年1月、同市内の金融機関(農協)で現金50万円を引き出してだまし取ったとされていた。」「 松山地検によると、この男性は、捜査段階では容疑を認めていたという。昨年2月12日に印鑑の窃盗罪で起訴され、同3月23日の初公判で否認に転じたという。しかし、同地検宇和島支部は6月22日に通帳の窃盗と、詐欺などの罪で追起訴し、12月21日の論告求刑公判で懲役2年6月を求刑。判決は今年2月25日に言い渡される予定になっていた。」ということです。

 言うまでもなく、この事件も典型的な<えん罪事件>のパターンをとっています。すなわち、<布川事件>と同様に、捜査段階では容疑を認めていて、公判になって起訴事実を否認、以後一貫して否認を続けています。この男性の弁護士によると、「 取調官から証拠があると言われ、動転して認めてしまったらしい 」とのことです。後日明らかになるでしょうが、この事件の場合にもやはり警察の取調べに何らかの問題、つまり捜査官による偽計、誘導、長時間の取調等があったのではないかと思われます。警察組織の改革を含め、そのあり方が問われている現在、<えん罪事件>の再発防止の為にも原因の究明を徹底的にやって欲しいものです。

 この事件の男性の場合は、幸運なことに<真犯人>が分かっために1年余りの拘置で釈放されることになりましたが、それでも<無実の罪>を背負った苦痛は計り知れないもの(この男性の場合は、逮捕されて職を失い、父親の死に目にも会えなかった)があります。松山地検の次席検事は「 (この男性は)起訴の直前まで犯行を認めており、その内容は客観的証拠と符合していた。結果としてこういう事態になることは避けるべきだが、当時の判断としてはやむを得なかった。今後の対応は謝罪を含め、どうすればこの男性の名誉を回復できるのか検討しており、公判で明らかにしたい 」とコメントしています。

 また、愛媛県警は正式な記者会見は開かず、大野捜査一課次長が「 捜査に問題がなかったかどうか検証中。しかるべき時期に発表したい 」としただけで、謝罪の言葉は出なかった(同日付読売新聞)そうです。

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 先にとり上げた愛媛県内の男性(51)が、3月30日松山市内の愛媛弁護士会館で担当の松本宏弁護士と共に、釈放後初の記者会見を開きました。その中でこの男性は、「 逮捕されて、最初のうちは否認していましたが、捜査官に『 農協の防犯ビデオに顔が映っている。証拠がある。』と言われ、頭が真っ白になってしまい認めてしまった。今は、嘘の自白をしたことを後悔しています。警察や検察は、(被疑者が容疑を)否認した場合には、裏付け捜査をキチンとやって欲しい。」と語っています。

 また、検察捜査に関しても、「 送検後もずっと警察の取り調べが続き、検察官調べは印象にない。検察官は警察調書に沿っただけの取り調べだったように記憶している 」(3月31日付愛媛新聞)とも、述べています。

 このコメントの内容は、全く<布川事件>そのものだと言っても良いと思います。布川事件でも、桜井さんと杉山さんのアリバイの裏付け捜査をもっと入念にやって欲しかった。そんな気がします。また、<自白偏重>の裁判そのものにも問題があります。<布川事件の最高裁判決>では、「 取調開始後きわめて早い時期に自白したこと 」が、その自白の任意性を推認させる有力な事情だとしていますが、この<宇和島事件>では、聞くところによると「 逮捕後4時間で自白した 」(30日放送のNHKラジオ)そうです。これは、警察の中でも特に屈強で強面(こわもて)の刑事の前では、我々一般市民は「 赤子の手を捻るようにどのような自白でも易々とさせられてしまう 」ということを物語っています。最高裁の判断こそ、まるで<世情に疎い者>が下したものだと言っても過言ではありません。

 このような警察の<捜査><取調>が続く限り、そして裁判所が警察捜査の<暴走>チェックできない限り、今後も<えん罪事件>は決してなくなることはないと思います。

 この男性については、4月21日に開かれる公判で、検察側が弁論再開を申し立て、その後<論告放棄>の手続きが行われることになっています。この事件で、もし<誤認逮捕>であることが判明したのが、一審で<有罪判決>が出た後(今回は判決公判の僅か4日前に取り消された)だったとしたら、裁判官はきっと赤恥をさらすことになったでしょう。

