UFO目撃と宇宙人遭遇、怪奇事件!(不思議大好きUFOマニアのためのサイト)
日本のUFO遭遇 

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小型円盤の残骸を見つけた少女

日時
1918年(大正7年)春 

場所
長野県東御市
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目撃した円盤の残骸 資料あり=>
 資料参照。
出典図書
『UFOと宇宙』(NO.12:1975年6月号
  【長野県に落下した小型円盤!
状況
1918年(大正7年)の春のことである。長野県の鳥帽子岳山麓の南斜面標高約700メートルにある部落に住んでいた当時15歳の少女Sさんは,夜の11時ごろ1人で自宅の庭にいたところ,火の玉が飛んでくるのを見た。それは,赤く光り200メートルぐらい先から,さほどの大きさとスピードもなく,低空を直線的に飛んできてSさんの平屋建ての家の屋根を越えて見えなくなった。Sさんはそれを人魂(ひとだま)だと思った。その人魂が裏庭に落ちたと感じたSさんだが,"人魂は見てはならぬ"と云われていたことから,恐ろしくて見に行けなかった。
それでも翌朝の7時ごろに,恐いもの見たさで裏庭に行ってみると,なんと人魂の残骸(?)のようなものがそこにあった。
それは,ボール鉢を伏せたような直径30センチぐらいの楕円形で,コンニャクをやわらかくしたようなゼリー状か油のかたまりのように見えるねずみ色をした物であった。それを人魂の残りかすだと思ったSさんは、そのままにし,それでも気になり,その日の午後再びそれを見に行った。するとその物体は,火山灰土と姿を変え,その中に卵形そっくりに油がしみたような跡が残っていた。

この少女時代の体験を,Sさんは,「人魂の残骸を見たもの」と思い続けていた。
1975年,UFOブームのなか,72歳になったSさんは,この人魂体験を茶飲み話として,隣に住むUFOに詳しいYさん(当時46歳)に話したところ,Yさんが,この話に興味を持ち,「それは人魂ではなく小型UFOの残骸だったのではないか」ということで,専門誌『UFOと宇宙』に投稿,報告したものである。

なぜYさんが,これを人魂ではなく,UFOの残骸だと思うかというと,それは、『空飛ぶ円盤同乗記』の中にアダムスキーが土星人から聞いた話で,「小型円盤が故障をした場合は,地上の生命に危害を加えないため,一種の爆発,あるいは緩慢な分解を起こさせる」というようなことが記述されていたからだという。
 

No.1923001  戻る

関東大震災の避難者を円盤が誘導

☆☆☆☆画像の拡大☆☆☆
『UFOと宇宙』からそのまま転載
日時
1923年(大正12年)9月1日 

場所
神奈川県横浜市
目撃した円盤の形状 資料あり=>
卵形。真ん中にふちがついており、上部は透明なドーム状で、下部は金属的な色をしており、着陸ギアのようなものはなかった。
出典図書:
『UFOと宇宙』(NO.25:1977年8月号
  
【私は円盤に乗った宇宙人に救われた!】,レポーター:高坂剋魅
『にっぽん宇宙人白書』(1978年)
著者:内野恒隆
状況
関東大震災があった大正12年9月1日、横浜市で印刷所を営んでいた夫人のKさんは、巨大地震でつぶれた印刷所である自宅から無事脱出し、息子と(ご主人は、近所の人を助けるため現場に残った)命からがら安全な場所へと逃げる途中で、空中に円盤を発見した。
なんと、円盤はKさんの近くまで降下してきた。円盤を見つけたKさんを含む7人が、その円盤について行き、1時間ほど歩いて無事、竹薮のある安全な場所まで逃げ延びることができた。逃げる途中、円盤はそうとう低くまで降りてきて、Kさんたちが歩くのと同じ速さでゆっくり飛び、7人を先導してくれたという。
Kさんが円盤にむかって「ありがとう」を言うと、中から2人の人間(宇宙人?)が現れ、向かって右の人が窓から体を乗り出し手をふってくれたという。Kさんに合図を送った円盤は、急スピードで上昇し、雲の中に消えていった。
   
