そして彼は星になった

 ツインリングもてぎで、教習所なんかにあるバイクシミュレータに乗ってみた。
 匡体はネイキッドタイプで、見た目に大型バイクのテイストを発している。
 サスがないので、座っても車体が沈み込まず、両脚がやっと付く程度だ。
 まぁ脚はそんなに長い方ではないが…。
 絵はあまりリアルとは言え無いが、ポリゴン計算が速く、時速40キロで走れば、景色も体感40キロできちんと流れるというスグレモノであった。

 まずは練習モード。もうバイク免許を取得してからかなり久しくバイクに乗っていない。
 ギヤチェンジが出来るか、ふらつかずに走れるか、色々不安であったが、モードはマニュアルを選択した。
 かなりチキン野郎な走りで練習を終え、本番である市街地走行である。
 通常この手のシミュレータは危険予知を目的として作られているので、クルマが突然飛び出したり、急な車線変更があったり、停車中のクルマのドアが開いたり、前見て運転してるのかこの××野郎とか、そういうトラップに引っかけることで事故防止の意識を高めようとしている。
 さてそんなトラップにも引っかからず順調に走行していたときであった。

 ちょっときつめの右コーナにさしかかった。道路脇にはガードレールが設置されている。
 時速60キロで進入し、曲がろうと車体を傾けた。
 ん? 曲がらない? じゃあもうちょっと倒すか。え? 倒れない? マジで? このアクチュエータどうなってんの?
 遠心力でバイクはドンドンとガードレールに近づいていく。一瞬の出来事だったがその時間はとても長く感じられた。
 まず右足がガードレールに触れた。ガッガッとステップからパーティクルの火花が飛び散った。
 逝ったかな…
 そう思った瞬間、フロントタイヤがガードレールに接触し、反動で身体がガードレールの外へと弾き飛ばされた。
 縦回転しながら宙を舞うなんて生まれて初めての感覚だった。弾かれた時にガードレールにぶつけたのか、右足のひざから下がポリゴンながら信じられない方向に曲がっている。
 脳内麻薬が過剰に分泌されているのか痛みは感じない。へー、脚って折れるとこんなになるんだ。まるで自分のモノでは無いような、そんな客観的な視線で脚を見つめていた。
 ヤケに滞空時間が長く感じられたので、エイっと首をひねると目の前に地面が見えた(テクスチャ無し)。下は草地とは言えやはり頭から落ちたら痛いだろう。なるべく背中から落ちるように身体をひねったりしてみたのだが、結局うつ伏せに地面にダイブする結果となった。
 一瞬息が詰まる。胸がズキンズキンと痛んですぐに止んだ。たぶんアバラも何本か逝ったかもしれない。
 やばいな、確実に入院だな、ワンフェスの版権モノ間に合うかな、っていうか、ワンフェスまでに退院出来るかな。
 緊急事態の頭の中は、案外そんなことしか考えていない。
 それにしても、さっきから身体がしびれたようになって全然動かない。右手の指を必死に動かそうとしても、動かない。折れたのかな全然痛くないけど。とりあえず神経逝って無ければいいやね。指先動けば原型も作れるし絵も描ける。不思議と頭の中はクリアで冷静である。
 ヒトが近づく足音がいくつも聞こえてきた。草むらを走って駆け寄って来ているようだ。
 「大丈夫ですか? 今救急車呼びましたから!」
 女性の声だ。声からすれば30代前半だろうか。声が裏返って動揺しているのが手に取るように判る。最近の合成音声の技術は素晴らしい。
 あー、大丈夫ですよ、意識ははっきりしてますから。でも身体が動かなくて声も出ないんです。スイマセンね、お手数かけてしまって。
 肩を誰かが揺さぶっている。ゆさゆさ、ゆさゆさ、ゆさゆさゆさ。
 「しっかりしろ、おい、大丈夫か?」
 男性の声だ。旦那さんか誰かという設定だろうか。
 えーと、まぁ見ての通りというか、どこも痛くないし、頭ん中はクリアだし、身体が動かない以外は全然オッケーっす。
 遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
 救急車に乗るのも生まれて初めてだよなぁ。ちょっとワクワクした気分になってきた。
 そういえば、バイクはどうなったんだろう。確かまだローンが少し残ってたハズ。ミラーくらいだったらいいけど、カウルとかベッコリ割れてたらシャレにならない。FRPとは言え、交換費用はバカにならないのだ。ポリゴンだからいいけど。
 救急車のサイレンが大きくなり、止まった。ガサガサとヒトが何人か駆け寄ってくる音が聞こえる。
 「大丈夫ですか?」
 何度も聞いたような質問が来た。だから大丈夫だって言ってるだろー。身体動かないけど。
 そういえば目もさっきから開かないな。まぁいいや。たぶん自分スゴイことになってるだろうし、見なくて済むから。
 フッと一瞬身体が浮き上がり、再び地面にゆっくり降りた。今まで寝ていた草むらとは感触が違うので、たぶん担架に乗せられたんだろう。
 あ、持ち上がった。おお、動いてる動いてる。でも上下動がちょと気持ち悪いヨ。
 あれれ? なんだか目の前白いヨ? マジ? これってアレ? …
 薄れゆく意識の中(疑似透明ポリゴン)、自分の部屋の惨状だけが頭の隅にこびりついて消えなかったトカ。

 そうこうしている内にリカバリーして、画面がホワイトアウトから元に戻って次の走行開始。いやー、まさかここまでやるなんて。事故は怖いね。最新VR技術に度肝を抜かれた瞬間でした。っていうかほぼウソですが。
 「次に事故を起こしたら終了です」
 オペレータのお姉さんがにこやかにそう言い、次の走行からはゆっくり軽やかな安全運転でしたトサ。
 っていうか、実際にあんな運転されたら迷惑この上ないと思うヨ。
 ボク様だったら速攻で鳴らすね、クラクション。かつ轢くね(短気)。

 今日の教訓:コーナーでは速度を落としましょう。
       マンクスTTのようには曲がりません。
       っつーか、某ゲイムの影響で、文体がメッチャ暗いんですけど。


戻ります。