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第6話:1年目 サンデーカップ 決勝1。


 今回のサンデーカップは午前中にレースを終えるというスケジュールとなっている。
 午後に別なレースが控えているためだ。

 サンデーカップ本戦まであと15分。
 今回もスタート方法はグリッドスタートである。
 スタート前にフォーメーションラップを行うので既に全てのクルマがグリッドに付いていた。
 古式も今回は送れることなくグリッドにクルマを停めている。
 この「グラン・ツーリスモ」と呼ばれるGTリーグや同系列のイベントレースを含む一連のレースではグリッドスタートが基本である。
 ローリングスタートやル・マン式スタートは行われることはない。
 ただ主催者側にとっても特に大きな意味は無いらしい。
 その他にも、色々と細かなレギュレーションは存在するのだが、それはそのうち記述することにする。

 「なんか前のレースと違ってずいぶん観客多いよな」
 グリッド上で好雄が観客席を見上げてつぶやく。
 「今日は午後からイベントレースがあるからな。それ目当てできてるんじゃないのか」
 運転席で公人がそれに応える。
 まだレースまで間があるのでヘルメットやシートベルトはつけていない。
 「それにしても今回は5番グリッドか。やっぱりなかなかうまくいかないもんだな」
 好雄がそう言うが、口調がなんとなくあきらめ口調だ。
 「なんかヤな言い方だな。まーこのサーキットは単純にパワーがあった方が有利みたいだけど、でもレースは走りきってなんぼだぜ。一周程度速いからって、結果なんか出ないって」
 「それもちょっと負け惜しみに聴こえるなぁ」
 「あーうっさいうっさい。ほれ、レースが始まるからとっととコースから出ろ!」
 「はいはい、今回はピットから見させてもらうぜ。まーがんばれよ」
 そう言うと好雄は頭の後ろで手を組んでピットに戻っていった。
 「確かに今回はちょっとキツイよな。あの古式さんでも3番グリッドだもんな」
 ぼそりと公人がつぶやく。
 とは言え、16台中5番だからそれはそれで大したモノだ。
 後ろ11台中には公人よりパワーのあるクルマだって何台もいる。
 テクニックが介在する余地がないわけじゃない。
 タイム的にも1秒とかそんな間に6、7台が固まっている。十分に勝てる可能性はある。
 
 そんなことを考えながら、やっぱりクセなのかハンドルの上あたりを指でトントンと叩いていると、再び詩織が現れた。
 「あら、公人クン、今日はここにいたのね」
 「あ、詩織。どうしたんだ?」
 「今回はこんな後ろなのね」と暗に皮肉を言われたような気がした公人だったが、詩織の性格からそれはないだろうと思い、極普通の受け答えをした。
 そんなことを公人が考えているとは夢にも思っていない詩織が公人の問いに答える。
 「直前になってスタートが5分遅れたから、今オフィシャルみんなで手分けして伝えているの。えーっとねぇ・・」
 それを聞きながらクルマから降りる公人。
 2人並んでみると公人の方が10cmちょっと背が高い。詩織も公人を見上げるように話をしている。
 公人を見上げて話しながら詩織は、一緒によく遊んでいた頃は公人クンの方が背が低かったのにな、なんてことを漠然と思っていた。
 「そーかぁ、やっぱ3コーナーんとこの縁石ね。確かに下手やったばあい危ないもんな。修理するって事なら仕方がないな、って詩織?」
 ちょっとボーっとしてる詩織に気づいて公人が声をかける。
 「公人クン、背、結構伸びたんだね」
 「へ? あ、ああ。でも一昨日も会ってるのに今更なんだ?」
 「あ、そ、そうよね」
 いきなり自分がつい変な事を口走ってしまったのに気づいてあわてる詩織。
 「ほ、ほら、男子3日あわざれば即ち刮目して見よ、っていうじゃない」
 さらに取り繕うつもりがこんな事まで言い出して、ますます泥沼である。
 「いや、あの、こんなこと言うつもりじゃ…」
 そんなあわて気味の詩織の後ろから、三つ編みの女の子が現れた。
 「あ、オフィシャルの方ですか? ご苦労様です。あのぉ、高見さんが如何かなされたのでしょうか」
 ちょっとだけ心配そうな顔で公人と振り返った詩織の顔を交互に見比べている。
 「え、えーと…」
 ちょっと戸惑う詩織。公人が一応紹介しようとしたところ、古式が先に口を開いた。
 「ゼッケン1番の古式ゆかりと申します」
 「あ、はい。えーっと、ちょっとスタート時間の変更のお知らせです。あ、古式さんにもこれから伝えようとしていたところですが、最初にお知らせした時間よりスタートが5分遅れます。理由は3コーナーの縁石補修です」
 「そうですか。了解致しました」
 にこりと古式が笑顔で応える。
 「それでは、あの、これで」
 事務的な言葉と共に詩織は公人の方に振り返ることなく後ろのグリッドに控えるクルマに早足で向かった。
 公人も「ああ、ご苦労様」と声をかけたが聴こえなかったのか無視されたのか、それに対する返事はなかった。