目撃した宇宙人とは
格好は、ジョージ・アダムスキーが会ったという金星人オーソンの肖像画にそっくり。
首と手首と胴が白いベルトのようなもので締められており、服の色は明るい水色。
顔は白色で、鼻が高く、口は少しとがっていた。白いヘルメットのようなものをかぶっており、耳と髪は見えず。    

     ☆金星人オーソン=>外部リンク(ADAMSKI)



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円盤に乗りエジプトのピラミッドとスフィンクスを見た5歳の少年

☆☆☆☆画像の拡大☆☆☆☆ 日時
1930年(昭和5年)8月2日夜 
場所
愛媛県松山市 
搭乗した円盤の形状
円盤の外部は不明だが、内部は下記のようなもの。
−円盤の中はクリーム色に統一されており、円形の床の直径は15メートル以上あった。壁にはいくつかの楕円形の窓があった。床のまん中には、半透明の直径2メートルほどの柱があり天井につながっていた。内部は薄暗く操縦席が、どこにあるかは不明であったが、仕切られた壁のようなものがあった。−


円盤内の宇宙人とは
金髪、オカッパ頭で背が高く(2メートルぐらい)、白人のような顔つきと肌色をしていた。服装は白くて長いガウン(首と両手の部分に丸い穴があいている)のようなものを着ていた。ただし、1人だけ、身長が小柄(1.6メートルぐらい)な人がいて、肌は日本人のような色で、金髪を両肩のうしろまで垂らしていた。茶色の上下続きの服を着ており、腰に幅の広いベルトを締めていた。
出典図書:
『UFOcontactee』(No.91:1985年冬季号)
  
日本GAP発行【編集発行人-久保田八郎
  【円盤に乗った日本人少年】
  レポート-日本GAP松山支部代表:伊藤達夫】
状況
この日、部落のお祭りから帰って家で寝ていた少年(当時5歳)は、家族も寝静まった夜9時過ぎごろに、誰かが自分を呼んでいるような嬉しい気分になり、起き上がり、浴衣(ゆかた)のまま1人で家を抜け出た。すると家の前には、白い服を着て金髪のオカッパ頭をした身長が2メートルもある白人のような青年(少年から見ればおじさん)が立っていた。おじさんは、日本語で『ついておいで』と言い、少年は手を握り気楽についていった。
祭りの終わったお宮の前を通り、まっ暗闇の田んぼの小道を行くと墓地があり、その先の雑草の生い茂った野原の中に、30〜40メートルある大きな円盤形の物体があった。その物体は、全体の輪郭がわかる程度に光っていた。
恐怖感も抱かずに少年は、そのおじさんと手をつなぎその中に入っていくと、中には複数のおじさんの仲間たちがいた。どの人たち(そのおじさんを入れて5人)も金髪でオカッパ頭の背の高い、同じ服装をした若々しい青年のようであったが、1人だけ髪型も服装も違う小柄な(1.6メートルほど)女のように見える人がいたという。少年は浴衣(ゆかた)から、中にいる人たちと同じような子供用の白い服に着替えさせてもらい、肘掛け椅子に座り、安全ベルトのようなものを締めてもらった。
「どこへでも行きたいところへつれて行ってあげるよ」と言われた少年は、「鯨と象が見たい」と言った。
円盤は西に向かって飛んでいったようである。窓から西に沈んだ太陽が地平線から昇るのを見たからだ。その太陽もうしろになり、円盤は海の上を飛んでいった。少年が窓から下を見ると鯨の群れが泳いでいた。少年の要望に応え、円盤は海面の近くまで降下し、すぐ近くで鯨を見ることができた。やがて、円盤は砂漠地帯の上空を飛行し、少年は象も見ることができた。
その後、円盤はエジプトのピラミッド上空に達し、機体を降下し、スフィンクスの顔を真正面より少し右に寄ったところから眺めた。
円盤はその後も飛び続け、やがて元の出発地点(松山市郊外)に戻ってきた。
少年は元の浴衣と下駄ばき姿に戻してもらい、円盤からおりた。おりる際、乗員全員が、横一列に並び直立不動の姿勢をとった。
少年はおじさんに家の近くまでおくってもらい、家に戻って時計を見ると、ちょうど朝の5時だったという。
行方不明で村中総出で捜索していた少年が突然戻ってきたので、家中が大騒ぎになった。少年は昨夜の経験を話したが、誰にも信じてもらうことはできなかったという。

