UFO目撃と宇宙人遭遇、怪奇事件!(不思議大好きUFOマニアのためのサイト)
日本のUFO遭遇 

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海水を汲み上げた球体UFO

日時
1973年(昭和48年)7月・夜間

場所

北海道苫小牧
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『X-ZONE』誌掲載の想像図をそのまま転載
UFOの形状
(1)ボールのような球体。表面はピンポン玉のように白くツヤツヤしている。側面に窓のようなものが並んでいた。窓の中に人影のようなものが見えた。

(2)ドラム缶を縦に3つつなげたような形状の濃い茶色の巨大な物体。(1)の球体UFOを格納した。

目撃した宇宙人
なし。
出典図書
・『X-ZONE』(No.14);発行所:デアゴスティーニ、発行:1997年8月
 (この記事は高梨純一氏からの紹介によるもの)
状況
夏休みで帰郷した大学生(当時20歳)のK君は、湾の近くに設置されている材木置き場の夜間警備のアルバイトをしていた。
この夜、車で巡回を終わったK君は、材木置き場構内を見渡せる所定の場所に車を停め、車の中から構内を監視していた。そこは、湾の水面も見渡せる場所であった。
風のない静かな夜で星もはっきり見えていた。
K君は突然、夜空にほうき星のような光の筋が走るのを見た。その光は、1度消滅するが再び現われ、今度は静止したままで膨張と収縮を繰り返して野球のボールくらいの大きさになった。
やがて物体は、海の方向に下降してセメント工場近くの上空に静止した。すると、その物体は北に向かって緑色の光線を断続的に発射した。
その後、弧を描くように、また下降した物体は、湾の海面から約20メートル上空で静止した。そして、その物体から透明なチューブのようなものを出した。チューブは海面に向かってスルスルと降りていった。そのとき、電気モーターのような柔らかい音が聞こえたという。
そのチューブが海面に触れるとその先端が光り、やがて海水がチューブを伝って物体に吸い込まれていくように見えた。
K君は信じられない光景に、恐れおののき物体から目をそらした(1分ほど)が、再び見上げるとチューブは引き上げられ、その瞬間、物体は目撃しているK君に気づいたかのように、まっすぐにK君に向かって近づいてきた。
K君の車の上空約50メートルに接近した物体は、明るく光り輝きK君の車の周りを真昼のように明るく照らしだした。物体の表面はピンポン玉のように白くツルツルして見え、その側面には窓のようなものがずらりと並び、その1つの窓の中央に人影のようなものが立っているのが見えたという。
K君は物体を見ていることに苦痛を感じ、頭を抱えハンドルに突っ伏した。それでも好奇心からもう一度物体を見上げると、上空に新たに3〜4つの同じような光る物体が集まっていた。かつ、これらに加え巨大な物体(ドラム缶を3つ、縦につないだような形)のシルエットが浮かび上がった。それは音もなく空中に浮かんでいた。
突然、複数の光る物体は、巨大なドラム缶状の物体の一方に移動し、その中に吸い込まれるように消えていった。
すると、すべての球体を収納したドラム缶状の物体は、北の方角に光の尾を引いて飛び去っていった。
これらの出来事は、12分ぐらいの間の出来事であったという。
  事件の順序(UFOの飛行経路) : 
(下記イラストとも、『X-ZONE』から、そのまま転載)

@突然明るい光の筋が走る。

A1回消え、再び現われる。

B下降し、北に向かって緑色の光線を発射。

C海面から20メートルの高さで停止。透明のチューブを下ろし、海水を汲み上げる。

D約50メートルほどまで接近。窓のようなものに人影が見える。

E新たに3,4つの球体が現れる。さらにドラム缶状の巨大な物体も現れ、球体はその中に消える。

Fドラム缶状の物体が北の方角に飛び去る。
 

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球体型の大母船を目撃したイラストレーター

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イラスト:池田雅行氏「UFOと宇宙」No.14から)
日時
1974年(昭和49年)3月31日午後

場所
東京乃木坂上空
目撃した宇宙人とは 
なし
UFOの形状
見かけの大きさは満月の2,3倍。直径2キロぐらい。横に2,3本の線が見えた。(左イラスト参照)
池田さんのその他の目撃情報 資料あり=>
池田さんは,この他にも多数の目撃を体験しています。
出典図書:
『UFOと宇宙』(NO.14:1975年10月号)【円盤をよく見る人】;ユニバース出版社
状況
・イラストレーターと活躍している池田雅行さん(当時26歳)は、この2年ほど前から,円盤をよく目撃するようになっていた。この日,池田さんは奥さんと一緒に,四谷見附から浜松町行きの都バスに乗った。池田さんは,朝から頭が重くイライラしていた。空は曇りがちで,いつも見ているUFOはこの日あまり期待できないと感じていた。バスが乃木神社を過ぎ視界の開けたところに出たとき,「円盤が出る!!」という感じがわいたという。見ると,雲間のあいだに巨大な球体型のUFOが現われたという。(上図イラスト参照)。指さした方向を見ても奥さんには見えなかったという。
 

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北海道に住む青年が、1mの宇宙人に遭遇し円盤に吸い込まれる

☆☆☆☆画像の拡大☆☆☆☆
日時
1974年(昭和49年)4月6日午前3時ごろ

場所
北海道北見市仁頃町
目撃した宇宙人とは 資料あり=>
身長1mぐらい。
頭にアンテナのようなものがある。
UFOの形状 資料あり=>
直径約8mの菱型で、なべのふたをかぶせたような形。
円盤上部にくるくる回るアンテナが付いている。
出典図書:
・『にっぽん宇宙人白書』(1978年刊行);ユニバース出版社、著者/内野恒隆
状況
仁頃町で農業を営むFさん(当時28歳)は、夜中の3時ごろに不信な音に起こされ、玄関から庭を見ると、奇怪な生物(小人)がおり、もっとよく見ようと小人に近づくと、小人からでる熱風に引き寄せられた。危険を感じ、家から離れたところに逃げたFさんは、しばらくして家に戻ると、まだ奇怪な小人はおり、上空には円盤が輝きながら静かに滞空していた。
円盤の中にも同じ外見の小人(宇宙人)がおり、両手をあげた二人から熱風と不思議な引き寄せる力が吹き出ていた。
下にいた小人は、先に円盤に吸い込まれたが、今度はFさんが円盤に吸い込まれた。
円盤の中で、二人の小人に押さえつけられたFさんは、暴れ続けたが、やがて着陸した円盤の半開きになっていたドアらしきものを押し倒し外に飛び出した。
円盤は、上昇し猛スピードで消えていったが、そこは、家から3.5Kmほど離れた道路の上であった。