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 宇和島の事件について、さらに続報(4月14日付朝日新聞)が入りましたのでお知らせします。愛媛県警に誤認逮捕された先の男性(51)が、朝日新聞の記者に<警察の取り調べ><自白に至った経緯>を詳細に語っています。以下、朝日新聞の記事を参考に事件の概略を追いながら、問題点を探っていきたいと思います。

 この男性が、事件に巻き込まれたのは突然の事でした。「 宇和島署の者だ。なんで来たか分かるやろ 」 昨年2月1日の早朝、この男性は、愛媛県宇和島市内の勤め先近くのコンビニで朝食を買って車に乗り込んだところを、背広姿の数人の男にとり囲まれた。被害者の女性宅に荒らされた形跡がないことから、警察は合いかぎを持っていたこの男性に疑いをかけたのでした。そして、農協の防犯ビデオに映った犯人が「 この男性に似ている 」という女性の証言も得ていました。

 宇和島署2階の取調室で、捜査員は繰り返し「 やったやろう 」とこの男性に迫り、「 認めないと親にも会社にも迷惑がかかる 」と責めたといいます。女性の証言を持ち出され、『 証拠もある 』と詰め寄られると男性は動揺してしまった。「 責められて気が遠くなるいうかね。頭の中、白うなって・・・ 」と、当時を振り返ってその時の心境を述べています。調べが始まってわずか4時間『 私がやりました 』 この一言で逮捕状を執行され、386日の悪夢のような勾留生活が始まりました。

 起訴前、この男性は検察官から「 (本当は)やってないんやろ 」と言われたこともありましたが、その時は『 いや、やってます 』と答えたそうです。それは、『 否認すれば、署に帰ってから刑事さんの取り調べが厳しくなる 』と思ったからだそうで、この言葉に<捜査官の厳しい取り調べ>の実態と、<えん罪事件>に巻き込まれた多くの人が陥り、そして<嘘の自白>をしてしまう心理が集約されています。

 この男性は、面会に来た勤め先の会社の社長(57)に対し、次のようにその心境を打ち明けています。「 自白せなんだら、兄弟や近所も調べられると言われた。そしたら僕のとこに警察が来とると思われる。(犯人として)近所に知られるのが怖かった。」また、当初は「 10日ほどで出られる 」と思っていたらしく、「 10日なら兄や近所にも知られずにすむ 」とももらしていたそうです。おそらくは、刑事に「 自白すれば、10日で出してやる 」とでも言われたのでしょう。

 この男性の生まれ育った<吉田町>は、山間にみかん畑が広がる人口1万人余りの農村で、それだけに隣近所中が知り合いばかりという、田舎特有の息苦しいほどに密閉された環境で、それもこの男性が<嘘の自白>をしてしまった遠因にもなっています。

 この男性は、起訴直前まで<架空の犯罪>を語り続けました。「 いつか本当のことを言おうと思っとったけど、刑事さんが(供述内容を)どんどん書いて、それについていく感じで 」話が出来上がっていったそうです。<布川事件>でも、やはりそうでした。以下、捜査員との遣り取り・・・ 。

 捜査員 「 印鑑をとったのはいつごろか 」

 男 性 「 12月下旬ごろやったと思います 」

 捜査員 「 なぜ会社近くの農協ではなく離れた農協で引き出したのか 」

 男 性 「 近くの農協には顔見知りがおりますけん 」

「 12月下旬 」は、実際に女性の留守宅を訪ねた日で、顔見知りも実在します。『 事実に架空の話を織り込む 』ことによって、『 合理的で客観的証拠にも符合した自白 』(検察官の論告)を生んでいきました。これは、まさに<布川事件の自白>そのものについても言えることです。<布川事件>で桜井さんと杉山さんが「 事件当夜に現場付近に居た 」という情況証拠の決め手になってしまい苦境に陥ったのも、日にちのズレはあったものの実際にあった出来事(栄橋たもとの石段での帰宅途中での出来事等)を<架空の犯罪話>に織り込んだのが原因でした。

 この男性が逮捕された決め手は、やはり<自白>でしたが、「 取り調べの段階から客観的事実と自白内容との間には食い違いがあった 」そうです。<布川事件>でもそうです。所詮は<作り話>なのですから、どこかに<矛盾>を生じてしまうのは当然でしょう・・・。引き出した50万円の使途について、捜査官側は男性がこのうち12万円を勤め先からの前借り金返済に充てたとしたが、勤め先には現金が引き出される前日の昨年1月7日に返済されたことを示す<振替伝票>が残っていました。( 布川事件で奪ったとされる金額やその使途についても矛盾に満ちています