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哨戒飛行中のF61戦闘機が砲弾形飛行物体を目撃

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『ムー』(No.5)から転載
日時
1948年(昭和23年)
  10月15日23時5分
 
場所
福岡県沖・瀬戸内海上空
目撃した円盤の形状 資料あり=>
全体は砲弾形で、先端は丸い。後尾は断ち切られたような形体。物体の長さは推定で、6〜9メートルであった。

ブルーブックに記載
この事件はブルーブックの調査記録に、ファイルナンバー183として記録されている。
状況
1948年当時、アメリカ空軍の管制管理下にあったこの空域で、哨戒飛行中のF61(P61)夜間戦闘機(※)の機上レーダーが、高度1500〜1600メートルにある未確認飛行物体を6回捕捉した。F61は、迎撃を試み3600メートル以内に接近するまでは、物体は時速約320キロで飛行したが、接近するや推定秒速360メートルで急加速し、F61を引きはなした。パイロットは、明るい月光下で物体のシルエットを確認することができた。
すべては、約10分間の出来事である。地上レーダーからの物体の捕捉はできなかったとの事。

  ※F61は1947年にP61からF61に改称された。
    
戦闘P61について(外部サイト)ウィキペディア(P-61 (航空機))
出典図書
『ムー』(No.5:1980年7月号)
  
【巨大UFOが地球を脅かしている】,文:村上晶彦

『ムー』(No.330:2008年5月号
  
【日本のUFO事件と自衛隊】,文:並木伸一郎 

No.1951001  戻る

手塚治虫氏が飛行機内から見た空飛ぶ円盤

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(現在画像なし)
  日時
1951年(昭和26年)
場所
鈴鹿山脈(岐阜県及び三重県と滋賀県との県境沿いに位置する山脈)
状況
手塚治虫氏が当時プロペラ旅客機で東京から大阪へ向かう途中,鈴鹿山脈上空で,少し霧が立ち込めた山の上に,月の5倍ぐらいの大きさの銀白色でキラキラ光る物体を飛行機の中から目撃した。旅客機は気流の関係でかなり低空を飛んでいたので,ものめずらしさから外を見ていると,この物体を目撃したそうである。物体(円盤)の影は遠くにずれていたため,確かに浮いていたことが確認できたという。同じコースでの帰りの飛行機の中からは,それは確認できなかったという。
出典図書:
『ムー』(No.3:1980年3月号)
手塚治虫ミステリートーキング】


目撃した円盤の形状
直径キラキラ光り月の5倍ぐらいの大きさ

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F84戦闘機が迎撃訓練中に小型光体につきまとわれた

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日時
1952年(昭和27年)3月29日11時20分 
場所
青森県三沢基地北方 
搭乗した円盤の形状
直径約20センチの円形・薄型の金属物体で、周縁部に波状模様がある。
磨かれたクロームのように輝いていた。

ブルーブックに記載
この事件はブルーブックの調査記録に、ファイルナンバー1082として記録されている。
出典図書
『ムー』(No.3:1980年3月号)
  
【UFOと航空機の遭遇事件!】,文:南山宏

『ムー』(No.330:2008年5月号
  
【日本のUFO事件と自衛隊】,文:並木伸一郎  
状況
三沢空軍基地の北方上空1800メートルで、アメリカ空軍のF84ジェット戦闘機2機が、T6練習機をターゲット(標的)とし迎撃訓練中に、標的となっていたT6のパイロットがF84をふり返ると、追いすがるF84の後方に同機を追尾する円盤型の閃光を放つ小物体を発見した。小物体は、F84に追いつくや同機と同じ速度(時速約250キロ)まで急減速し、機体の右側付近を前後に往復した。翼後方の気流に当たったのか、その小物体はいったんはね飛んだが、同機前方に出て同機を横切り、急停止した。次の瞬間、急激に加速し、垂直に上昇し視界から消え去ったという。約10秒間の出来事である。 