No.1974002a  戻る

夜の海岸に現われた未確認飛行物体

日時:
1974年(昭和49年)6月6日夜 

場所:資料あり=>
千葉県太東崎・鴨川付近
 
☆☆☆画像の拡大☆☆☆
(現在,画像なし)
UFOの形状 資料あり=>
平面的にみて円型。窓はなく後方に赤いランプ状のものが点滅し,そのランプの両脇に1個づつ、緑色のランプらしきものがあった。真横からみるとある程度の厚みがあった。 
出典図書:
『UFOと宇宙 コズモ』(NO.8:1974年10月号)
  【千葉県に出現した大型円盤!】;コズモ出版社
状況:

この夜,ドライブをしたIさん(38歳)とM子さん(24歳)は,11時ごろ千葉県房総半島の太東崎の近くにいた。あたりは,車のライトもいらない明るい月夜だった。前には松林があり,海の音が聞こえていた。海から50メートルくらいのところに来たとき,今まで何もなかった松林のところに,突然のように巨大な物体が出現した。物体は松の木の先にひっかかるのではないかと思うくらいの低いところにあった。直径は40メートルくらいで,真っ黒とも灰色ともつかない色で皿みたいな楕円形をし,止まっているくらいゆっくりゆっくり動いていた。Iさんは海岸に出てみると,その物体は空中をおおっているのではないかと思うほどだったという。物体は,輪郭をくっきりとさせて,ゆっくり大原の方へ進んでいった。その後,山手の富浦の方へ進んでいって見えなくなった。
この夜,午前0時20分ごろ,鴨川市江見にあるドライブインに勤めていたTさん(28歳)は,店の仕事が終わり玄関をでて月をみていると,左手から飛行船らしいものが悠々と飛んでくるのをみつけた。物体は音もなく排気ガスも出さずTさんの目の前600メートルくらいのところをゆっくり山手の方へ進んでいった。物体の後方には赤いランプがあり点滅し,その両側には緑色のランプらしいものが1つづつ付いていた。物体の色は濃い草色か灰色じみた色をしていた。明るかった夜なので色の判別に間違いはないという。Tさんは15分間ぐらい目撃していたそうであるが,ドライブインに勤める女性ほか10人ほどが目撃している。
 
謎の飛行物体が現われた松林
『UFOと宇宙 コズモ』(NO.8)から

No.1974002b  戻る

自衛隊戦闘機がUFOと遭遇し墜落!?

☆☆☆画像の拡大☆☆☆

日時:
1974年(昭和49年)6月9日夜 

場所
日本上空
UFOの形状
赤みがかったオレンジ色の発光体
出典図書:
・『雑誌ムー』(No.330:2008年5月)
  学習研究社;文:並木伸一郎
・『日本政府はUFOを知っていた』
  KKベストセラーズ(1992年発行);著者:太田東孝
・『実録 自衛隊パイロットたちが接近遭遇したUFO』
  講談社(2010年発行);著者:佐藤守
状況:
この夜、茨城の航空自衛隊の百里基地からスクランブル発進したF-4EJファントム・ジェット戦闘機の目的は、レーダーに捕捉され地上からも目撃された謎の発光体の迎撃にあった。
赤みがかったオレンジ色に輝く円盤型航空物体を発見した機は、物体を撃墜するため、20ミリ・キャノンを準備したところ、物体は高度10,000フィート(約3,050メートル)に急上昇し、ファントムの攻撃を避けようとした。
その後、UFOとファントムは衝突したらしく、エジェクション・シートで脱出した二等空佐(パイロット)のパラシュートが炎上し死亡した。脱出したもう1人の三等空佐(ナビゲータ)は生還した。航空自衛隊は、この墜落したF-4EJ戦闘機(製造番号は17-8307)は「航空機」または「未知の物体」と衝突したと4年間の調査結果として発表した。
ただし、この内容はアメリカで発行されていたUFO誌『サガ・UFO・リポート』(1978年3月号)に掲載されたものであり、記事を書いたのはアメリカ人の通信記者リチャード・ドレイバーである。
本当か 
上記、『日本政府はUFOを知っていた』の著者、太田東孝氏は防衛庁に墜落したF-4EJがあるかを確認した。航空自衛隊で使用しているファントム戦闘機のシルアル・ナンバー(製造番号)の提出を求めると、市販されている航空専門誌に掲載されているナンバー表のコピーを提出されたが、その中には該当する製造番号は記載されていなかったという。
 

No.1974003  戻る

ドンブリ型円盤が蔵王山麓に出現、71歳のおばあさんが目撃

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日時
1974年(昭和49年)8月6日 

場所
宮城県遠刈田温泉の近く
UFOの形状 資料あり=>
フタの付いたドンブリ型。ドンブリ部分はオレンジ色。
見かけの大きさは、太陽の5倍ぐらいで、そうとう大きい。
同じ形で、同じ速度で、尾はなく平行で飛んでいた。


目撃した宇宙人とは
宇宙人の目撃なし。
出典図書
・『UFOと宇宙』(NO.20:1976年10月号);ユニバース出版社
状況: 
蔵王山の東、遠刈田温泉の近くに住むKおばあさん(当時71歳)が、円盤を目撃した日(8月6日)は、風がなく30度を越える暑さだったが星空がきれいな夜であった。
8時ごろ寝ようと思い電気を消し廊下に出ると、ガラスがパッと明るくなった(明るくなったガラスは1枚だけでそれも丸い形で明るくなったという)。空を見ると下が丸くおかま型の物体(下の丸い部分が燃えるようなオレンジ色)が、ヘリコプターより遅いような感じで、東から西の方へ30〜40度の角度をほぼ平行に飛んでいった。
ガラスの中から見たのは約20秒ぐらい、窓を開けてみたのは5秒ぐらいという。 

No.1974004  戻る

トラックの運転手が宇宙人に遭遇し、その首をすぐかえてやった!?