 また、この男性は通帳を盗んだ時期を「 1998年10月上旬 」と供述したが、被害者は「 1998年11月6日以降の盗難 」と記憶し、そこには1ヶ月のズレがありました。しかしその後、「 刑事が確認した 」という理由で、被害届の盗難時期が「 9月14日から 」に変更されたのだそうです・・・。

 問題は、すべてここにあります。<被疑者の自白><証人の証言>の内容が度々変遷する原因もここにあります。後になって判明した<客観的事実>に矛盾する<自白内容><証言内容>辻褄合わせや、相矛盾する<自白><証言>相互間の調整が行われるためなのです。そして、捜査官は場合によっては<証拠書類の偽造>さえ厭(いと)わないのです。それは、<桶川の女子大生刺殺事件>の例を挙げるまでもないでしょう・・・。裁判官は、その<自白><証言>変遷に着目すべきなのに、それを無視したがために、<布川事件>の判決のように意味不明で、すっきりしない判決になってしまったのではないでしょうか・・・。

 <自白>が決め手となる事件では、その<自白>の信用性を判断する上で犯人しか知り得ない『 秘密の暴露の存在が重要視されますが、この事件では「 被害者宅から盗まれた巾着袋の色を知っていた 」ことがその『 暴露 』とされました。しかし、その巾着の色については「 被害者と一緒に(盗品を)探した時に言われていた 」そうで、これでは知っていて当たり前です。<布川事件>では、その情報源は<捜査官>その人でした。それを裁判所は「 自ら体験しない事実ならばとうてい引続いて整然と供述しえないことを具体的に首尾一貫して供述したもの 」(最高裁決定)と認定したのですから滑稽(こっけい)です。

 また、この事件では被害者がビデオ写真を見て述べた「 男性に似ている 」との証言を立証の柱にしましたが、公判でそのビデオ写真を初めて見せられた男性の勤め先の社長は「 男性に似ていない 」と証言したそうです。ビデオ写真というのは、映りが不鮮明な場合が多く、また被害者の証言が「 あれだけ世話をしたのに盗みをされたのは許せない 」と感情的になっていたために生じた誤認(?)の可能性が大きいのです。当然 捜査官は、複数の人間に確認させるべきでした。<証言>というのが如何に当てにならないかは、<布川事件>の例を見るまでもありません。

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 愛媛県宇和島市で起きた<えん罪事件>について、愛媛地検はあさって(4月21日)4ヶ月ぶりに再開される公判で「 先の検察側が出した<論告求刑>を取り下げ、<無罪の判決>を求めていく方針 」を固めた模様です。このような検察側の対応は、全く異例な事(3月19日放送のNHKラジオ)だそうです。間違いを素直に認め、それを正そうとする姿勢はとても評価できますが、何れにしても逮捕されてから既に1年以上経過しているのですから、今後は補償問題を含め本人の社会復帰のために、迅速かつ最善の措置が採られることが肝要です。

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 愛媛県北宇和郡吉田町の男性(51)が昨年2月、窃盗容疑などで誤認逮捕、起訴された事件の公判が今日(4月21日)午前、松山地裁宇和島支部(斉藤聡裁判官)でありました。( 以下、朝日、読売、毎日新聞各紙の記事から )検察側は、誤認逮捕だったことを認め<無罪判決>を求める異例の論告をし、男性に対し「 多大な苦痛を与える結果となり、ここに深くお詫びします 」と謝罪しました。判決は、5月26日午前10時から言い渡される予定で、これでこの男性の<無罪判決>が確実となりました。

 この男性は、昨年12月21日の論告求刑公判で懲役2年6月を求刑され、一旦結審していたが、この日は検察側の申立で裁判所が弁論を再開したもので、検察側は男性の無罪を立証するために、同じ事件で窃盗罪などに問われて高知地裁で公判中の大阪市内の建設解体業の男(60)の供述調書や捜査報告書などを証拠として提出した。続く論告で、窃盗事件の被害者の知人だった男性を愛媛県警が誤認逮捕し、自白に信用性があるとして松山地検がそのまま起訴した経緯を陳述。検察側は、「 自白と客観的な証拠があるとして起訴したが、現段階では、男性は本件に全く関与していないことは明白で、無罪判決を求めます 」とした後、謝罪した。