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3つの光体が高尾山頂上にいた目撃者の目の前で直角ターン

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目撃した円盤の状態
左右両端はとがっておらず、全体はお椀のふたを伏せたような感じで、ヒダが二段くらいあった。先頭の飛行体は後の2機より2倍ほどの大きさで、先頭のものは推定10メートル以上。
全体がオレンジ色に輝き、中央より下は強い蛍光色を発光していた。また、中央上部のあたりに、太陽光線を反射しているかのような強烈な光源があるように見えた。しかもその光が後の2機と同調するかのように、同時にグルグル回転しているように見えた。
 
日時
1956年(昭和31年)5月18日夕刻 
場所
高尾山頂上見晴台附近
状況
5月の快晴のこの日、高尾山にカメラを持ちハイキングに出かけたYさん(男性・当時22歳)と友人のKさん(男性)は、見晴台附近に設置したキャンプでの夕食も終わり、タバコを吸いに山頂に出た。
夕闇せまる四方の山々を眺めながら雑談をかわしていると、Kさんが、小仏峠かなたの空中のかなり低いところに光体を発見した。
その光体はフワッと浮き上がってくるような感じで、流星にしては高度が低すぎるような位置をこちらに向かってまっすぎに近づいてきた。
近づくにつれ1個だと思われていた光体は、その後ろに2個の光体を従えていた。光体は、真正面から突進してくるように近づいてきたため、2人は思わず体を伏せようとした。ところが、そのとき、至近距離まで近づいたその3個の光体は編隊を組んでいるかのように、直角に近い急角度で左旋回して、2人の目の前を通り過ぎた。
飛行機の旋回とは、かけはなれた見事な急旋回だったため、あっけにとられた2人は、手にしたカメラで撮ることも忘れてあ然と見送ってしまったという。
 
出典図書:
『アポロと空飛ぶ円盤』(1973年刊行)
  
高文社、著者/平野威馬雄荒井欣一

『UFOと宇宙人(産報デラックス99の謎)』(1978年刊行)
  
【完全情報UFOと宇宙人・日本のUFO事件簿/文:荒井欣一

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土星型円盤から降りてきた宇宙人と会見

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日時
1960年(昭和35年)4月30日早朝 

場所
岡山市総合運動場
円盤の形状
いぶし銀のような光を発する”土星型”で、
直径が35メートル、高さが20メートルぐらい。

会見した宇宙人とは
発光する銀色の服で全身を被っていた。
身長は2メートル40センチほどで、”人間(ヒューマノイド)”型。
ヨーロッパ系の顔立ちをしていた。
出典図書
『にっぽん宇宙人白書』(1978年)
  
ユニバース出版社、著者/内野恒隆
状況
午前4時ごろにふと眼をさました岡山市に住むYさん(当時45歳・男性)は、アパートの部屋のドアをたたく音に気づき、外にでてみると誰もいなかった。だが、上空を見ると、そこだけあいた雲の隙間に3機の円盤が旋回しているのを見た。
洋服に着替えて飛び出したYさんを誘導するかのように円盤は北に移動を始めた。2機の円盤は姿を消したが、残りの1機は西北の方向に向かって飛んでいった。それは、自宅から約1kmにある旧練兵場(現・岡山総合運動場)に向かっているように感じたYさんは、そこに向かって夢中で走っていった。
そこ(現・岡山総合運動場)に入ると、巨大な”土星型”円盤が空中に浮遊していた。そして、その円盤はYさんから約400メートル先の芝生広場の上に着陸した。
円盤に近づこうと歩みよったYさんは、200メートルほど手前の池のところで、円盤の中から現われた宇宙人らしき”人間”を見た。
それは、燐光を発する銀色の服で全身を被っており、身長は2m40cmぐらいある巨人であった。その宇宙人は、握手を求めるかのように両手を差し出しながらYさんに近づいてきた。
やがて、Yさんと握手をした宇宙人は、すぐに頭部前面の覆いをはずし顔をのぞかせたが、彫りが深くハンサムな男性の顔であった。そして、宇宙人は驚きべきことに、日本語でYさんに話しかけてきたという。
Yさんは、その円盤には乗せてもらうことはできなかったが、円盤から60〜70メートル離れた芝生の上で、腰をおろして、宇宙人と話しをすることができた。