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日時
1974年(昭和49年)9月3日 

場所
岡山県宇野
UFOの形状 資料あり=>
アルミニウムのように淡く光っていた。
土星のように船体の周囲に輪をもっていた。
幾本かの足を船体の下に伸ばして着陸した。
出典図書
・『UFOと宇宙』(NO.18:1976年6月号);ユニバース出版社
・『にっぽん宇宙人白書』(1978年刊行);ユニバース出版社、著者/内野恒隆
状況
静岡市に住むトッラク運転手のFさん(当時31歳)は、家具を満載し、静岡から高松市に行くため、途中、カーフェリーの出る宇野港を目ざして運転していた。
宇野市に出る国道30号線(宇野港から3,4キロメートル前)で、朝の5時ごろ、Fさんは奇妙な光体を目撃した。光体は、左手前方の岩山に音もなく降り立った。
しかし、ここからのFさんの記憶は、鮮明でなく、再び我に帰ったときは、車は予定通りに、宇野港のカーフェリー乗り場のすぐ近くまで来ていたという。
光体が着陸したのを見てから、そこまでの20分ほどの記憶がはっきりしないため、不思議に思ったFさんは、完全ではないが、記憶が徐々によみがえってきたところで、想い出したことをノートに書きとめておいた。
そのノートの内容によると、岩山に降り立った金属板のようなUFOにFさんの乗るトラックは、自然と吸い寄せられたという。そこに、一人の女(宇宙人?)が乗り込み助手席に座ったという。その女らしい宇宙人は、「頭の調子がおかしいので、かわりの頭と取り替えてほしい」と日本語で伝え、その女とそっくりな同じ顔をした頭をFさんに差し出してきた。Fさんは、その頭を受け取り、言われた通りの方法で首をすげかえてやったという。
目撃した宇宙人とは 資料あり=>
身長160センチ(座高の高さから推測)。
頭部に角のようなアンテナがある。
髪の毛が肩の辺りまでたれている。
頭部は二つの目を除いてマスクをしているような感じ。
コンピュータのような声を出す。
宇宙人から指示されたクビのすげかえ方法とは
宇宙人の首の少し下と、首と肩の中間あたりの両方にある三ヵ所の点に、金属針を直線的に通し、首の下の点を押すとクビが外れる。逆の方法で取り付ける。
宇宙人が話した事とは
『私たちはこの星を征服に来たのではなく、私たちの星が他の星と衝突してなくなってしまい、その直前に宇宙船に乗った仲間だけがこの星へやって来て住みついている』など。

No.1974005  戻る

国道4号の道路上にUFOが接近!車4台が急停止!

日時
1974年(昭和49年)10月4日午後9時半ごろ

場所

宮城県仙台市郊外
☆☆☆☆画像の拡大☆☆☆☆

『UFOと宇宙』からそのまま転載
UFOの形状 資料あり=>
オレンジ色に光っていた。

目撃した宇宙人とは 
なし。
出典図書
・『UFOと宇宙』(NO.20:1976年10月号);ユニバース出版社
状況
当時、東北放送局に勤めるSさん(当時28歳)は、帰宅のため午後9時半ごろ仙台空港近くの国道4号線を走っていた。その日は雨が降っており視界が悪かったため、それぞれの車があまりスピードを出さずゆっくり走っていた。左にゆっくりカーブしている本郷というところで、光る物体がSさんの正面から急降下してきた。
突然のことに、恐ろしく感じたSさんは、夢中で急ブレーキをかけたという。Sさんの前を走っていた3台の車も同じように急ブレーキをかけ、車をとめた。
先頭から1台目の車(サニー)はすぐエンジンがかからなかったようであるが、エンジンがかかるとすぐ行ってしまった。
Sさんは車を降り3台目の車(セリカ)の人と話をした。その間に2台目の車(スプリンター)は行ってしまったという。
現場に車が止まったのはUFOのEM効果などの影響ではなく、ブレーキをかけたためらしいと後にSさんは証言している。
UFOが近づいた時のことをもう少し詳しくいうと、最初はフロントガラスを透してウズラの卵ぐらいに平べったく見えた光が一度遠のいたように右に大きく移動した。変だなーと思い始めたころ、突然こちらに向かってきたらしい。近づくとオレンジ色に光り(鉄が溶解したような色)肩幅ぐらいの大きさになってせまってきたらしい。UFOは4台の車の頭をかすめる(上空20メートルぐらい)ようにすれ違い、視界から消えた。そのとき、Sさんの前の車の屋根がUFOの光を反射したそうである。

No.1974006  戻る

アダムスキー型円盤と葉巻型UFOを目撃した高校生

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日時
1974年(昭和49年)10月11日6時30分ごろ 

場所
広島県尾道市栗原町 
 UFOの形状 資料あり=>
@黒褐色の葉巻型で無音。
A帽子型の物体で、ほぼアダムスキーが見たものと同じ形状。
出典図書
『UFOと宇宙』(No.11:1975年4月号)
  ユニバース出版社【アダムスキー型円盤,尾道市に出現!】

・『UFOcontactee』(No.90:1985年秋季号)
  日本GAP発行
【編集発行人-久保田八郎
状況
この朝、胸騒ぎを感じた県立高校1年のFくんは、自分の部屋の南側の窓から外を見ると南東の山の上に葉巻型の物体を目撃した。その物体は音もなく動き出し北西の方向に移り屋根に隠れて視界から消えていった。その間は、40秒ぐらいであったが、今度はすぐにその方向から帽子型の物体が現われ、反対の南東の方向に飛んでいった。その間、取り残しのフィルムがセットされていたカメラ(当時流行っていたコダックインスタマチックカメラ)で、計5枚を撮影した。
目撃した宇宙人とは
宇宙人の目撃なし。 

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東北、東関東をよぎった謎の光体群

日時
1975年(昭和50年)1月15日夕方

場所
東北から東関東 
出典図書:
『UFOと宇宙』(No.11:1975年4月号)
ユニバース出版社
,【東北,東関東をよぎったUFOの大編隊?】

 (T・Sさんが撮影した謎の光体群)
『UFOと宇宙』(No.11)から
状況
この日の夕方,東北方面から東関東に向けて謎の光体群が,地上2000メートル付近を水平に飛行していったのを,たくさんの人が目撃した。
全日空のパイロットT・Hさん(当時26歳)も機上から目撃している。
写真に撮影したのは,福島県会津若松市に住むT・Sさん(市役所勤務)で,午後6時ごろから市内で行われる,しめなわを焼く正月行事の写真を撮るためカメラをセットして準備していた。天候は晴れで,ところどころ雲がでており,夕方なので空は薄暗くなろうとしていた。突然,北の上空に光のかたまりが現われた。その光は,先の方に7,8つがひと固まりになっており,その後方に3個がややひと固まりになって,全体の形はくずさず,東の上空に地上と平行によぎっていった。その間,約15〜20秒というものすごいスピードであった。色は先のほうが白っぽく,後方がダイダイ色であったという。同行していた同僚のS・Yさんが言うには,どの星よりも大きくきれいに見えたといい,UFOだとは言いきれないが,流れ星にはけっして見えなかっという。

