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第4話:1年目 サンデーカップ2 予選。


 前回レースから1ヵ月。いよいよサンデーカップ第2戦がここHigh Speed Ringで行われることとなった。
 ちなみに前回のレースのサーキット名はAutumn Mini。Autumn Ringをショートコースにしたものだ。
 ここHigh Speed Ringはその名のとおりのハイスピードサーキットで無改造の一般車でも簡単にスピードリミッターに当たってしまうというとんでもないコースである。
 
 「ふああぁぁああぁあああぁあふう」
 「なんだよ好雄、でけーあくびなんてして」
 「だって公人、まだ5時だぜ? レースも予選もこんな早い時間からなんて普通やらんだろーに」
 「早めに来るのは基本だろー? ぎりぎりに来てバタバタしたくないからな」
 「それにしたって3時間前は早すぎだろ」
 また大あくびをしながらそう好雄は答えた。
 公人は実際こんなに几帳面な性格ではない。ただ単に案内をどこかにやってしまったので、早く来れば問題なしとばかりこんな早い時間にサーキット入りしたのだ。
 
 「まーいいや、とりあえずオレはそこら辺でちょっと寝かせて貰うわ。ほんじゃ、時間来たら起こしてくれ」
 そう言って好雄はピット奥のベンチにごろりと横になった。
 先に寝られてしまってちょっとムッとなった公人は、好雄の寝ている位置がちょうどエキゾーストマニホールドの後ろなので排気音で起こしてやろうかと思ったが、あとでやかましいので考えるだけに留めておくことにしたようだ。
 
 「さてっと、オレはじゃあ眠気覚ましにコースの中でも歩いてくるかな」
 ぐーっと身体を伸ばして寝ぼけている筋を伸ばす。
 「自転車でもあったら楽なんだけどな。無いかな」
 ピット出口までキョロキョロしながら散歩のようにゆっくりと歩く。
 まだ他の参加車両は1台も来ていない。
 さすがにオフィシャルはすでに何人かが仕事についてはいた。コースチェック<やらなにやらやっている。
 「早くから大変だねぇ」
 そうつぶやきながらピット出口に差し掛かったとき、見憶えのある栗色の髪の女の子の姿が見えた。
 ピット出口の速度センサの配線が絡んでいるのを直している。
 「あれ…は、確か美樹原さんって言ったな。…おーい、美樹原さん!」
 そう声をかけると彼女も公人に気がついて、
 「あ、高見さん。おはようございます」
 と小さく頭を下げて応えた。

 「おはよう、大変だねオフィシャルって。こんな朝早くから」
 「いえ、好きでやってますから。高見さんもずいぶん早いんですね」
 「え、オレ? いやぁ、前のレースで貰った案内のプリントなくしちゃって。ははは」
 照れながらあたまを掻いた。
 「え、じゃあ今日のタイムスケジュールわからないんじゃないですか?」
 「んーまぁ。あとでオフィシャルの人に貰おうかって思ってはいたけど」
 「あ、それじゃ私が貰ってきます」
 そう言うと、小走りで事務室に駆けて行った。
 「美樹原さん、いいよ。後でオレ自分で貰いに行くから!」
 公人がそう言っても聞こえていないようだった。
 「まいったな」
 自分の仕事放り出してまで行ってくれたのだ。しょうがない。どうせ暇だし手伝っておくとするか、と今まで美樹原がやっていた配線の処理をその場でもそもそとやり始めた。
 どうも美樹原は大変そうに配線の絡みを直していたが、やって見るとあっという間に終わってしまった。
 結構トロイ子だな、と公人は思った。

 「はい、高見さん。これ」
 息をはずませて美樹原が帰ってきた。
 「あぁ、どうもありがとう」
 「いえ、これも仕事ですから。それじゃぁ…」
 美樹原が仕事に戻ろうと配線を見ると、もう絡みもなくなって配線処理も済んでいた。
 「あの、これはどなたが…?」
 不思議そうな顔で公人に尋ねた。
 「いやあの、美樹原さんに余計な事たのんじゃったから、オレが」
 「え、あ、す、すみません。私ったら…」
 慌てたようにぺこぺこ頭を下げている。
 「あ、いやいいよそんな。オレも勝手にやったことだし。それより、案内用紙ありがと」
 「いえ、それじゃ高見さんも今日はがんばってくださいね。じゃあ」
 そう言うと美樹原は顔を伏せて小走りで事務所のなかに戻って行った。
 「…余計な事しちゃったかなぁ」
 つぶやきながら公人も再びピット出口からコース内の散歩に戻って行った。
 