 「あれ、なんか機嫌悪いな」
 公人がいぶかしげにそう言うと
 「高見さん、あの方とお知り合いなのですか?」
 古式がいきなり結構鋭い事を言った。
 一瞬古式の鋭い指摘にビクリとした公人だったが、
 「ああ、幼なじみなんだ。隣の家に住んでる藤崎詩織って子」
 「そうですか。それで、お付き合いなどなされているのでしょうか」
 「へ? え? ど、どうして?」
 予期せぬ質問に狼狽える公人。
 「いえ、何となくそう思ったものですから。なされているのですか?」
 公人は笑っている古式の目が何となく笑っていないように感じられたがこれは公人の単なる勘違いではある。
 ただ、古式もなぜこんな質問をしたのか自分でもよく解っていない。
 「い、いや、別に付き合ってるとかじゃ…まぁ幼なじみのお隣さんな間ではあると思うけど」
 最後の言葉は公人が「多分詩織はオレのことをこの程度としか見ていない」と考えている間柄である。
 あくまで公人の主観であるから、実際詩織が公人のことをどう思っているかは詩織のみぞ知るところだ。
 「そうですか。すみません、立ち入った事をお聞きしまして」
 「あーいやいいんだ。別にその程度の仲なんだから。それより今日は負けないからね」
 「はい、わたくしもがんばります」
 古式がまたホァっとした笑顔で応えた。
 相変わらず緊張感がないなぁ、そう公人は思って苦笑した。

 詩織が6番のグリッドでスタート時間変更の通知をしているとき、ちょっと気になって公人の方をちらりと見ていた。
 古式となにか楽しそうに会話している公人が目に映ったがこの時はあまり気にも留めていなかった。
 だがフォーメーションラップが終わり、オフィシャルの事務所で一仕事終えて缶ウーロン茶を飲みながらコース各所を映し出しているモニターをボーっと見ていると、何故かさっき目にした公人と古式が楽しそうに会話している光景が目に浮かぶ。
 胸の中がモヤモヤしたモノで満たされていくような気がした。
 公人とは幼いころから仲が良かった。でも恋愛感情とかそういうモノを感じたことはなかった。
 なんとなくいつも一緒にいた。それで良かった。
 1年くらい前からつい最近までしばらく家を離れていたが、それでも公人「達」と逢えなくて寂しいなくらいの感情しか持っていなかった。
 しかし1ヶ月前、1年ぶりに偶然公人と逢ったときは何か自分が以前とは違った感情を持っているのを感じた。
 なにがどう違うのかはよく解らない。単に気のせいかも知れない。
 ただそう考えても、胸の中のモヤモヤしたなにかが消えることはなかった。

 「どうしたの? 詩織ちゃん。ボーっとしちゃって」
 ふいに美樹原の声がして詩織が我に返る。
 放心してるように見えた詩織を、美樹原が心配になって声をかけたのだ。
 「え? あ、メグ。どうしたの?」
 「”どうしたの?”はこっちの台詞よ。さっきからボーっとしてるけど、なにかあったの?」
 「う、ううん、なんでもない。ちょっと朝早かったから眠くなっただけ」
 そう言ってクビを横に振る。
 「そう、じゃあこのレースが終わるまでこれと言った仕事ないから休んでたら?」
 「うん、ごめんね、そうさせてもらう。でも、スタートは見たいから…」
 「高見さんが気になる?」
 「え? え? メグまで何言い出すのよ」
 美樹原に心の中を見抜かれたかと動揺するが、
 「だって、お友達なんでしょ? 高見さんとは」
 「あ…そう言う事…」
 「?」
 「ううんなんでもない。さ、もうスタートよ」