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ぶどう畑に着陸したUFOに小学生が超接近遭遇

☆☆☆☆画像の拡大☆☆☆
日時:
1975年(昭和50年)2月23日 

場所:
山梨県甲府市上町(当時)
UFOの形状 資料あり=>
アダムスキー型をスマートにしたような形状で、乗用車程度(幅2.5メートル、高さが1.5メートル)の大きさ。窓は四角で、着陸ギアらしいものが3個あった。機体の表面に文字が表示されていた。
出典図書
・専門誌『UFOと宇宙』(NO.12:1975年6月号);ユニバース出版社、レポーター:本誌記者
・専門誌『UFOと宇宙』(NO.93,94:1983年4,5月号) ;ユニバース出版社、レポーター:矢追純一
・『にっぽん宇宙人白書』(1978年刊行);ユニバース出版社、著者/内野恒隆
状況
その@
小学2年生(当時7歳)のY君とK君は、2月23日の日曜日、午後6時ごろにローラー・スケートをして遊んでいたところ、大小2つのUFO(オレンジ色の光体)が、2人のいる団地上空を一回りし頭上にやってきたのを目撃した。
この時、UFOの底からガチャン、ガチャンと音がし円筒状のものが出てきたため、それを、武器のようなものと感じ狙われているのではないかと思った2人は、近くの墓地に逃げて隠れた。大きい方のUFOは飛び去ったが、小さい方のUFOは、帰り道であるブドウ畑の方に飛び見えなくなった。

そのA
UFOは飛び去ってしまったと思った2人は家への帰り道をもどったところ、前方60〜70メートルのブドウ畑の真ん中にオレンジ色に輝く円盤形の物体があった。2人は近くに行き、物体のまわりをじっくり観察していると、急にドアが開き右手に銃のようなものを持った宇宙人が出てきたという。宇宙人は、K君と反対側にいたY君(Y君は宇宙人が出てきたことを気づかなかった)の肩を後ろからたたいた。驚いたY君は腰をぬかしたので、死んだまねをし、宇宙人がその辺を歩き回っている間に、K君におぶさってブドウ畑から逃げ去ったという。
また、K君は逃げる際に、開いている扉からUFOの中をのぞいたところ、もう1人の宇宙人が椅子に腰掛け操縦桿のようなものを握っていたのを目撃している。
2人は家に逃げて帰った後、お父さんとお母さんを連れ現場に戻っているが、戻った時はUFOはいなかったという。


そのB

また、8年後(1982年暮れ)に、この宇宙人の他の目撃者が名乗りでた。それは、Sさん(女性)という保険の外交員で、証言によると、この日(1975年2月23日)の午後6時ごろ、お得意先の家へ向かって車を走らせていたところ、前方に2人の男の子らしき人影が立ちふさがっていたという。クラクションを鳴らしても道の真ん中から動かなかったため、車を道の端いっぱいによせて通り過ぎようとした。
ところが、そのうちの1人が、Sさんの車のフロントガラスに顔と左の手のひらをベッタリとつけ、中をのぞきこむようにしたという。それは、この世のものとは思えない醜悪な顔をしており、急いでムリヤリ通り過ぎようとすると、もう1人が、Sさんの方にギロリと振り向いたという。
Sさんは、夢中で車を走らせて通りぬけたとのこと。Sさんがこの怪物と遭遇した場所は、UFOが着陸したブドウ畑のすぐ近くのところ(直線距離で40メートルほど)で、時間は、Y君とK君がブドウ畑から逃げた後らしいことが分かる。それは、Sさんが宇宙人を振りきり、30メートルほど走ると棒をもったお父さんとお母さんらしい人が子供たちとガヤガヤ騒ぎながら、『そこでUFOを見ませんでしたか?』とSさんに聞いたことからだという。
 目撃した宇宙人とは: 資料あり=>
身長が130センチメートルほどで、顔は茶色で太い横じまのシワがあり、仮面をかぶっているように見え、3本の銀色のキバがあった。耳はウサギのように大きく真ん中に穴が開いていた。
手の指は4本で、足の指は2本であった。
体の色は銀色で洋服を着ているようで、灰色のベルトをしていた。顔(仮面?)と体の服はつながっていたようだ。
キュー、キューという声で二人に話しかけたが、内容は不明。

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保険外交員のおばさんが宇宙人に遭遇

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日時
1975年(昭和50年)2月23日 

場所
山梨県甲府市
目撃した宇宙人とは 資料あり=>
車のフロントガラス越しに見た顔と手は真っ黒。顔と首には亀の首にあるような横じまのしわがあった。
ただし、黒い手のひらには、しわがなかった。
出典図書
・専門誌『UFOと宇宙』(NO.93,94:1983年4,5月号) ;ユニバース出版社、レポーター/矢追純一
状況
小学生が宇宙人と遭遇したブドウ畑から40メートルほど離れた地点を、夕方の6時ごろ、仕事のため車で偶然通りかかった保険外交員のSさん(女性)は、花火のような音を2回聞いた(「ドン、ドーン」というような音)。その直後に車の前方に子供ぐらいの2つの黒い人影をみた。
その人影は、車を通せんぼしているかのように立っていたので、Sさんは、クラクションを鳴らしながら道の端ギリギリにゆっくり近づいた。すると、そのうちの1人がSさんの車のフロントガラスに手をべったりつけて、Sさんの顔をのぞきこむように顔を近づけてきた。
Sさんは、これを運動会とかの仮装行列かとも思ったそうであるが、その顔は、まっ黒でしわだらけで、とてもこの世のものとは思えないほどの恐ろしいものであった。
すると、もう少し前方に立っていたいたもう1人の同じ顔の怪物が、こちらをギロリと振り向いた。恐ろしさのあまり必死になったSさんは、夢中でアクセルを踏み、怪物を振り切りその場を通り抜けてしまったという。
怪物は追いかけてこなかった。
そして今度は、30メートルほど走ると棒をもったお父さんとお母さんらしい人が子供たちとガヤガヤ騒ぎながら、Sさんの車を止め、『そこでUFOを見ませんでしたか?』と聞いたという。

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東京タワーからUFOを見た少年

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『UFOcontactee』NO.101から
日時
1975年(昭和50年)4月7日午後4時30分ごろ 