やがて話しを終えた宇宙人は、Yさんを池のあたりまで見送ったが、呼吸が荒くなり、苦しそうに別れの言葉を告げた後、円盤まで走り姿を消した。
円盤は音もなく上昇し、視界から一瞬のうちに消えていった。
Yさんは、急いでアパートに帰ったが、アパートに着いたのは5時15分ごろであった。
Yさんが宇宙人に聞いた事
・(Y)どこからきたのか?→(答)説明しても分からない遠い星。
・(Y)日本語が上手な理由?→(答)特別な装置で学ぶ。
・(Y)地球までどのくらいかかったか?→(答)地球上の時間で30分。
・(Y)宇宙船の中を見せてもらえないか→(答)今日はだめだが、必ず迎いにくる。
・(Y)今度、会いにきてくれる時は、友達が一緒でもよいか?
(答)当分あなただけと話したい。

宇宙人がYさんに聞いた事
(宇)何語が話せるのか?
(宇)何のために生きているのか?

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黒のトヨペット・クラウン車が路上で消滅

日時
1963年(昭和38年)11月19日

場所
茨城県藤代市
☆☆☆☆現在画像なし☆☆☆☆
  
状況
茨城県にある竜ケ崎のグルフコースに向かう3人を乗せた乗用車が,国道6号から藤代バイパスを走っていた。
午前8時を過ぎたころ,その車の前をずっと前から走っていた黒塗りのトヨペット・クラウン車が,突然ひとかたまりのガス体のようなものに包まれてしまった。それは,白い煙か濃密な蒸気のようなものであった。そして,ガス体が消えた(5秒とかからなかった)ときには,車も消えていたという。消滅した車は,東京ナンバーで後部座席の左側には年配の男がクッションを枕に新聞を読んでいたという。
目撃者となった3人は銀行員で、うち一人は得意客だったという。
参考図書:
『怪奇事件の謎』;小池壮彦,2014年【「人体消滅」という"怪奇譚"】;
『UFOと宇宙(NO.16)』,1976年【テレポテーションとテレパシー;平野威馬雄
 

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東亜航空の旅客機が瀬戸内海上空で謎の光体に遭遇

日時
1965年(昭和40年)3月18日19時6分

場所
瀬戸内海上空 
円盤の形状
接近時は正三角形で大きさは15メートルくらいに見えた。三角形の中心から下方に向かって強烈な光を照射しているようだった。
横に並んだときは,蛍光灯のような光りを放ち,大きさは10〜15メートルで,光が強烈なため輪郭は不明。
☆☆☆☆現在画像なし☆☆☆☆
参考図書:
『空飛ぶ円盤の真実』(1988年)
  国書刊行会,著者/フランク・エドワーズ,訳者:安龍次郎


参考サイト:
ブログ:ニラサワ研究室
 ☆
『宇宙的変革期におけるUFOの介入<その7>(2012年8月21日)』
YouTube:『韮澤潤一郎レポート 東亜航空UFO遭遇事件』
状況
大阪伊丹発広島行き東亜航空87便(コンベア240双発旅客機)が伊丹空港を出発して10分後19:06に,瀬戸内海上空(小豆島のちょっと手前)で異常光体に遭遇した。光体は右前方(10時の方向)に現われ,飛行機の着陸灯のようなオレンジ色の光芒を放っていた。危険を知らせる意味で前照灯を点滅させた。するとオレンジ色の光を放っていた物体は明かりを消した。光りが消えたその物体は乳白色をした球体に見えたという。球体はコースを変えこちらに接近してきたため,衝突をさけるため,乗客シートベルトをオンにし,右旋回のため60度舵をきった。衝突は避けられたが,次の瞬間,左側の主翼のすぐ横に蛍光灯のような光りを発する,大きさが10〜15メートル(光りがまぶしく物体の輪郭ははっきりしない)の異常物体が現われた。横の光体は,しばらくの間旅客機と一緒に飛行したという。やがて光体は後ろに去っていった。19:09までの約3分間の出来事である。
また,
30秒ほど経過した時,高松上空を飛行中の東京航空のセスナ機から,異常物体に追尾されているとの通報無線があった。

 Copyright (c) 2011.Minoru Oomiya