 案内用紙にはコース図も一緒に書かれていたので、それを見ながらコーナーのバンクとか縁石の位置とか路面の接ぎなんかを確認しながら歩いている。
 「結構バンクきついなぁ。こりゃ上まで行ったら結構怖いぞ」
 とか、
 「このコーナー砂撒きそうだな」
 とか、ぼそぼそと言いながらぐるり1時間ほどかけて1周してピットレーン入り口から帰ってきた。
 路面は前日に清掃したのか、目立つような砂利もなくコースコンディションは悪くない。
 路面ミューも靴底で感触を確かめる限り、充分ある感じだった。
 まだ朝露で路面も湿っていたが、これから陽が昇り気温が上がるにつれすぐに乾いてしまうだろう。
 実際予選前にコースを何周か走ることも出来るのだが、クルマに乗って確かめるのと足で歩いて確かめるのとでは、歩く方がゆっくり見て回れるので結構クルマからだと気がつかないことを発見することが多い。
 今回も3コーナー先の縁石が1つ、欠けているのを発見した。タイヤが落ちるとまず間違いなくスピンアウトしそうな深さだ。
 しかしまぁ、よほどのことが無い限りそこの上を通ることはなさそうなので、公人も特に気には留めなかった。
 それ以外は特に変なところや気になるような部分は無かったようだ。
 トンネルの電球の球が2つ切れてはいたようだったけど。

 「ただいまぁ」
 そう言って自分のピットに帰ってきた公人だったが、奥のベンチで大口あけて気持ちよさそうに寝てる好雄を見て、ちょっとムッとなった。
 「まだ寝てるのか」
 つかつかとピットの中に運び込んであるクルマのコックピットに座り、エンジンスタータースイッチを押した。
 ククッゴウンッとエンジンがかかるやいなや好雄が跳ね起きる。
 消音器のついていないレース用ストレートマフラの真後ろで寝ていたのだからたまらない。
 「のあああああ、びっくりしたぁ!」
 「あ、悪い悪い、気がつかなかったよ」
 とぼける公人。
 「なんだ? もう予備予選の時間か?」
 「いや…8時から練習走行が15分あって、8時半から予選。タイムスケジュールではその後10時から本戦。11時半表彰式。12時で一応解散。その後、へぇ、今日は1時から上のイベントレースもあるってよ」
 美樹原から貰ったプリントを見ながらいかにもわざとらしく長々答える。
 「で、今何時だ?」
 「6時半」
 「…公人お前…」
 「あっはっは、いやまさかここまでビックリするとは思わなんだ」
 「おまえなぁ、せっかく人が気持ち良く寝てたってーのに」
 「そんな怒るなよ、どのみちピット外にクルマ出そうとは思ってたんだから」
 「オレはもうしばらく寝る!今度は7時半まで起こすなよ!」
 そう言って再びベンチに横になって向こうを向いて寝る好雄だった。
 「はいはい、わかったよ」
 ブファンン!
 とアクセルを開けてクルマを外に出した。
 好雄は指で耳に栓をしている。
 
 外に出してボンネットを開けていると、ピットレーン入り口の方から公人と同じ型のシビックが入ってきた。
 あのクルマは公人にも見たことがある。
 前回1位2位を争った「チームゆかり」のクルマだ。エンジンはかけずに4人がかりで押している。
 中には古式が乗っていた。ハンドル操作やブレーキをまかされているようだ。
 なんとなく手を振って見ると、古式も気がついたのかニコリと笑って頭を下げた。
 と、気のせいかこちらにクルマが向かっているような気がする。
 寄ってきているというレベルではない。一直線に公人目がけて進んでいる。
 「え? ちょ、ちょっと古式さん…?」
 にこにこ顔がどんどん近づいてくる。どんどんどんどん近づいてきた。当然クルマも一緒に向かってくる。
 これは前回負けた仕返しかも知れない。冷や汗を流しながら逃げる準備をする公人。
 「ちょ、ちょっとちょっとゆかり!どこ進んでんのよ!。斜めになってるわよ!!」
 その時クルマの後ろから聞き覚えのあるやかましい声が聞こえた。朝日奈だ。
 「え? そうですか? 真っ直ぐ高見さんのところに向かっていますよ」
 朝日奈の目線の先に公人のこわばった表情が見える。
 「え、高見クン? あ、あ、ゆかり、ハンドル切らないとひいちゃうよ!!!」
 「はい」
 今まさに逃げようとしていた公人の鼻先でクルマは向きをかえ、公人のクルマと並ぶように停止した。
 「おはようございます、高見さん」
 何事もなかったようにクルマの中からにこやかに朝の挨拶をする古式。
 「お、お、おはよう。古式さん」
 「だいじょーぶ? 高見クン」
 クルマの後ろから朝日奈が顔をのぞかせている。でもあまり心配しているという表情ではない。
 「おかげさんでとりあえず、つぶされなかったわ」
 大きく息をはいた。
 
 「あれぇ? 奇遇ジャン。あたし達のピットと隣どうしなのね」
 気がついたように朝日奈がピット番号と公人の顔を交互に眺めた。
 「へえ、そうなんだ」
 「ラッキー、最後の一押し、手伝ってよ」
 「いいけど、もう目の前だぜ?」
 「いいからいいから」
 言われるままに公人がクルマの後ろにいくと、誰もいない。
 「あれ?」
 「それでは高見さん。よろしくお願いいたします」
 「へ?」
 つまり、一人で押してくれという事らしい。
 「あ、高見クン、それ終わったら他にも荷物あるからお願いね!」
 今までクルマを押していた人達はみな、ピットレーン入り口の方に戻っている。
 今日も初っぱなから幸先の悪い公人だった。

つづく


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