場所
東京
UFOの形状 資料あり=>
アダムスキー型だが、下から何か噴射しているように見えた。
窓は丸いものと四角のものが見えた。

目撃した宇宙人とは 資料あり=>
"人"のような形をしていた。男か女かは不明。
出典図書
・『UFOと宇宙』(NO.13:1975年8月号);ユニバース出版社
・『UFOcontactee』(No.101:1988年夏季号)
  日本GAP発行
【編集発行人-久保田八郎
状況
中学3年のS少年は、この日は始業式を終えテレビ番組(テレビ東京『ビックリッ子大集合』)出演のための打ち合わせで東京12チャンネルのスタジオにいた。打ち合わせを終了したS少年は、スタジオを出ると東京タワーが目の前にあった。
何か感じるものがありS少年は、東京タワーに昇り大展望台の中を一回りした。が、ここではないと感じたS少年は、高所恐怖症ながら特別展望台に向かった。(実は、このS少年は前から円盤を目撃しており、この日も始業式の間とスタジオに向かうバスの中でも円盤を目撃していた。)特別展望台(高さ250メートル)に着いたS少年は、円盤が見えるのは「ここだ」と感じ、期待しながら外を見て回っているうちに据えつけの大型の双眼鏡に気づいた。
さっそく硬貨を入れ、南南東の方向に向けた。その方向には東京湾があり、船の科学館があった。その科学館に焦点を合わせて、その上空を見た瞬間、一機の円盤が双眼鏡の視野に入った。双眼鏡の中では、見かけ上2センチぐらいに見えるその円盤は、アダムスキー型そのものであった。円盤は上下左右に木の葉が落ちるような動きをし、東京湾上空から羽田空港の方向いっぱいを動き回り双眼鏡を動かすのが大変なくらいであった。円盤は頂上に赤く丸いものがあり、全体が白い霧状のモヤモヤしたもの(フォース・フィールドか?)で包まれていた。中央下から何かジェットのようなものを噴出している帯状のものが見えた。
見続けていると、窓のようなものがあることも確認できたが、それはアダムスキーが見たという円盤の窓とは違っており、左の方に並んでいる窓は丸いものであるが、右側に並んでいる窓は四角い形をしていた。さらに、丸い窓の中に"人"がいるように感じた。その"人"は、左手をあげ掌(てのひら)をこちらに向け、S少年に合図をしているようであったという。
見ていた時間は数十秒であったが、S少年には数十分にも感じられたという。

No.1975007  戻る

山中に着陸した円盤と大僧正がコンタクト


北野師が描かれた円盤のスケッチ。
『UFOと宇宙(NO.16)』から
日時:

1975年(昭和50年)7月22日午前1時〜2時半ごろ 

場所:

広島県三原市
出典図書:

『UFOと宇宙(NO.16)』1976年2月号
 ユニバース出版社;【三原市の驚異コンタクト事件】

 
状況:

姫路市の真言宗金剛院派の大僧正・北野恵宝師(当時80歳)が,広島市三原市の禅宗大本山仏通寺に滞在した,1975年7月22日の深夜(午前1時ごろ),眠っていた師は,不思議な声で目を覚ました。カーテンを透して強烈なライトに気づいた師の耳元に「カーテンを開けなさい」という声が響いてきた。窓の外の見ると,奇妙な光体が東の空に見えた。光体は師の方にまっすぐ音もなく近づいてきた。光体は,師が部屋をとった境内にある深山壮の上空を一周して,向かい側の山の大きな岩の上に着陸した。
光体の上部のドアが開き,出て来る人影が見えた。それはこげ茶色の長いガウンを着た人間そっくりであった。見かけ上,100メートルの距離で,満月の夜であったため,よく見ることできた。(翌朝,確認すると実際は400〜500メートルも離れていたという)。
宇宙人らしきその人間は,見かけ上100メートルの距離から師に向かって話しかけてきた。それは,電話で聞くようにはっきり聞こえたという。そして,宇宙人らしき人間は,師に筆記するように命じたという。そして,わけのわからぬ奇妙な言葉を発し続けた。師は,それを原稿用紙19ページに書きとめた。情報を伝え終わった,その「宇宙人」は円盤に入り,円盤は暗黒の空に消えていったという。
午前2時半ごろになっていたという。

   
   円盤はこの画面外(右側)の岩の上に着陸した。
     『UFOと宇宙』(No.16)から

No.1975008  戻る

バンドマン゙3人が奇妙なザブトン型UFOを目撃

日時:

1975年(昭和50年)7月24日
 午後11時30分ごろ 

場所:

千葉県館山市
☆☆☆現在画像なし☆☆☆ 出典図書:

『UFOと宇宙(NO.15)』1975年12月号
 ユニバース出版社;
 【館山市で飛んだ世にも奇妙な飛行体!】
状況:

ユリ・ゲラーが出演した日本テレビの「木曜スペシャル」が放送された7月24日の夜の11時15分ごろのことである。月の明るい夜であった。千葉県館山市にある「館山市亀ヶ原児童公園」付近の道路上で,帰宅中の3人のバンドマン(Oさん(当時42歳),Nさん(当時42歳),Sさん(当時24歳))が奇妙な飛行体を目撃した。それは底部がザブ゙トンのような奇妙な形をしており,3人の頭上をゆっくりと飛び山の向こうに消えていった。
最初,物体はピカピカ光るものだったが,目の前約100メートル,高さ約30〜40メートルに近づいてきたとき,物体は,ゴーゴーともガーガーともつかぬ電気洗濯機のような小さな規則正しい音をたて,三角形に見えた。20〜30メートルまで近づいてきた物体は,三角形のドームが上部にあり,底部は四角形をしており,まるで"ザブトン"もしくは"じゅうたん"のような奇妙な形をしていた。上部(ドーム部)前には,2つの白銀色の光を発するヘッドライトのようなものがあった。ドーム部の壁はきれいな白い光がモザイクタイルを敷きつめたように並んでおり,頂上の部分には形容しがたいきれいな光が立っていた。目の前で上昇していく物体の底部には,へりに沿った内側の少し隔てたところに四角く連なっているランプ状の光があった。中央には大きい赤い光と両側に赤と青のランプが光っていた。
3人は,はっきりと目撃し,細部にいたるまで言うことができた。そして,3人はこの物体を,"鉄のザブトン"と名づけた。
    
    (目撃場所で説明する3人の目撃者) 
『UFOと宇宙 コズモ』(NO.15)から
 
鉄のザブトンの飛行コース。
距離約400メートルを5〜6分かけてゆっくり飛んだ。
『UFOと宇宙 コズモ』(NO.15)から

No.1975010  戻る

自宅2階外に現われた円盤と葉巻型UFOを会社員が撮影

☆☆☆☆現在画像なし☆☆☆ 日時

1975年(昭和50年)8月3日午後6時30分ごろ 

場所愛知県豊田市

出典図書:

『UFOと宇宙』(NO.14,15:1975年10,11月号)
  ユニバース出版社
状況

 豊田市に住み会社員のSさん(当時47歳)は,自宅の2階から,花火大会の花火を写そうと思い,三脚を用意しカメラをセットしていた。突如,目の前に円盤が出現し,数秒間停止した。円盤はネズミ色をしていた。あわててシャッターを切った。4枚撮影することができたが,フッと円盤は消えてしまった。すると,約5秒後に今度は,細長い葉巻型のUFOが出現した。約10秒間目撃ができた。その間に2枚撮影した後,物体はV字型に飛んでフッと消えてしまったという。Sさんは,それまでUFOについては全く関心がなかったという。
  
 『UFOと宇宙』(NO.14,15)から 

No.1975011  戻る

中学1年T君の自宅上空に円盤が大挙出現

日時
1975年(昭和50年)9月3日午後2時30分ごろ 
場所愛知県名古屋市
出典図書:
『UFOと宇宙(NO.16)』1976年2月号
 ユニバース出版社;
 【名古屋市上空に円盤大挙出現】
☆☆☆☆現在画像なし☆☆☆
状況
 名古屋市昭和区の桜山中学校1年(当時)のT君の自宅の上空に,
9月3日午後2時30分ごろ,UFO(葉巻型の母船)が現われた。母船の下部後方から小型円盤が3機発射され,上空をしばらく舞い,地上低くまで降りてきた。母船は,時計の針の回転方向にゆっくり回転し少しずつ移動していた。3機の小型円盤は,やがて母船の上部前方に吸い込まれるようにして入っていった。その後,母船は垂直に上昇し消えていった。
T君は,この日以外にも,何度もUFOを目撃している。撮影した写真を40〜50枚もっていた。UFOを目撃しても,撮影できなかったときもあったそうである。T君の撮影した円盤の多くは,アダムスキーが撮影した円盤と全く同じ型のものである。
またT君は,ユリ・ゲラーが来日した後に現われた,多くの超能力少年の中の1人で,スプーンを曲げることができる。念力以外にも,テレパシー,透視,予知などの能力が多少あるらしい。

  
 【写真説明】左から。T君が曲げたスプーン。T君が撮影したカメラ(コダック・インスタマチック)。
1975年12月8日午後2時ごろに撮影されたアダムスキー型円盤。1975年9月12日午後1時30分ごろ現われた7機編隊の小型円盤。(写真:『UFOと宇宙(NO.16)』から)
             
  【写真説明】下の写真は,1975年9月3日午後2時30分ごろに現われたもの。(上記,状況参照)(写真:『UFOと宇宙(NO.16)』から)
  
 
 
 写真(1)〜(3)【矢印の先がUFO】
 
 
 
 写真(4)〜(6)【矢印の先がUFO】
 
 
 写真(7)〜(8)【矢印の先がUFO】

No.1976001  戻る

道路上の不思議な雲を追いかけた小学生

日時
1976年(昭和51年)月日不明


場所

東京都練馬区三原台
☆☆☆☆画像の拡大☆☆☆☆

UFOの形状
白い雲でだ円形。直径2メートルぐらい。 
内側から光が放射されているようにボワーッと明るくまっ白に光っていた。

目撃した宇宙人とは
なし。
出典図書:
・『UFOと宇宙』(No.49:1979年8月号)
  ユニバース出版社、レポーター/矢追純一
状況
小学6年生のNくんは、ある早朝ランニング時、自転車に乗りいっしょについてきた弟と、弥生橋(練馬区三原台)の近くで、畑の上5メートルほど上に浮かぶ奇妙な雲を発見した。
その雲が、見る間に下に降りてきて道路の上50センチのところに静止した。雲はだ円形で直径2メートルくらいで、内側から明るくボワーッと白く光っていた。
次の瞬間、雲は生き物のように、すごいスピードで逃げ出したという。2人は、その雲を追いかけたが、雲は50センチくらいの高さを保ったまま、きちんと道路の上を逃げていった。雲は最初の曲がり角を左に、次の曲がり角を右に直角に曲がり、道路の左側にある家の門に飛び込んだ。
これを必死に追いかけた2人は、その家の庭にある雲を発見したが、次の瞬間、その雲はバッと消えてしまったそうである。

No.1976002  戻る

地上を走行した宇宙人を目撃

日時
1976〜7年(昭和51〜52年)ごろの秋 

場所
鎌倉
☆☆☆☆画像の拡大☆☆☆☆
出典図書:
・専門誌『UFOと宇宙』(No.86:1982年9月号)
  ユニバース出版社;レポーター/日本テレビ・ディレクター:矢追純一
状況
旅館を経営するIさん(女性:当時68歳か69歳)は、秋の大雨の日、旅館の前が大洪水になってしまった。
だが、夜になると、うそのように水がひき安心して寝床に入った。
Iさんが、夜中の2時ごろに、トイレに起きたところ、シーンと静まり返った表の通りから不思議なサイレンの音が聞こえてきた。
耳をすますと、そのサイレンは道路を走ってくるらしく、やがてこの旅館の前を通り過ぎて海の方へ向かっていく。
Iさんは、1階の広間へ降りて障子のすき間から外をのぞくと、目の前の通りを
白い覆面をした小人を乗せた自動車らしい乗り物が、次から次へと7台が通り過ぎるのを目撃した。
自動車らしい乗り物とは 資料あり=>
運転台とその後ろの荷台に分かれており、運転台の部分にはボディーがなかった。屋根もフロント・ガラスもドア、エンジンなどもなかった。(ハンドルはあった)
長さが2メートル、幅が1メートル、積み木で作ったお粗末な車のよう。
荷台の部分には、白い長方形の箱のようなもの(ノッペラボウで真っ白い箱。上側が丸みをおびたカマボコ型)がのっていた。
運転台には2人が乗り、一人がハンドル(右ハンドル)を握っていた。
乗り物には、文字も標識もなかった。
車輪はついており、地面にくっついて回っていた。
乗り物に搭乗していた宇宙人とは
背の高さは10歳の子供ぐらい。
三角形の頭の先がとがった形の白い覆面(目のところに2つの穴があいており、鼻も口もないノッペラボウの頭巾)らしいものをしていた。
首から足の先まで、白い服(自動車の修理工が着るツナギのようなもの)を着ていた。
みんな白い手袋をしており、手だけが細く頼りない感じ。

  その他=>資料
サイレンの音を詳しく言うと
ソフトでやさしい音楽のようなサイレンの音。
シャンシャンとう鈴の音ではなく、ヤカンにお湯がわいて湯気が吹き出るような音に似ている、やわらかできれいな音。