 国選弁護人の松本宏弁護士は、弁論で「 男性は長期間拘束され、職を失った。自白偏重の体質が続くと、今後も同様の冤罪が起きるのではと懸念している 」と述べ、男性自身も「 私は1年間、無実を主張してきた。もっと真剣に調べてもらいたかった 」との最終陳述後、改めて結審した。

 また、弁護側と検察側、裁判所側がそれぞれ「 (あなたは)黙秘権を告げられましたか 」と聞くと、男性は「 逮捕から起訴までの間も、裁判所の勾留質問でも知らされたことはなかった 」と答えたそうです。このことは、日本の司法制度のもとでは<被疑者の人権>が全く<無視>されている現状を物語っています。布川事件の取り調べでは、<別件逮捕><代用監獄>での取り調べ、そして別件起訴後の<代用監獄>への<逆送>と、被疑者に対する<人権無視>はそれに輪をかけて酷いものがありました。今後の警察の<捜査><取り調べ>のあり方が大きく問われる所です。

 この男性は、「 長期にわたり自由を奪われ、肉体的、精神的苦痛を受けた 」として、国と愛媛県を相手取り、<国家賠償請求訴訟>を起こす方針だそうです。

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 昨年2月、窃盗容疑などで誤認逮捕 ・ 起訴された愛媛県内の元会社員の男性(51)に対する判決公判が、今日(5月26日)午前、松山地裁宇和島支部(斎藤聡裁判官)でありました。以下、朝日、毎日新聞各紙の記事から・・・

 この男性の容疑に対する起訴事実について、斎藤裁判官は、「 犯行の動機に乏しく、物的証拠もない上、自白の内容も不自然である 」として、松山地検の論告通り無罪を言い渡しました。判決の中で、同裁判官は男性が自白したことについて、「 被告は諦めの思いや、嘘を言ってでも家族や会社に迷惑を掛けたくないとの思いから想像を交えた虚偽の自白をした 」と認定した。さらに、いったんは容疑を自供し、1年余り拘置されながら別の容疑者出現で潔白が証明されるという異例の経過の経過を辿った事件について、同裁判官は「 盗んだとされた金の使途についての裏付けを一切欠くなど、自白以外の証拠による裏付けがない 」と述べ、愛媛県警の捜査方法を厳しく批判しました。

 松山地検は、同日中に上訴権放棄の手続きを取り、逮捕から約1年4ヶ月経って無罪が確定します。判決を受け、この男性は、<国家賠償請求>については愛媛弁護士会に対応を一任すると述べました。


※ 大田事件に無罪判決 (2000.4.12)

 1998年1月にJR総武線の車内で20代の女性の体を触るなどしたとして、錦糸町駅で警視庁の警察官に現行犯逮捕され、東京都と千葉県の迷惑防止条例違反の罪に問われていた千葉県成田市の男性会社員(52)に対し、東京簡易裁判所は12日に(この会社員を)無罪とする判決を言い渡しました。以下、4月13日付の東京新聞と朝日新聞(asahi.com)の記事から ・・・。

 「 検察側は罰金5万円を求刑していたが、杉山忠雄裁判長は『 被害を受けた状況についても(この女性の)供述は曖昧で、男性の犯行を特定できる証拠はない 』とした上で、『 被告が犯人だという女性の証言は信用できない 』と述べた。男性は逮捕後に28日間身柄を拘束されたが、当初から全面的に関与を否認していた 」そうです。「 判決で杉山裁判官は、女性の近くにいた別の男性の証言や、女性が被害を受けたとする当時の車内の状況を検討 」し、また「 女性の証言に<変遷>があることも挙げ、『 女性が痴漢の被害にあったことは否定できないが、具体的な被害内容は確定できない 』などとして、被告を犯人と特定した女性の証言の信用性を否定した 」点は、とても評価できると思います。

 しかし、この事件で見過ごすことができないのは、「 わずか<罰金5万円>の求刑でしかない条例違反事件の<取り調べ>のために、何故28日間<身柄を拘束>されたのか 」ということではないでしょうか・・・? このように刑罰と比較して「 異常な 」としか言いようのない<取り調べ>が行われた原因は、おそらくこの会社員が「 当初から全面的に関与を否認 」していたからではないか、と思われます。この事件でも、図らずも<警察捜査の問題点>が浮かび上がってしまった、ということです。