 フォーメーションラップ2分前。
 レオタード姿のレースクイーンが「2分前」のボードを最前列より前のコース中央にいるペースカーの真後ろで掲げ、コースの上に橋のように設置された6灯式のシグナルが全点灯して消える。
 ゆっくりとした足どりで1人目が戻り、「1分前」のボードを持ったクイーンと入れ替わる。
 今回はホームストレートのコース幅が広く、移動に時間がかかるため「30秒前」のボードを持ったクイーンの登場はなかった。
 代わりにゴールポストに設けられた電光掲示板が「30」の文字を表示する。
 ちなみにこの電光掲示板はレース中は先頭のクルマの残りラップ数を表示するのに使われる。
 30秒前の表示と共に各車一斉にアクセルをあおり、ホームストレートにエキゾーストノートがこだまする。
 「今回は詩織の出番なしか…」
 公人がぽつりとつぶやいた。ちょっと残念だったらしい。
 ゴールポスト上でグリーンフラグが振られ、フォーメーションラップがスタートする。
 ペースカーに従ってゆっくりとコースをまわり、再びホームストレートに戻ってきた。
 先頭のクルマから順次グリッドにつく。
 公人、古式もグリッドについて後方のクルマを待った。
 全てのクルマがグリッドにつき、異常なしのグリーンフラグが最後尾ではためく。

 5秒前。レッドシグナルが1つ点灯する。
 それに呼応するようにエキゾーストの音は高まり、公人の心拍数も上がっていった。
 古式はと言うとそれほど大げさにブリッピングするでなく、4000回転あたりでアクセルをキープしていた。
 5つあるレッドシグナルが全て点灯し、それが消えると同時にグリーンシグナルが灯された。
 各車一斉にスタート。轟音の群が第1コーナーめがけて進んで行く。
 さすがに公人と古式のクルマは最高速やパワーはポールやその次のクルマに及ばないが、ボディが全然軽いので加速だけは負けない。
 1コーナーに飛び込むまでに古式、公人共に2つ順位を上げていた。
 古式と公人の間に1台、280馬力クラスを挟んでいるが、2コーナーから先はちょっと中速コーナーが続くのであまり公人とは差が開かず、逆に詰め寄られている。
 また公人の後ろにもすぐクルマが迫ってはいるが、公人が軽くブロックをしているので抜きあぐねていた。
 そんな状態のままホームストレートに戻ってくる。
 古式と公人は加速で一気に引っ張っていく。
 公人は前を走るクルマをここでパスし、2番手に上がる。しかし最高速がないので1コーナー前に追いつかれるのは必至だ。
 これは相当つらい。
 古式はトップなのでブロックだけで済むが、公人は後ろを牽制しつつ前を走る古式にアタックを仕掛けなければならない。
 とは言え、古式のクルマも最高速は公人と似たようなモノなので後続に追いつかれたら一緒だ。

 コントロールラインを1台、また1台と駆け抜けて行く。
 すでに一周でトップと最後尾は結構な差がついている。
 出場しているクルマのほとんどが無改造に近いので、あらかたスピードリミッターに引っかかりホームストレートでも180km/hが限界のようだ。
 公人、古式を含むほんの数台だけが固まって先頭集団を作り、1コーナーを目指している。

 公人は5速全開のまま1コーナーに入る。ハンドリングだけで減速していく。
 それでもレブリミットギリギリの回転数だ。
 タイヤのグリップが限界に近いのかハンドルがガタガタと振るえる。
 「め、めっちゃ怖えー!!」
 200km/h以上でアウト側のタイヤが鳴きっぱなしだ。
 1コーナーを抜けて2コーナーへ向かうところでレブリミットにあたりスピードが伸びなくなる。
 しかし直後に2コーナーでフルブレーキ。リアを多少滑らせながらもクリア。
 「やっぱ…20周はキツイわ!」
 コーナーをクリアしつつそうコックピット内で叫ぶ公人だった。



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