No.1976003  戻る

夜空に浮かぶ巨大円盤を近距離から5人が同時目撃

☆☆☆画像の拡大☆☆☆

『UFOと宇宙』No.17より転載
日時:
1976年(昭和51年)1月7日午後9時ごろ 

場所
横須賀市追浜
UFOの形状 資料あり=>
形状は、そろばんのこまのよう。

目撃した宇宙人とは

なし。
出典図書:
・『UFOと宇宙』(No.17:1976年4月号)
  ユニバース出版社、レポーター/本誌記者
    
状況:
この夜、レストランの仕事をしていたSさん(当時23歳;女性)は、ものすごく鋭いキューンという高い音をレストラン内で聞いた。外に出てみると東南の方向に不思議な運動をしている赤い光を発見した。それを目で追ってゆくと、その横に巨大な物体が空中に浮かんでいるのを発見した。
店内にいた従業員のOさん(当時32歳;男性)とOさん(当時18歳;女性)、お客のMさんとYさんの4人が加わり全員で、店のすぐそばの橋の上から、その物体を目撃した。
金色の巨大な円盤が、金属音をたてながらゆっくりと上下しながら北西の方向に移動していた。
店をあけてはいけないと思いSさんは店に戻ったが、残りの4人は円盤が店の裏(北西の方向)にある山を越えて消えるまでの約2分間を目撃していた。

No.1976010  戻る

自宅上空に大接近した円盤を目撃したミュージシャン

日時:
1976年(昭和51年)2月11日午後9時ごろ 

場所
東京都武蔵野市      
出典図書:
『UFOと宇宙(NO.18)』:1976年6月号
  【アダムスキー型円盤が大接近!】
      

物体のスケッチ。(『UFOと宇宙(NO.18)』から)
状況:
武蔵野市に住むミュージシャンのTさん(当時21歳)とWさん(当時24歳)の二人の男性は,バンドの練習を終え,中央線武蔵境駅からTさんの自宅に向かって歩いていた。
駅から
2,3分歩いたところで,東の上空に不思議な光点を発見した。その光はユラユラと左右にゆれ動くように音もなく近づいてきた。二人はUFOだと思い来てくれるよう,その光に念じたという。
物体を指さす二人の前を一組のアベックが通りかかったが,二人の異様な姿に気づかないように素通りしていった。二人には,それが不思議に感じられたという。
二人は,UFOをもっとよく見ようと南の方角に走り,Tさんの自宅から約300メートル手前の曲がり角にさしかかった。家や木の陰にかくれて見えずらかったUFOが,Tさんの自宅の真上あたりに突然のように大きく現われた。その物体は,アダムスキー型であり,全体がブルーとも灰色ともいえるような色をしていた。物体の真ん中には,オレンジ色の光が二つあった。物体は,まるで二人を観察しているように空中に
数秒間,ピッタリ停止したという。
二人は,Tさんの奥さんに知らせようとTさんの自宅に全速力で走り込んだ。急いでTさんの奥さんを家から連れ出し,三人で家の前に立ったときには,物体は遠くの方へ去ってしまい,オレンジ色の光が見えるだけだった。Tさんの奥さんもその光を目撃したが,あきらかに飛行機とはちがう動きをしていたという。
【下図】(左)UFOの移動したコースと目撃場所。(右)大きく見えた自宅上空の目撃場所。(いずれも,『UFOと宇宙(NO.18)』から)

No.1976020  戻る

家の空き地でレンズ型UFOを撮影した小学生

日時:
1976年(昭和51年)8月21日午後

場所
千葉県館山市      

撮影時の状況を示すS君

『UFOと宇宙(NO.21)』から
出典図書:
『UFOと宇宙(NO.21)』:1976年12月号
  【千葉県館山市に現れたUFO小学生がカメラでパチリ!】
    
状況:
館山市・館山小学校4年生のS君(当時10歳)が,この日,テレビの高校野球決勝戦が終了し,ふらっと家の外に出た。手にしたカメラで何かを写したくなった。
家の西側にある空き地で,誰かが置き忘れたおもちゃの車の上に腰かけ,あたりを眺めていた。
すると,北西の港の方向の空に黒い物体を見つけた。はじめ,それは鳥の群れのように感じたという。物体は,ゆっくり近づき空き地の上空を通過し,南の空に消えていった。2〜3分の出来事だった。
S君は,その間,物体に向けてカメラのシャッターを2回きっていた。S君はその物体をUFOと思わず,ただ,それだけのことであった。
10日ほどして現像にだしておいた写真をとりに,市内の写真店にいくと,店員から写真にUFOが写っているといわれた。二枚の写真には,確かにレンズ状の円盤が写っていた。
S君は,その物体が木の葉運動やジグザグ飛行していたことを思い返した。音は聞こえなかったという。
このフィルムを現像した写真店のYさんは,「何かを投げ上げといて,写真を撮ったとは思えません。ハーフ版のカメラでは,ファインダーが狭いですから・・・」ということであった。
 
右から順に左へ。下は拡大
『UFOと宇宙(NO.21)』から

No.1976030  戻る

600メートル四方の石に謎のキズ! UFOのしわざか!?


『UFOと宇宙(NO.22)』から
日時:
1976年(昭和51年)11月1〜2日 
場所:
群馬県高崎市箕里町
UFOの形状:
UFOの目撃情報なし。
出典図書:
『UFOと宇宙(NO.22)』(1977年2月号)
  【UFOは石を食べていた!?】
   
状況:
 箕里町柏木沢のTSさん(当時31歳)は,
11月2日朝に夜勤明けで自宅に帰ると,自宅にある庭石が,金属のようなものでひっかいたキズがあるのを見て不思議に思った。キズは,ほとんどの石についている。家族に聞くと,誰も訪れた者はなく,心当たりはないという。TSさんの庭に置いてある石は,最近,掘り出されたものを庭に置いたもので,前日まで庭づくりに石を並べていたばかりであった。キズは一夜にしてつけられたものであることを知り,自宅の西100メートルほどに家のある叔父に連絡した。叔父のMSさん(当時55歳)もTSさんの庭の石を見て不審に思い,自宅の庭石を調べると,やはり多くの石にキズがついているのを発見した。TSさんの家の石のキズより大きいものもあった。
不思議なことにキズのある石のまわりには,引っかき崩された破片の石はどこにも落ちていなかった。また,握りこぶし大の小さな石で,半分ほども土のなかに入っている石にもキズはついていた。
この石のキズは,あたり一帯,約600メートル四方の石につけられていることが判明した。
前日(11月1日)の夜,10時半ごろ,TSさんの母親が,風呂から上がり,自分の部屋にもどると,西側に面した一番左のアルミサッシの上の部分だけが異常に明るく何かに照らされているのに気づいた。光りの源は,桑畑の方かららしかったが,明るい月夜のせいだとしか思わなかったという。

    


    