 東京新聞の記事によると、この男性は、「 警察から 罰金4万円でも5万円でも払えば家族や会社に言わないからと、容疑を認めるよう<説得>された 」そうです。「 弁護団は、(この説得により)『 罰金に応じている無実の人も多いはず。会社員の誤認逮捕により、卑劣な真犯人が捕まらなかったことも問題だ 』と指摘 」しています。

 これらの言葉から推定すると、どうも日本の警察の<捜査方針>は、「 事件を解決(?)するために犯人を逮捕しなければならないが、その人が真犯人であるかどうかは問わない 」としているとしか思えません。ここにえん罪事件が発生する素地があるようです。


※ 痴漢事件で逆転無罪判決 (2000.8.2)

 1999年7月に東京都杉並区内の路上で痴漢行為をしたとして、強制わいせつ罪で起訴されていた美容師の男性(41)に対し、東京高裁は8月2日、1審の有罪判決を破棄し、逆転無罪を言い渡しました。以下、8月3日付毎日新聞の記事から ・・・。

 この男性は、「 昨年7月5日午前10時ごろ、杉並区の路上でオートバイに乗ったまま、23歳の女性の下半身を背後から触って逃走したとして、3日後に女性の通報で警視庁に逮捕され 」後日起訴されました。「 被告は無罪を主張したが、東京地裁は今年3月、『 男性を犯人だという被害女性の供述は信用できる 』と述べ、懲役2年、執行猶予4年を言い渡し 」ました。

 これに対し、東京高裁の高橋省吾裁判長は、判決理由の中で「 被害女性は一瞬しか犯人の顔を見ておらず、被告を犯人とする顔の特徴は印象的なものにとどま 」り、また「 被害女性が犯人の着衣と証言したピンクの長袖シャツを被告は持っていない 」と指摘し、「 被害女性の証言で被告を犯人とするには合理的な疑いが残る 」とした上で、無罪判決を言い渡したものです。また同裁判長は、「 主に被害女性の供述に寄り掛かった1審判決は、証拠の評価を誤って事実を誤認した 」ものだとして、原判決を批判しています。

 この<逆転無罪>を勝ちとった男性は、判決後次のような感想を述べています。「 被害者の女性を見たこともないのに、ひげが生えていることと『 犯人の目だ 』ということだけで逮捕されてしまった。取り調べはテレビドラマと同じで、机をけ飛ばされ、『 朝からあんなことをするのは、お前みたいな変態だけだ 』人間扱いされず、悔しい思いをした。」

 「 留置場では好きなコーヒーも飲めず、自由を奪われるのは何よりもつらいことだと実感した。『 簡単な罪だから早く言った方がいい自白を強要されたが、『 していないことはしていない 』と言い続けた。同じ境遇の男性はもっとたくさんいるはずで、なかにはしていなくても『 自分がした 』と言ってしまう人も出てくるかもしれない。同じ立場に立たされたら、きちんと事実を言ってほしいし、警察はちゃんと調べてほしい。」

 <痴漢事件>に共通して言えることは、警察官がキチンとした捜査をしないで被害女性の<曖昧な供述>だけで容疑者とされる男性を安易に<逮捕・起訴>してしまうことではないでしょうか。このようなことが頻繁に繰り返されているとしたら、世の男性にとっては全く脅威です。そして、「 警察は『 お前がやった 』の一点張りで自白を強要するから、えん罪になる 」(佐藤弁護士)としたら、ほんとに踏んだり蹴ったりです。


※ またも痴漢事件で控訴審無罪判決 (2000.8.29)

 1998年6月にJR埼京線の車内で10代の女性の体を触ったとして、東京都の迷惑防止条例違反の罪に問われ、一審の東京簡裁で無罪判決を受けた無職の男性(61)に対する控訴審で東京高裁は、29日に検察側の控訴を棄却する判決を言い渡しました。以下、朝日新聞(asahi.com)の記事から ・・・。

 安広文夫裁判長は、判決理由の中で「 女性が痴漢の被害にあったことは明らかだが、犯人は特定できておらず、目撃したとする男性の証言も不合理だ 」と述べて、一審判決を支持。さらに「 捜査段階で検察官が『 認めて罰金を払えば釈放する。被害者と示談すれば、起訴猶予も考える 』などと被告に示唆したが、被告が『 認めたら一生後悔する 』と否認を貫いたことも指摘 」しました。

 また、同裁判長は、「 女性の証言だけでは犯人は断定できないと判断したうえで、目撃したとする男性の証言を検討。被告が触っていたとする場所が女性の証言と食い違うことや、『 これまで電車内で痴漢を15件ぐらい目撃し、うち3件は犯人の検挙に正義感から協力した 』と話した点について『 女性が触られているのを目の当たりにしながら静観していたのは、正義感とは相入れない 』と指摘して、目撃証言の信用性に『 疑問の余地がある 』と 」しました。

 この事件でも、多くの<えん罪事件>に共通する幾つかのパターンに該当する部分があります。まず、@被害者の曖昧な証言と、A信用性に疑問の多い目撃証言に基づいての一連の捜査逮捕、そして起訴。また、B取調における被疑者の心理状態につけ込んだ<甘言による自白取引>または<自白の強要>などがそれです。この事件では、被告が一貫して容疑を否認していたので、裁判官は被害者の証言目撃証言を冷静に検討し、妥当な結論に達しましたが、<布川事件>のように取調段階自白に追い込まれ、起訴後は否認に転じたようなケースにおいても、裁判官一人ひとりがその<自白><証言内容>の真贋(しんがん)を見抜く<眼>を持つことができれば、<誤審>はずっと減少することでしょう。

 この事件で「2度に渡って無罪判決を受けた男性は、閉廷後に『検察は最初から私の言い分を聞いてくれなかった。陥れられたような気持ちだったが、やっていないことをやったとは絶対に認められなかった』と話している」そうです。


 続く痴漢事件での控訴審無罪判決 (2000.9.18)

 1999年9月に京王線の車内で50代の女性の体を触ったとして、東京都の迷惑防止条例違反の罪に問われた都内の男性会社員(48)に対する控訴審で、東京高裁は18日、罰金5万円とした一審判決を破棄し、被告を無罪とする判決を言い渡しました。以下、9月19日付朝日新聞朝刊の記事から ・・・。

 「 荒木友雄裁判長は、犯行を認めた男性の捜査段階の供述について、『 着衣や髪型など重要な部分が被害者と一致しない 』などと述べ、(その供述の)信用性を否定 」しました。また、判決理由のなかで同裁判長は、「 男性の供述調書について『 身長差が約20センチある被害者のしりを触るためには、身をかがめる必要があるが、このことについて何も触れていない 』などと(供述内容の問題点を)指摘」した上で、「 被害者がしりを触られてから振り向いて男性を見るまでに数秒あり、『 男性と犯人の場所が入れ替わった可能性が皆無とは言えない 』と述べ 」ました。

 この男性は、布川事件の場合と同様に、捜査段階では犯行を認めましたが、裁判では一貫して無罪を主張していました。この点についても、判決は「 取り調べた警察官から『 認めなければ、10日間は帰れない 』と言われ、『 自暴自棄になって、捜査官の意向に沿う犯行状況を適当に作り出した疑いが強い 』と指摘 」しています。

 今年2月にあった愛媛県の事件以来、最近の裁判官(これはまだほんの一部に過ぎないのでしょうが)の姿勢は、<供述内容の真偽>に積極的に目を向け、その矛盾点を指摘した上で、捜査官の<取り調べの違法性>にすら言及するようになって来たかに見受けられます。この点につきましては、布川事件の弁護団が、長年に渡って声を限りに訴えて来たところでもあります。やっと真実に目を向ける裁判官が出てきたな、という気がして喜ばしい限りです。

 つい最近の新聞記事に、最高裁も<参審制>の導入を検討している旨の報道がありました。これは、日弁連の主張(陪審制の導入)や世論の影響が多分にあったのでしょうが、裁判官自身もこのごろは自分の尻に火が付いていることを自覚しているようです。そして、それは牛歩の如く緩やかではありますが、司法制度そのものに確実な流れの変化が生じていると感じさせる出来事でした。

 この流れの変化が、今後の<えん罪事件>の減少につながることを切に願っています。そして、裁判官にとっては誠に不名誉な過去の<誤判事件>にも、勇気を持って目を向けて欲しいものです。

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