ほとんどの石にキズはついていた。

『UFOと宇宙(NO.22)』から

       
数日後,雨がふってもぬれない土の部分(一辺1.5メートルほどの三角形)が,TSさんの庭で見つかった。
 『UFOと宇宙(NO.22)』から

No.1977001  戻る

琵琶湖大橋上でUFOに誘拐されていた4人のスタントマン

☆☆☆画像の拡大☆☆☆
日時:
1977年(昭和52年)1月3日 

場所
琵琶湖大橋
UFOの形状
UFOの目撃情報なし
出典図書:
・『宇宙からの誘拐者』(1990年発行)
  二見書房、著者/矢追純一

・雑誌『ムー』(No.39,40,41:1984年2,3,4月号)
  学習研究社;レポーター/矢追純一
     
状況:
スタントカーレースに出場するため現地に来ていたUさんたちスタントマン一行4人は、レースの前日(1月3日)、食事を終え宿泊するホテルに車で向かっていた。
夜の11時30分頃、琵琶湖大橋を渡ろうと料金所をすぎたあたりで、突然、まわりが真っ白になるほどの強い光におおわれた。
気がつくと、Uさん以下4人を乗せた車は、大橋を渡りきったところでエンジンが停止し、ライトも消えた状態で停まっていた。
4人とも、その間の記憶は全くなかった。
Uさんは、エンジンをかけようとしたが、車のガソリンがいつの間にか空になっていた。外にでようとして気がついたが、Uさんは靴をはいておらず、靴は後部座席の床においてあったという。
車のボンネットを開けようとすると、火傷するほどに熱く、そのとき時計の針は12時を少しまわっていた。いつの間にか30分ほどが経過していたことになる。
恐怖のまま、4人は車を押しホテルまで戻ったが、その後もこの話題についてほとんど触れることはなかった。深く考えるのが恐かったからだという。
後に矢追純一氏のすすめで、Uさん一人だけは同意して退行催眠を受けることになった。
催眠実験下で述べたこと! 資料あり=>
Uさんは、ある部屋に寝かされており、透明な壁の向こう側には犬ににた宇宙人のような生物が4人いて、コントロールパネルのようなものの前で作業をしていた。
仲間の一人であるJさんが両脇をその生物につかまれて、なにかされているようであった。
Uさんも、その生物に押さえつけられ、恐怖から逃れようと暴れたが、逃げられず、何か実験のようなものをされたようである。
宇宙人らしき生物は、夏の暑い日に犬を抱いているときのような匂いがしたという。
 

No.1977002  戻る

防風林のすぐ上に巨大葉巻型UFOを見た青年

☆☆☆画像の拡大☆☆☆
日時
1977年(昭和52年)6月7日午後3時ごろ 

場所
北海道札幌市
この目撃時のUFOの形状
アダムスキー見た母船とそっくりで丸窓まで確認できた。

   =>資料3
Nさんのその他の体験
 ☆その他の主なUFO目撃=>資料1.2
 ☆コンタクトした宇宙人”ラミュー”=>資料4
 ☆”ラミュー”氏からもらった不思議な金属=>資料5
 ☆テレポートした異星人基地=>資料6
 ☆”ラミュー”氏が描いた宇宙船内部のイラスト=>資料7
 ☆新型円盤と搭乗した内部
=>資料8
参考図書:
 ・『UFOと宇宙』(No.29,30,31:1977年12月,1978年1,2月号)
  ユニバース出版社、レポーター/本誌記者

 ・『にっぽん宇宙人白書』(1978年刊行)
  ユニバース出版社、著者/内野恒隆
状況:
北海道札幌市に住む青年のNさん(当時20歳)は、2年ほど前(1975年)からUFOを目撃することができた。そして、この年(1977年)になってからは、度々UFOを目撃することができた。
この日Nさんは午後3時ごろに、午後4時からのUFOのテレビ番組を見るため自宅の居間にいた。すると自宅付近にある防風林から木々が触れ合うようなざわめき音が聞こえてきた。なんだろうと不思議に思い、Nさんは自宅を出て防風林の方に歩いていった。
すると驚いたことに、防風林(高さ20メートルほどある)の上端、すれすれのところに巨大な銀白色の葉巻型UFOが浮かんでいたのだった。UFOの一部が、木の枝と接触しているらしく、そこからざわざわという音が聞こえてきた。林の下には、小学生らしい20〜30人の子供たちがいて、上を見て騒いでいた。Nさんは急いで、家から母親を連れてきて一緒にUFOの観測を始めた。
巨大な葉巻型UFOは、青白い光に包まれて、手前から向こう側にゆっくり回転しながら、左の方に少しづつ並行に移動してた。UFOの胴体には丸窓が8つあり、他の5つに比べ、3つは一回り小さかった。
しばらくすると、回転している葉巻型の左右から音もなく5つの皿型UFOが飛び出してきた。そしてすぐに空の彼方に消えていった。
葉巻型UFOもすぐに角度を変え、上に向かって雲の中にスーッと消えていったという。
後で、調査のため、仲間と一緒に防風林の中に行くと、もぎ取られたような枝が何本か落ちていたそうである。

No.1977003  戻る

巨大なブーメラン状の飛行物体が低空飛行

☆☆☆画像の拡大☆☆☆

日時:
1977年(昭和52年)11月3日 

場所
東京練馬区三原台
UFOの形状 資料あり=>
ブーメランもしくは、エイ(魚)のような形で巨大な金属製。
整然と開けられた小さな噴射孔らしいものから青白い炎を噴射。後方に蒸気のような白いガスを出していた。
出典図書:
・『UFOと宇宙』(No.49:1979年8月号)
  ユニバース出版社、レポーター/矢追純一
状況:
練馬区三原台にある、おそば店の増築工事を監督していたHさんは夕方の5時半頃、薄暗くなりはじめた青空をバックに巨大な奇妙な形状をした物体が音もなく頭上に近づいてくるのを目撃した。その物体は、呼ばれてとびだしてきた店主のMさんと二人がみている頭上わずか十数メートルという低空を、音もなく静かにゆっくり横切っていった。遅れてとびだしてきた、Hさんの奥さんもそれを目撃した。
その物体は、巨大なブーメラン状、もしくは魚のエイのような形をしており、全体に鈍い銀色をしていた。機体に並んだ噴射孔らしきものからは青白い炎を吹き出し、機体の後方には蒸気のような白いガス状のものをたなびかせていた。
関越高速道路の方に遠ざかっていくその物体は不思議なことに3人の見ているなかで、一瞬のうちにフッと消えてしまった。後に、しばらく薄い蒸気のようなものが残っていたが、それも、しばらくすると跡かたもなく消えてしまったという。

 Copyright (c) 2011.Minoru Oomiya